拾肆:サムライガールは三度相談する

 ケロティアとの交渉の翌日――クリムゾン&スノーホワイト六日目の夜。


 アトリと里亜はタコやんの部屋に集まっていた。


「二位確定……50万EM……く、そぉ……!」


 タコやんはドワーフスレイヤー第二回戦を終え、ずっと不貞腐れていた。一位とのスピカとの差はわずかだが広がり、二位どまりという結果に収まったのだ。


「いいではないか。二位確定。賞金ももらえるのだし」


「むしろあれはタコやんの自爆ですよ。


 スピカさんへの対抗なんでしょうけど、魔法少女ドレスを着て戦うとか。何なんですか、あのコスプレ」


「うるさい! いける思ったんや!」


 タコやんの結果は前回と少し下がって35点。減点理由は『その格好はさすがにどうなんだ?』と言うAI審査員の評価であった。竹の盾を扱う八本アーム魔法少女と言うのは、平均値をとるAIからすれば異端扱いだったようである。


「時代が……時代がウチに追いつてへんかっただけや! 悪いんは観客なんやー!」


 不人気の理由を顧客に押し付けるタコやん。作り手としてダメな思考である。本気で言っているわけでもないのはアトリも里亜もわかっているので、叫ばせるだけ叫ばせることにした。愚痴を気軽に言える間柄と言うのはなかなか得難い存在である。


「下馬評通りですけど、これで決勝戦に出るアイドルは決まったようなものですね。


『人』ステージはアトリ大先輩、レオンさん、そして鳳東さんが確定。


『地』ステージはスピカさん、タコやんが頭を抜けて、残り八名は審査結果待ち。


 そして『天』ステージもケロティア様とふわふわもっふるん君のツートップがぶっちぎりです。


 よほどのことがない限りは『星』ステージもこのメンバーから選ばれると思います」


 里亜のセリフは世間の評価と一致していた。


 予選二階での合計点でぶっちぎったのは先ほど里亜が挙げた7名。あとはほぼ同点状態だ。この中から誰が決勝に残るかは、それまでのアイドル活動などを考慮に入れて審査員が決定する。


 そして決勝戦である『星』ステージがこの七名から選ばれるというのも予想できる。人数こそ絞られたが、教義の内容自体はあまり変わらない。審査基準がより激しくなるが、だからこそ現状トップであるアイドルが生き残る可能性は高いのだ。


「『よほどのことがない限り』とかフラグか?」


「はいはい。タコやんは逆転されないように注意してくださいね。次は普通の服で出てください」


「それは昨日のウチに言ってくれ……。くそ、なんでトチ狂ったんや……」


 揶揄するタコやんだが里亜の反撃を食らって轟沈する。記憶から消したいが、配信されてばっちり記録も残っている。切り取り動画も拡散され、中には魔法少女アニメのOPと組み合わせたMAD動画まで出る始末だ。


「仕事早すぎやろお前ら! その情熱をもっと別のことに生かせや!」


 昨日の今日で出来上がった動画に怒りのツッコミを入れるタコやん。『タコやん 魔法少女』でエゴサしているタコやんもどうなのかと言うツッコミもあるが。


「人の噂も七十五日。ネットの流行は一週間。すぐに他の話題でもちきりになりますよ」


「うむうむ。いつも通り聡く元気に活動していれば悪しき噂はいずれ消える。タコやんは堂々としていればいいのだ」


「分かってるけどそれでもツッコミを入れたくなるんや、こんちくしょう!」


 里亜とアトリの言葉に返答しながら、MAD動画に『ええMADやな。タコ焼き食うか?』とコメントを入れるタコやん。その瞬間に動画コメント欄は一気に沸き『本人周回済』のタグが付いた。ネタにされたら徹底的に乗る。それがオーサカの女であった。


「ツッコミで言えばカエルアイドルの言うことも大概やったな。


 結局岩戸の奥におるモンの事は語らずじまいか」


 話題を変えるために昨日参加できなかったケロティアとの話を出すタコやん。


「そうですね。とはいえ大雑把な形は見えてきました。


 分かっていることだけを列挙すれば『50年前にノヨモモモ岩戸が開いた』『それを開けたのは当時のダンジョンアイドルであるクリムゾンとスノーホワイトである』『それからダンジョンアイドル祭典のクリムゾン&スノーホワイトが始まった』……これが始まりですね」


「50年前とか祖母ちゃんレベルやなぁ。


 ンなモンの事をずっと続けてこれたとか、ありへえへんで。年収1億EMなければコンテンツの維持できへん時代に」


 里亜の言葉にソロバン弾いた如くの現実主義者なタコやんのため息。無理無理ありえへん。そう言いたげな肩すくめ。


「その……アイドルのような夢を見せる活動にいろいろ出資したいという善意はあるかもしれないではないか。


 私はわからないが、そう言う好事家とかもいたかも知れぬし」


「ナイナイ。善意なんざ自分と家族の衣食住が確保された時点で発生するや。自分の生活を大事にできへん輩は他人を助ける余裕なんてあらへん。


 己を顧みない善人はいるかもしれへん。でもそれは歴史上を見ても極稀や。普通の人間は自分とその家族を守ろうとする。『善意』で家族や自分を蔑ろにするアホはおらへんねん」


 タコやんの言っていることは拝金主義的かもしれないが現実的な話だ。まずは自分とそして自分の周りの人間を守るのが人間である。己を救えない者が他人を救える道理などない。


「そうですね。空腹のお釈迦様に報いる為に自ら火に飛び込み、我が肉を捧げたウサギと言う逸話は確かにあります。


 ですがこれは究極の布施。自分を大事にして、その上で他人に貢献するのが大事だと里亜は思います」


 タコやんに同意するように、インドの『ジャカータ』の逸話を出す里亜。己を犠牲にして他人を助ける行為は美徳だ。だがそれはその教義での美徳。その時代での美徳。それを否定はしないけど、今の価値観を蔑ろにしていいわけではないのだ。


「立派な理想は大事やで。正義もあればなおオッケー。


 でもそれで正しい世界が作れるなんざ、映画やマンガだけなんや」


 皮肉気に肩をすくめるタコやん。夢をかなえるには力がいる。それは物理的な力であったり知識であったり人脈であったりだ。しっかりとした足場をそろえて、未知へと挑戦する。そう言った下地なく成功するのは、創作だけなのだ。


「50年もの間、クリムゾン&スノーホワイトは維持できた。三大企業と言うスポンサーが出資し続けた。逆に言えば、三大企業が50年も出資するだけの価値ありってもんがあるわけやな」


「ダンジョンアイドルを使って得られる収益もあるでしょうが、おそらくはノヨモモモ岩戸の奥にある存在が原因。


 そしてそれは誰も語ることはできない。忘れているとかではなく、知っているけど語れないようですね」


「<登録王>の御老人たちを始めとした姉上のパーティ『ワンスアポンナタイム』は岩戸の件を後悔していたみたいだな。そう考えると、望ましい結果ではなかった……ということか?


 ケロティア殿の態度からも、岩戸の奥にいるであろうダンジョンアイドル二人が正常な状態ではない事は予測できるな」


 タコやん、里亜、アトリの順で今わかっていることを語りだす。50年前に岩戸を開いた二人のアイドル。そこで何かが起き、三大企業はそれを利用してダンジョンアイドル大会を50年間続けた。


 さんざん悩んだが、結論は一つだ。


「結局のところ、岩戸を開けへんと分からんてことやな。


 岩戸の奥を知っとるモンは『喋れへん』の一点張りやし」


 ノヨモモモ岩戸の奥に何があるか。それは岩戸を開けないと分からない。そしてその奥なる存在こそが、このアイドル祭典『クリムゾン&スノーホワイト』のキモなのだ。


「過去の記録をあさって見ましたけど、岩戸に関する資料は全く見つかりませんでした。クリムゾン&スノーホワイトの過去配信映像も、岩戸が開いて優勝者がその奥に向かう所で終わってますし」


「俗物っぽく考えるなら、その岩戸の奥で金銀財宝もろって三大企業もそれをゲットして……って感じなんやろうけどなぁ。喋らへんのは口止め料貰ってるとか。


 ……せやったらめっちゃ頑張れるんやけど」


 里亜の言葉にタコやんが冗談めかして答える。言っているタコやん自身もそんなわけないわな、と分かっているようである。


「これはあれやな。アトリの姉ちゃんとの戦いが終わったら決勝戦辞退するか」


「え? 辞退すると賞金もらえませんけどいいんですか? 50万EMも返金ですよ」


「うごごごごご……! ゼニで人を釣るとは卑怯すぎるで……!」


 勝手に釣られているだけなのだが、誰もツッコまない。


「まあ実際、私の目的は姉上との勝負だ。決勝の『星』に関しては食指が動けば挑むつもりだが」


 そしてアトリがクリムゾン&スノーホワイトに参加している理由は姉のツグミとの勝負だ。ノヨモモモ岩戸の奥に如何なる存在がいるかはあまり興味がわかない。その存在が強そうなら挑むつもりではあるが……。


「中層の魔物やもんなぁ。アンタからすればさしたるモンやないやろ」


 呆れたようにタコやんがため息を吐く。一般的に魔物の強さは階層に比例する。仮装のさらに奥である深層の魔物と戦えるアトリからすれば、その二段階『弱い』中層の魔物など脅威ではないはずだ。


「む、中層にはサラマンダー殿のような猛者もいるのだぞ。一概にそうとも言えぬだろう」


「移動門を守るボスは別格や。っていうかアイツ等はバグやわ。ありえへん。


 純粋に強い奴がおるんやったら、ダンジョンアイドルでは太刀打ちできへん。岩戸の奥におるんはダンジョンアイドルでどうにかなったモンって事やしな」


 ダンジョンアイドルを侮るつもりはないが、アイドル達がアトリより強いという事はないだろう。それはアトリ自身が桜花絢爛水飛沫で証明している。


「ですよね。アトリ大先輩の眼鏡にかなう強さを持つ魔物がいるとは思えません」


「ふむ。まあよい。今は目前の戦いだな。


 姉上との戦いに集中するとしよう」


 アトリはこぶしを握り、姉との戦いに向けて気合を入れる。


『よほどのことがない限りは『星』ステージもこのメンバーから選ばれると思います」』


『『よほどのことがない限り』とかフラグか?』


 この時冗談で言ったことが現実化するなど、誰が思おうか。


 桜花絢爛水飛沫、決勝戦。


 そこにアトリの姉であるツグミの姿はなかったのである――


 

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