拾参:サムライガールは交渉を見ている

「教えることはできません」


 ケロティアの答えはにべもなかった。


『ノヨモモモ岩戸の奥に何があるのか教えてほしい』と質問したところ、不機嫌を隠そうともしない顔で突き放すような声で答えたのだ。


「そ、そうか。失礼した」


 その拒絶を聞いたアトリはただそう言うしかなかった。


「はい。ありがとうございます」


 そして同席していた里亜は笑顔でそう答えた。


 ここは『クリムゾン&スノーホワイト』の参加者が泊まるホテルのロビーだ。そこにケロティアとアトリと里亜が座って話をしていた。


 タコやんはここにはいない。現在は(トークン里亜と一緒に)『地』ステージの第二回戦に挑んでいる。


「全く、マネージャーがどうしてもというから時間を割いたのですが。


 無駄なお時間でしたわね」


 カエルフードの上から頭を掻きながら、ため息とともにケロティアが言う。分単位で動くトップダンジョンアイドルのスケジュールをどうにか調整して会談の場を得たのは、里亜がケロティアのマネージャーにコネを持っていたからだ。


『溝口さんにはお世話になってますからね。お互いに』


 怪談を取り告げた後で里亜はにこりと笑ってそう言った。どんななのかは聞いてはいけない。そんな雰囲気を醸し出す笑顔であった。


「ご足労頂き感謝する。ではこれにて失礼――」


「いえいえ。割いてもらった時間は15分。まだまだ終わるには早いですよ」


 言って去ろうとするアトリを制する里亜。ここからが本番だとばかりに笑顔を浮かべた。


(もー。アトリ大先輩は口下手なんだから。刀を振るえば無敵で素敵ですけど、素直で実直すぎて交渉事には向きませんからね。


 里亜がばっちりフォローしますよ! 交渉カードは整理済みです!)


 ここから先は里亜の出番。心の中で気合を入れる里亜。キーワードと言う手札を確認し、それを切る順番を整理した。


「確かにマネージャーからは二時半までに戻るように言われました。ええ、そのお時間までは貴方達にお付き合いしましょう。


 ですがノヨモモモ岩戸に関することは何一つ教えることはできません。クリムゾン&スノーホワイトの事に関してもです」


 スマホを一瞥するケロティア。その時間までは話をするが、それまでだ。そして聞きたいことは完全に拒絶する。鉄壁ともいえるケロティアの態度。これでは情報を得るなど不可能だ。


 ――真正面からがダメなら側面から。戦いの鉄則だ。


「それはふわふわもっふるん君も言ってましたね。正確には『全ては話せません』でしたけど」


「羊の君が? 失礼を承知でいいますが、貴方達如きと会話を?」


「はい。里亜達は色々試されているようです。このクリムゾン&スノーホワイトの件に関しても」


「……成程。保険ですか。企てたのは<登録王>か<武芸百般>あたり……そう言えば<武芸百般>の妹でしたわね、そちらの竹サムライ」


『ワンスアポンナタイム』に試された、というカードを切った里亜。一瞬ケロティアの動揺を誘ったが何かに納得したように頷いて平静を取り戻した。


「保険。つまり何かしらの危険が岩戸の向こう側にあり、それを解決できる可能性が里亜達にあるという事ですね。


 そしてケロティア様もふわふわもっふるん君もそれを知っている。知っているけど他人に伝えることができない、と」


 その会話だけで里亜はノヨモモモ岩戸の奥にあるモノの方向性を読み取った。ケロティアは里亜の言葉に体を硬直させ、無言で缶コーヒーを口に含む。無言による返答の拒絶。だがその態度が里亜の正しさを示していた。


「『勝者には喝采を。魅せた者には花束を。成し遂げた者には栄光を。そして観客に笑顔を』」


 その動揺に付け込むように、里亜は更なるカードを切った。


「……クリムゾン&スノーホワイトの標語ですか?


 最後が違いますわよ。最後は『そして観客に幸せを』ですが。あそこにも書いてありますわよ。文字も読めなくなったとは悲しい事ですわね」


 数秒ほど里亜を鋭くにらんだケロティアは、その後静かに言葉を返した。悪態と共に近くにあるポスターを指さす。そこには『勝者には喝采を! 魅せた者には花束を! 成し遂げた者には栄光を! そして観客に幸せを!』と書かれてある。


「おおっと、そうでしたね。失礼しました。


 ところでケロティア様も同じことをおっしゃってましたね。桜花絢爛水飛沫第一回戦で、アトリ大先輩を助ける時に」


「っ。……そうかしら? 聞き間違いじゃありませんこと?」


 里亜の言葉を誤魔化すように言うケロティア。言ったかもしれない。いや、おそらく感情的になって言っただろう。


「里亜のアトリ大先輩好き好きを舐めないでください! 何時かアトリ大先輩に斬ってもらうために配信関係は全部記憶しているんですから!」


「は……? 斬ってもらう……? あの、どういうことですか?」


「里亜を斬るつもりは全くないからな」


 里亜の発言に目を白くするケロティア。視線でアトリに問いかけるが、アトリは手を突き出して容疑を否認した。


「ぶーぶー。アトリ大先輩はいつもそうなんですから。斬られた痛みが完全に伝わるってだけですから大丈夫ですって!」


「や。大丈夫じゃないから」


「そう言う要望もあるのですね……。確かに『斬撃』と言うバッドステータスはありませんわ。新たな発見ですわね」


 斬ってもらいたい系後輩とサムライ大先輩のいつもの会話。それを見て何かに納得するバステ系アイドル。ツッコミ不在のカオス状態であった。


「あー、里亜。脱線しないでほしいのだが」


「おおっとそうでした。いけないいけない。


『勝者には喝采を。魅せた者には花束を。成し遂げた者には栄光を。そして観客に笑顔を』……正直、里亜も『笑顔』と『幸せ』の差はほぼないって思ってました。時代の流れと共に変化した部分なのかなと。


 でも、意味はあるんですよね。おそらく岩戸の奥を知った人達には」


 暴走から戻った里亜は、まっすぐにケロティアに言葉をぶつける。おそらくこれがカギだ。そう確信して。


「観客に幸せになってほしくない……と言うわけではなさそうですよね。ダンジョンアイドルの方々を見ればそれはわかります。観客に不幸になってほしいなんて思うような人たちじゃありません」


「当然ですわ。アイドルを続ける理由は様々ですが、観客をないがしろにするお方は短命です。


 お客様の不幸を願うアイドルの笑顔など汚泥にも劣りますわ」


「ですよね。だから里亜もアイドルが大好きなんです。里亜にはできない形で皆さんを笑顔にする。あ、知らないと思いますけど里亜も配信者なんですよ。トークンを使った『すぐ死ぬ』系配信者。


 中層の魔物に勝てない道化として笑ってもらう配信者です」


「里亜、そんなことは――!」


 自虐的な里亜の発言を否定しようとするアトリ。そんなことはない。里亜の配信は素晴らしいぞ。そう言おうとするアトリを手で制する里亜。


(アトリ大先輩が里亜のことを評価してくれるのはとっっっっっっっっっても嬉しい! でもそれを聞いたら感動して泣いちゃうし、必要なのはこの流れ! だから今はストップで!)


 うれし涙をぎりぎりで堪える里亜。ええ、分かってます。分ってます。その期待を裏切らないためにも、里亜は言葉を重ねた。


「だからこそわかるんです。他人を嘲って得られる『幸せ』があることを。


 嘲笑、嗤笑、冷笑、嘲弄。言い方は様々ですが、他人を下に見て笑う。他人の不幸は蜜の味、なんてのは使い古された言葉です」


「…………」


 ケロティアは答えない。つばを飲み込み、里亜の言葉の続きを待った。


「ふわふわもっふるん君はこう言いました。


『求めているのは笑顔と幸せなんです。……本当の笑顔を。アイドルが観客に与えたかった本当の笑顔を与えてほしいんです』……と。


 つまり、今のクリムゾン&スノーホワイトはアイドルが観客に求めた『本当の笑顔』を得ていないという事ではないでしょうか?」


「……巨大な祭典ですから、三大企業を始めとしたさまざまな欲望が入り混じるのは致し方ない事ですわ」


 しばしの沈黙ののち、回答を濁すようにケロティアは答えた。曖昧で、どうとでも取れる回答。ど真ん中ではないが、的外れではない。里亜はそう判断した。


「それはそうですよねー。ドワスレはほとんど企業の商品宣伝ですし。桜花絢爛水飛沫なんかぶっちゃけお色気主体ですし。


 少なくとも、アイドルが求めた本当の笑顔ではないはずです」


 里亜は一泊おいて、最後のカードに手をかけた。ケロティアの表情と挙動を見過ごすまいと目を向け、口を開いた。


情熱の深紅クリムゾン純粋たる白雪スノーホワイト


 ノヨモモモ岩戸の奥にいるのは、その二人ですね」


 ケロティアは無言を貫いている。手を組み、里亜から目を離さない。


<登録王>は言った。


『50年前に岩戸を開き、そこにいる存在と同化した二人のアイドルがいる。


 情熱の深紅クリムゾン純粋たる白雪スノーホワイト。世界に幸せと笑顔を願ったアイドルがいるのだよ』


<無形>は言った。


『…………はい。二人は、そこにいます。50年ずっと。ずっと……』

 

 二人の言葉には苦みがあった。後悔があった。50年前に起きた事。それを悔やむ感情があった。


 そこで何かがあったのだ。おそらくは、望んだことと違う何かが。


「まさかとは思いますが、お二人が願った笑顔と幸せはアイドルが求めた笑顔ではなく、誰かを嘲笑う様なエンタメ的な――」


「そんなわけありませんわ!」


 里亜の言葉を遮るように、ケロティアが叫んだ。


 これまで徹底的に情報を出すまいと拒絶的だったアイドル。そのカエルパーカーの奥は、


「それだけは……それだけはありません! あのお二人が、情熱の深紅クリムゾン王子と純粋たる白雪スノーホワイト姫様がそのような想いを抱いていたなどありません……!」


 瞳から怒りと悲しみが入り混じった波が流れていた。


 これまで回答を避けるようにしていたケロティアが、明確に否定したのだ。


(――ああ、これは)


 里亜はケロティアが抱いている感情の正体を知っている。


 尊敬している人を不当に扱われた時に感じる怒りと悲しみだ。里亜からすれば、アトリを嘲笑された時に感じる怒りだ。つまらない推測で、その人が尊敬する人を評価したのだ。


「ごめんなさい。推測で酷い事を言って申し訳ありませんでした」


 だから里亜は素直に謝り、ハンカチを差し出した。ケロティアは冷静さを取り戻し、ハンカチを受け取って流れる涙をぬぐう。


 PiPiPiPiPiPi……!


 15分経ったことを告げるアラームが鳴る。ケロティアは立ち上がり、アイドル業務に戻ろうとして、


「……勝利と努力が報われないなどあってはならないのです。たとえ失敗でも、歩んだ道が歪められてはいけないのです。


 あのお二人の勝利と努力。それが報われないなど、悲しい現実があってはいけないんです」


 それだけ告げて、ケロティアは去っていった。


「色々なものを背負っているようだが、詳しい事はわからなかったな」


 ケロティアが完全に姿を消して後で、アトリが唸るように呟いた。ケロティアの言動に演技や騙すと言ったことは感じられない。明言しなかったのは前に里亜が言ったように、何かしらの制限があるのかもしれない。


「はい。ですが岩戸とクリムゾン&スノーホワイトに関する大雑把な形は見えてきました。


 ま、それよりはお姉さんとの対決が最優先ですね。ぶっちゃけ、アトリ大先輩にとってはこの祭典や岩戸よりもそっちが大事ですし」


 緊張をほぐすように伸びをしながら答える里亜。いろいろ厄介そうだが、里亜からすればアトリが望むことをするだけだ。50年前の事など二の次である。


「そろそろタコやんの試合ですよ。一緒に見ましょう、アトリ大先輩!」


「おお、そんな時間か。如何なる攻防を見せるか、拝見させてもらおうか」


 二人はタコやんの試合を見るためにスマホを起動させた。

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