拾弐:サムライガールは試された
『ワンスアポンナタイム』との話はこれで終わりになった。正確に言えば、これ以上の進展はないという事でお開きになった。
「とりあえず、タコやんと里亜が無事でよかったのだが」
アトリはホテルへの帰り道、そんな事を呟いた。
アトリの試合前に二人が審査員達に接触したら『ワンスアポンナタイム』の面々と出会い、アトリと共に話をしたいと言う事となり<登録王>の話を聞いたのだが……。
「正直、何が言いたかったのか全く分からぬ。企業の思惑やクリムゾン&スノーホワイトの事。理解できない事ばかりで何がどうなっているのか」
アトリは『ワンスアポンナタイム』の言ったことがまるで理解できなかった。アトリ達を試すために審査員に口添えし、三大企業の支援を受けずに何処まで戦えるかを見たかったというのはわかる。……実のところ、その辺りもあやふやなのだが。
さらに言えば、その流れでクリムゾン&スノーホワイトの『星』ステージの事を語られた。『ノヨモモモ岩戸』の先にいる二人のアイドル。クリムゾン&スノーホワイトの名の元となった50年前の人物。
その事情を知っているのに、誰もそれを語ろうともしない。
『勝者には喝采を。魅せた者には花束を、成し遂げた者には栄光を。そして観客に笑顔を。
そんな夢物語を、叶えてほしいんです』
最後に語ったふわふわもっふるんの言葉。はぐらかしているのではないのだろう。それは交渉事に疎いアトリにもわかる。あの声色は真摯に願っている言葉だ。そしてこのフレーズはアトリも知っている。
『勝者には喝采を! 魅せた者には花束を! 成し遂げた者には栄光を! そして観客に笑顔を!』
桜花絢爛水飛沫第一回戦。圧倒したアトリに呆ける審判に、突如現れたケロティアが叫んだ言葉だ。ダンジョンアイドル祭典『クリムゾン&スノーホワイト』の標語である。もっとも、最後は異なるが。
「確かこの祭典の標語は『勝者には喝采を。魅せた者には花束を。成し遂げた者には栄光を。そして観客に幸せを』……だったか? 微妙に異なるのだが?」
「そこは時代と共に変わったんやろ。幸せも笑顔もあまり変わらへんわ。
んな事より……面倒っていうかどないすんねんこれ……」
「ですよね。笑えることは幸せってことですから。アトリ大先輩の言うように微妙な差異です。
アトリ大先輩が大きく評価されることは嬉しいんですけど……うーん」
アトリの言葉に同意しながら、腕を組んで唸るタコやんと里亜。その表情は『なんだか大ごとになってきたんだけど、どうするか?』と言う顔だ。
「何をそこまで悩んでいるのだ?」
「お前のことで悩んでるんや! この刀以外はアカンタレなサムライが! 頭突きしてこのもやもやを伝えてやりたいわ!」
「落ち着いて、タコやん。そんなことしても情報は伝わらないうえに、アトリ大先輩に迂闊に掴みかかれば反射的に投げられてしまいますから」
「流石にタコやんと里亜は投げないぞ。多分」
「多分かい!」
ツッコむ個所はそこではないと知りながら、あえてそこをツッコむタコやん。その後で頭を掻いて、口を開いた。
「しゃーないから説明したるわ。耳の穴キレイまっさらにしてよく聞きや。ウチの美声に惚れるなや!」
「いや、それは流石に。
タコやんの良い所は声ではなくて器用な手先と発想力があることで、性格面で言えば悪態をつきながら相手の事を優先して行動するその優しさでそこに惚れる……ちょ、いきなり蹴るのは如何なものかと思うのだが!?」
「うっさい! 黙れ、この、このアホ! ああああああああ!」
いきなりべた褒めするアトリに蹴りを入れるタコやん。赤面した顔をアトリにバレないように伏せて足を動かし、その後で蹲る。『こっち見たら殺す』というオーラを出し、アトリの追及を逃れていた。
「これはアトリ大先輩が悪いですね。まあ、タコやんが原因なんですが」
「何なのだそれは?」
肩をすくめる里亜に首をかしげるアトリ。自分が悪いのに原因がタコやんとはこれ如何に?
「気にしたら負けですよ。タコやんがヘタレてバグってるんで里亜が説明しますね。
ええと。三大企業は御存じですか、アトリ大先輩?」
オーバーヒートしたタコやんが冷却するまで、里亜が説明を代替する。
「流石に知ってるぞ。インフィニティック・グローバルとアクセルコーポとエクシオン・ダイナミクスの三社の事だな。
世界のインフラ……生活の基盤を支えてくれる企業の事だな」
世間に疎いアトリでも知っている程度に三大企業は世界を支えている。
ダンジョンがこの世界に顕現した時、三大企業はスキルシステムなどを駆使してダンジョンを攻略した。その結果、ダンジョン素材をいち早く確保して分割されて混乱する世界を台頭する存在になったのだ。
「はい。三大企業は里亜達の生活を支えてくれています。言ってしまえば三大企業無くして今の生活はあり得ません。
その前提でもう一度質問に答えてください。アトリ大先輩は三大企業の事をどこまでご存じですか?」
再度問われた里亜の問いかけに、アトリは眉をひそめた。その質問の意図を計りかね、質問を重ねてしまう。
「どこまで、と言うのはどういうことだ?」
「世界が時空嵐で分割されて国家が崩壊し、困惑する世界を支えるために三大企業がインフラを担って生活を維持するように努めている。ああ、三大企業はなんてすばらしいんだ。
……などと言う無償の善意を信じていますか?」
「つまり、そうではないと?」
世界から国家と言う概念は消え去り、三大企業が生み出す
「企業は業務達成が目的や。インフラ担ったんはその一環やろうな、ってのが一般説やで」
アトリの問いかけに、復活したタコやんが答えた。些か穿った見解ではあるが、間違いでもないというのが通説だ。善意が皆無ではないだろうが、善意以外の理由があるのは間違いない。
「業務達成?」
「ざっくり言えば企業ごとの目的やな。表向きには三企業とも『ダンジョン素材を活用した世界復興』的な感じやけど。
でもホンマは違う。三大企業はそれぞれ別の目的で動いてるっていう説が濃厚やわ」
「本当に三企業の目的が同じならもっと提携をしてもいいはずですが、そんな様子はありません。三大企業が協力することは稀ですね。だからこそ切磋琢磨しあってよい開発ができると言われてもいますが」
アトリの問いかけに頷き答えるタコやん。そしてその説明を継ぐ里亜は、一息ついて説明を続けた。
「その稀な事例が、このダンジョンアイドルの祭典『クリムゾン&スノーホワイト』です」
『クリムゾン&スノーホワイト』は三大企業のダンジョンアイドルが集い、覇を競う祭典だ。里亜の言うように、三大企業が合同で行うイベントと言うのは稀である。しかもそれが50年も続いているのだ。
「どういう腹かはわからへんけど、50年前のダンジョンアイドルが中層で為した偉業が今も続いてるんや。その祭典には裏がある、ってのはもうバレバレやな。
単純に考えれば
「けど?」
指を立てながら説明するタコやん。少しずつ何が言いたいかを理解し始めるアトリ。そのアトリの質問を継いだのは里亜だ。
「『ワンスアポンナタイム』のお三方は言いました。『ノヨモモモ岩戸』の先にいるモノをどうするか。それを見て見たくもある』と。
『ワンスアポンナタイム』は今なお抜かれることのない各企業における最強の配信者です。いわば配信者面での顔と言ってもいいでしょうし、企業がもつ裏の顔も知っていて当然でしょう。おそらくはさっきタコやんが言っていた『目的』も」
「つまり……姉上の御同胞の言葉と行動は、三大企業の目的と直結しているとみていいと?」
「せやな。百パー同じやあらへんけど、その前提で間違いないわ。
そんな奴らに『試されてた』んやで、お前」
老人とアイドルと無口赤鎧と言うダンジョン配信者個人ではなく、世界を実質上支配していると言ってもいい企業。その代表ともいえる人物に試験されたのである。アトリを指さし、タコやんはそう言った。
タコやんの言葉を理解し、アトリは少しだけ訂正する。
「私だけではなく、タコやんと里亜も試されたのだが」
「そうやねんなぁ……。ウチは平和を望む美少女天才小市民やのに」
「過大評価なのか過小評価なのかわかりませんよ」
タコやんの自己評価に呆れる里亜。とはいえ、『ワンスアポンナタイム』に試されるというのは流石に過剰評価といいたいのはわかる。里亜も同じ気持ちだからだ。
「ともあれ、その試験がこの『クリムゾン&スノーホワイト』と言う事です。
アトリ大先輩に付き合って参加したわけですけど、なんだかとんでもないことになったな、と戦々恐々していたわけですよ」
過剰に期待されて委縮していたのかと納得するアトリ。企業に目をつけられることの意味はまだ十分に理解していないが、二人にとって負担ならアトリがとるべき道は一つだ。
「なら共に祭典を辞退するか?
正直、私は姉上との戦い以外は興味がないし、それも今である必要はない。二人の負担になるなら――」
「アホ抜かせ。ここまで来て引けるか。
メンドくさいけど、お前と姉ちゃんの戦い見るまでこのまま突っ走ったるわ。感謝せいや」
「ええ、その選択肢だけはないです。自分より格上とか強い相手にあの手この手で騙し騙し進むのは里亜の十八番ですからね!」
二人の為にクリムゾン&スノーホワイトを辞退しようとするアトリに、手を振って答えるタコやんと里亜。アトリを全力でサポートする。生命にかかわらない限り、二人にとってそれが第一義だ。
「そうか、それは助かる。正直、私一人だとどうしようもなかったのは事実だしな。
二人がいてくれて、本当に心強いぞ」
「だからお前は何でそういうことを平気で言えるんや。ったく……」
「えへへ。里亜は頼られて嬉しいですよ。ばんばん頼ってくださいね。里亜もタコやんも全力で応じます。
それじゃあまずは『クリムゾン&スノーホワイト』の事を調べましょう。情報収集は基本ですから!」
アトリの言葉に顔を背けて悪態をつくタコやんと素直に喜ぶ里亜。照れているタコやんを見ながら、里亜は指一本立てて今後の指針を告げた。
「情報収集? アイドル祭典の事を調べるのか?」
「はい。ふわふわもっふるん君を始めとした『ワンスアポンナタイム』の方々は岩戸の向こう側にある存在のことを『話せない』と言いました。『知らない』でも『教えられない』でもなく、話すことができないと。
推測ですが、行動を封じる呪いの類かもしれません。ならば他のアイドルに聞けば、何かしらの情報が得られる可能性は高いです」
「なんや? 心当たりでもあるんか?」
『ワンスアポンナタイム』ですら話せないという情報を知る人物。タコやんは見当もつかないとばかりに質問する。
「はい。これまで何度も『星』ステージで戦い、3度も優勝しているダンジョンアイドル。ふわふわもっふるん君に匹敵するバステ系アイドル。
ケロティア様に突撃取材です!」
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