拾壱:サムライガールは古き探索者と話す
「…………は?」
桜花絢爛水飛沫戦後。スマホを開いたアトリは、我ながら間の抜けたと思う言葉を吐いていた。通知はタコやんと里亜のメッセージだ。その内容が、あまりにありえない内容だったのである。
曰く、
『おまえの姉ちゃんのパーティから頭下げられてなぁ。そんで話したいって言われて……! すまん、ちょっと助けてくれ!』
『里亜の想定外です! 『ワンスアポンナタイム』!? 里亜のキャパオーバー! え? なんなんですかこれ!? アリ大先輩助けて!』
タコやんにせよ里亜にせよ、情報戦に関しては『ウチに任せとけ! お前は情弱やからな!(by タコやん)』。『泥にまみえるのは里亜の役目! アトリ大先輩は正道を進んでくださいね!(by 里亜)』的な感じでアトリを遠ざける面はあった。
それが臆面もなく助けを求める事態。これは非常事態だと判断し、アトリはタコやんと里亜が指定する場所に赴いた。市街地から少し離れた場所にある建物。個人経営の郷土料理店だ。
「ここにタコやんと里亜が……。相手は姉上と同格の相手。
恐れるな。目的は二人を助けること。勝てずとも、目的だけ果たせばいい」
だが、それに騙されるアトリではない。これが敵地だと理解し、その上でドアノブを握る。ここを開けた瞬間に戦いは始まる。戦闘は始まりが大事。初手で主導権を握り、そして戦闘の流れを制する。
「タコやん、里亜! 今助けに来た――!」
『ワンスアポンナタイム』。姉上と肩を並べる相手。勝利条件を心に刻み、意を決してドアを開く。刀を抜いて、戦場に身を踊りこませ――
「なあなあ、そのカニ爪アームはどないな構造なんかおしえてくれへんか!? ウチマジで気になるねん! あと無責任無軌道無節操なアトリの姉ちゃんについて教えてくれへんか? アイツ一発どつきたいねん!」
「スキルシステムを作り出したお話とか聴いていいですか!? あと最弱無能無能と言われたスリープゴートをそこまで強くした敬意とか聞いていいですか!? 里亜、弱い立場から強くなった話とか大好きなんです!」
推定『敵』であった『ワンスアポンナタイム』に対してフレンドリーにしている親友二人を見て、アトリは一気に崩れ落ちた。張りつめた緊張感が一気に霧散し、腰から力が抜けてもうどうでもよくなった。
「おおっと、来たんかアトリ。かけつけ三杯はオーサカの礼儀やで! 緑茶でええか? 意外といけるで!」
「どうしたんですかアトリ大先輩!? すごく気が抜けた表情なんですけど! そんなアトリ大先輩も大好きです! 斬って!」
「その、何だ……タコやんも里亜も何をしているのだ……? 無事なのは安心したけど、いろいろ事情を話してほしいのだが。あと斬らないから」
抜いた刀を仕舞いながら頭を押さえながら言うアトリ。助けを求めた相手が楽しそうに歓談していたのだ。いろいろ問いかけたくなるのも当然である。
「まあそれに関してはあっちから話を聞いてくれ」
「はい。『ワンスアポンナタイム』の方々がアトリ大先輩を交えて話をしたいとおっしゃって」
「……ならそうメッセージで教えてくれればよかったのでは? 助けてなどと書くから一大事と思ったぞ」
不満げにアトリが言うと、タコやんも里亜も同時に頭を掻いた。
「いやまあ……マジで動転してな。こいつはアカンって肌で感じてつい」
「はい。里亜も同じです。画面越しじゃないふわふわもっふるん君とかパニくってしまいまして。動転してあんなメッセージになっちゃいました」
「その割にはかなり歓談していたようだが……?」
「それがなぁ。話してみると意外と気さくなじーさんで」
「話しているうちに緊張が解けてきて……アイドルってすごいですよね」
二人の話を聞いて、アトリはため息をついた。ため息の七割は安堵で、残りの三割は呆れだ。事情は理解できたし、素直に言えば無事でよかった。その後で『ワンスアポンナタイム』の方に目を向ける。
「初めまして。吾輩の名前は<登録王>トーロック・チャンネルーン。貴方の姉と共に深層を進んでいる者だ。
貴方の事は<武芸百般>……あなたの姉からよく聞いております」
「<無形>ふわふわもっふるんです。こちらは<化け蟹>カルキノスさん。
いろいろご迷惑をかけてしまい、謝罪します」
「…………」
緑色のローブを着た老人と、自分より年下の少年。そして赤いカニアームを備えた鎧が頭を下げた。
(成程、これは)
先ほどはタコやんと里亜を嗜めたが、『ワンスアポンナタイム』の面々から感じる無形の圧力。<登録王>からは見定められているような、<無形>からは何をされても対応されそうな柔軟な、<化け蟹>からは攻撃されれば後の先で攻撃を止めるという距離と重心の位置。三者三様の動きをアトリはそれを確かに感じていた。
(タコやんも里亜が動揺するのも無理はない。姉上とは違う方向性だが、彼らも相応の手練れということか)
相手への警戒度を少しだけ上げ、しかし友好的な態度を崩さずにアトリは口を開く。
「ええと……はじめまして、アトリと申す。姉上がいつもお世話になってます。
ああいう性格ですから、貴方達にかなり迷惑をかけていると思います」
言って頭を下げるアトリ。上げた警戒度はそのままに、当たり障りのない挨拶を交わした。
「うむ。<武芸百般>の性格に関しては色々言いたいが、今は関係のない事だ」
「ええ。東さんの無軌道無茶苦茶無鉄砲な性格は今回の会談にまったく関係ありませんので」
「…………」
<登録王><無形>が言葉を濁すようにアトリの姉の性格について眉をひそめ、<化け蟹>がうんうんうんと深く頷いた。あ、これはかなり迷惑をかけているんだなとアトリは納得した。タコやんと里亜も同情的な目を向けていた。
「貴殿らにわざわざご足労願ったのは、他でもない。クリムゾン&スノーホワイトにおけるアトリ様への扱いについてです。
事、アトリ殿は戦果を不当に嘲られ疎まれるような扱いを受けて、さぞ不快な思いをしたと思います」
話をするのは自分の役目、とばかりに<登録王>が口を開いた。
「いや、不快というほどでも。勝ち残るのは難しいか、と懸念はしたが」
「しかしそちらのお二方は審査員の元に抗議するほどにお怒りだと」
「怒ってへん。アホな審査されてオモロなかっただけや!」
「えへへ―。里亜は怒ってますよ。激おこぷんぷんムカ着火メテオインパクトでした!」
<登録王>の言葉にツンデレるタコやんと、素直に認める里亜。アトリはそれを見て、二人に頭を下げた。
「そうだな。二人には不快な思いをさせた。私の代わりに怒ってくれてありがとう。気付けなかったことを許してくれ」
「なんでお前が謝んねん! ああ、もうお前はホンマに……!」
「アトリ大先輩も里亜が馬鹿にされた時は怒ってくれましたもんね。お互い様です」
頭を下げるアトリ、顔を背けて頭を掻くタコやんと嬉しそうにはにかんで答える里亜。照れないでくださいよタコやん、と小声で言う里亜の足をアトリから見えない角度で蹴っ飛ばすタコやん。
「話を続けてよろしいですか?」
「ああ、すまぬ。審査員の扱いが不当と言う事だったか?」
「うむ。その指示を審査員に下したのは、我ら『ワンスアポンナタイム』なのだ」
<登録王>の言葉に、空気が固まった。タコやんと里亜はすでに知っていたので沈黙で応じている。とはいえ、その詳細はしらない。アトリが来てから話すと言われたので聞いていないのだ。
「理由を聞いても?」
声に若干の警戒を込めて、アトリは<登録王>に問いかけた。秘密を吐露したという事は何か事情があるはずだ。それ次第では警戒が強まるか弱まるかわからない。それを見極めるために相手の言葉を待つ。
「端的に言えば、貴殿らの実力を計るためだ」
<登録王>はアトリと、そしてタコやんと里亜を見てそう言った。
「このクリムゾン&スノーホワイトは三大企業の思惑が絡んでいる。
おそらくだが、我々の言葉がなくともアトリ殿の評価はここまでではないにせよ低く、勝ち抜くのに難儀しただろう。
だが貴殿らは企業の思惑を跳ね除け、高評価を得た。違うな。正しい評価を得たのだ。それはつまり、三大企業に対抗できるだけの行動力と強かさがあることの証左でもある」
『ワンスアポンナタイム』はアトリ達三人を試したのだ。三大企業の思惑を乗り越えられるかどうか。
「とはいえここまで過剰にしようと言い出したのは、アトリ殿の姉である<武芸百般>だがな」
「姉上……」
<登録王>の言葉に額に指を当てるアトリ。何やっているんですか、姉上。
「とはいえ吾輩も<無形>も<化け蟹>も、貴殿らを試したいという気持ちはあった。
貴殿らは……特にアトリ殿は企業の庇護なき者達が深層に足を踏み入れた。それはダンジョン攻略において、企業の支援不可欠というこれまでの常識を打ち破ることだ」
インフィニティック・グローバルの古株である<登録王>は鋭い視線をアトリとタコやんと里亜に向ける。
出過ぎた新人を睨むようでもあり、新たな可能性を計るようでもある。或いはその両方。企業の人間としての立場と、ダンジョンを進む先達の気持ちが入り混じった感情が瞳にあった。
「深層を進んでるんはアトリ一人だけやけどな」
「ですよねー。里亜達は深層どころか下層も無理ですし」
思わぬ注目に手を振るタコやんと里亜。だが<登録王>は二人に対する圧を緩めない。
「謙遜ですな。地上と深層における時間流動の違いを解決したのはタコやん殿と聞いている。深層環境に耐えうるカメラを作り出したのも。
そして深層における戦いを皆に分かりやすく伝えているのは里亜殿だ。アトリ殿の戦闘力もあるが、深層の戦いを陰惨にせず周囲に伝えられるのは才覚といえよう。
ダンジョン配信。ダンジョンと言う存在をエンタメに変える者。
マルチバース、平行世界、代替宇宙、量子宇宙、相互浸透次元、並行次元、並行世界、代替現実、代替時系列と呼ばれる様々な世界を飲み込み、そして今この世界を飲み込もうとするダンジョンと言う存在。
その脅威と言う猛毒を配信と言う形で薄め、娯楽の形に変えているのだよ。貴殿ら達配信者は」
それは、ダンジョン黎明期からダンジョンで戦ってきた老人からみたダンジョン配信者の意見だ。或いはダンジョン同化を目的とするインフィニティックの古株社員と言う立場かも知れない。
「それがこのクリムゾン&スノーホワイトでどこまでやれるか。ダンジョンが生んだ新たなビジネスモデルの中でキミ達がどこまで戦えるか。
なによりも『ノヨモモモ岩戸』の先にいるモノをどうするか。それを見て見たくもある」
「岩戸の……先?」
アトリの問いに<登録王>は笑みを浮かべて答えた。
「50年前に岩戸を開き、そこにいる存在と同化した二人のアイドルがいる。
そう呟く<登録王>の表情はどこか後悔を含ませる色があり、
「…………はい。二人は、そこにいます。50年ずっと。ずっと……」
「…………」
ダンジョンアイドルである<無形>ふわふわもっふるんは苦虫を嚙み潰したような表情を浮かべ、<化け蟹>はそれを慰めるように頭を撫でていた。
怪訝な表情を浮かべるタコやんと里亜。そしてアトリは『ワンスアポンナタイム』の面々が何を言いたいのか、はかりかねていた。
「――愚鈍な某には心中を察することはできないが、一つだけ問いたい。
貴殿らは某やタコやんと里亜に何を期待しているのだ? 教えてくれれば力になれるのだが」
アトリの問いに答えたのは、<登録王>ではなく<無形>ふわふわもっふるんだった。
「すみません。全ては話せません。……察してください。ボクも<登録王>もカルキノスも……そしてあなたのお姉さんも。この件に関して詳しく語ることはできないんです。
求めているのは笑顔と幸せなんです。……本当の笑顔を。アイドルが観客に与えたかった本当の笑顔を与えてほしいんです」
どこか泣きそうな顔で、少年はいつかケロティアが語った言葉と似たような事を告げる。
「勝者には喝采を。魅せた者には花束を。成し遂げた者には栄光を。そして観客に笑顔を。
そんな夢物語を、叶えてほしいんです」
ますますわからん。
そう言いたげに、アトリは眉をひそめた。
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