▼▽▼ 三者三様の交渉 ▼▽▼
時間は少し巻き戻る。『人』ステージ、桜花絢爛水飛沫の開始前。
「ええ話があるんやけど、聞かへん?」
タコやんが八丁地に話しかけ、
………………。
「稗田さんが冷静で平等な審査員であることを世間に知らしめる方法があるんですけど、聞きます?」
里亜(本人)が稗田に話しかけ、
………………。
「甲斐様はフィボナッチ数列の如く美しく奇麗な審査員であると、世間に分からせたくありませんか?」
里亜(トークン)が甲斐に話しかけていた。
………………。
「アトリに対して低すぎる点数を出したからここまで炎上してるわけやな。それが分かってへんとは思わん。むしろ分かってなお無視しているんや。
なんかの理由があるんやろうけど、揃って低評価をしてたらヤラセでまた大炎上やで」
タコやんは八丁地に向かって言う。
………………。
「アトリ大先輩に正当な評価を出せばこの炎上は収まります。ですが様々な理由があってそれはできない。
なので『アトリ大先輩への評価』と『アトリ大先輩への差別』が両立すればいいんです」
里亜(本人)が稗田に言う。
………………。
「そんなの無理? いえいえ、そんな事はありません。審査員は三人います。その誰かが低評価を下せば、『アトリ大先輩への差別』は成立します。
甲斐様は正当な評価をすればいい。申し訳程度に減点して『差別した』と言うことにすればいいんです」
里亜(トークン)が甲斐に言う。
………………。
「泥をかぶせて、自分は炎上を免れる。そしたら――」
「そうすれば、三人の中で正しい審査員として認められて――」
「認められて、伝説になるでしょう。貴方の審査員としての立場は盤石になりますよ」
タコやんと里亜(本人+トークン)はそれぞれ三人にそう言い放つ。
これを聞いた審査員三人の反応は、
「は? 何を言っているんだ」
「そんなことできるわけないでしょう」
「美しくない。時間の無駄だったな」
子供の戯言と一蹴した。当然だ。突然現れた子供の戯言。そんな言葉を聞く理由はない。企業や『ワンスアポンナタイム』のような力ある相手ならともかく、ダンジョンアイドルですらない配信者の忠告などネットの広告以下だ。
「あ、言い忘れてたけど――」
当然タコやんもそれは想定済みだ。なのでここで最後の仕掛けを告げる。
「この話は他の審査員にも言っています」
里亜(本人)が告げる一言。
「他の方も同じように戯言と否定してくれるでしょうか?」
里亜(トークン)の疑問は、そのまま審査員たちの疑念となる。
(あの二人も聞いている……だと!? どうする? 確認するか?)
(いいえ、無駄な行為。『戯言だな』と返ってくるだろうけど、本心ではどう思っているか……!)
(この炎上を回避して審査員として真っ当な評価を得られれば『次』の仕事にもつながる。その為に一人裏切る可能性は高い……!)
疑念は少女達の言葉を毒に変える。合理性と言う毒に。
『炎上を避けるためにアトリに点を上げる』『アトリを差別して点を下げる』……この二つを両立させるのは一人では不可能だ。だが自分は『点を上げる』を選択し、他二人が『点を下げる』を選択すればそれは叶う。
それは審査員各個人にとってのベストだ。そしてそれをお互いに狙っている。誰かがアトリの点を下げれば問題ない。しかしこの状況で誰が下げる? 三人が三人とも、保身を狙っているのだ。自分だけは炎上を免れたいと。
ではそれなりの点数を入れるか? いや、それは一番意味がない。半端にひいきしたとされ、炎上に屈したように思われる。行動に対して正当な評価を下さなければ、炎上は消えないだろう。
自分が『アトリに低得点』を選んだとして、他の二人も『アトリに低得点』を入れれば炎上はそのままだが、アトリを排斥できる。(炎上:✕ アトリ:〇)
だが自分が『アトリに低得点』を選んで、他二人のどちらかが『アトリに高得点』を入れれば、自分は炎上したままな上にアトリは排斥できない。最悪の形だ。(炎上:✕ アトリ:✕)
そして自分が『アトリに高得点』を選んだら、他二人の選択はどうあれ炎上は免れる。他二人が『アトリに低得点』を入れれば、アトリも排斥できる。これがベストだ。(炎上:〇 アトリ:〇)
だが自分が『アトリに高得点』を選び他二人も『アトリに高得点』なら、炎上はなくなるだろうがアトリは排斥できない。(炎上:〇 アトリ:✕)
(合理的に考えれば)
(最終的に自分にとって有利になるのは)
(『アトリに高得点』を入れた時……と言う事か)
囚人のジレンマ。協力したほうが良い結果を生むと知りながら、協力しない事で個人により良い結果が生まれるなら協力しなくなる。全体の利益よりも個人の利益。そういうふうに考えてしまうのは当然の心理なのだ。
「どういうことか、分かってくれたみたいやな」
口にこそ出さないが、こちらが言いたいことを理解したことを確認するタコやん。審査員三人が固い絆と信頼で結ばれていれば悩むことはないのだが、彼らはそれぞれ別企業。腹に一物あって当然の関係なのだ。信用などできるはずがない。
「物分かりが良くて助かります。一番恐れていたのは根拠もなく『いや、アイツ等は信用できる』と言われた時ですから」
このジレンマはあくまで合理的に思考できることが前提だ。思考を放棄して選択されれば元も子もない。
「――その建前で。いいえ、そう言う理由で」
合理と言う毒。それを相手が理解したことを確認して、少女たちは言う。
「アトリをコケにするんはもうええやろ!」
「アトリ大先輩を正しく評価してください!」
「アトリ大先輩をきちんと評価してください!」
タコやんと里亜(本人とトークン)は、目の前にいる審査員に向かって叫んでいた。
「アイツは確かにアイドルやないし、あそこで戦う理由も姉妹喧嘩みたいなしょーもない理由や。でもあそこまであからさまに低評価にするんは違うやろ!」
「アトリ大先輩がアイドル大会を乱しているって判断するのはいいです。でも吾の戦いをつまらないとかいうのは審査員としてどうなんですか!」
「里亜は自分が大好きで尊敬している人をあそこまで馬鹿にされて、怒ってるんです! 当のアトリ大先輩が仕方ないと思っているのがさらに許せないんですけど!」
タコやんも里亜も、アトリをバカにされたことを怒っていた。アトリを異物扱いするのは仕方ない。アイドルじゃないからそれはいい。だけど、アトリの奮闘を低く扱われるのは我慢できなかった。
「……すまんな、ちょっとカッとなった。でもそういうふうに脅されたってことであいつを見てやってくれへんか?」
冷静になって謝るタコやん。最後は余計だったが、言うべきことは言った。そのまま頭を下げて去ろうとしたところに、
「合理的なだけではなく、友を強く思う気持ちもある。行動の原動力も友を低く扱われたからか。得心した」
老人の声が耳に入ってきた。
「は? だ、誰や!?」
気が付けば目の前には緑色のローブを着た老人がいた。驚くタコやんに、老人は恭しく頭を垂れて自己紹介する。
「<登録王>トーロック・チャンネルーン。古臭いダンジョン探索者だ。今は配信者と言うのが正しいのか? 時代は変わるものだ。
アトリ女史を低く評価するようになったのは吾輩のせいだ。八丁地に変わり、謝罪させてもらおう」
同じタイミングで、里亜(本体)の所にも予想外の者が現れていた。
「ふわふわもっふるん君!?」
「ど、どうも。ふわふわもっふるんです。あ、こっちはボクのパートナーのドリドリです」
「知ってます知ってます知ってます! え? なんで!?」
超有名ダンジョンアイドルを前に困惑する里亜。そんな里亜にふわふわもっふるんは頭を下げた。
「稗田さんが鳳さんの妹へ低評価を行ったのはボクのせいです。貴方に不快な思いをさせてしまい、申し訳ありませんでした」
「へあ?」
いきなり現れた大物アイドルとアトリの関係が分からず、里亜は変な声を上げた。
そして里亜(トークン)の前にも意外な人物が現れていた。
「…………」
「ええと……?」
全身真っ赤で、カニの爪を思わせる装飾を持つ存在。そのカニ爪の先に起用にスマホを持っていた。スマホに移っているのは通話系アプリの画面だ。そこには、
『はろはろ~。カルキノスだお! 初めまして😊😘😊😘😊😘
甲斐にゃんをあまり虐めないで。カルキノス泣きそ😢😢😢。でもお友達をイジメられて怒ってるお姉さんの気持ちも理解できるお💕💕💕💕』
「……ええと?」
里亜は訳が分からないながらに、状況を把握しようとしていた。目の前にいる相手は『ワンスアポンナタイム』の一人、<化け蟹>カルキノス。不沈不死身不倒のタンクとして有名な相手だ。まさかこんな性格とは思わなかったが。
『アトリたんに酷い事するように言ったのはカルキノスのせいなの、許してほしいんだお🙏🙏🙏🙏🙏🙏』
メッセージと同時に無言で頭を下げるカルキノス。その態度を前に里亜は何も言えなかった。謝罪の気持ちは本物なのだろう。メッセージからは欠片も伝わらないが。
「ええと……。間抜けすぎてあれなんですけど、これってそう言う事なんですか?
アトリ大先輩に匹敵する最強配信者パーティが、クリスノの審査に関わってる? なんで?」
……………………。
と、これが舞台裏で行われたタコやんと里亜による審査員の交渉である。
合理性と言う毒を理由にアトリに正しく評価を下すように嘆願する。その結果が、桜花絢爛水飛沫でのアトリの高得点である。
だが三者三様の交渉は、思わぬ相手を引っ張り出した。
『ワンスアポンナタイム』……世界で初めて深層に足を踏み入れた伝説のパーティ。
そんな存在が出向いてきたのだ。
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