拾:サムライガールは竹鎧で戦う

「今日の方角は南西。よし、このルートで会場入りするか」


 八丁地はそういってわざわざ遠回りしてクリムゾン&スノーホワイトが行われる会場に向かう。駅から降りて大通りを迂回するルートだ。そのまま反対側に出て、そこから会場に向かう道で、


「予想通りやな。ここで待ってれば来ると思ったで。八丁地のおっちゃん」


 白衣を着た少女に出会う。背中に奇妙な機械を背負っており、府的に笑みを浮かべていた。


「私に何か用かな? 悪いけど後にしてほしい。これから仕事でね」


「その仕事の事に関してや。まじめに仕事してんのに世間からはえらいバッシング食らってるんやってな。


 審査員て大変やなぁ」


 その少女――タコやんは八丁地がクリムゾン&スノーホワイトの審査員であることを知っていると告げる。そして彼が世間から厳しく批評されているということも。


「ええ話があるんやけど、聞かへん?」


 ………………。


「冷静に。世間の評価なんか気にしたら負けよ」


 コンビニで購入したアイスを口にしながら、稗田は精神を落ち着けていた。クリムゾン&スノーホワイトの審査員。特定の選手をあからさまに差別しているといういわれなき風評被害。熱くなってはいけない。冷静に。冷静に。アイスを噛んで自分に言い聞かせる。


「エクシオン・ダイナミクスの稗田令子さんですね。


 冷静沈着で平等な審査をしているのに酷い言われようで。可愛そうだと思ってます」


 そんな稗田に同情するかのように言葉をかける里亜。稗田が怪訝な表情をするが、それは織り込み済みだとばかりに笑顔で近づいていく。突然話しかけられて不審に思われるの当然だ。なのですぐに本題に入る。


「稗田さんが冷静で平等な審査員であることを世間に知らしめる方法があるんですけど、聞きます?」


 ………………。


「1……1……2……3……5……。。落ち着け。美しい数字を数えて落ち着くんだ」


 公園のベンチに座ってフィボナッチ数列を数える甲斐。ここ数日のバッシングでかなり精神が参っていた。とにかくこういう時は美しい数字を数え、心を落ち着かせるのだ。


「ユリの花びらは3枚、ソメイヨシノは5枚、コスモスは8枚、マリーゴールドは13枚、マーガレットが21枚。


 大自然の中に隠れているフィボナッチ数列。まさに人知を超えた自然そのものと言える数字ですね」


「おお、分かってくれるのか! 同士よ!」


 そんな甲斐に接触する里亜(トークン)。不審な顔をされると思ったら、意外にも喜ばれて逆に怪訝な顔をする里亜。今まで誰にも理解されなかったんだろうなぁ、と少し同情した。正直、里亜も全く理解していない。


「黄金比のような美しいお仕事をしているのに、世間の評価は醜いものばかり。さぞつらいでしょう。


 そんな誤解を解きたくありませんか? 甲斐様はフィボナッチ数列の如く美しく奇麗な審査員であると、世間に分からせたくありませんか?」


 ………………。


『さあ、やってまいりました桜花絢爛水飛沫、第二回戦!


 一回戦と二回戦で得た点数の上位10名が決勝戦に進出だぁぁぁぁ!』


 アナウンサーはテンション高めに『人』ステージの開始を宣言する。そこに集まったダンジョンアイドル達30名。そのいずれもが様々な水着に身を包んだ艶やかな姿だ。


 ――ただ一人、アトリだけを覗いて。


「改めて……場違いだな」


 竹で作られた和風甲冑。頭部を保護する兜、胸部と肩を守る胴と袖。関節部分には竹を編んで作った肘宛て。腕と手の甲を守る籠手。足を守る脛当て。まさに全身竹で作らえた装備だ。それにウレタン武器を持っているのだ。


 周囲が水着なのに一人だけこの格好は、さすがのアトリでも場違い感を感じる。第一回戦の時も大概だったが、今回はそれ以上だ。なにせ水着ですらない。


『何だあの格好wwwwww』

『竹装備とは聞いてたけど、あれはwwwww』

『水着とは一体。我々一行はその謎を探るべくアマゾンの奥地へ向かった』

『いやマジでこれは予想外wwwwww』


 そしてコメントも荒れた。コメントは他のダンジョンアイドルの格好よりもアトリの奇天烈さに湧き上がった。


『27番! アトリ選手! 水着は何とまさかまさかの鎧武者! 竹は水に浮き、そして鎧でも泳げる古式泳法を会得しているという強引な理由! 水着審査を捨てて戦闘特化に移行したか!? これが戦に生きるサムライの選択だ!』


『鎧とかwwwwww』

『コスプレと勘違いしてないかwwwww』

『勝負を捨てて暴れまわる気かwwwwww』

『25点じゃもうどうしようもないもんなwww』

『今年のイロモノ枠は決まりだなwwwww』


 アナウンサーも流石にこれを水着と見ているわけではない。なので貶さずにやんわりとコメントした。それにあわせて観客からも嘲笑の声が上がり、コメントも湧き上がる。


 そんな嘲笑と批判の中、アトリは自分のフロートに向かうために歩を進める。世間の声など聞こえぬとばかりに一歩一歩。いつも通りに。


(――――っ!)


 その歩みを見たダンジョンアイドル達は、思わず息を飲む。目を奪われた事実に驚き我に返るが、それでも目を離せない。


 しっかり伸びた背筋。威風堂々とした様。華やかでも艶やかでもないが、戦に向かう武士から感じられる刃のような鋭い空気。それがダンジョンアイドル達の目を奪ったのだ。


 ふわふわもっふるんの歌と踊りがアイドルの天才と言われるかのように。


 戦装飾を纏ったアトリの動きには、本職の美と言うものがあった。


 見る人を喜ばせ、魅了するアイドルだからこそ気付けるアトリの歩み。


 そしてそれに気付いたのはアイドルだけではない。


『いやいや、これは』

『ちょっとビビった。ちがうな、目を奪われた』

『やべぇ。笑ってごめん。ゾクっと来たわ』

『サムライに鎧。当たり前だけど似合ってるわ』


 これまでアトリの竹鎧を笑っていたコメントも、手のひらを返してその歩みに肯定的なコメントを返していた。


『なんとなんと! 思わず言葉を失うほどの堂々とした歩み! 戦場に向かう武士の如く、威風堂々としたサムライの歩み! 静かに、だけど雄々しく! サムライアトリは今27番フロートに立つ!』


 アナウンサーも1秒言葉を失っており、その感動を言葉にするのにさらに1秒かかった。それでも場を繋いだのはプロの矜持か。


(作戦は前回と同じ。アトリへの集中砲火)

(勝てないとしても、意地は通す!)

(運営からの援護は期待しない。皆の連携だけでアトリを水に落とすわ!)


 ダンジョンアイドル達は視線で互いの意思を通じ合わせる。バトルロワイアルにおいて強者を先に潰すのは定石。互いのスキル把握している。たとえ前回と同じ結果になろうとも、やる前から諦めるという選択肢だけは絶対にない。


(前回は抑える相手が少なかった。今回は【鈍器術】スキル使いを増やして壁を作ったわ)

(デバフ要因に【風水師】も用意した。多少運気を弄ればいくら無敵のサムライだって!)

(試合開始と同時に全員で攻める。三日間、その練習もしてきた!)


 アトリを倒す。それだけの為に29名のアイドル達は協力し、訓練してきたのだ。その原動力はアトリ憎しという感情ではなく、


(アイドルとして、見ている人達を喜ばせるために!)


 ジャイアントキリング。番狂わせ。大物食い。


 誰もが勝てないと思っている相手に挑み、勝利する。古典的だが、誰もが求めるストーリー。拍手喝采はアイドルの華だが、それを呼び起こす感動を与えるのもまたアイドルの喜びなのだ。


「感じる。感じるぞ。戦場の香。その気迫、その意思。全て受け止めよう」


 言葉なく向けられる圧力に、アトリは嬉しそうな笑みを浮かべる。一回戦の時よりも濃い戦意。自分を倒そうとする見えない刃に、アトリの心は踊っていた。


『桜花絢爛水飛沫、第二回戦第一試合……開始!』


 試合開始のブザーとアナウンスが水の戦場に響く。同時に動き出すアイドル達。一回戦の時よりも鋭く、精練されたコンビネーション。アトリの動きを封鎖し、デバフを展開し、そしてスキルを乗せて突き出されるウレタン棒。


「悪くない」


 アトリはその連携をそう評価した。ぞくり、と背筋が震える。狂戦士の笑みを浮かべ、フロートを蹴った。ウレタン棒を振るい、戦場を疾駆する。


(うそでしょっ!? その隙間を縫うの!)

(ウレタン棒でデバフを弾いた!? 何それ!)

(想定していた以上の動き! こんなの――!)


 開始、6秒。


 アトリ以外の全てのアイドルはフロートから落とされていた。


 一回戦よりも2秒長くもった。負けは負けだが、努力の結果が見える2秒だ。これを短いととるか長いととるかは人それぞれだろう。


『し、試合終了! 圧倒的! まさに圧倒的! 27番アトリ選手! 深層を駆け抜ける強さをいかんなく発揮しての大勝利! 惜しみない賞賛を送ります!


 そしてそんなアトリ選手に怖れることなく、果敢に挑んだ29名のアイドル達にも拍手を! 盛大なる拍手を!』


『流石アトリ様!』

『なんというか、言葉もないな』

『888888888888!』

『流石にこの結果を想定していたのか、福ちゃんもいいアナウンス!』

『だよな。全員恐れずにアトリに挑んだとか、凄い事だよな!』

『負けてもカッコよかったぞ!』

『クリスノの歴史に残る勝負だった!』


 コメントもおおむね好意的である。勝者のアトリと、そして負けたアイドル達にも。


「良き戦いであった。某を倒そうとする強い意志。ダンジョンアイドルの矜持を感じた」


 言って頭を下げるアトリ。その様に、更に会場は大きく沸きあがった。プールサイドから上がったアイドル達も、アトリに拍手をしていた。自分達を讃えた礼儀に報いるように。


『マジでいい試合だった!』

『何があったかまるで分らないので解析班ヨロ!』

『恐ろしく速い動き。オレでも見逃してるね!』

『最高の戦いだった!』

『あ……、でもこれって前と同じだから……』

『審査員、今回も難癖付けるか?』


 審査員がアトリに対して過剰な差別を行うのは理解していた。


 前回とほぼ同様の展開。そして竹甲冑と言う水着審査的にも難癖付けれそうな要因。その気になればマイナス評価はいくらでも入れれそうなアトリの戦果。


 戦闘結果がどれだけ素晴らしくとも、審判が敵と言う時点で覆せないのがシステムと言うモノ。その絶望に染まる空気。


<27番、アトリ:9点、9点、9点、10点、9点。……合計、46点!>


 AI審査員だけではなく、三大企業の審査員にさえ高評価を出す結果となった。

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