玖:サムライガールはまた相談する

「助けてくれたんやって。感謝するで」


 滝川の一件を知ったタコやんは、アトリ達にそう言って感謝した。


「うむ。何事もなく良かったな」


 アトリが頷いて応える。これでこの件はお終いと言う空気になった。


(あー。タコやん照れてる。アトリ大先輩に救ってもらって嬉しいけど、プライドが邪魔してる。


 まー、タコやんは守られるお姫様になりたいんじゃなくて、アトリ大先輩の横に並びたい系ですからねー。嬉しいけど求めている立場じゃないってところですか)


 里亜はタコやんの心理を想像し、頷いていた。自分だったら抱き着いて喜んでるんですけどねー。でもタコやんだし仕方ないか。そんな事を思いながら話を進める。ここに来たのは雑談をしに来たのではないのだ。


「これで全ステージ第一回戦の結果が出ましたね」


 里亜が告げるのは、クリムゾン&スノーホワイトの結果だ。今日行われた『天』ステージで、『天』『地』『人』の第一回戦の結果が出たのだ。


「そう言えばやってたなぁ。『天』とかウチら関係ないし忘れてたわ」


「むぅ、『星』ステージに行くことになったら戦う相手ですよ。興味がないのはすこし情弱じゃないですか?」


 タコやんの言葉に腕を組んで怒るように言う里亜。『地』ステージを勝ち抜いたら戦う相手の情報だ。情報戦を怠るなど勝負を捨てるも同然である。


「私は『星』以前に、姉上との戦い以外は興味がないのだが?」


「ですよね! アトリ大先輩と鳳東の戦い! それ以外の戦いなんてないも同然です!」


「いつも通り手のひらクルックルやなぁ」


 申し訳なさそうに言うアトリに、拳を握って答える里亜。その態度の代わり様に、むしろ安心するようにペットボトルのお茶を飲むタコやん。ホンマ、アトリ好き好きやなぁ、この後輩。見てて飽きへんわ。


「『天』ステージのアポロンハープは歌唱メインアイドルのぶつかり合いでしたね。


 大方の予想通り、ふわふわもっふるんくんとケロティア様の二名がぶっちぎりです」


『天』ステージのアポロンハープはダンジョンアイドル達が歌い合い、自らを披露するステージだ。クリムゾン&スノーホワイトの華ともいえる。……ほぼ商品説明の『地』ステージと水着大会の『人』ステージが異色すぎるという説もあるが。


 とまれ『天』ステージは二名のアイドルが高得点をたたき出し、他のダンジョンアイドルを一気に突き放したのだ。事前予想通りではあるが、それでもふわふわもっふるんとケロティアの素晴らしさを見せつける結果となった。


「ケロティア殿は一度会ったな。なかなか芯の通った人物だった。


 あとふわふわ……殿は、確か姉上の」


「はい。ふわふわもっふるんくんはアトリ大先輩のお姉さんが入っているパーティ『ワンスアポンナタイム』の一人です。


<無形>という二つ名を持つテイマーで、その二つ名通り形に囚われない万能型のサポーターです」


「戦闘ではバフデバフをばらまいたり回復させたり、戦闘外では索敵や罠発見や解除もできるし料理もお手の物。『ワンスアポンナタイム』の戦闘以外担当と言っても過言やないヤツやな。


 本人は『僕じゃなくて羊が凄いんですよ』とか言ってるけど、テイマーの評価は使役魔物含めての評価やしな」


「羊とな?」


 里亜とタコやんの説明に首をかしげるアトリ。テイマーと言う単語は聞いたことがある。確かダンジョン内の魔物を扱うスキル使いだ。羊とはおそらくその使役している魔物だろう。だがアトリは強い羊型魔物とあまり戦ったことがない。そんなに強い魔物がいたのか?


「アトリ大先輩の言いたいことはわかります。実際、ふわふわもっふるんが世に出た時は『下層のザコ羊テイマーかよ』とバカにされましたからね。ふわふわもっふるん君の見た目も相まって、ぬいぐるみを抱いた子ども扱いでした。


 大きさ50センチほどの小さな羊型魔物、ドリームシープ。それを駆使するスタイルです。元々は上層にいる弱い魔物でしたが、鍛えに鍛えぬいて下層魔物にも対抗できる強さになったとか」


「万能でその上アイドルとはな。多芸なのだなぁ」


 里亜が見せてくれたふわふわもっふるんのコンサート動画を見るアトリ。自分より若い少年が白い羊と一緒にステージで踊りながら歌っている。踊るたびに観客が沸き、歌声が興奮を加速させる。


「ケロティアみたいにバステで信者を得るんやなく、歌も踊りもスキルを使わへん自分の実力や。スキルなんはテイムしている羊ぐらいか?


 ダンジョンアイドルの天才児。深層に消えるまでは文句なしのトップアイドルやったんや。それが復活した、って話題騒然やで」


「あいどるの事はよくわからぬが、動きの一つ一つが精練されているな。成程人気があるのも納得だ」


 タコやんの評価に納得するアトリ。芸能に興味はないが、ふわふわもっふるんが凄いというのは理解できる。門外漢にそこまで言わしめるほどのアイドル。それがふわふわもっふるんなのだ。


「『天』ステージはふわふわもっふるんくんが49点。ケロティア様が42点。3位の段差ダンサーさんが大きく離れて32点。あとは団子状態ですね。


 タコやんの居る『地』ステージはスピカさんが41点で、タコやんは37点。こっちも3位以下は30点近くで混戦状態です。


 第二回戦は明日からですが、よほどのことがない限りは逆転は無理でしょう」


 里亜の評価はクリムゾン&スノーホワイトを知るモノからすれば妥当なモノだ。


『天』ステージと『地』ステージは持ち前の歌唱力や創作物を競いあう。一回戦から二回戦の間のインターバルは3日あるが、それで実力差が大きく埋まるという事はない。よほどの奇策を用いない限り、ここまで開いた点差を覆すのは難しい。


「おお、よかったではないかタコやん。これで賞金はもらえるのか?」


「二位やと半額の50万EMやけどな。くそ、ウチの邪魔しおってあの魔法少女!」


「スピカさん、派手で奇麗でしたからね。闇・光・水・火・風・土・雷の属性鞭を入れ替えながら【光学迷彩】で衣装を変えていくとか見た目映えましたし。鞭の扱いもスキルコントロールも神がかってました。


 タコやんは質実剛健ですが、スピカさんは豪華絢爛といったところですかね」


「やはり見た目か! 見た目が全てなんかぁ!」


『地』ステージの結果を振り返り、悶絶するタコやん。床を転がって悔しがるが、審査は妥当だし得点結果に不満はない。だけど賞金が減るのは嫌だ。そんな悔し顔である。


「せや。アイツが二回戦に出場出来へんかったら0点でウチの勝ちや。いてまうで、アトリ」


「いてまう、の意味は分からぬがよからぬ考えの様なので同意しないぞ」


「こういう時は黙って騙されろやー! こんちくしょー!」


 ワル顔をするタコやんの提案を冷静に却下するアトリ。駄々をこねるタコやんだが、本気で言っているわけではないのは知っているのでそのまま放置する。


「となると問題はやはりアトリ大先輩ですね。


 逆転の可能性はありますけど……むしろ正しく評価すればアトリ大先輩は圧勝なんですが……」


 額にしわを寄せて、里亜がため息をつく。『人』ステージにおけるアトリの不遇。五名の審査員のうち三名がアトリをあからさまに低評価するのだ。


 現在アトリの点数は25点。そのほとんどがAI審査員からの評価だ。三歳企業からの審査員はあからさまに差別されている。その理由が『物理的にあり得ない』『ズルの可能性がある』『ウレタン武器を使ったとは思えない速さ』という因縁に近いものだ。


「考えたのだが……姉上のように時間をかけて倒していくというのはどうだ? 確か武器を跳ね飛ばして、近づいて投げるだったか?」


 手を上げて意見を言うアトリ。一気に倒すのがダメなら、時間をかけて倒す。実況もあまりの早さに唖然としたし、大会としても時間をかけたほうがいいのはなんとなく理解している。


「うーん……。無駄だと思います。それをしたら今度は『姉の真似だ』とか言われかねませんし。問題はどちらかと言うと正しく評価しない審査員なので。


 あとアトリ大先輩にあんなタラシみたいな事をしてほしくありません」


「たらし?」


 里亜の言葉に首をかしげるアトリ。姉の戦い方の事を言っているのだろうが、どういう意図があるのかよくわからないという表情だ。密着して足を絡め、視界を封じるぐらいに顔を近づける。投げるのに合理的だと思うのだが。


「こいつにその辺の機微とかを教えるのは、ミジンコにインターネットの概念を教えるより難しいで」


 駄々っ子状態から復活したタコやんが肩をすくめて起き上がる。


「その辺りの問題はおおむね解決済みや。細工は流々仕上げを御覧じろ、ってな」


「あの竹アーマーがですか?」


 タコやんの言葉に怪訝な表情を浮かべる里亜。タコやんの言う『細工』とは、タコやんが作った竹アーマーを着て戦うというものである。


「ロダラビタケの強さは上手くアピれたしな。竹装備をアトリが着るってだけで話題騒然や」


 タコやんがSNS内で『アトリ 竹』の検索結果を見せる。


『明日、アトリ様が竹盾装備で登場!』

『レギュレーション的に盾ってありなの?』

『なし。手にもてるのはウレタン武器だけ』

『じゃあどうするんだ? 竹の水着か?』

『竹水着wwwwww』

『何それみたいwwwwww』


「……むしろ笑われてるんですけど」


「そこからあの鎧が出るんがええんやろうが。ギャップってヤツや」


「まあ、セーラー服とスク水よりはマシですけど。……マシなのかなぁ?」


 あれを水着カウントしていいものか? 水に浮くから水着。鎧を着て泳ぐ泳法もあるから水着。かなり強引である。アトリ唯一の超後輩(自称)の里亜であっても、擁護は難しい気がする。


「里亜には最後の仕上げがあるで。試合開始直前にトークン使って審査員に接触してほしいんや」


「試合開始直前? なんでそんなギリギリなんです?」


「ギリギリでないとあかんねん。ちょっと話すだけの簡単な仕事や」


 タコやんは里亜にメッセージを送る。それを見た里亜は『へえ』と感心したような顔をした。


「確かにこれはギリギリでないとダメですね。囚人のジレンマですか」


「合理と非合理の狭間やな。相談されへんようにタイミング図っていくで」


 何やら相談しているタコやんと里亜を見て、アトリは仲間外れにされている気がして不満げなな表情を浮かべていた。


「む。何を話しているのだ。悪だくみと言うのなら止めるぞ」


「悪だくみやないで。むしろ審査員に嬉しいアドバイスをするつもりや」


「ええ。アトリ大先輩は気にせずに。明日の試合に集中してください」


「むぅ……。まあ、そこまで言うのなら信じよう」


 あくまで内容を明かさないタコやんと里亜。アトリは不承不承納得する。この二人がこういうことをするときは、影でサポートしてくれることが多い。悪だくみではない、と言うのもウソではないのだろう。


 そして、桜花絢爛水飛沫の第二回戦が始まる――

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