▼▽▼ 滝川という愚者 ▼▽▼

 滝川有仁。42歳男性。アクセルコーポ所属の人間だ。


 元々はダンジョンの調査や素材回収などに勤しんでいたが、パーティ内の連携がうまく行かずにその役目を外される。


「オラ死ね!」

「お前はバカか! オレの言う事を聞けばいいんだよ!」

「燃えろ燃えろ燃えろ燃えろ!」


 原因を正確に言えば、滝川の粗暴な言動と行動が目に余ったのだ。魔物に対しては過剰なほどに攻撃を仕掛け、味方の些細なミスを大声で罵る。過剰な言動と行動を指摘しても反省もせず、大声と暴力ですべて解決しようとする性格。それが嫌われた。


「クソが! オレの方が仕事ができるのに! 上司はクズだな!」


 そう言う性格なので事務や総務などの様々な部署を転々とし、そのどれもが『滝川さんは自分勝手が過ぎる』と言う理由で部署内で問題を起こしての異動を繰り返す。最終的にはあまり他人と関わらない警備係で落ち着いた。


「オレがダンジョンに潜ればすぐに『ワンスアポンナタイム』を超える伝説を創れるのにな!」


 酒が入ればそのように愚痴る。なお会社の業務でダンジョンに入る事はなくなったが、個人でダンジョンに潜ることは止められていない。だが滝川はダンジョンに入ることなく会社の采配を罵る。伝説を創れると豪語するが、あくまで言葉だけだった。


『アクセルコーポの携帯食料はクズ! 味悪すぎ!』

『エクシオンのサービス悪すぎ! 客待たせるな!』

『インフィニティックの商品、ワンパすぎ! 開発部は老人だな!』

『ケロティアみたいなBBAをがいまだにトップという時点でダンジョンアイドルオワコンww』

『サムライアトリ? 企業のヤラセに決まってるだろwwwww』


 SNSでは止める人間がいないこともあって罵詈雑言の連続。何度かアカウントを凍結させれても懲りる様子はない。当然そう言った態度を注意され、論理だてた反論が来るとカッとなって反論してしまう。


『きしょいオタク共が顔真っ赤だなwwwwww』

『個人の感想に噛みつくとかダサすぎ!』

『少し調べればわかるのに、情弱にもほどがあるwwww』

『あまりしつこいと開示請求するぞ!』

『知り合いの弁護士に頼むからな!』


 話をずらし、相手をバカにし、そして脅迫し。相手を人間と思わず、自分のプライドを守るために必死になる。自分は上。相手は下。下の者が上と同じ目線を持つことが間違っている。オレの言う事に同意と称賛以外するな。


「滝川、お前に通知が来てるぞ」

「なんでお前なんかに……」


 そんな滝川がクリムゾン&スノーホワイトの審判に抜擢されたのだ。彼を知る者の反応は皆が『何故アイツが?』だった。滝川自身もそう思ったが、大会運営からの話を聞いて納得した。


「ドワーフスレイヤーが些かマンネリ化していまして。新たな刺激が欲しいんです」

「ダンジョンアイドル達が苦戦し、それを乗り越えるというヤツですね」

「こちらが指定したアイドルは倒さないでください。それ以外はお好きに」

「……ええ。思うままに。貴方を抜擢した理由はお分かりですよね?」


 つまるにそういうことで、クリムゾン&スノーホワイト運営は多少性格に難ありでもアイドルを乱暴に扱える人物を探していたのだ。幻影魔人を操るので、肉体的なダメージもない。名言はされていないが、好き勝手やっていいという事だ。


「はっ! 分かってるじゃねぇか。そういうのが求められるってことだよな!」


 乱暴な滝川の性格が全肯定されたのだ。この事により彼の理性ブレーキは取り払われ、ダンジョンアイドル達にトラウマを植え付けるほどのドワーフスレイヤーとなったのだ。


 あまりのやりすぎのため次回から審判は入れ替わったが、その後のドワーフスレイヤーも『あの回よりはマシ』だけどかなり陰惨且つえげつない内容となった。その方が人気が伸びたのは皮肉な話だ。


「ドワスレはオレが育てたんだ! 俺がいたからドワスレは伸びたんだ!」

「クリスノで一番なのはドワスレだな! 当然だろ?」

「『地』以外のステージはおまけ! 審判もオレ以外はカスだったがな!」


 そして審判役を外されたとはいえ、滝川の態度はさらに大きくなった。自分の活躍で歴史的コンテンツを一つ救ったのだ。図に乗らないはずがない。もっとも運営的には劇薬過ぎたので滝川は遠ざけたのだが。


 それから数年後、再び審判をしてほしいという依頼が滝川に舞い込んできた。初回以降、やりすぎとばかりに遠ざけられてきたのに。


「おい、いいのか?」

「しょうがないだろ、上からの命令なんだから!」

「上? 運営幹部が動いたのか!?」

「マジか。命令には逆らえないか……」


 滝川審判時のバッシングを知っているスタッフ達はその辞令に大困惑し、大混乱する。だが正式な書類である以上は逆らえない。渋々滝川を審判に迎え入れた。そして――


『次は19番! なんと事務所無所属アイドルだ! 『DーTAKO』チャンネルのタコやん!』


(19番は好きにしていい相手だったな。うっ憤を晴らさせてもらおうか)


 タコやんを前に舌なめずりする滝川。装備しているのも竹で作った盾だ。どう料理しようかと思っていたら、想像以上に粘られた。竹の盾。そしてそれを扱うガジェットアーム。ファントムの攻撃を何無く凌いでいく。


「しまった!」


(くそ小娘ガキめ、隙を見せたな! 体に纏わりついて溶かしてやる! 皮膚がグズグズになる感覚に恐怖しながら怯えて泣き叫べ!)


「――と思うやん?」


 さらにはわざと盾を弾き飛ばされ、攻撃を誘導させられた。嗜虐心むき出しにした突撃を盾で防がれ、頭に血が上る滝川。


「サービスええなぁ、審判さん。こんな子供だましにワザと引っかかってくれるなんて。感謝感激雨あられやで。


 ウチを引き立ててくれて、ご苦労さんや」


 さらにはこんな挑発までする始末だ。元より堪え性のない滝川は怒りのままに暴走する。だが想像力が攻撃手段に直結する幻影魔人において、力任せの暴力などマイナス要素でしかない。腕をぐるぐる回す子供のような突撃など、誰が怖れようか。


 そしてその影響はタコやんの戦い以降も続いた。タコやんへの怒りを解消しようと後続のダンジョンアイドルに怒りをぶつけようとし、動きが直線的になる。多彩な攻めはワンパターンになり、多くのダンジョンアイドルが三分間アピールできてしまう事態になったのだ。


「困るなぁ、滝川。指定されたアイドル以外はきちんとやってくれないと」

「突撃して抱きついて溶かす。その挙動が見え見えすぎなんだよ」

「この結果で報酬を渡すのは厳しいねぇ」


 ドワーフスレイヤーが終わり、運営からダメ出しを受ける滝川。上には逆らえない滝川はただただ頭を下げるだけだ。


「申し訳ありません! 二回戦こそは! 二回戦こそはきちんとやりますので!」


 頭を下げながら、滝川の脳には復讐しかなかった。反省など欠片もなく、頭を下げて1秒でも早く説教から解放されることを祈っていた。


 タコやんとか言う奴にどう復讐するか。上の立場であるオレに逆らった小娘に、どんなふうに謝らせようか。いや、謝罪など聞かない。辱めて、ボロボロにしてやる。相手が女で子供で科学系配信者など戦えないザコだ。大人の男の恐ろしさを教えてやる。


 ドワーフスレイヤーから一夜明けた次の日、滝川は後輩のアクセルコーポ社員に詰め寄った。クリムゾン&スノーホワイトのダンジョンアイドルが泊ってるホテルの管理をしている男だ。


「おい! 昨日のドワスレ19番がいるホテルの部屋を教えろ!」

「お前、オレの後輩だろうが! 先輩の言うことは聞け!」

「誰が審判だと思ってるんだ! このオレだぞ! 審判のオレが正しいんだってことぐらい理解しやがれ!」


 大声で怒鳴りたてて情報を引き出そうとする滝川。そんなことはできませんと突っぱねると、滝川はさらに大声になって喚き散らした。


「分かりましたよ。僕が喋ったとか言わないでくださいね」


 最終的には相手が折れて、タコやんが泊まっている部屋を教えてしまう。自分は関係ない。あの選手がいる場所を知った滝川が何をしようが関係ない。老害に仕事の邪魔をされたら仕事が間に合わない。だから仕方のない事だ。そう言い訳して、忘却した。


「オレは正しいんだ。オレは上なんだ。小娘ガキ如きがオレより上に立とうとするのが悪いんだ。


 そうだ、悪いのはあの小娘ガキだ。オレは正しいんだ。オレは上なんだ。だからこれは正義なんだ!」


 目を血走らせ、妄言を吐きながらタコやんの居る部屋へと向かっていく滝川。行き当たりばったりの行動。どうやって部屋の中に入るかだとか、そんなこともまるで考えていない。力に任せて行動すればどうにかなる。そんな短絡的思考だ。


「押し倒して殴って謝罪させて、泣いている顔を気が済むまで殴って、あとは土下座させてプライドを粉々にして、それをネタにさんざんこき使ってやる……!」


 これまで相手してきたのは暴力に屈服する相手。大声を出して相手を委縮させ、拳で殴って黙らせてきた。立場が上の相手にはこびへつらって、下と判断したら容赦はしない。


 暴力ですべてを解決してきた滝川。それゆえに、知らないこともある。


「ほほう、誰を殴ろうとしているのか教えてもらおうか」


 タコやんの部屋の前に立つ、和服を着た女性。その和服少女は怒りの声を隠そうともせず、滝川に向かって鋭い視線を向けていた。


「決まってるだろうが! タコやんとか言う生意気な小娘ガキ――ガッ!」


 滝川が知らない事。それは自分以上の力を持つ相手がいるという事だ。下と侮った存在が、自分以上に暴力的な存在であるという事など、想像もできない事だった。


 滝川はその女性に僅か一瞬で間合にはいられ、刀の柄で腹部を殴られて床に崩れ落ちる。薄れる意識の中、会話だけが聞こえてきた。


「流石アトリ大先輩、容赦のない一撃でした!」


「情報感謝するよ、里亜。


 ……それはそれとして、あまり非合法な事はしてほしくないのだが。じーぴーえす? この男の位置情報をスマホから会得したのは褒められた方法ではないのではないか?」


「まあそれはそれ。スマホを弄った時にちょちょいと悪戯したおかげで襲撃を事前に察知できたという事で!


 タコやんを襲おうとして怒ってるのはアトリ大先輩だけじゃありません。里亜だって怒ってるんですからね!」


 聞こえてくる少女達の会話を聞きながら滝川は意識を失った。


 ……………。


 アトリ達から滝川の行動を知らされたアクセルコーポは滝川を拘束し、解雇通知を出す。そして警察に引き渡し、法の裁きを受けさせた。


「オ、オレは悪くない! 世間が全部悪いんだ! 俺を優遇しない社会が悪いんだ!」


 最後の最後まで誰かを罵る滝川。誰も滝川を擁護する者はなく、ついに罪を犯したかと呆れる声がほとんどだった。


 滝川の話題は半日で誰もが興味を失う。クリムゾン&スノーホワイトも『代わりの審判を探さないと』ぐらいの懸念しかなかった。


 滝川と言う男が世間にとってどれだけ必要とされていないか。これはただ、それだけの話である。


 ただ――


「もう少し不幸をばらまいてもよかったのに」

「わざわざ起用したのに、もう少し暴れてほしかったな」

「ま、これはこれでいい結果だ。無様に転がり落ちる道化もいいネタになる」


 クリムゾン&スノーホワイトの運営委員会は、些か不満そうに滝川の脱落を呟いたという。

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