▼▽▼ 『地』ステージ タコやんのターン ▼▽▼

 里亜は廊下を少し速足で歩きながら、控室での会話を思い出す。


『可哀そうやけどだからこそエンタメになる。それが人のサガってヤツやな』

『む。タコやんは楽しんでいるんですか? アストローラさんが可哀そうと思わないんですか?』

『ウチは医者やあらへんし、時間を戻せる神様でもない。モノは直せてもココロは治せへん。可愛そう、って思っても何もできへんしな』


(タコやんは『可哀そうと思わないのか?』という問いに『そうだ』と答えなかった。敢えて話題を逸らして、可哀そうと思ってるのを誤魔化した。


 面倒くさいツンデレですね、本当に!)


 苛立ちながらも、笑顔を隠せない里亜。もう、タコやんたらタコやんなんだから! だからこそ力を貸したいと思えるんですよね、もう! そんな喜びを含んだ苛立ちだ。


『できへんことはできへん。できることをやる。役割分担は大事やで』

『……わかりました。ええ、役割分担ですね』

『そう言う事や』


(『役割分担』の一言で察せとかどれだけ言葉足らずなんですか! 『おまえやったら言わんでもわかるやろ』的に頷かれても困るんですけどね!)


 怒りで頬を膨らませ、里亜は廊下を歩く。角を曲がって人目がない事を確認してから【トークン作成】でトークンを作製した。いつでも好きなタイミングで消せるトークンは、隠密活動にうってつけだ。


「それじゃ、『役割分担』開始です」


 近くのベンチに腰を下ろし、トークンを移動させながら里亜はタブレットを操作する。できることをやる。里亜にできることはトークンを使った情報収集。調べることは――


「審判の名前は滝川有仁。42歳男性。アクセルコーポ所属。過去のクリスノでもドワスレの審判をしていましたが、あまりの過激さの為にバッシングを食らって排斥された記録あり。なのに今回、突然の抜擢。


 タコやんの試合開始まであと10分。時間足りなさすぎなんですよ! ちょっと強引に行くしかありませんね! 滝川のロッカーを見つけて、そこに在るスマホを調べて……パスワードが初期設定のままとか見てくれって言ってるようなもんですよね、里亜悪くない。ロック解除してSNSの記録を確認! うわえげつないですねぇ……!」


 本体が滝川の経歴をタブレットで色々(やや違法手段で)調べながら、トークンで色々(思いっきり違法手段)滝川の個人情報を調べる里亜。その情報を里亜のタブレットに転送。スマホの操作情報を消し、物理的な侵入の痕跡を消してトークンを解除する里亜。

 

 この間、2分弱。監視カメラや人目を避けた侵入。ロッカーの鍵開け。スマホのロック解除。SNSの確認とデータ転送。並行して侵入の痕跡を消してトークン解除。かなり手慣れた動きである。


「短時間で調べられるのはこの程度ですね。あとはタコやんに任せますか。


 ホント、人使いが荒いんですから。里亜じゃなきゃこんなことできませんからね」


 調べたことをタコやんの端末に転送し、伸びをしながら里亜はため息を吐いた。


 ……………………。


「……いや。ここまで調べろとか言ってへんけどな」


 里亜から贈られてきた情報を見ながら、タコやんは冷や汗をかいた。確かに『役割分担』と言って里亜を焚き付けたが、得られるのは審判の名前と過去の経歴ぐらいだと思ってた。


「『アクセルコーポの窓際オッサン』『粗暴で偏屈』『承認欲求の塊』……鍵かけてるSNSのログまで分かるとか、どんな調べかたしたんや」


 まさか個人のスマホを覗いてSNSの記録まで見たなど想像もできないタコやんであった。SNSの発言は個人の性格を反映する。そこから推測される滝川の性格は、控えめに言ってろくでもない人物だ。


「上には徹底的に媚びて、下と見た奴らには暴言罵詈雑言待ったなし。安全圏から好き放題やる典型的な小物。ま、想像通りやな」


 里亜の調べた情報を加味し、審判の滝川のパーソナリティをイメージするタコやん。企業からの保護がないタコやんは滝川からすれば好きに扱っていい『下』の存在だ。


『18番、姫騎士アイドル、レイラ脱落! せめてもの矜持か、最後に『くっころせ!』を告げてのダウン! 被虐系アイドルの意地を見せたぁぁ!』


「……ホンマ、いろんなアイドルがおるなぁ」


 自分の前に出たアイドルがファントムの攻撃を受けてダウンする。中層素材で作られたドレスを着ての参加だ。防御スキルマシマシで負けることを前提に戦ったとか。耐えられない事を前提に点数を取りに行ったのだから、ある意味戦略的である。


『次は19番! なんと事務所無所属アイドルだ! 『DーTAKO』チャンネルのタコやん! 八本アームのガジェットを駆使する科学系配信者! その頭脳でどうやってファントムの攻撃を耐えるのか、見ものです!』


「アームちゃうで、『足』や。そこを間違えたらアカンで」


 自己紹介アナウンスにツッコミを入れるタコやん。その後で審判を見て軽く会釈した。


「よろしゅうな。あんじょう頼むで」


「…………」


 タコやんの言葉に黙礼で返す審判の滝川。しかしその視線からは敬意の欠片も見られない。コイツは企業に指定されていないアイドル。無様に倒していい女。タコやんを『下』に見る目だ。


(審判という立場。上から『好きにしてええ』っていう太鼓判を押されてる。やりすぎても責任取るヤツがいる。


 そりゃ無敵やな。ウチなんか後ろ盾のないモンを下に見るんも当然や)


 滝川からすれば、タコやんなどどうでもいい存在だ。人として見ず、数ある仕事の一つとして処理していい相手。普段は隠している嗜虐性を表に出していい相手。SNSで気に入らない相手を罵るように、目の前の相手を辱める。


『それでは試合開始! さぁ、如何なるアイテムで……は? 竹の……板?』


「D-TAKO! ガジェット! チェェェェンジ! 防御モード展開や!」


 試合開始の合図とともに、タコやんはタコ足ガジェットを使って、用意していた竹で作った盾を構える。大きさ30センチの竹製の盾が6枚。それを使って身を護るように展開させた。


『は??????』

『竹wwwwwwwww』

『おまwwwwwww』

『草生えるwwwwww』


 コメントは装備のしょぼさをバカにするコメントが飛ぶ。これまで宇宙服や鎧などで防御していたのだ。それがいきなり竹の盾である。ネタ枠として笑われても仕方ない。


 だがその笑いは――


『はぁぁぁぁぁ!?』

『竹なのにウソだろ!?』

『炎を塞いだ!?』

『何だあの竹!』


 ファントムが繰り出した炎の吐息をあっさり受け流したことで、驚きに変わった。


「ウチの『足』なめんな! アメリカ産の義手を貰って改造して得たゴーレムコアとアダマントによる一品や! 正確無比に素早く動けるで!」


 タコやんのガジェットは強化人間サンダーバードの腕を素材にして改良されていた。複数のミスリルゴーレムコアを駆動系に置き、フレームは下層で採れる金属アダマントで強化してある。


 動きのキレも耐久性も以前の『足』より大きく増していた。更には――


「そしてこの竹は中層で採れるロダラビタケや! コイツを900度の熱で油抜きして加工したんがこの盾やで!」


 余った『足』にマイクをつけ、拡声させて説明するタコやん。中層で採れた竹に似た素材。地上の竹よりも頑丈な素材としてタコやんは注目していた。


「竹はすぐ生えるから再生サイクルも早くて数もそろえられる一品や。硬度も強度も性能もご覧のとおりやで!」


 続いて放たれた雷撃も塞ぐタコやん。小さな盾を複数重ね、直撃を避けるように角度をつけて受け流していた。多少焦げ目は残るが、盾に損傷は見られない。防具として問題ない事を証明していた。


『マジか!?』

『マジ。ダンジョン産じゃない竹もエコ素材として使われているぞ』

『熱には弱いけど、直撃を避ければ問題ないってか』

『ハンマー攻撃を受けても耐えられるとか、どんだけ固いんだ!』

『しかも結構生えてるから素材回収難易度も低い』

『あれ? 竹ってもしかして結構いい品物じゃない……?』


 竹の有用性に驚くコメント。予想通りのコメントの流れにタコやんは言葉を重ねる。


「せやで! 竹の性能とか詳しく知りたかったら、ウチのチャンネルに解説動画乗ってるから見たってや!」


 自分のチャンネルに誘導しながら、『足』を駆使してファントムの攻撃を避け続けるタコやん。その態度にはある程度の余裕が見えた。炎、氷、雷、岩石、鉄の刃、光線、槍……ファントムの攻撃種類は数多いが、タコやんはそれを6枚の盾でいなしていた。


(アトリの動きに比べれば、こんなん鼻歌歌えるで! いろんな攻撃ができる言うても、剣術極めたヤツには勝てへんって事やな!)

 

 さらに言えば、タコやんは事前にアトリと模擬戦をしていた。アトリに竹光を持ってもらい、6枚の盾で戦う練習をしたのだ。……模擬戦の結果はアトリの圧勝だったが、おかげで滝川の動きが緩く見えるようになった。


 余裕が生まれているタコやんは滝川の表情をずっと見ていた。こちらを隠したと侮った目。竹の盾を見て嘲笑う様に浮かべた笑みは、少しずつ焦りに変わっていく。


(攻めきれない! 上である自分がこんな小娘ガキ相手に逃げられる! そんなのは許されない! 俺は強いんだ! 強者なんだ! くそ、企業から弱点らしいものを教えてもらえていればこんな娘に手間取ることはないのに!?)


(――って思ってるんやろうな。手に取るようにわかるわ)


 里亜から教えてもらった滝川の個人情報。ポーカーフェイスを保っている様に見えて、指がせわしなく動いている。これがSNSなら相手に遠慮なく感情的なレスをぶつけているだろう。それが分かる。


(怒って動きが単調になってきてるわ。自分のやり方が通用せぇへんて分かればごり押し。レスバも現実も同じやな)


 そして試合開始から2分半が経過する。防御に徹していたタコやんにトラブルが生じた。


「しもた!?」


 ファントムの攻撃で盾が弾き飛ばされたのだ。6枚の盾で構成された防御に隙が生まれた。滝川はその隙をつくようにファントムを変形させる。スライムのように不定形にし、細く伸ばしてタコやんに絡みつこうと――


「――と思うやん?」


 絡みつこうとするスライムは、竹の盾で防がれる。弾かれた盾を8本目の『足』でキャッチし、ファントムの目の前にかざしたのだ。わざと隙を晒して攻撃を誘導する。単純なフェイントだ。突撃してきたファントムが盾にぶつかり地面に落ちる。


 滝川の顔が怒りに染まる。すぐに表情を押さえるが、タコやんはそれを見逃さなかった。無表情に戻った滝川を鼻で笑うように口を開く。


「サービスええなぁ、審判さん。こんな子供だましにワザと引っかかってくれるなんて。感謝感激雨あられやで。


 ウチを引き立ててくれて、ご苦労さんや」


 笑みを浮かべて親指を立てるタコやん。セリフとポーズだけを見れば、審判に感謝したように見える。


 だが滝川からすれば、侮辱されたようにしか思えなかった。


 格下と見ていた小娘が、上である自分を騙したのだ。その後でわざとらしく褒めたたえ、余裕の笑みまで浮かべる。オマエなんか敵ではないとばかりに余裕を見せて。


 虚栄心。劣等感。歪んだ滝川の心はタコやんの態度をそう受け取った。怒りが攻撃を苛烈にするが、これまで以上に短絡且つ工夫のない攻撃を繰り返すことになる。多種多様なファントムの特性をまるで生かせていない攻撃ばかりだ。その結果――


『3分経過ぁ! 19番、タコやん選手、耐えきりましたぁ!


 竹の盾という不安多めのアイテムでしたが、その不安をものともしない防御性能! 複数アームのガジェットも質のいいゴーレムコアを使っているのか素早い動きでした!


 まさにドワーフ殺し! 10近い属性攻撃をアイテムの性能で乗り切りましたぁ!』


 アナウンサーがタコやんの勝利を宣言する。タコやんは拳を振り上げ、審査員の点数を見る。6点、7点、7点、9点、8点。人間の審査員もAIの審査員もそこそこ高評価だ。それを確認したうえでタコやんは会場に向けて宣伝する。


「お前ら、竹の素晴らしさを理解したな!


 桜花絢爛水飛沫の二回戦を期待してろや! もっとすごいもん見せたるからな!」


『人』ステージでも今回見せた竹のアイテムが登場する布石を出すタコやん。この一言で会場は大きくざわめいた。


『は? は? は?』

『え? ネタステージにモデルの、この装備?』

『竹の水着?????? は??????』

『タコやんが宣伝するってことは、アトリか!?』

『は????? 空気読めないアトリが竹装備!?』

『笑えるwwwwww』

『待て。逆に言えばここまで有用性の高い装備をあのアトリが用意するという事か!?』

『は?????????? え? 水着デバフのないアトリが無双するのか!?』

『……こー、タコやん=アトリと繋げるお前らに驚き。え? そうなの?』

『タコやんのコラボ先見れば常道だろうが!』

『タコやん=アトリ=里亜。この絡みを知らぬとは素人でござるな』

『無知を責めるのは傲慢だぞ』

『だな。でも第二回戦のアトリの装備に期待だ!』

『竹水着のアトリ!』

『うっは! 滾って来たぜ!』


 タコやんの宣言と同時に大きく沸くコメント。


(よっし。アトリの装備にロダラビタケの繋がりができたんで作戦成功やわ!)


 コメントの流れを確認して安堵するタコやん。竹の盾を使ってドワーフスレイヤーに挑んだのは、数日後のアトリの装備への布石を打つ為だ。ここで平均7点と言う評価を得たのは宣伝的にも大きい。


『地』ステージで高評価を受けた竹装備。既に高評価を受けた装備を『アトリが着ているから』と低評価を下すことはできないはずだ。それをすれば審査員の評価能力に影響する。評価は平等で正しい(ことになっている)ことへの信頼に影響する。


(ちょっとまあ、ウチとあのアホの関係性について、色々過剰に反応している奴らが多いのは気になるけど……。確かによくコラボするし、仲ええのは、まあ、そう思われても仕方ないけど)


 タコやんの勧め=アトリの援護。コメントの大半がそう思っていることに不満を感じるタコやん。確かに今回はその意図はあったが、いつもそうだと思われるのはちょっと不満だ。


(ウチは別にアトリにべったりとかそう言うわけやないからな。あのアホがどうしようもないから世話焼いているだけで、別にあのアホを毎回毎回四六時中サポートしているわけでは――)


『タコやんがアトリ大先輩好き好きで自分より優先してるのはいつもの事なんでいいんですが』


 唐突にタコやんの脳裏に響き渡るのは、里亜の呆れたような言動。


 その言葉を否定するように、タコやんは自分の頭を思いっきり殴りつけた。ナイナイ! そんなことあらへん! 里亜の勝手な妄想や! 何度も何度も頭を殴って、痛みで麻痺させて納得させた。


「と、とにかくすべてウチの想定通り! 作戦通りやで!」


 ドワーフスレイヤーでの勝利。ロダラビタケの宣伝。そして審判をコケにして一矢報いて鼻を明かす。


 タコやんが想定した全てを成功させたのだ。そう言う意味では作戦通りと言えよう。


 だが、想定外の思惑がある。


(くそっ! 小娘ガキが……! 企業の守りがない輩が、無事で済むと思うなよ!


 許しを請うまで泣き叫ばせて、それでも許されない絶望を与えて、死ぬほうがマシと思えるぐらいにいたぶってやるからな……!)


 屈辱を味わった滝沢の復讐心。否、復讐と言うにも烏滸がましい醜い嫉妬。自分勝手な自尊心を傷つけられた小物の暴走。


 歪んだ黒い欲望が、じわりじわりとタコやんに向かっていた。

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