▼▽▼ 『地』ステージ 人が作った欲望の虚 ▼▽▼
『一番! ドーラム事務所のスペーススター☆アストローラ! 遥か彼方にあるキスゼッホルム星から舞い降りたJK型宇宙人アイドルだぁぁぁぁぁ!
宇宙服に身を包み、その防御力を生かしてダンジョンを進む実力派アイドル! 手にした光線銃が今日も光る!』
アナウンサーの紹介とともに歓声が起こる。アストローラは想像以上に多い歓声を受けながら、指定の位置に足を運んだ。
「……あれがアストローラか」
黒系で統一された審判がアストローラを見る。鋭く、しかしどこか嗜虐的な目で。表情一つ動かさず、心の中で目の前の相手をどう弄ろうか舌なめずりしてた。
『アピールタイムは3分! しかしそれより前に攻撃を受けて戦闘不能になったら終了です!
それでは、スタァァァァァァァァト!』
試合開始の号令とともに、審判は【幻人召喚】のスキルを発動させる。
幻影であるがゆえに想像のままに形を変えることができ、スキル使用者の想像のままに攻撃できる。口から火を吐いたり、腕をハンマーに変えて殴りかかったり。どれだけ姿を変えてもファントムのスペック自体は変わらないので、一部を強化すれば他の部分がもろくなるのだ。
そして幻影であるがゆえに物理的な損傷はない。だがその衝撃やダメージは脳が知覚する。火を噴かれれば熱いと思うし、ハンマーで殴られれば痛みを感じる。しかしそれは脳が誤認しているだけで、身体的なダメージは皆無である。悪い夢を見ていたようなものだ。
『PI! PO! PA! 気になるアナタにSOS♪』
突如歌いだすアストローラ。そしてコンサートのように踊りだした。スキル効果など何もない。普通のダンスと歌唱だ。ファントムはそんなアストローラに向けて、雷の幻覚を放つ。まともに受ければ痺れて動けなくなる稲妻の一撃。
ドガラシャアアアアアア!
激しい轟雷。しかしそれは一瞬の音。その破壊音を打ち消すように、ソプラノの響きが場を支配する。
『今日も朝だよ元気だよ。アラーム止めて急いでGO!
いつもの電車の三番ホーム。キミは毎日そこにいる。名前も知らない好きな人♪』
破壊の雷撃を受けながら、アストローラはテンポを崩さず歌い続ける。天災ともいえる稲妻に耐える圧倒的な防御力。その程度、宇宙の過酷な環境に比べれば微風同然。そう表現するようにやさしい旋律は奏でられる。
(びっくりしたぁ……! でも大丈夫! 事務所のみんなが作ってくれたシルバーゴーレムからの素材で作った宇宙服! 対衝撃対魔法はもちろん、様々なデバフにも耐性がある! 私はそれを信じて歌いきればいい!)
電撃を食らったアストローラはその光景に驚きながら、しかし平静を保って歌い続けた。この程度の雷撃なら問題なく耐えられる。その自信がアストローラに力を与えてくれた。
『なんとなんと!? あの稲妻を受けてもノーダメージ! アストローラのコンサートは継続だ!
流石の宇宙服! 過酷な宇宙空間の環境に耐えるスーツはまさに鉄壁! 変幻自在にして千変万化の攻撃応報を持つファントムとはいえ、宇宙に耐えるアストローラを倒すのは不可能か!?』
アナウンサーもアストローラの防御力を称賛する。【捕縛鎖】や【壁作製】などを使って敵を止めた状態でコンサートを行うダンジョンアイドルはそれなりにいるが、攻撃を受けながら歌い続けるダンジョンアイドルなどそういない。
事実、アストローラは鉄壁であった。科学的に研鑚された防御力。あらゆる『過酷』を想定した科学的な開発。何よりも、それを纏う当人の精神性。善性を軸とした心の強さと、肉体的な鍛錬。
まさに無敵と言える強さがあった。アトリをもってしても『難物。これは斬れぬか? ……いや、燃えてくるな!』と言わしめるほど、アストローラは防御に優れたダンジョンアイドルだ。
雷撃、炎、吹雪、直接の打撃や斬撃。それらを全て宇宙服で受けるアストローラ。攻撃の度に悲鳴が起き、そしてそれに耐えたアストローラを見る度に歓声に変わる。コンサートが続くたびに悲劇的な色は薄れ、次は何に耐えるのだろうという期待に満ちた空気に変わっていく。
「――そろそろいいな」
そんな空気の中、審判が小さく呟く。試合開始から2分経過。会場の空気もダンジョンアイドルへの期待であふれている。
「え?」
アストローラの視界が黒く染まる。ファントムがスライム状に変化し、薄く広がって覆いかぶさってきたのだと気づいた時には遅かった。防御に特化した宇宙服では重くて回避は間に合わない。そのままアストローラはファントムに包み込まれる。
「あ」
肌に粘性のある液体が触れた。スライムが宇宙服の中に入ってきたのだ。完全密閉されている宇宙服ではありえない。自分でも知らない隙間があったの? その隙間からスライムが入ってきて――
「事務所からの情報通りだな。ヘルメットの後ろに穴があった」
アストローラの耳にそんな言葉が聞こえてくる。ファントムの、そしてそれを操る審判の声だ。耳元近くまで這ってきたスライム状のファントムから発せられた声。
「お前は事務所に売られたんだよ。我がファントムの強さを際立たせるために」
アストローラは言葉の意味を理解できなかった。理解したくなかった。
「硬いだけが強みのイロモノアイドル。その最後の舞台だ。せいぜい俺を引き立ててくれや」
事務所が、私を、捨てた? 宇宙服の隙間をわざと作って、そこを審判に教えて、ファントムの強さを際立たせるための、噛ませ犬として扱われて――
「ひ、」
やだ。うそだ。そんなのしんじない。だって、だって。わたしは。
「ぁ、」
耳に入ってくるスライム。そこから外耳中耳内耳を通って咽頭まで侵入される。体の中から溶かされる感覚。こわい、やだ、まってよ、ねえ、ねえ――!
「あああああああああああああああああああああああああああああああああ!」
アイドルという心の柱を折られ、そして今まで感じた事のない感覚に恐怖し、信じていた事務所に裏切られて、抵抗する気力そのものまで溶かされて。恥も外聞もなくアストローラは叫んでいた。
唯一アストローラにとって幸運だったことは、外から姿が見えない宇宙服に包まれていたことだ。穴という穴から液体を流し、恐怖で壊れた瞳は虚ろになり、人として見るに堪えない状態になっていた。
『ち、中断! 試合中断です! しばらくお待ちください!』
焦ったようにアナウンサーが告げ、試合を映すカメラが一時中断される。
――という演技。
これは予定調和。アストローラが負けることは運営側は皆知っていること。ただその負け様があまり無様だったため、トラブルに見せかけて焦ったように行動したに過ぎない。
放送事故。そう思わせることで『今年のドワーフスレイヤ―は一筋縄ではいかない』と見ている人達に印象付ける。強いインパクトを与えて、話題性を生む。そういう作戦だ。
かくして、『地』ステージのドワーフスレイヤ―は波乱万丈でスタートするのであった。
…………。
「駄目です。アストローラさんは面会謝絶状態ですね。
事務所の人も来ていませんし、明らかにやらせです! ああ、もう!」
怒りをあらわにする里亜。アストローラの試合結果を見て、トークンを使って病室に面会に向かったのだ。だが会うこともできず、アストローラが所属している事務所も予定調和なのか病室に足を運ぶ気配もなかった。
それを聞いたタコやんは皮肉気に鼻を鳴らした。タブレットを起動し、世間の流れをチェックする。
「ま、『生贄』って言ってたからそう言う事なんやろ。毎年誰かが場を盛り上げるために犠牲になる。やらせと分かっていても、見てる方は盛り上がるしな」
タブレットに表示されるSNSは、今しがた絶叫を上げたアストローラの惨状で盛り上がっていた。
『エグイ』
『悲鳴がリアルすぎて怖かった』
『今回のファントム、エグくね?』
『あの審判、一回注意食らって外された人だよね?』
『あの子、ファンだったのに……』
試合内容に陰うつになるコメントもあれば、
『宇宙服の隙間から入ってくるとか、ホラーかよ』
『正直、興奮した!』
『ドワスレの初戦はこうでなくちゃ!』
『盛り上がってまいりました!』
などとこの状況を楽しむコメントもある。比率的には半々か。
けっ、と苛立ちながら画面をフリックしてSNSを閉じるタコやん。
「可哀そうやけどだからこそエンタメになる。それが人のサガってヤツやな」
「む。タコやんは楽しんでいるんですか? アストローラさんが可哀そうと思わないんですか?」
「ウチは医者やあらへんし、時間を戻せる神様でもない。モノは直せてもココロは治せへん。可愛そう、って思っても何もできへんしな」
へらっと肩をすくめるタコやん。動作と一緒に『足』ガジェットも同じような動きをした。
「だからって――!」
「できへんことはできへん。できることをやる。役割分担は大事やで」
「……わかりました。ええ、役割分担ですね」
「そう言う事や。ほしたらそろそろ行くで」
感情的に怒りをぶつけようとする里亜に、頷いて冷静に言葉を告げるタコやん。そろそろ出番だと、タコやんは膝を叩いて立ち上がった。いつものガジェットと竹で作った盾状の板が数枚。これでドワーフスレイヤーに出るのだ。
「何度も聞きますけど、本当にそんなしょぼい盾で大丈夫なんですか?」
「しゃあないやろ。アトリの鎧作ったら余ったんはこんだけやったんやし」
タコやんの装備に心配そうな声を上げる里亜。鉄でもない竹製の盾。大きさも30センチ四方と小さなモノだ。
小型盾として親しまれているバックラーと同じ大きさ。それが6枚。それでドワーフスレイヤ―に挑むのだ。
「タコやんがアトリ大先輩好き好きで、自分より優先してるのはいつもの事なんでいいんですが」
「……っ、おま、その――!」
里亜の言葉にタコやんは体を硬直させた。周囲にアトリがいないかを確認し、その後で里亜に向きなおる。この間3秒。図星を指摘されて赤らんだ顔を整える間などあるはずもなく。
「だ、誰がスキー大好きやって!? ギャグが滑ってたまらんわ、スキーなだけに!」
「とっさの言い返しにしては機転が利いてると思います。硬直してなければ満点でした。ええ、ホントタコやんはタコやんですから」
タコやんの返答に『予想通り』と『それでこそタコやんです』という感情を乗せて深く息を吐く里亜。ホントもー、この人は。その想いは心地良いけど、それに浸ってる時間はない。頬を叩いて緩んだ気持と体を整え、目前の問題点を口にする里亜。
「今年の審判はサド分多めの残虐系ですよ。耳の中から侵入とか、想像できても普通はやりません。それを容赦なくやる程度には人の恐怖に精通しています。
下手すると……いいえ、事務所や企業の庇護のないタコやんは容赦なく責められますよ。どうするんですか?」
心配そうに声をかける里亜。あの審判はアストローラだけではなく、一部のダンジョンアイドルも恐怖を与えるように脱落させていった。ある程度名の売れアイドルや新商品を使うアイドルが毒牙にかからなかったのは、企業や事務所から見逃すように言われたからだろう。出来レース。賄賂。そう言った裏取引。
「殺されるの大好きなどエム里亜からしたら羨ましいってか」
「ふざけないでください。幻覚とはいえ誰があんな趣味の悪い奴なんかに殺されたいって思うんですか。
アトリ大先輩以外の人には殺されたくありません。魔物なら……まあアリナシのアリ? 代々続く高潔な思想や長年の経験で培った誇りを理性のない暴力でねじ伏せられるとか、知性ある人類として最高じゃないですか!」
ボケたらボケ返された。……いや、本気やな。タコやんはツッコミ返すのを避けた。個人の趣味や性癖は深く知りすぎるとそれに染め上げられかねない。深淵を覗くモノは、深淵から等しく見返されるのだ。軽く呼吸をして、話を戻す。
「問題あらへんで。ファントムがどんだけ変幻自在の攻撃をしてくるって言ったところで、操るのはあの審判や。
それだけ分かれば勝機はある。むしろ――」
タコやんは笑みを浮かべて親指を立てた。
「小さい盾でノーダメージとかかましたら、高得点間違いなし。ウチの優勝待ったなしやで!」
ポジティブに明るく告げて、タコやんは試合場へと足を運ぶ。イヤホンを耳に当て、スマホをタップした。無線イヤホンから流れるのは、アストローラの『ピポパで始まるラブストーリー』だ。
「……ま、仇ぐらいはとったるか」
けったいな曲やなと思いながら、タコやんは勇ましく歩を進めていった。
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