▼▽▼ 『地』ステージ そして売れないアイドル ▼▽▼
クリムゾン&スノーホワイトの日程は毎年同じだ。
初日、開会式と『人』ステージ。桜花絢爛水飛沫の予選第一回戦。
二日目、『地』ステージ。ドワーフスレイヤーの予選第一回戦。
三日目、『天』ステージ。アポロンハープの予選第一回戦。
四日目、『地』ステージ、桜花絢爛水飛沫の予選第二回戦。
五日目、『地』ステージ。ドワーフスレイヤーの予選第二回戦。
六日目、『天』ステージ。アポロンハープの予選第二回戦。
七日目、『天』『地』『人』各ステージの決勝戦。選ばれた10名の総力戦。
八日目、インターバル。『天』『地』『人』ステージから選ばれた六名を讃えるパーティ。
そして九日、『星』ステージ。中層にあるノヨモモモ岩戸へ移動し、その芸を披露する。優勝者はノヨモモモ岩戸が判定する。
初日の桜花絢爛水飛沫はダンジョンアイドルではない鳳東とアトリやレオンの参加により大きく荒れたが、それは『人』ステージの話。元より『人』ステージは歌も上手くなく、衣装や武装も大したことのないダンジョンアイドルの受け皿だ。
クリムゾン&スノーホワイトの本筋はあくまで『天』ステージの芸事。そして『地』ステージにおける創作物の披露である。
「やってまいりましたクリムゾン&スノーホワイト二日目! 『ど忘れ』の名称で知られるドワーフスレイヤ―!
鍛冶屋や細工師として有名なドワーフを肉体的ではなく、技術で圧倒して殺す! そんな意味が込められたステージだあああああ!」
そしてその『地』ステージの開催である。ドワーフスレイヤ―。アナウンスの言うように、器用で様々なモノを作れるドワーフを超えるモノを作って技術者としてドワーフにとどめを刺す。そんな意味合いである。
「ルールは簡単! 参加者は審判が召喚する『
重要なのは勝ち負けではありません! その戦闘で如何に魅せるか! 武器! 衣装! スキル! ダンジョンで得たモノを使い、如何に我々に美しく戦うか! それを審査員が採点いたします!」
『地』ステージは戦闘という形式ではあるが、戦闘自体は評価対象ではない。むしろ戦闘の中でいかに武器や防具やスキルを表現するか。それが重要なのだ。
「アトリ大先輩、こっちに出たらそれなりに点数出たかもしれませんよね。
あの動き、あの気迫、あの一刀両断! 何度見直してもほれぼれしちゃいますから!」
「アカンやろ。アイツは自分の技量が強いタイプや。武器も防具もスキルもないから、って理由でハブられるで」
『地』ステージの控室でルールを確認した里亜が嬉しそうに叫ぶが、タコやんはそれを否定した。アトリの刀は特に歴史があるわけでもない市販されている刀だ。ダンジョンで見つかった妖刀などでもない限り、ドワーフスレイヤ―では評価対象にならない。
そのアトリだが、大会に宛がわれたホテルで待機である。待機、と言っても日々の日課である鍛錬をこなし、夕方には深層に潜るというハードなモノだが。
「しかしまぁ、いろんなアイドルがおるなぁ」
タコやんは控室内にいるダンジョンアイドル達を見ていた。皆、『地』ステージに参加するアイドル達だ。装備などの最終点検をしている者が多く、その中には3メートル近くのゴーレムまである。
「ダンジョン素材で作られた武器防具アイテムであれば何でもいいですからね。そう言う意味でなんでもアリです。スピカさんもサラマンダーの皮で作られた鞭を用意していましたしね。
どちらかというと三大企業の新アイテム披露会になってますね。ほらアレ、インフィニティックの新型銃器ですよ。
「アイテムの為にアイドルを起用して宣伝とか、ちょっとしたCMやな」
スタイリッシュに二丁拳銃をもってポーズを決めているダンジョンアイドルを見ながら里亜とタコやんが言う。実際このステージは三大企業の宣伝として使われることもあり、アイドルそのものはあまり目立たない。どちらかというとマイナーな顔ぶればかりだ。
「ここで目立って一気にメジャーになりたいオーラで満ち溢れてるわ。売れへんアイドルは大変やな」
とはいえ、このステージに出て名が売れるアイドルもいるのも事実だ。なので気合が入っているアイドルが多い。このステージを機会に一気にメジャーになる。人気者になるチャンスだとばかりに躍起になっていた。
「売れないのではありません。ブームより少し先に行っているだけなんです!」
「うぉあ!? なんやなんや!」
タコやんのつぶやきに反応したのは、近くにいたダンジョンアイドルだ。振り返ったタコやんはその姿に驚きの声を上げた。
全身を包む銀のスーツとヘルメット。通信機らしい器具。宇宙服と言ってもいい恰好の女性が拳を握って力説しているのだ。流石に本物の宇宙服ではないが、安物のコスプレ衣装とは一線を画した完成度である。
「あ、アストローラさんだ」
「はい! 『スペーススター☆アストローラ』です! 名前を憶えてくれてありがとうございます!」
里亜がその宇宙服アイドルの名前を言うと、ぺこりと頭を下げた。スペーススター☆アストローラ。それがこのダンジョンアイドルの名前だ。『
なおその知名度はと言うと……アイドルに詳しい里亜は知っているけど、あまり興味がないタコやんは知らないという程度である。ぶっちゃけ、やや落ち目なイロモノアイドルだ。
「初めまして! 『D-TAKOチャンネル』のタコやんさんですね! 配信は常々確認しています!
あ、それが『足』ガジェットですね! 実物はすごいです! 本当に動く!」
「お、おう。なんや? ウチのファンなんか?」
手を合わせてキラキラした表情――なんだと思う。ヘルメットのガラスが黒塗りで表情が見えないので――でタコやんのガジェットに見入るアストローラ。好意的な態度にタコやんは驚きながらも悪い気分ではない。
「はい! 科学系のダンジョン配信はチェックしています! いろいろ勉強になりますから! 私は頭がよくないので、頭のいい人の配信を見ていつも感動しているんです!」
元気よくはきはきした声で応じるアストローラ。その声はマイクを通して宇宙服の通信機から発せられているのだが、その明るい表情が想像できそうな喜びの声である。
「褒めても何も出ぇへんで。まあ、気分ええから曲買ったるわ」
「わーい。ありがとうございます! あのタコやんさんに聞いてもらえるなんてアイドルやっててよかったです!」
気分が良くなったタコやんは配信サイトからアストローラの歌を購入してダウンロードする。『出ないって言いながら思いっきりお金出してるじゃないですか』と後ろで里亜がツッコんでいるがタコやんは聞かないふりをした。お金はこういう時に使うものである。
「『コズミック♡ラブ』『タキオンラブレター』『ピポパで始まるラブストーリー』……宇宙と恋愛系がテーマなんか」
「『10万光年離れたキスゼッホルム星から舞い降りたJK型宇宙人アイドル』……という設定ですので……イロモノ系ですみません」
ダウンロードした曲を聞くタコやん。明るいというよりは電波系と言った方がいい曲ばかりである。歌自体はそこそこ上手い部類に入るのだろうが、宇宙や電波やタキオンと言った単語がメインに出ているので一般受けはしない曲だ。
「尖った設定やなぁ」
「配信も『ピポパポ』とかいう機械音声を地球後に訳した字幕で会話している……という設定なんですよ。この曲も『キスゼッホルム星の技術で日本語訳した』って形らしいですよ」
里亜がタブレットを操作して、アストローラの雑談配信を見せた。今喋っている声ではなく、『ピポポパポ』という機械音だ。それを字幕で『翻訳』している形である。凝っていると言えば凝っているのだが、無駄な手間ともいえる。
「そこまでやるか。設定に拘り過ぎって言うか……普通に売ればええやん」
「あはは……。私は顔もスタイルも良くないので……。歌も上手くないし、こういうふうにしないと見向きもされないですから」
表情こそヘルメットに隠れて見えないが、指を弄るようにして愛想笑いをしているアストローラ。顔や歌唱力などで売るダンジョンアイドルもいれば、こういう設定の奇抜さで売るダンジョンアイドルもいる。アストローラは後者のアイドルなのだ。
「なのでせめて……世間の先を行っているんだ、と思わないとやってられないというか。そう思うことでどうにかプライドを保っているというか」
そして意気消沈するアストローラ。タコやんと里亜は顔を合わせ、何とも言えない表情を浮かべた。世の中は世知辛いものである。その後でタコやんが口を開いた。
「余計な世話かもしれへんけど、イロモノ設定が辛いんやったらアイドル辞めたらええやん」
「ですよねー……それが普通の意見ですよねー……。ええ、分かっているんです。このままイロモノダンジョンアイドルとして消えていくんだなぁ、ってことは」
悲観的な事を言うアストローラだが、その後で拳を握って力説する。
「でもこんな私の配信を見て喜んでくれる人がいるんです! 元気になったって言ってくれる人がいるんです! 癒された、ってコメントをくれた人がいるんです!
馬鹿にされてるかもしれませんけど、最後の最後まで頑張ってみたいんです!」
少数ながらもファンがいる。こんな設定でも受け入れてくれる人がいる。そんな人たちのために頑張りたい。そんなオーラを出すアストローラ。それがモチベーションになるのなら、止める理由はない。
「さよけ。やったら頑張るんやな」
「はい! 今回ドワーフスレイヤーに出ることができたのはチャンスなんです! シルバーゴーレムから取れた素材を使った宇宙服! 熱と衝撃耐性高めの防護力をアピールして一気にブレイクするんです!
タコやんさんも頑張ってくださいね! 応援していますから! それでは!」
敬礼するように手を頭に当てて、アストローラは背を向けた。そろそろ出番なのか、そのまま控室を出ていく。
「がんばりやー。まあ優勝するんはウチやけどな」
軽く手を振るタコやん。里亜もつられて手を振った。愛想とはいえ、そうさせるだけの元気の良さがアストローラにはあったのだ。アイドル気質、とでも言うなにかが。
「……今回の『生贄』はあの子かぁ……。可哀そうに」
アストローラが部屋から完全に出て行った後で、ぼそりとそんな会話が聞こえた。
「1番手はファントムの強さを見せるためのサンドバッグ役なのね……」
「適度に頑丈なアイドルを派手にいたぶって残虐性を見せるとか、趣味悪いわ」
「事務所も了承してるんでしょうね。装備に綻びいれて、そこを突くとかやるし」
「幻覚で肉体ダメージはないけど、精神的にキツいのよね。心臓貫かれた痛みとか思い出したくないわ」
陰うつとした会話。そんな会話が耳に入り、タコやんと里亜は眉をひそめた。
――10分後、アストローラは心神喪失状態で医務室に運ばれる。
宇宙服ごと飲み込まれ、全身を溶かされる幻覚の恐怖で心が壊されたのだ。
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