捌:サムライガールは相談する

『人』ステージ。桜花絢爛水飛沫、予選結果!


一位:<武芸百般オールアーツ>鳳東(44点)

二位:<火雌冷怨カメレオン>レオン(39点)

三位:<金剛不壊ダイヤモンド十重もげきかさね(31点)

三位:<肌色万華鏡ぬぐとすごいよ>クローデット(31点)


 …………。


「十六位の<月光に激昂ムーンレイジ>宇佐山ぴょんこが26点。で、そん次がお前やな」


「一位のお姉さんがダントツで、それを追うレオンさん。あとは団子状態ですね。31点から26点までの5点で14名がごちゃごちゃしています」


 時刻は夜。場所はクリムゾン&スノーホワイトの参加者たちが寝泊まりするホテルだ。アトリの部屋にタコやんと里亜が集合し、会議をしていた。議題の内容は、アトリの予選突破である。


「ええと、三日後に開催される予選第二回戦の結果でこの混戦状態から抜け出して、上位10名になれば姉上と戦える……という事でよいのだな」


 アトリが端的に状況をまとめ、『三日後』『予選第二回戦』『上位10名が決勝進出』『アトリを含めた15名が混戦状態』とホワイトボードに書く。これだけだと、アトリにまだ逆転の目はありそうに思えるが……。


「『おまえだけ審判にハブられてる』も追加や」


「5人の審判のうち、三大企業からの三名に明らかに睨まれています。あまりの露骨さにブーイングが殺到してますが、ノーコメントのようですね。


 逆にAI審査員はアトリ大先輩に高評価です。ぶっちゃけ、お姉さんを含めた他参加者よりも高い評価ですね」


 ホワイトボードにタコやんが『審判にハブられ』と書き、里亜がその項目にくるくると矢印を書いて『AIからは高評価』と付け足した。


 ホワイトボードに書かれた項目を見て、三人は沈黙する。とはいえ、アトリは『大変だな』と他人事のように見ているだけだが。


 沈黙6秒。最初に口を開いたのはタコやんだった。


「面倒やな。審判が敵とかどうしようもないわ。まあ水着はしゃあないとして」


「あれだけ圧倒して三人合計で6点しかもらえないとか、もうどうしようもありませんよね。水着は置いておくとして」


 タコやんに同意するように里亜も頷く。アトリは驚いたように二人を見た。


「む。あの格好に問題でも? AIも言っていたように夏を想起させ、かつ肌を隠して動きやすさを重視した戦いやすい恰好なのだが」


「あー。そのですね。セーラー服は元海軍制服なんですが、今はサブカル的なコスプレの代表格でして。スクール水着もそうなんですけど……」


「やめとけ。こいつに萌えとかフェティッシュの概念を教えるんは、ダチョウにフェルマーの最終定理を理解させるより難しいわ」


 疑問に思うアトリに説明しようとする里亜だが、タコやんに言われて断念した。アトリはまだ分かっていない様子だが、詳しく聞くのはあまりよくないのだなという事は雰囲気で察する。


「待ってくださいタコやん。萌えとフェティッシュは同一視されがちですが、萌えは人や服装などの物質だけではなく状況とシチュエーション等の概念にまで適応され、かつ性的な感情ではなく新芽の発芽を喜ぶ感情も――」


里亜オマエがそこに反応すんのかい。いやどうでもええから本筋に戻すで」


 地雷を踏んだのか変な所に反応する里亜にツッコミを入れて、タコやんは議題を進める。


「アトリが予選突破するにはこのままやとアカン。どうにかする方法は二つ。審査員をどついて直すか、コイツをどついて直すか」


「暴力は良くないと思うのだが」


「どつく、っていうのはオーサカの女的にテコ入れする意味や。察せ」


「奥深いのだなぁ、大阪は」


 タコやんの言葉に頷くアトリ。また大嘘で煙に巻いてますね、とジト目でタコやんを見る里亜。とはいえ、解決の方向性としては妥当なのでスルーした。


「つまり審査員の物理的精神的社会的弱みを握ってそれを使って脅迫し、アトリ大先輩を勝利させるというわけですね。さすがタコやんえげつない!」


「お前の方がえげつないわ。そんなん出来たら苦労せんで」


「え?」


「え?」


 里亜のボケにツッコミを入れるタコやん。その後で『え? できますけど?』という表情で問い返す里亜。タコやんは何も聞かなかったことにしてスルーした。里亜だったらできそうだ。聞かなかったことにしよう。


「どつくんはアトリの方や。具体的には水着を変える方向やな。


 二回戦目で違う装いを見せて、第一印象を変えるんや」


 タコやんが提案したのは、衣装変更だ。スクール水着+セーラー服というマニアックな格好ではなく、もう少し映える衣装で人目を引く。水着審査も点数に含まれる戦いにおいて、間違っていない戦術である。


「むぅ。言いたいことは分かるが……その、あまり肌を衆目に晒したくないというか」


 アトリもタコやんが言いたいことは分かるが、それでも譲れない一線はある。水着そのものに嫌悪感はないが、その姿を配信されるというのは恥ずかしいし断りたい。


「お前の姉ちゃんみたいに胸とかいろいろ晒して戦えば、男のファン増えるんやがなぁ。勿体ない勿体ない」


「お断りだ。そんな目的で見られたくなどない」


「そう言うと思っての作戦や。要は肌を晒さへん水着やったらえんやろ?」


「また潜水服とかじゃないでしょうね? 同じボケは禁止ですよ」


 腕を組んでドヤ顔するタコやんにツッコミを入れる里亜。


「同じネタを繰り返すのが三流。同じネタを避けるのは二流。超一流であるオーサカの女は滑ったネタにリベンジするんや!」


「あ、これダメなパターンです」


「うむ。私もそんな気がしてきた」


「うっさい黙れ。ウチが生み出した水戦用アトリ用衣装やで!」


 タコやんがタブレットにあるファイルを開くと、そこには――


「甲冑だな」


「和風鎧ですね」


 アトリと里亜が、タブレットに映されたモノを端的に告げる。そこに写っているのは、和風甲冑であった。時代考証に詳しいものが見れば、戦国時代の当世具足と言っただろう品物だ。


 兜、胴、大袖、袴、手甲……上から下までを隠す完全武装の鎧である。水着とは? 

という疑問ツッコミもあるが、それ以上の問題があった。


「一つ尋ねたいのだが、タコやん。……この鎧は何で作られているのだ?」


 困惑した表情で問うアトリ。アトリでもわかるこの鎧の異常性。それは鎧の材質だ。明らかに金属ではない。むしろこれは――


「竹や」


「竹ですか」


 オウム返しにタコやんの言葉を返す里亜。竹で作られた鎧。アトリも里亜も見た目から想像できる答えに『時間の無駄だった』という表情を浮かべた。


「竹なめとったらあかんで! 軽くて頑丈、そして水に浮く! アトリがワガママいうことを想定して用意しておいた一品や!」


「え、本当に作ったんですか? 3Dデータとかじゃなく!?」


「ウチを舐めんな! タコ足ガジェットフル回転でゼロから作ったったで!


 ネタの為なら何でもするんがオーサカの女や!」


 言って胸を張るタコやん。


(いやいやいやいや。こんなのネタの為とか軽い理由で作れるわけないでしょうが。設計図なんかないでしょうし、仮に実物があったとしても一回で成功するわけもありませんし。何度も同じものを作って、形になったのがこの鎧なんでしょうけど……。


 この鎧が何度も何度も失敗した完成品だとすると、アトリ大先輩がクリスノに出るとか言った日からほぼ徹夜で作っていたことになりますよ? 並行して『地』ステージの作り物もつくったんですよね? どんだけアトリ大先輩好き好きなんですか、この創作型偏屈ツンデレ)


 竹鎧が作られた背景を創造して、閉口する里亜。アトリが『水着で戦うのはちょっと……』という表情を浮かべた瞬間から脳内でアイデアをまとめ、アトリにバレないようにこっそりと作っていたのだ。アトリが着てくれないかもしれない前提で。


「ええと、タコやん? これは水着とカウントしていいものなのか? 私も見地が狭い自覚はあるが、これを水着と言い張るのは流石に無理があると思うのだが」


 ようやく理解が追い付いたアトリが確認するように問う。もっともな疑問だが、タコやんは想定済みだとばかりに胸を張って答えた。


「分かっとらんな、アンタ。


 銅部分はサメの皮をなめして張り付けたんやから立派な水着や!」


「そうなの……か? そう、なのか?」


 申し訳程度の海要素を主張するタコやん。主張というよりはこじつけというか押しつけなのだが。そんな屁理屈に反論できないアトリ。


「それに世の中には鎧を着て泳ぐヤツがおるんや。ましてやこれはきちんと水に浮く鎧! 水辺で戦うには問題のない武装やで!」


「な、なるほど。古式泳法にはそういうものがあると聞く。そう言うものなのだな」


 あっさり押し切られるアトリ。里亜はいや違うだろうとツッコミを入れようとして、タコやんの努力を想像して言葉を飲み込んだ。アトリの為に時間を割いて創り、プレゼントしているのだ。そう考えると割って入るのは野暮だろう。


 というより、問題はそこではないのだ。


「ええと、イメチャンの話はアトリ大先輩が納得しているのでそれでいいとします。


 でも問題は審査員ですよ。明らかにアトリ大先輩を排斥しようとしているんですから。それをどうにかしないとこの団子状態から抜け出すのは不可能です。どう頑張っても難癖付けられたらお終いですよ」


 根本の問題を提示する里亜。アトリの点数が低い要因は、三大企業からの審査員の点数操作だ。開始4秒で終わらせた圧倒的強さが最低点だったのだ。何をしても低評価なのは明白である。


「安心せい。それに関してはウチに策がある。


 要は屁理屈とか言わせへんかったらええんや。楽勝楽勝!」


 指一本立てて、タコやんがドヤ顔をする。その顔を見て、里亜とアトリは同時に頷き呟いた。


「つまり、屁理屈で相手の屁理屈を封じるんですね」


「成程、屁理屈の塊であるタコやんが言うと説得力がある」


「お前らウチをなんやと思って――


 言うな! ウチはクールでキュートな知的キャラなんや! それ以上言うな!」


 何かを言いそうになる里亜とアトリを大声で止めるタコやん。言われたら反論できない自覚がある。なので言われる前に止める。戦術的に正しい行動だ。タコやんは自分の天才加減に満足した。そう言うことにした。


「ま、とにかく竹船に乗ったつもりでドーンと構えとけってことや!」


「う、うーん……。あっさり沈みそう?」


「竹の鎧とかけたのだろうが……なんとも言えぬなぁ」


 些か不満は残るが、アトリと里亜はタコやんの策に任せることにした。


 なんだかんだで、アトリも里亜もタコやんのことを信頼しているのである。

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