漆:サムライガールはえこひいきされる

 試合が終わって普段着に着替えるアトリ。スマホを見ると、タコやんからメッセージが届いていた。


『乙カレー。一緒にメシ食わんか?』


 そう言えばそんな時間か。時間を認識すると空腹を感じる。アトリは途中で里亜と合流し、会場にある食堂に向かった。食堂はかなりの広さだが、タコやんがいる場所はすぐにわかった。


「こっちやこっち」


 背負ったガジェットから延びるアーム――タコやん的には『足』を延ばし、招くように先端部分を動かすタコやん。そのテーブルには十枚近いお皿があった。全部タコやんが食べたのだろう。知らない人が見たら異様な光景だ。


「里亜は食べ物持ってきますね。うどん系でいいですか、アトリ大先輩」


「うむ。すまんな」


 里亜に注文を頼み、アトリはタコやんが座っているテーブルに足を運ぶ。


「ご飯を食べないかという誘いだったが、既に食後とはな。来るのが遅かったか?」


「アホか。こんなんまだ半分や。おかわり取ってくるで」


「その体のどこに入るのか、いつも不思議なんですよねぇ」


 アトリと自分の分の食事を持ってきた里亜も着席する。タコやんもお代わりとばかりに立ち上がり、アトリと里亜の頼ん量の3倍ほどの食事をトレイに乗せて帰ってくる。


「いただきます」


「この値段でこの量はいおススメやな。選手待遇ってのは最高や!」


「色彩がきれいですよねー」


 天ぷらうどんを前に手を合わせるアトリ。着席と同時に食べ始めるタコやん。プリンの画像をスマホに収める里亜。三人にとっていつもの食事光景だ。


「改めて、お疲れさん。まあ結果はやったけどな」


 食事がひと段落し、タコやんが口を開く。


「ですよねー。あの試合結果では酷いですよ」


 ため息をつくようにタコやんの言葉に同意する里亜。


 アレ、というのはアトリが参加した桜花絢爛水飛沫の結果の事だ。


 試合内容はアトリの圧勝。審判も勝利を宣言し、これまでにない記録を産み出した。誰が見ても最高の結果と言えよう。


 だがこの結果に待ったをかけた者がいた。


『この結果は不正の可能性がある!』

『常識的に考えて、短時間で29名を脱落させるのは不可能です!』

『参加者全員が結託して、やられたフリをしたと考えるのが妥当かと!』


 審査員の三名が同時に物言いをしたのだ。更には、


『そもそも本当にウレタン武器で攻撃したかが不明だ!』

『深層から持ち帰った我々の知らないスキルを使った可能性は捨てきれない!』

『大会規定に違反しているかもしれないから、戦闘結果にマイナスをつけさせてもらう!』


 露骨ともいえる審査員からアトリへの妨害があったのだ。


『なんだそれ!』

『流石に言いがかりだろ!』

『確かに早すぎて攻撃が見えなかったけど!』

『アトリ様がズルなんてするわけないだろうが!』


 当然これにはブーイングが起きた。アトリのチャンネルを見ている者達はもちろん、そうでない人からも不満の嵐だ。


 だが運営はそう言った声を一切聞くことなく、審査員の結果を反映した。そして追い打ちをかけるように、審査員のアトリ下げは続く。


『そもそもなんだその水着は!』

『セーラー服にワンピース水着? どこのコスプレですか!』

『品性にかけているとしか言えませんね!』


 アトリの水着姿を酷評し、最低点を告げたのだ。これに関しては、


『まあ妥当』

『コスプレと言われれてもやむなし』

『正論。まさに正論』

『もっとその……胸を強調すれば……』

『もっと脱げー』


 擁護する声よりは同意する声の方が多かったという。野次と欲望に満ちた声もあったが。


 とはいえ、評価が低かったのは三大企業の審査員だけだ。


『Excellent! クリムゾン&スノーホワイト始まって以来の戦闘結果です! 強さを求められる人ステージにふさわしい! 流石は深層を進むアトリさんですね!』

『セーラー服+水着は主に学生が着用と映える格好です。夏を想起させる格好で、活動的なイメージを与えます。萌え要素が高くコスプレとしても一般的ですが、人ステージのように運動や戦闘をするのに邪魔にならないので実用的といえるでしょう』


 アトリに高評価を出したのは人工知能『クリムゾン』と『スノーホワイト』だ。企業などの思惑に囚われない公平な判定。戦闘は満点。水着審査も実用重視だと高得点をたたき出した。


 結果として、アトリの点数は50点満点中25点。八丁地が2点。稗田が3点。甲斐が1点。AIクリムゾンが10点。AIスノーホワイトが9点。人間とAIで評価が分かれた形だ。


 25点は初参加にしては高い結果だ。参考として、普通のダンジョンアイドルでも20点に届くか否か。だが圧倒的な試合結果からは考えられない低さだった。


「予選が二回行われて、予選2つの合計点で上位10名が決勝戦なんやろ? 25は微妙な数値やな」


 頭を掻きながらタコやんが口を開く。


 アトリが戦ったのは予選の一つだ。同じような試合がもう一回行われ、二回の合計点数の上位10名が決勝戦に進むことができるのだ。


「過去のデータ的にギリギリですね。希望がないわけではありませんが……」


 タブレットで過去の桜花絢爛水飛沫のデータを見ながら里亜が眉を顰める。決勝に残れる可能性はある。だけど気になることがある。そんな顔だ。


「なんや? 言いたいことあるならはっきり言えや」


「審査員がアトリ大先輩を予選落ちさせたいのなら、他のアイドルの審査が甘くなるはずです。結託して贔屓すれば高得点を出す事は可能なはずです」


 クリムゾン&スノーホワイトの点数は全て審査員が決める。『天』『地』『人』共通だ。審査員は公正を期すために三大企業から一人ずつ選出され、特定の企業に染まらないようにしているはずだが……。


「まさか三人ともアトリをハブるとはなぁ。そら20分かかる予定を4秒で終わらされたんやから激おこやで」


「加減ができぬゆえに迷惑をかけたか。頭を下げに行った方がいいだろうか?」


「駄目です。むしろこうなることを想定しなかった運営のミスです。アトリ大先輩が最強で無敵で素敵なのは誰もが知るところなんですから。なので斬って!」


「斬らないから」


 ハグを求めるように斬ってもらおうとする里亜。アトリは手を差し出してそれを拒否する。里亜の愛情表現(?)は未だに慣れない。


「いやそうはならんやろ。AI審査のこと忘れてんのか?


 AIの審査は平等や。むしろ辛口やからな。ここで高い点数を出せるんはこのアホみたいに規格外なヤツぐらいや」


 アトリの肩を叩きながらタコやんが言う。


 この祭典の審査員は人間以外に二体のAIがいる。多くの大会から学習したAIの審査が狂うことはまずない。企業の思惑も個人的な感情もないAIは、基準通りに点数を出す。アトリを超えるか肉薄するほどの戦闘結果を出さなければ、高い点数は出さないだろう。


「タコやんこそ忘れてませんか?」


 里亜はタブレットの画面を二人に見せながら不機嫌な声を出す。画面には桜花絢爛水飛沫のライブ配信が映されていた。


「アトリ大先輩みたいに規格外の戦闘力を持つ人がいることを」


 画面に映るのは、ビキニアーマーを着た女性だ。なおバケツヘルムはつけておらず、素顔が晒されている。


「姉上か」


 アトリはその女性を見て声を上げた。ダークグレイの髪。端正な顔立ち。そして鍛えられた健康的なボディ。それを見せつけるかのようなビキニスタイル。


『強い! 鳳東、まさに圧倒的! 踊るように相手に近づき、そのまま相手を水に誘導する! 恐るべき動きだぁ!』


 ツグミはアトリのように一瞬で試合を決めてはいない。


「はぁい、お嬢さん。カドミノ事務所のエレンちゃんね。ああん、可愛いわ。雪にゃんこって言われてるのがよくわかる! お持ち帰りしたい!」


「ひゃ!? はわわわわ……!」


 言いながら相手の持つウレタン武器を弾き飛ばし、相手の背中から腰に手を這わすようになぞるツグミ。互いの吐息音が聞こえるほど端正な顔を近づけ、相手の目を見た。抱き寄せるように体を密着させ、濡れた肌を触れ合わせる。そのまま足を絡ませ――


「でもゴメン! 痛くしないから!」


「にゃああああああ!?」


 足を絡ませて腰に回した手に力を籠める。足を引っかけた状態で相手を投げ飛ばした。相手はフロートの上でバランスを崩し、そのままフロートから落ちてしまう。


「さすが姉上。一瞬で相手に密着し、足を絡ませてバランスを崩し同時に腰を押しての投げ。相手に反応を許さない流れるような動き」


「いや、セクハラやろこれ。そういう趣味なんか、お前の姉ちゃん」


「っていうかウレタン武器使ってないですけど、いいんですかこれ?」


 姉の動きに感心するアトリ。ツグミの表情と手つきを見て『あ、手つきエロいわ』という顔をするタコやん。半眼になって『これいいの?』という顔をする里亜。


『百合の花が咲いている!』

『なんという百合空間!』

『待て、そこに愛はあるのか!?』

『愛など脳内で保管すればいい!』

『ぶひいいいいいいい!』

『百合に目覚めてしまったじゃないか責任取れ!』

『お姉さま、抱いて!』

『私も抱かれたい!』

『東お姉さま!』


「姉上の妹は私だけなのはずだが、どういうことなのだ?」


「知らんでええ」


 コメントはそう言う特殊な性癖を持つコメントが乱舞していた。何のことかわからないアトリは首をかしげてタコやんに問いかける。顔を赤らめたタコやんが手を振って回答を拒否した。


 試合の流れはともかく、試合内容はツグミの圧勝だ。アトリと違うのは全員を秒殺しているのではなく、アイドル一人一人を相手してわざわざ抱きついて投げ飛ばしていることである。


『まさに最強! まさに華麗! 戦場に咲く赤い華! <武芸百般>の名は伊達ではない! 審査員も高得点を出しています!』


『流石は伝説のチームのリーダー! 最高の戦闘でした!』

『どこかの誰かとは違い、魅せる戦いで素晴らしい!』

『圧倒的な実力。麗しい水着! 最高です!』


 三人の審査員はこぞって最高点を出す。――三人とも『ワンスアポンナタイム』に釘を刺されていることもあるが、手法はどうあれ『桜花絢爛水飛沫』を盛り上げたので高得点を与えていた。


『Caution! 19番は水に落とす際にウレタン武器を使用していません。明らかに相手を投げています。とはいえその強さは認めます。次回からはウレタン武器を使用してください』

『ビキニ系水着は肌を出し過ぎています。ましてや金属製となれば水上ステージには適しません。とはいえこの奇抜さは19番のキャラクターと一致しているのは認めます』


 AI審査はやや辛らつだ。とはいえ、最終的な点数は44点。アトリを大きく上回る点数である。


「純粋な戦闘力でアトリ大先輩に匹敵して、かつ審査員に愛されている相手がいるんです。


 お姉さんは極端な例ですけど、今回の審査員は贔屓を隠そうとしてません。このままだと予選突破は難しいかもしれませんよ」


 里亜の懸念は現実のものとなる。


 全員分の予選一回目が終わり、アトリの25点を超えるダンジョンアイドルが16名も出たのであった。


 


 

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