▼▽▼ 三人の審査員と三人の英雄 ▼▽▼

 クリムゾン&スノーホワイトはダンジョンアイドルの一大祭典だ。


 年に一度行われる興行。その始まりこそ、二人のダンジョンアイドルの個人企業だが、三大企業傘下のダンジョンアイドルが参加する以上、各企業もスポンサーとして出資することもやぶさかではない。むしろ出資した分の利益は得ていた。


「ええ。クリムゾン&スノーホワイトで大きく稼がないと。年に一度のお祭りなんですから」


 三大企業の一つ、インフィニティック・グローバルに勤める八丁地はっちょうじ瑛斗えいとはブタの顔を模したかばんを抱きしめながら廊下を歩いていた。ブタは多産で金運を呼ぶと言われ、幸運グッズとしてメジャーなものだ。


「おおっと、この方角は風水的によくない。一度方角を変え、回り道しなくては。8番通路とは末広がりで縁起がいい。運気が増してくるぞ」


 この八丁地という男は縁起の良さを常に求めていた。幸運グッズには糸目をつけず、各種迷信は信じて行動に移す。不幸を思わせる行動は控え、幸運である方を選ぶ。そんな男だ。


 その効果が発揮しているのか、或いは迷った時の判断が速いのが理由なのか。インフィニティック・グローバル内でもかなりの地位を得ていた。そして今年のクリムゾン&スノーホワイトの審査員に抜擢されたのである。


「我がインフィニティックのダンジョンアイドル達。彼女達の未来の為にも頑張らなくては。その為にもあのアトリと<武芸百般>はどうにかしなくてはならないというのに……!」


 八丁地は苛立って爪を噛みそうになり、それを控える。アンチアトリの空気を作り出したと思ったのに、それを全てケロティアにひっくり返された。あんな空気を作られてしまえば、同じ手段はもう行えない。


「何が『勝者には喝采を』だ。勝つアイドルは事前に決まっている。どれだけ根回しをしたと思っているんだ。余計な事をしてくれて……!」


 速足で廊下を進みながら愚痴る八丁地。戦いは始まる前から決まっている。多くの資金を投じて各ダンジョンアイドルの事務所をスパイし、出場者の情報や調子などを調査してきた。優勝はケロティアかもしれないが、『星』に入りさえすれば勝利だ。その栄誉を看板に、来年売り込めばいい。


「私も審査員として功績を上げ、ダンジョンアイドルをより輝かせ、そして地位を得る。WIN=WINの関係だというのに、なぜ邪魔をするかなあのカエルは!」


 ケロティアのアトリ擁護は、ダンジョンアイドルにおいて何の得にもならない。確かに見栄えはいいだろう。美談にもなるだろう。だがアトリにこのまま勝たせれば、『人』に参加しているダンジョンアイドル達は一掃されてモブ扱い。審査員の八丁地の汚点にもなる。


「声を立てるな。それでは運気が下がろうぞ」


 そんな八丁地に厳かな声がかけられる。80を超えた老人の声。緑色のローブに白いヒゲ。八丁地はその人物を知っている。否、インフィニティック・グローバルの人間なら、誰もが世話になった存在だ。


「<登録王>様……! ご帰還されていたのですか!?」


<登録王>トーロック・チャンネルーン。魔石から力を得るスキルシステムを産み出した存在だ。インフィニティックに勤めている八丁地にとって、入社時に世話になった大先輩でもある。


「如何にも。<武芸百般>と<無形>がここに居る以上、吾輩がここに居るのも道理であろう。


 とはいえ我が存在は秘匿せよ。今は未だ、吾輩は表に出る時期ではない」


「は。はい……! 私は何も見ていません。少し懐かしい夢を見ているだけです!」


 静かに告げる<登録王>の言葉に、体ごと視線を背けて八丁地が答える。ここには誰もいない。自分は何も見ていない。体全体で<登録王>への言葉に答えていた。


「そこまでせずともよい。【認識阻害】を用いているので他の物に見られたところで<登録王>と気づかれはせぬ。せいぜい、枯れた老人がいる程度にしか思われぬよ」


「さ、さようで……。流石<登録王>、私の知らないスキルを保有しているようで驚きです。それも深層の魔石ですか?」


「左様。そして八丁地よ。秘している状態をあえて晒し、お主に声をかけたのは他でもない。


<武芸百般>を排しようとするのを止めるためだ」


<登録王>の言葉に体を震わせる八丁地。<武芸百般>を排するのを、止めるだと?


「どういうことです<登録王>様? あの暴力一辺倒無軌道無策無鉄砲女に好き勝手させておけという事ですか?」


「言いたいことはわかる。懸念していることは正しい。むしろもっと言ってもいいぐらいだ」


 散々な八丁地の言い草に頷く<登録王>。むしろまだ足りぬと額にしわを寄せた。


「全ては語れぬ。知らずほうがよい事はあるのだ。今吾輩が言えるのは<武芸百般>と<無形>の邪魔をするな。それだけだ。


 口惜しいが<武芸百般>の行動は効率的だ。そしてインフィニティック・グローバルの目的にもかなっている。つまらぬ横やりは不要だ」


「で、ですが<登録王>! このままだとクリムゾン&スノーホワイトは――!」


 理由をはっきり教えてくれない<登録王>に疑問をぶつけようとする八丁地だが、<登録王>の姿を認識できなくなっていた。【認識阻害】の効果が自分にも適応されたのだと気づく。


 40年間インフィニティック・グローバルに勤める八丁地にとって、<登録王>の言葉は絶対だ。CEOのアダムとは別の意味で雲の上の存在である。その忠告に逆らうつもりはない。だが――


「……<武芸百般>の妹に関しては、排しても構わないのですよね?」


 返事はない。それを肯定だと受け取り、八丁地は歩を進めた。


 …………。


「クールに。冷静になるのよ」


 三大企業の一つ、エクシオン・ダイナミクス所属の稗田ひえだ令子れいこは食堂でキンキンに冷やしたアイスコーヒーを口にしながら自分に言い聞かせていた。


 喉を通る冷たい液体が冷静にさせてくれる。よし、大丈夫。自分に暗示をかけるように心で呟き、額に冷却シートを張る。


「起きてしまったことは仕方ない。最大限の対処もした。まだ何かできたかもしれないけど、もう終わった事なのよ」


 ハンディ扇風機で自分に風を送り、稗田は体を冷やす。この稗田という女性は極端なまでに自分を冷やす癖がある。体温が冷える度に頭も冷静になる。自己暗示の様なものだが、効果はそれなりにあった。


「問題はあの二人の凶悪な戦闘力。それを制限するためにどうするか。気付かれぬうちにウレタン武器に細工を仕込む? 露骨すぎない程度にやらないとばれてしまうわ。かといって軽度の仕込みでどうにかなる相手でもないし……」


 アトリと<武芸百般>に渡すウレタン武器を壊れやすいように細工する。戦闘中に折れ曲がれば、その武器以外使用不可のルールに従い勝利への道は遠くなるだろう。だがあからさまに壊れやすい武器はおそらくアトリも気づくだろう。


「……いっそ衣服を溶かすスライムを借りてくる? あのオーレリーの腹黒タヌキに借りを作るのは嫌だけど、それでもあのイヤらしさを焚き付ければ嬉々としてそう言う展開に……さすがのアトリと<武芸百般>もそんな目に合えば……」


「稗田お姉さん、それは流石にやりすぎですよ。冷静になってください」


 アトリは遺跡に暴走しそうになる稗谷、優しく静止の声がかかる。稗田がハッとなって顔を上げると、そこには白いフードで顔を隠した一人の少年がいた。周りからはその顔はわからないが、真正面にの稗田だけはその顔を見ることができた。


 その顔はエクシオン・ダイナミクス所属社員なら誰でもが知っている。稗田は目を丸くし、その名を叫んだ。


「<無形>ふわふわもっふるん!? ほ、本物……! ひゃああああああああ!」


「はい。あの、出来れば声を押さえてください。あまり目立ちたくないんです」


 稗田は少年の名前を叫び、腰が砕けたように脱力した。元々座っていたので崩れ落ちることはないが、誰の目にも明らかな動揺だ。<無形>は人差し指を口に当て『静かにお願いします』のジェスチャーをする。こくこくと頷く稗田。


「流石稗田お姉さん。冷静で助かります。


 まずは謝罪を。三年間、この大会を放置した形になりました。稗田さんを始めとして、大会運営スタッフには謝るしかありません」


「そんな……」


 黙礼をする<無形>に対し、かける言葉を失う稗田。<無形>ふわふわもっふるんは『ワンスアポンナタイム』として深層区域に消えるまで、このクリムゾン&スノーホワイトの人気アイドルだった。現トップアイドルのケロティアを超えるほどのアイドル性を持ち、歌も踊りも向こう20年は超える物はないと言われた逸材だった。


「更に言えば今回復帰しましたが、この祭典の後、しばらくはアイドルには戻れません」


「え?」


 続く<無形>の言葉に稗田は虚を突かれた声を出す。ふわふわもっふるんが深層から返ってきたのはダンジョンアイドルとして復帰するため。誰も何も聞かなかったが、そうなのだと思っていた。あのアイドルがまた復活するのだと。だけど――


「そんな状況で申し訳ありませんが、僕と<武芸百般>のお姉さんには干渉しないでください。


 理由を言うわけにはいきません。言えば辛い思いをすることになりますから」


 ふわふわもっふるんの復活は一時的、というショックを受けた状態でさらに衝撃を上乗せされる稗田。<武芸百般>の邪魔をするな? 


「だ、ダメです! あのトンチキ破天荒ビキニアーマーのしたい放題にさせておけと!? そんなことをすればこの祭典はめちゃくちゃになります!」


「はい。鳳東のお姉さんは……ちょっと……かなり……誰が見ても強引でめちゃくちゃです。いろいろ苦労はかけるかもしれません……というかきっと大迷惑をかけます」


 稗田の言葉に<無形>は微妙な笑顔を浮かべて同意する。祭典を荒らすのは擁護できないし、むしろその斜め上を行くのが<武芸百般>なのだ。


「けどダンジョンアイドルにとってはいい未来になるはずです。それを信じてください」


 稗田の言葉を笑顔で受け止める<無形>。その上で、自分達には手を出さないでほしいと懇願する。


「勝手な申し分であることは理解しています。ですがどうかお願いします」


<無形>は頭を下げ、そのまま去っていく。通りすがる人も<無形>の顔と姿を見るが、何かのスキル効果なのか気づくことなく顔をそむけた。


「……そんな……でも……アトリの方は干渉してもいいんですよ、ね?」


 アイスコーヒーを飲み干し、小さく残った氷を噛み砕きながら稗田はもうさって言った<無形>に向けて言葉を放つ。


 口の中を冷やす氷の感覚でも、稗田は冷静になれなかった。


 …………。


「1……1……2……3……5……。数字だ。落ち着いてフィボナッチ数列を数えるんだ」


 アクセルコーポの甲斐かい天人あまとは与えられた個室でタッチペンでタブレットに螺旋を描きながら数字を数えていた。ぐるぐる。ぐるぐる。書いては消し、書いては消し。


「8……21……34……55……。フィボナッチ数列は自然を示す数字。世界で最も美しい黄金比。美しい螺旋は私の心を落ち着かせる……」


 フィボナッチ数列。イタリアの数学者レオナルド・フィボナッチに因んで名付けられた数列だ。隣り合わせの二つを足した数字(1+1=2 1+2=3 2+3=5)を並べたもので、花弁数や雪の結晶の比率など、自然内で様々な形で見ることができる。甲斐は延々とそれを呟き、螺旋を描いていた。


「89……144……233……。美しい……美しきはあのアトリの動き。足運びは見事な螺旋。しかも理想の黄金比。美しい。強い。故に隙は無い。


 だがどうにかしなければならない。美しいダンジョンアイドル達を守るため……377……610……987……。そう、美しいものを守らなければ……」


「…………」


 数列を重ねならが悩む甲斐の隣に、無言で赤い甲冑が歩み寄る。肩からはカニのような金属アームが伸び、それがこの赤甲冑の名称となっていた。


「1597……2584……4181……。はっ!? <化け蟹>カルキノス様!」


<化け蟹>カルキノス。アクセルコーポに所属する者なら誰もが知っている存在。不死身と言えるタンク性能を持ち、あらゆる戦場から帰還してきた無敵の甲冑。


 だがそのカニ型甲冑は誰が作ったのか。そもそもその中には誰がいるのか。それを知る者はいない。アクセルコーポの誰か、という事は分かっているのだが……。


「…………」


<化け蟹>は甲斐の視線を受けて、カニアームでタブレットを小突く。その瞬間、タブレットに文字が浮かんだ。


『From:カルキノス


 甲斐にゃんおひさしぶり♡ カルキノスだお、ブイブイ。ご機嫌うるわしゅー。 


 さっそくですがおねがいぷりーず 。

 クリムゾン&スノーホワイトに参加している<無形>と<武芸百般>へのいたずらやおさわりはだめだめ。カルキノス、嫉妬しちゃうから……なんてね♡

 

 カルキノスからのお願いだお。聞いてくれないと、泣いちゃうから』


 無言で威圧たっぷりに立ち尽くす赤甲冑からは想像もできない文章だが、内容は甲斐

に十分伝わった。


「そんな……! <無形>はともかく<武芸百般>への干渉を禁止……!


 いけませんカルキノス様! あの最終秩序ブレイカー痴女バケツヘッドは美しい螺旋の流れを断ち切る存在! それを放置するなど――!」


『最終秩序ブレイカー痴女バケツヘッド、オオウケ! 


 カルキノスのオネガイ、聞いてくれないの? 泣いちゃうお。ぴえん』


 タブレットに浮かぶ文字。カルキノスがそうやってデータを転送しているかは不明だが、この言葉がカルキノスの意思なのは間違いない。甲斐は断腸の念で頷いた。


「分かりました……。貴方には何度か助けられました。そのお礼です。


 何よりもその赤甲冑の比率は美しい! フィボナッチ数列を思わせる螺旋を随所に感じます故!」


 過去に<化け蟹>に危険を救われたお礼と、よくわからない美的感覚で承諾する甲斐。<化け蟹>は親指を立てて頷き、個室から出ようと背を背ける。


「お待ちください! <武芸百般>には手を出しませんが、その妹ならいいのですね!?」


 甲斐の問いかけに、タブレットに新たな文字が浮かんだ。


『おけおけだお。アトリちゃんなら問題なしなし。


 むしろ<武芸百般>のお姉さんは妹ちゃんをいっぱい虐めてほしい、って言ってたし。この程度でへこむぐらいなら自分を追う資格はない、って感じだったお』


「……なんと。恐るべしは姉の試練……いいえ、螺旋のように捻じれた愛と言うべきか。


 了解しました。この甲斐、美しき螺旋にかけてアトリの妨害をいたします。そしてお二方への干渉は行いません」


 甲斐の言葉が届いたかどうかはわからない。<化け蟹>は振り返らずにドアから出て言ったからだ。


 余談だが、あれだけ目立つ格好にもかかわらず個室から出て移動する<化け蟹>の姿は誰にも補足されなかったという。


 …………。


「言われたとおりに伝えたが、本当に良いのか? <武芸百般>。審判役に圧力をかけるのは些かやりすぎと思うが」


「その……妹さんにかなり負担を強いる形になりますよ。ちょっとかわいそうだと思います」


「…………」


<登録王><無形><化け蟹>の『ワンスアポンナタイム』の面々は、アトリの姉である<武芸百般>に向けて批判的な目を向ける。


「いいのいいの! アトリはこんぐらいイジメておかないと! 

 

 お姉ちゃんに挑むなら、これぐらいは乗り越えないとね!」


 言って高濃度のアルコールを口にする<武芸百般>。ケラケラと笑った後で、酔いの吐息を吐く。妹に対して容赦ない姉であった。その後でツマミのフライドポテトを摘まんで笑みを浮かべる。


「ま、あの子の周りにはイイ子ちゃんたちがいるしね。たこたこチャンにりありあチャン。アトリのついでに可愛がっておかないと。


 アトリにおんぶだっこされるような足手まといなら、ここで失敗して心折れたほうがきっと幸せよ。おおっと、皮肉かなこれは」


 塩分高めの揚げポテトを咥え、賭け事を楽しむように言葉を続ける。<武芸百般>の言葉に<無形>が少し表情を歪めたが、悪意はないと理解してすぐに元に戻る。


「これぐらいクリアしなきゃ、このクリスノの問題は解決できないわ。50年続く享楽の牢獄。幸せという呪いの打破。三大企業のしがらみに囚われた『ワンスアポンナタイム』じゃ解決できない杭。


 企業に囚われないあの子達が『ワンスアポンナタイム』を超えて先に行けるか否か。その試練でもあるのよ」


 そう告げるツグミの目は酔っているとは思えないほど鋭く、遥か遠い未来を見据えていた。

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