陸:サムライガールは圧倒する

 ――そして時系列は、冒頭の桜花絢爛水飛沫の初戦に戻る。


 一斉に襲い掛かるダンジョンアイドル達。【鈍器】スキルを用いた一斉近接襲撃。【投擲】スキルを使用したウレタン武器の弾幕。浮遊ドローンから放たれる閃光による視覚妨害。水面下から放たれる鋭い放水。足場のフロート破損。


 アトリに向かって襲い掛かる一斉攻撃。僅か一つのウレタン武器を持つアトリに対して、過剰ともいえる飽和攻撃。暴力的な新人潰し。アイドルの祭典『クリムゾン&スノーホワイト』に甘い気持ちで挑む素人に対するダンジョンアイドル達からの洗礼。


「見事な連携だ」


 攻めてくるダンジョンアイドルとドローンからのデバフに対し、アトリはそう評して動く。ダンジョンアイドルの結託とその連携はまさに一糸乱れぬ動きだった。


 だがドローンや水面からの放水はその連携からズレた動きだった。


 然もありなん。ダンジョンアイドル達は『敵』であるアトリに対して結託した。戦う前から根回しし、真っ先に潰す相手だと共通認識を抱かせた。それぞれの保有スキルを考慮し、最大限の布陣を組んだ。


 だが、運営側との連携は甘かった。想定していなかったわけではない。だけど表立って『サムライガールを排するために協力しましょう』と運営側からのメッセージはなかった。


 当然だ。そんな記録を残せば後に禍根を残す。運営は平等で清廉潔白。誰かを蹴落とす指示などやるはずがない。指示などで形に残すなど論外だ。その想いが連携を疎かにしていた。


 ダンジョンアイドル達や運営の行動に間違いはない。戦術的にも最大戦闘力であるアトリを一斉攻撃することは最善手だ。ダンジョンアイドル達も運営も、互いにアトリを排したいのは間違いないのだ。


「惜しむはドローンの目つぶしや放水との同期の甘さか」


 アトリを水に落とすために行われた一斉攻撃。ダンジョンアイドル達も、運営側も、ほぼ同時にアトリを失格させようと動く。運営側の妨害でアトリのスペックを不全にし、その合間をダンジョンアイドル達が攻め立てる。


 同期の甘さが生んだ時間は、コンマ4秒。ほぼ同時と言っても狭間。


 だがアトリにとっては十分な狭間。


(右斜め30度に4歩。袈裟懸けからの打ち払い。左45度に飛んで、飛来物を払いながら襲撃する者を叩き落とす)


 イメージする。思考の速度は光速に勝る。そしてアトリが長年培った鍛錬と実戦は思うと同時に肉体を動かしていく。動いた結果生じた結果を五感で察し、更に思考と同時に武器を振るうアトリ。


(判断が早い!)

(ウソ、なんで動けるの!?)

(フラッシュ発動がもう少し早ければ……!)

(噴水で視界が遮られて――!?)


 ダンジョンアイドル達もダンジョンで戦う戦士。その経験ゆえにアトリの動きをギリギリ目で追うことができた。どうにか避けようとするが、一手遅し。


 気が付けばダンジョンアイドル達はアトリのウレタン武器で押され、水面まで吹き飛ばされていた。


「きゃあああああああ!」

「嘘でしょ!?」

「これが深層配信者の動きなの!?」


 アトリに襲い掛かった総勢29名のダンジョンアイドル達は、開始から4秒で全員水の中に叩き落されていた。


『速い!』

『流れるような斬撃……じゃなく打撃!』

『試合開始から10秒も経ってないんだけど!?』

『凄いな。BGMのイントロが終わるより早く試合が終わったぞ!』


「ダンジョンアイドル達の連携、見事なり。一糸乱れぬ攻撃に敬意を。良き勝負であった」


 驚きのコメントが流れる中、アトリは武器を下ろして頭を下げた。


『IPPON!』

『アトリ様大勝利!』

『これよこれよこれよ! これこそがアトリ様!』

『水着を着ても変わらぬ強さ!』

『イロモノ水着だけど、この動きこそがアトリ様の魅力!』

『アトリ様の言うようにダンジョンアイドル達もいい動きだった!』

『30近くのスキル攻撃なんか普通避けれん!』

『避けとる、やろがい!』

『ドローンもさりげなくアトリ様の目つぶししてたな』

『プールからの噴水もアトリ様に向てたぞ』

『つまり、その全部を避けて勝ったのか……?』

『深層配信者はバケモノか!?』

『何をいまさら』

『この結果、海野りはくの目をもってしても余裕で予測できた!』


 アトリの一礼と共に湧き上がるコメント。それが弾幕のように流れていった。


『あ……ええと……始まりました桜花絢爛水飛沫……。


 ……試合開始から、4秒で終わったしまいました……これどうするんだ……?』


 アナウンサーがぼそぼそとつぶやくようにアトリの勝利を告げる。このあとどうやって間を持たせようか。そんなストレスに悩んでいるのを隠さない声だ。


『あー、福ちゃん困ってる』

『だよなー。試合の間、いろんなアイドルの水着とかアイドルの宣伝とかするのがお仕事だもんな―』

『用意してた台本が全部パーになったわけか』

『流石に4秒じゃ全部言い切れないかwwwwww』

『こんな意気消沈した福嶋アナウンサーの声、初めて聴いたわwwwwww』

『なんという放送事故。誰も悪くないのに』

『強いて言えばアトリが強すぎるのが悪い』

『ダンジョンアイドルがわちゃわちゃする大会に猛獣を入れた結果』

『いろんな意味で場違いなんよなぁ』


 困っているアナウンスを擁護する声に交じり、アトリの戦闘を揶揄する声が混じっていた。


『ダンジョンアイドルじゃないヤツが参加してるってどういうことだよ』

『確かに誰でも参加できるんだろうけど、自粛しろよ』

『俺達が見たいのはこういうんじゃないんだよな』

『参加してもいいけど、空気読んでほしいよな』

『せめてもう少し露出してほしい』

『今年は話題騒然だ、って感じだったけどこういう意味でかよ』


 最初にアンチアトリなコメントを入れたのは、今年のクリムゾン&スノーホワイト審査員の部下達だ。アトリが優位になればそれを責めるコメントを流せと指示したのである。結果としては優位どころか瞬殺だったのだが。


 そして『アトリをなじってもいい』という空気を創れば、それに便乗する者も生まれてくる。実際、アトリの圧勝は例年の桜花絢爛水飛沫の内容からはかけ離れた結果だ。いろいろ期待していた人が不満を漏らすには十分な場となった。


(こう言った空気を産み出してしまえば、多少アトリと<武芸百般>に対する辛辣な評価も許される)

(自分が場違いであると理解して、手加減してくれればなお良し。何なら空気を察して棄権してもいい)

(お前達はこの祭典にふさわしくないのだ。身の程を知るがいい)


 審査員三人はアトリを罵る空気に笑みを浮かべていた。アトリとツグミ。深層という場を進む強者に実力で勝てるなど思っていない。だがここはアイドルの祭典。いわば自分達のフィールドだ。その環境を最大源に生かせば勝利は容易い。


「ふむ。些かやりすぎたか?」


 アトリもその空気を察して、そんな事を言う。場の空気が読めないと言われれば確かにその通りだ。困ったように頭を掻く。


 そんなアンチアトリの空気の中、


「何をやっているのですか、審判!」


 凛と響く声があった。


「早く27番の勝利宣言をなさいませ!」


 カエルパーカーを羽織り、眼鏡をかけたトップアイドル。バステアイドル、ケロティアだ。マイクを手にしてプールのフロートを進み、アトリを讃えるように手を向ける。


「え? いや、あの」


 突然の言葉に困惑したか上からの命令があるのか、審判達は戸惑ったような声を上げる。確かにケロティアの言うように、アトリの勝利を宣言すべきだ。アトリの勝利は誰の目にも明らかなのだから。


「勝者には喝采を! 魅せた者には花束を! 成し遂げた者には栄光を! そして観客に笑顔を!


 たとえ毛色は違えども、それがダンジョンアイドルの矜持! 勝者を悪し様に攻め立てるなど言語道断! それこそダンジョンアイドルへの、ひいては情熱の深紅クリムゾン王子と純粋たる白雪スノーホワイト姫様に対する侮辱ですわ!」


 凛とした声で、威風堂々と。会場と運営が作り出したアンチアトリの空気など知らぬとばかりにケロティアは言う。


『おお、さすがケロティア様!』

『そうだよ。どう見てもアトリの勝ちじゃん!』

『確かに異様だったけど、反則でもないし』

『むしろスカッとした! あそこまで圧倒されると別の感動がある!』

『勝者には喝采を!』

『魅せた者には花束を!』

『成し遂げた者には栄光を!』

『そして観客に笑顔を!』

『あれ? 幸せじゃなかったっけ?』

『だよな。クリスノのキャッチフレーズだと<観客に幸せを>だったはず』

『こまけぇことはいいんだよ!』

『ケロティア様、カッケェ!』


 正論ということもあるが、ケロティアがこれまで培ってきたダンジョンアイドルとしてのカリスマがアンチアトリの空気を一掃する。その空気に流されるように、審判は手を挙げてアトリの勝利宣言を行った。


「勝者! 27番、アトリ選手! 討伐数、29名!」


『しょ、勝利ぃぃぃぃ! 27番アトリ選手の勝利ぃぃぃぃぃぃ!


 まさに圧倒! まさに無双! 桜花絢爛水飛沫の歴史において最大討伐数と最短記録を叩きだしたぁ! これが! サムライガールの! 実力だああああああ!』


 審判の宣言と同時にアナウンサーもアトリの勝利を讃える。些か自棄になっている部分はあるが、歴史的快挙に興奮しているのも事実である。


「もー、なによあれ。すごいじゃない」

「負けた負けた。ここまでやられるともう褒めるしかないわ」

「いい経験だったわ。さすが深層配信者」


 会場から湧き上がる歓声。それがアトリを讃える声であることは明白だ。プールから上がったダンジョンアイドル達も、プールサイドでアトリに向けて拍手をしていた。負けは悔しいが、それはそれとして勝者を讃える。その心が現れていた。


「すまぬな、ケロティア殿」


 そんな拍手喝さいの中、アトリはケロティアに礼を言う。この空気を作ったのは、間違いなくこのカエルアイドルだ。


「貴方を助けたわけではありませんので、礼は不要ですわ。ケロティア様はクリムゾン&スノーホワイトに対する不敬が許せなかっただけですの。


 貴方の参加動機が不純である事への怒りは冷めてませんのであしからず」


 アトリを助けたわけではない。この祭典を汚されるのが許せなかったに過ぎない。そう言い放ち、ケロティアは背を向ける。アトリに対する怒りは未だに継続しているようだ。


「……勝利と努力が報われないなど、あってはならない事なのですわ」


 嘆くようなケロティアの声が、歓声に交じってアトリの耳に小さく届いていた。

 


 

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