拾捌:サムライガールはドレスに着替える
時間は大きく二日ほど飛ぶ。
『地』ステージ、ドワーフスレイヤーの決勝戦。『天』ステージ、アポロンハープの決勝戦も滞りなく行われ、最終戦である『星』ステージ参加者が決定する。
『人』ステージからは、アトリとレオンが。
『地』ステージからは、スピナとタコやんが。
『天』ステージからは、ふわふわもっふるんとケロティアが。
下馬評通りの選出となったが、純粋なダンジョンアイドルが二名しかいないという意味で世間は荒れることとなった。
『ちょ、アイドル二名しかいないんですけど!?』
『アイドル2。演技系配信者1。世直し系1。科学系1。深層配信1』
『おかしい、クリスノはダンジョンアイドルの祭典なのだが』
『つーか、インフィニティックの息がかかったのが一人もいないんですが! 何かの陰謀じゃないかこれ!』
『↑ インフィニティックの社員乙www』
『あれ? マジでインフィニティックいない? ダイヤモンド様落ちたんだ』
『純アイドルは二名ともエクシオン所属。タコやんもエクシオン。レオンとスピナはアクセルコーポ所属。アトリは……無所属でいいのか?』
『だなぁ。いつもは三大企業アイドルが平均的にいるんだけど』
『これまでの審査員が不正していたとしか思えない』
『まあ純粋な歌と踊りだけだとケロティア様が圧倒だからな。しかもそれに今回はもっふるん君までいるし』
『それもあるが、外様組が圧倒的すぎた』
『外様wwwwww まあ納得。本職アイドルじゃない四人の参戦が凄かった』
『まあ、あの四人は配信界隈でもトップクラスなんで……』
『【悲報】最強パーティの一角なのに遅刻して失格になった<武芸百般>。忘れられる』
『結局何しに出てきたんだ、あの女?』
『ビキニアーマーを着てアイドルにコナかけて帰っていった』
『酷いヤツだな<武芸百般>。もっとやれ!』
『決勝戦で姉妹対決を見たかったんだけどなぁ……』
コメントの流れは、50年続いたクリムゾン&スノーホワイトでも異例ともいえる事務所未所属者が4名ということ。そして決勝戦不参加の鳳東の遅刻を惜しむ声。そして――
『今年は優勝者の予想が難しいな』
『そうか? ケロティア様だろ』
『そのケロティア様の優勝を阻んだふわふわもっふるんがいる』
『あれ、本物か? 深層に消えたって話じゃなかったか?』
『ファンから言わせてもらうけど、本物。声も踊りも使い魔も完全一致』
『いや、三年前と変わらない姿ってのがどうなのかと』
『15歳で深層に消えて、3年後にも15歳の姿のままとかどうなんだ?』
『アイドルは年取らないんだよ常考!』
『ショタは永遠にショタなんだよ!』
『もっふるんくんは年を取らない。これ常識』
『永遠の15歳少年ダンジョンアイドル。それが俺達のふわふわもっふるんなんだ!』
『ちょっとドン引くんですが……』
『マジレスすると、深層かスキル関係だろうな。或いは体質』
『漏れ、深層行ってくる!(by 上層配信者)』
『どっちにせよ、優勝は二人のどちらかだわな」
『竹の盾とか魔法少女とか不良とかサムライが入る余地なし』
『言い方はともかく、アイドル祭典の優勝者としては流石に不似合いだわな』
『だんじょん に かえるんだな。おまえ にも かぞくが いるだろう……』
今回の優勝者を予想する声。そのほとんどがケロティアかふわふわもっふるんを予想していた。ダンジョンアイドルとして活動してきた者のトップ。アイドルではない者達の入る余地などないとばかりの評価である。
「むっきー! アトリ大先輩が優勝に決まってるじゃないですか! 確かにケロティア様とふわふわもっふるん君はすごいですけど、里亜はアトリ大先輩の優勝以外の未来は認めません!」
そんな評価を見て、里亜は地団駄を踏むように悔しがった。アトリとタコやんは『ああ、いつもの癇癪だな』とばかりにスルーする。
「とはいえ、あの二人が圧倒的なのは事実。……こうなれば裏工作を。<武芸百般>に教えてもらった企業の裏話を使って審査員を脅はk――お願いをしなくては」
「脅迫、っていいかけたぞコイツ」
「そう言うことはしないでくれ。不正で得た勝利に価値はない」
「ですよね! 里亜はアトリ大先輩の実力を信じてます!」
「いつも通りのてのひら超回転やなぁ」
ちょっと暴走しかける里亜をアトリが宥め、里亜が同意する。いつもの三人の会話の流れである。
だが、そんな流れとは違う部分があった。
「しかしこういう服を着るのは初めてだが……馬子にも衣裳ではないか?」
アトリは鏡に映る自分の姿を見て眉を顰める。
アトリが着ているのはロイヤルブルーのパーティドレスだ。同色のロンググローブに青いバラの髪飾り。背の高さも相まって、鮮やかな青一色の淑女がそこに在った。
「しゃーないやろ。決勝戦前のパーティなんや。ダンジョンで着ていく服とか無骨すぎるんや」
ため息をつくタコやんも、普段とは違う装いだ。白色のフレアスカートドレス。白いティアラを頭に乗せ、口を開かなければ高貴な生まれを思わせる姿である。
「というか二人とも似合ってますよ! 里亜のコーディネイト通りです!
アトリ大先輩は和服も考えましたが敢えてのワンピースドレスをチョイス! タコやんはお姫様を意識したカワイイ系ルック! 意外性を重視しました!」
親指を立てる里亜もドレスに着替えていた。薄緑色のワンピースドレス。主役のアトリとタコやんを際立たせることを目的とした質素なスタイルだ。あくまで自分は二人の付き人という態度を崩さない装いである。
「クリムゾン&スノーホワイトの決勝前パーティですからね! こういう機会でなければできない格好です!」
「まあホテルがドレス貸してくれるっていうんやし、ええんちゃう?」
「むぅ。二人がいいというのなら納得するか」
言うまでもなく、アトリやタコやんがパーティ用のドレスなど持っているはずがない。学生という立場で社交界に出る経験など皆無だ。そんなわけで、ドレスはレンタル品である。
クリムゾン&スノーホワイト、8日目。『星』ステージに向かう6名を讃えるパーティが開催される。アトリとタコやんはそれに出席することとなった。
アトリは最初『いや、そのような催しには興味はない』と断りを入れたが、大会委員会はどうしても出てほしいと懇願し、最後は泣きながら土下座されてアトリは渋々承諾したのである。
「しかし未だに理解できぬな。このような事にどれほどの意味があるのか」
「そりゃ金になるからやろ。アイドル祭典を勝ち抜いたアイドルを見せつけて、アイドルになりたい奴らを焚き付けるんや。
言うたら先行投資やな。華々しい所を見せて、夢あるように見せつけて裏で搾取するんや」
「アイドルが華々しいばかりじゃないのは間違いありませんけど、さすがに悪意ありすぎません? もっと好意的に受け取りましょうよ」
アトリの質問にタコやんが答え、里亜が苦笑しながらツッコミを入れる。そんな会話をしながら扉を開け、パーティ会場に向かう。
「お着替えは終わりましたか?」
ドアを開けて出迎えたのは、<無形>ふわふわもっふるんだ。黒のタキシードを着て、アトリ達に優雅に一礼する。その傍には赤いリボンがつけられた小型の羊が浮かんでいた。【テイマー】スキルで従えた魔物、ドリームシープだ。
「先ずはアトリさんにタコやんさん。『人』ステージと『地』ステージの突破、おめでとうございます。初参加で鹿もアイドル事務所に所属していないお二人の快挙。これはおそらくこの祭典初でしょう。
会場までご案内します。こちらへ」
ふわふわもっふるんは三人に向かって優しく微笑み、先行するように歩き出す。アトリ達もそれに続くように歩いていく。
「あの! 里亜も参加していいんですか? 里亜は大会参加者ですらないのですけど!」
<無形>の背中に問いかける里亜。本来大会参加者ではない里亜も祝賀パーティに誘われたのだ。名目は二人の付き添いという形だが、それでも異例である。
「はい。構いません。里亜さんはお二人の付き人ですし、アトリさんの勝利に貢献しているのは知っています。……個人的には人のロッカーをあさるのは如何なものかと思いますが」
あ、バレテーラ。里亜は顔を逸らし、鼻歌を歌っていた。アトリとタコやんが冷たい目で見るが、それも鋼の意思でスルーした。個人的に、という事は知っているのはふわふわもっふるんだけだ。証拠はない、はず。
「……いろいろすみません」
会場に向かう廊下の途中で立ち止まったふわふわもっふるんは、振り返ってアトリ達に頭を下げた。
「? いきなりどうしたのだ?」
「皆さんは<武芸百般>に挑むためにこの大会に参加したのに、東さんはあの体たらく。初めからアトリさんを利用するつもりでした。……さぞ落胆したと思います」
<無形>が謝罪するのは『ワンスアポンナタイム』同僚の横暴だ。
アトリの想いを利用してアイドル祭典に参加させ、勝手に試されて、挙句には勝捨て自分ができなかったことの尻ぬぐいをさせようとしている。その破天荒で無責任な押し付けを謝っていた。
「落胆などしてないぞ。姉上はそう言う人だし」
「いやそれはどうやねん」
だが当のアトリは『あの姉だし』と達観していた。或いは諦念していた。そんな態度にツッコミを入れるタコやん。
「ふわふわもっふるん殿に聞きたいのだが、岩戸の奥にいる存在は姉上でも斬れなかったと聞く。相違ないか?」
「え? はい。東さんでも斬れなかったです。正確には『 』……ああ、喋れないんでしたね。すみません」
アトリの問いに答えるふわふわもっふるん。しかし肝心な部分を伝えられず、謝罪する。
「構わぬ。姉上でも斬れなかった相手と戦える。そちらの方が重要だ」
だがアトリにとって重要な情報は得られた。それで十分とばかりに笑みを浮かべる。無意識に腰に手を伸ばし、そこに刀がない事を思い出す。滾る自分を制するように頬をパンと叩いた。
「明日はその岩戸の前に行けるのだからな。楽しみだ」
「戦いに思い寄せるのはええけどな。その前にパーティあるから忘れんなや」
「はい。アトリ大先輩の魅力をしっかりアピールしましょう!」
そして三人は会場の扉を潜り、パーティ会場にたどり着いた。
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