肆:サムライガールはバステアイドルを知る
ケロティア。カエルパーカーを着たダンジョンアイドルだ。
『さあ受け取って 私の作る甘い毒♪
じわじわと貴方を追い込むの♡』
ダンジョン内で配信ライブを行いながら、大きな会場を借りてコンサートを行うダンジョンアイドルだ。圧倒的な歌唱力と多彩なスキルを用いてのコンサートは、毎回チケットが即完売するほどである。
そのジャンルは――バステ系アイドル。
『麻痺と石化で縛ってあげる♪
もう逃げられないわ 私だけ見て♡』
曲の方向性は『重い愛』。ヤンデレ風味な曲が多いが、ケロティアがバステ系と言われる所以はそこではない。
『痺れるぅぅぅぅぅ! ……あぐぅ……』
『せ・き・か! せ・き――(石化)!』
【メデューサ・アイ】【猛毒の吐息】【痺れるキッス】などのスキルを用いて、歌を直接聞きに来た観客にバッドステータスを振りまくことだ。ケロティアの重い愛をリアルで感じ取れる。精神的にも肉体的にもそれを感じ取れるのが彼女のコンサートである。
「……なんと。自ら毒や麻痺を食らいに行くとは」
「一応言うと死なへん程度に加減はしているし、ライブに行く人はそのことを知ったうえで参加するからな」
「むむむ。理解できん。世間は広いなあ」
それを聞いたアトリはカルチャーショックを受けていた。バステは受けずに斬り捨てる。そんなアトリからすれば好んで不利な状態になるなどありえない事である。
「まあ、お前の『バステを斬って解決』もどうかと思うけどな。そんなんで回避するとか、世界開けたわ」
「凄いですよね、アトリ大先輩。魔眼の射線を切ったり、毒ブレスを切ったり。ホント、どういう理屈なんですか? 後、里亜も斬ってください」
「斬らないから」
ケロティア以上に理不審な存在であるアトリに言及するタコやんと里亜。レオンとスピノもこっそり頷いていた。
「ええ。ケロティア様は偉いのです。凄いのです。他に類を見ないアイドルとして愛を振りまいているのですわ。
そんなケロティア様を始めとしたダンジョンアイドルに憧れてクリスノに参加したのでしょうけど、そんな甘い気持ちでこの祭典は勝ち抜けませんわ。恥をかく前にお帰りになることをお勧めします。ああ、なんでしたら参加費を立て替えてあげてもよろしくてよ?」
自らに尊称をつけ、アトリ達を見下すように言うケロティア。路傍の石を見るような冷たい視線。4人分の参加費など大した額ではないとばかりの傲慢さ。
そんな態度のケロティアに――
「いや、某はアイドルに憧れはないので」
アトリはあっさり言い放った。
「……はい?」
アトリの言葉に小首をかしげるケロティア。
「この祭典に姉上が参加すると聞いて参加したにすぎぬのだ。アイドルを軽視するわけではないが、憧れというものは全くない」
「まあウチもアトリが参加するから……げふんげふん! ゼニの為やからな!」
「そうですね、私もアトリさんと<武芸百般>に勝負を挑みたいからです。演出系としてアイドルの見地も知りたくはありますが、それは二の次で」
「私も魔法少女系配信者の人気を広めたいだけで……。アイドル自体にはあまり……」
アトリ、タコやん、レオン、スピノが揃って参加する理由を告げた。皆、ダンジョンアイドル自体には強い思い入れはない。
「…………ええと…………?」
ケロティアは見下しポーズのまま数秒固まった。なんとなく気まずい空気。
「…………ふん! ダンジョンアイドルに興味がないのに参加するなんて、それこそクリムゾン&スノーホワイトへの冒涜ですわ!
そんな理由でダンジョンアイドルの祭典に足を踏み入れるなど笑止千万! 場違いにもほどがあるとはまさにこの事です!」
沈黙を破るように鼻を鳴らし、腕を組んで怒りをあらわにするケロティア。アトリ達を指さし、そして宣言する。
「貴方達が勝ちあがることなどありえませんが、もし何かの偶然や手違いで『星』まで来れたのなら、このケロティア様が全力で叩き潰してくれますわ!
ええ、ありえませんとも。ですがそのことを覚悟したうえで参加するのですわね。あらゆるバッドステータスを駆使するケロティア様に恐怖を感じるのなら、甘ったるい目的が満たされたらすぐに棄権したほうがいいですわ!」
言って踵を返すケロティア。そのままアトリ達の視界から消える。
「むぅ。何やら怒らせてしまったのだろうか?」
「ケロティアはそう言うキャラやからな。尊大で傲慢で見下し精神たっぷり。配信でもコンサートでもそんな感じや。気にしたら負けやで。
キャラ演じてるんかと思ったけど、素でああいう性格なのかもな」
ケロティアの態度をそう評するタコやん。カエルの女王様。バステの魔女。そんな二つ名を誇りにするほどの態度と性格。そのキャラクターを嫌悪する人もいるが、だからこそいいという人もいるとか。
「とはいえ、ダンジョンアイドルのトップの名は伊達やないで。
三連続優勝者ってのはシャレにならん。バステふりまいて状況をコントロールして、一気に勝負を決めに来る策士やからな」
「ええ。歌唱、創作、そして武術。それらの総合ステージである『星』において三年間負け無しですからね。
ライバルであるふわふわもっふるんがいなくなってから、ケロティアさんに勝てるアイドルは誰もいなくなりました」
「成程、承知した」
だがその実力は間違いないと太鼓判を押すタコやんと里亜。状況コントロールに長け、自分の優位性を譲らない。アトリはそれを姑息と侮りはしない。その手の魔物にも敬意を払い、そして勝利してきたのだ。
「ところで、その『星』のステージはどういう形式なのだ? 歌と踊りと物作りと戦闘が一緒くたになって……その優劣をどうやって決めるのだ?」
アトリの疑問にタコやんを始めとして全員の表情が同じになる。言葉なく様々だが共通する意味は同じだ。
「分かりません」
その言語化を行ったのは、里亜である。里亜の言語化が正しいとばかりに、皆が同意の表情を浮かべる。
「分からない?」
「はい。優劣の基準はわかりません。『星』のステージの優勝者を決めるのは審査員ではなく『ノヨモモモ岩戸』なんです」
「のよ……もも? ええと?」
「まあ、あれやな。そう言うダンジョン内にあるの審査装置みたいなものががあるって思えばええ」
情報量過多で脳の容量が限界に達したアトリの肩を叩くタコやん。困惑するアトリに説明するのはウチの役目や、とばかりにドヤ顔する。
「『天』『地』『人』のそれぞれ一位二位は中層にあるノヨモモモ岩戸の前でそれぞれの歌や創作物や技巧を披露するんや。歌ったり、作ったもん見せたり、剣舞振るったり? そんな感じやな。
そんで……その岩戸が認めた者が優勝って感じやな」
「『ノヨモモモ岩戸』は50年前にダンジョンアイドルの興りとされる
いわばダンジョンアイドルの聖地。年に一度のダンジョンアイドルの頂点を裁定するにふさわしい場所なんです」
タコやんと里亜の説明を、アトリなりに噛み砕く。何とか、という岩戸はダンジョンアイドルにとって大事な場所で、毎年その岩戸の判断で一番のダンジョンアイドルを決めている。
「天岩戸の様なものか。確か太陽神が隠れている岩戸で、芸事の神様が踊りで開けたとか。そう考えると、なかなか風情があるのかもしれないな」
日本神話を持ち出して頷くアトリ。理解はともかく、納得はしたようだ。
(その
神話の詳細を知っている里亜はこっそり目をそらしていた。風情とは全くかけ離れた乱痴気騒ぎだったのだが、真実は知らない方がきっと幸せだ。
「まあ私の目的はあくまで姉上との対決。それさえ終えれば他はどうでもいいからな。『星』への道は譲ってもいいぐらいだ」
「おもんないなぁ。デビュー&初出場で優勝を掻っ攫うとか話題大爆発やで。前人未到の記録作ってみたらどうや?」
「いいですね。アトリ大先輩ならいけますよ」
「今のところ興味はないな。目下の目的は姉上打破だ。いろいろ恥ずかしいが、件の舞台で姉上に勝利する。
その後で色々問い詰めるとしよう」
冗談交じりに焚きつけるタコやんと里亜に、興味はないと即答するアトリ。ダンジョンアイドルにはさほど興味はなく、クリムゾン&スノーホワイトもつい最近知った事だ。その頂点を興味もないのに初登場で掻っ攫うなど、真剣に挑む者達に失礼だ。
「恥ずかしい……結局どんな水着にしたんや?」
「秘密だ。本番まで秘匿させてもらう」
「期待してますよー」
そんなことを言いながら、アトリ達も会場入りする。それぞれの控室に移動して本番に備えた。
……………………。
舞台裏――とあるグループチャットにて。
「企業無所属アイドルのアトリだと?」
「正確に言えば、アイドルですらない」
「今やその名を知らぬ者なき深層配信者だぞ」
「拙いな。<武芸百般>だけでも持て余しているのに」
「<無形>の復帰だけならどれだけよかったか……」
「あの二人を『星』に向かわせるわけにはいかない」
「企業無所属のアイドルですらない者が優勝するなど、クリムゾン&スノーホワイトの名折れだ。あってはならない」
「<武芸百般>とアトリは同じ『人』ステージ。おそらくは計画的な行動だ」
「あり得るな。姉妹で『人』ステージの優勝と準優勝を総なめするつもりか」
「深層帰還者と深層配信者。その姉妹によるデビュー戦でトップ2。そんな事をされれば今回の話題を全て奪われるぞ」
「ぽっと出の素人にそんな事をされればダンジョンアイドルの地位も下がる。次年度からのクリムゾン&スノーホワイトの収益にも影響するぞ」
「ここで潰しておかなければ」
「一時休戦だな。足を引っ張り合ってる場合ではない」
「審査員の立場を最大限に生かせば、自然な形で脱落させることなど容易だ」
「問題はAI審査だが、それ以外の要素でマイナス要素を加えればいい」
「結託させぬように別ブロックに配置し、孤立して疲弊させよう」
「決まりだな。鳳東とアトリを脱落させるまで、我々審査員は手を結ぼう」
クリムゾン&スノーホワイトの審査員。三大企業から各一名選ばれた者達は、ツグミとアトリを目障りに思い、手を組んで脱落させようとしていた。
全て勘違い。ツグミとアトリが手を組むなどまるで真逆。アトリが姉との対決を求めてダンジョンを潜っていることなど少し調べればわかる事だが、ビックネームの参加で混乱して彼らはそれを怠った。
権力を使って初戦で姉妹を戦わせておけば、少なくともアトリはそのまま棄権したのである。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます