参:サムライガールは色々な人と出会う

 そしてクリムゾン&スノーホワイトの当日。開会式の会場内にて。


「よう、昨日ぶりやな」


 聞き慣れた関西弁が、アトリの耳に届いた。


「は? なんでタコやんがここに居るのだ?」


 参加者しか入れないはずのエリアで、アトリはいつものように手を上げるタコやんとそれにつきそう里亜の姿を見ていた。


「なんで、と言われてもウチもクリスノに参加するからな。きちんとした選手枠やで」


「里亜はタコやんの付き添いです。付き人は1名まで許可されていますからね。アトリ大先輩の付き人申請もしてますよ。【トークン作成】で二人同時にこなして見せますから!」


 タコやんは『地』の参加カードをアトリにみせつけた。アトリの持つ『人』のカードと同質のものだ。


「ちょ、ちょっと待ってくれ。……ええと、選手? タコやんが?」


「せやで。ウチの物作り能力舐めんなや。見る人をあっと驚かすモンをびしっと作って度肝抜くんや!」


「いや……タコやんの器用さと発想力の高さは知っているが……」


 胸を張るタコやんに対し、頷くアトリ。『地』のステージは衣装や機械などの創造物を競い合うステージだ。タコやんの才能がいかんなく発揮されると言ってもいいだろう。なのでそれはいい。それ自体はいいのだが……。


「なんで参加する旨を言ってくれなかったのだ? というか、昨日は『明日はクリスノ頑張れよ。配信見てるからな』とまで言ってたではないか?」


 どう聞いても家で配信見ながら応援する、という雰囲気で告げられた言葉だ。だだタコやんはしれっとした顔で言い返した。


「おう、アンタの水着姿、配信で見るで。選手控室でな」


「……確かに『何処で』という言及はなかったが」


「そこで納得するのがアトリ大先輩のいい所で悪い所なんですよね。里亜がついて騙されないようにしないといけません、ええ。」


 はぁ、とため息をつく里亜。【トークン作成】を使ったのか、タコやんとアトリの両方に里亜がいる。


「いや、里亜もいつの間に私の付き人申請を? こういうのは当人の許可とか同意とかが必要なのではないか?」


 アトリもよくはわからないが、不審者を侵入させないためにセキュリティがあるはずだ。勝手に付き人を名乗って選手エリアに入る不審な輩が出ないようにするために書類などで対策をしていると思うのだが……。


「まあそこはほら。ちょちょいと色々裏道がありまして」


「……里亜」


「てへへー」


 睨むアトリと視線をそらす里亜。どうやら正当な手段ではないらしい。しばらく沈黙が続き、アトリはため息をついてそれ以上の追及を諦めた。里亜が他人に迷惑をかけるとは思えない。変な暴走はするかもだが。


「しかし何故タコやんはこの大会に出るのだ? こういう催しにはあまり興味がないと思っていたが?」


 アトリはタコやんに向きなおり、理由を聞く。クリムゾン&スノーホワイトというか、ダンジョンアイドル自体に興味がなさそうなタコやん。彼女が参加した理由が分からない。考えられる理由としては――


「まさかとは思うが、単に私を驚かせようとしてギャグで参加したとかではないだろうな?」


「ウチをなんやと思っとんねん。そんなアホなこと……まあ、それはそれでオモロイけどな。今度ネタに使わせれもらうで。ありがとな」


 アトリの的外れな推測に怒りの表情を浮かべるタコやんだが、すぐにそれはそれでアリやなという顔になる。オーサカの女の価値観はよくわからないと、アトリと里亜はちょっと引いた目で見ていた。


「ウチが参加する理由なんざゼニ以外あらへんやろうが。『地』ステージ優勝者に与えられる100万EM! さらに『星』でテッペン取ったら2000万EM!


 こんなん参加するしかあらへんやろ! 参加費の5万EMが20倍でさらにドン!  割のええ稼ぎでウハウハや!」


 手をワキワキさせて喜びを表現するタコやん。オーサカの女は強欲なんや。そう言いたげな表情である。


 ただ――


「その程度のお金なら深層魔石で賄えるのだが。融通しようか?」


 アトリからすればその金額はすぐに稼げるのだ。深層魔石は現在アトリしか入手できない(ことになっている)ため、レアリティが高い。というか独占状態だ。アトリ自身も出費が少なく、お金に対する執着がないため気軽に大金を貸すと言えるのだ。


「タコやんなら構わんぞ。むしろこれを元手にもっといいモノを作ってほしいのだが」


 もちろん、アトリもお金の重要性は理解している。大金を貸すと言えるのはタコやんや里亜などの信頼のおける友人だけだ。


「黙れ! その手の誘惑にウチは負けへんで! 旨い話には裏がある。自分で稼いだお金以外信じへんのがオーサカの女や!」


 そしてタコやんは頑なにアトリからはお金を借りたり貰ったり欲しいとは言わない。修理や移動費などの正規の報酬などはきちんと請求するが、アトリがお金持ちだからと言って、スポンサーになってほしいなどとは言わないのだ。


(タコやんがめついのは確かでしょうけど、本音はアレですよね。アトリ大先輩が参加するからタコやんもおいて行かれないために参加したとかですよね。


 アトリ大先輩と常に同等でいようとするのがタコやんですから)


 そんなタコやんを見ながら、アトリはうんうんと頷いていた。アトリにお金を借りたりスポンサーになってもらわないのも、そう言う理由だ。あくまで同格。友人として一緒に居たいというタコやんの意地と矜持があった。


 あとは大会時にアトリに何かあれば、サポートするつもりなのだろう。戦闘は最強だがそれ以外はへっぽこなアトリ。それを影ながらサポートするために。もっとも、それは里亜も同じなのだが。


「とにかく、そう言うわけや。お互い勝ち進めば『星』のステージでぶつかり合う。そん時は覚悟しときぃや!」


「うむ……いや、私の目的はあくまで『人』ステージにいる姉上なので。正直『星』での勝ちはあまり興味がないというか。何なら負けてもいいが?」


 格好よくアトリを指さすタコやんだが、アトリは申し訳なさそうに頭を掻いて答える。アトリがクリムゾン&スノーホワイトに参加するのは、あくまで姉のツグミと戦う事だ。それ以外は全くと言っていいほど興味がない。


「オモんないな自分! こういう時は『あの美人で天才で世界で最も世話になったタコやんと戦うなんて……どうすればいいんだ!』ぐらいの葛藤見せぇや! ホンマ演出とか出来へんヤツなぁ!」


「いやすまぬ。やはりこういうのは不慣れというか」


「相変わらず、即興には弱いみたいですね」


 タコやんに攻められて頭を掻くアトリ。その横から話しかける女性の声があった。


「む、これはレオン殿。それにスピノ殿」


 声をかけたのは火雌冷怨カメレオン特攻隊の隊長、レオンだ。ビジネススーツを着こなし、柔らかい物腰て話しかけてくる。だがいざ本番になると血気盛んな口調と手数で攻め立ててくる。


「……以前は御迷惑をおかけしました」


 そして申し訳なさそうに頭を下げたのはスピノ。『世直し系魔法少女』として有名で、以前アトリを『里亜のチャンネルを荒らした不埒者』という事で襲撃した事がある。もっともそれは誤解でその謝罪もすでに終わっているのだが、スピノとしては一度の謝罪では収まらないらしい。


「ああ、スピノ殿。そこまで頭を下げずとも好い。件のことはもう済んだことだ。何度も頭を下げることではない。


 二人ともここに居るという事は、選手としての参加か?」


 頭を下げるスピノを手で制しながら、アトリは二人に問いかける。レオンはアトリと同じ『人』のカードを、そしてスピノはタコやんと同じ『地』のカードを持っていた。


「ええ。アトリさんとそしてお姉さんがここに居ると聞いて参加しました。今回はアングルもブックもなしで戦わせてもらいますよ」


 レオンはアトリを見て笑顔で挑戦的な事を言う。卑怯千万変幻自在。数多のスキル構成を持つレオンは、以前アトリと接戦をしたことがある。そんな彼女が建前なしで『勝ち』に来るというのだ。


「それはそれは。意外な伏兵だな」


 レオンは深層魔物を単独で相手できるアトリにそう言わしめるほどの相手だ。レオンは純粋な実力ではなく、絡め手や相性を駆使して相手に肉薄してくる。油断をすれば状況をひっくり返しかねない。


「魔法少女ちゃんは『地』か。察するに、衣装変化で観客の目を引こう、って感じか?」


「はい。タコやんさんのような創造性はありませんが、【光学迷彩】と【鞭術】をダンジョン素材を組み合わせて頑張ってみます」


「おう、よろしゅうな」


 同じ『地』ステージの参加者同士で挨拶するタコやんとスピノ。同じステージで争う関係だが、スピノは礼儀正しくタコやんは気さくに挨拶をかわす。


「あの、タコやんさんみたいな科学者からしたらスキルを使うのは卑怯でしょうか? タコやんさんみたいに努力して得たんじゃなく、機械で楽するような形なのはやっぱり嫌われますか?」


 ダンジョン外でスキルを使うのは卑怯。努力とか関係なく、才能をお金で買える。そんな声はけして小さくない。大会のルール上問題はないが、スキルを使った演出に反対意見があるのも事実だ。


「ええんちゃう? 科学も文明も、人間が楽するために発展したもんやし。水道捻ったら水が出るのを『楽したらアカン!』っていうのは苦行者かアホの言う事やで」


「はい。ありがとうございます」


 タコやんの言葉に頭を下げるスピノ。心のつかえがとれたと、スピノはほっと一息つく。


「アイドル事務所に所属していない有象無象が群れて大変ですわね」


 そんな弛緩した空気に、棘を含んだ声が響いた。


 ダンジョンアイドルではないアトリ達を見下すような毒舌。見るとそこにはカエルフードを被った眼鏡をかけた女性がいた。年齢はアトリより少し上程度。アトリ以外の全員が、その姿と顔を知っている。それほどの有名人だ。


「へえ、事務所に所属してへん相手には何言ってもええんか。


 三連続優勝者のケロティア様は偉い御身分やなぁ」


 皮肉を返すようにタコやんが言い返す。


 カエルアイドル・ケロティア。エクシオン・ダイナミクス系列のマルゾー事務所所属アイドル。クリムゾン&スノーホワイトの第46回から49回までの優勝者だ。ここ数年、ダンジョンアイドルのトップに君臨していると言ってもいい。


「ええ。ケロティア様は偉いのですわ。それが分からないことが、アナタの有象無象の証明ですの。


 今日はその意味と実力をしっかり刻んでおかえりくださいませ。支払った参加費に見合う授業料になると思いますわ」


 全てのダンジョンアイドルのトップに君臨するケロティアは、尊大にアトリ達を見下して薄く笑った。

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