弐:サムライガールはアイドル祭典を知る
クリムゾン&スノーホワイト。
年に一度行われるダンジョンアイドルの祭典だ。とはいえ、事務所所属のダンジョンアイドルだけではなく、年齢や一定の人気がある配信者も参加できるという。その条件は厳しいが、アトリ年齢や人気なら何の問題もないだろう。
そしてそれは大きく三つの部門に分けられる。
一つ。歌唱や踊りなどの芸事を主題とした『天』のステージ。
一つ。豪華な衣装や舞台ギミックなどを作り出す『地』のステージ。
そして、万難を排する力を示す『人』のステージ。
『天』『地』『人』の三つのステージに分かれて戦い、各優勝者と準優勝者の合計6人が『星』のステージで競い合う。その戦いを制した者が、クリムゾン&スノーホワイトの優勝者となるのだ。
アトリが参加することになった(思いっきり不本意だが)豪華絢爛水飛沫は、その『地』の競技の一つである。アトリの姉である鳳東ことツグミもそこに参加しているのだ。
「待て」
その説明を聞いたアトリは右手を上げて質問をした。
「要は強さを示すのが『人』の舞台なのだろう? 何故水着になる必要があるのだ?」
「気持ちはよくわかる。なんでやねん、て言いたい気持ちも十分理解できる」
質問を受けたタコやんは、うんうんと頷きそして肩をすくめて、その理由を告げた。
「ぶっちゃけ、殴り合いには華がないねん」
「『天』や『地』に比べて、『人』ステージは地味で盛り上がりにくいんですよ。人間同士の戦いは10秒もかかりませんし。
番組というか、配信のメインにするには尺が足らなすぎるんです。そこでダメージを少なくするウレタンの武器と、見た目を映えさせる水着になったんですよ」
人体というのは本来衝撃に強い構造をしていない。そして関節や急所など、どう頑張っても鍛えられない部位が存在する。
人間同士が本気で殴り合えば、里亜の言うように短時間で決着がつく。格闘技などの防御法を学んだとしても、分単位の試合が関の山。アイドルが一曲歌う間に決着がついてしまうのだ。
そしてタコやんの言うように、本気の戦闘には華がない。
この場合の華はアイドル性ともいえるものだ。上下や貴賤ではなく、方向性が違う。血肉躍る戦いを見たいのなら、格闘系配信などを見ればいい。ダンジョンアイドルの祭典でガチ殴り合いをするのは、場違いなのだ。
「私の配信はどうなのだ? 戦闘はそれほど長くかかっていないし味気ないのだが、それでも見に来る人達は多いぞ」
「お前の配信は圧倒的強さを持つダンジョン魔物を、つよつよ剣技で突破するのを見に来てるんやからな。毛色が違うわ」
「アトリ大先輩の配信は強さに特化していてかなり特殊なのですが……戦闘を売りにしている配信者もある程度の編集はしています。
レオンさんがいい例ですね。前振りなどのアングルなどで盛り上げたり、あえて交代して仲間にメインを譲ったり」
「そんなものなのか……」
戦闘系配信のあれこれを聞きながらアトリは頷き、そして現実問題に戻る。
「つまり水着を着て、こういった戦いをしなければならないのか」
かなり抵抗がある事を隠そうともしないアトリ。腕を組んで葛藤し、どう納得するか頭を悩ませていた。
「イヤやったらやめたらええやん。あんな言葉に乗せられるなんか、お前らしくないで」
葛藤するアトリに向けて、呆れたようにタコやんが言う。普段のアトリは、さっぱりしている。悩むのは昼食時にうどんの種類を選ぶぐらいで、即決即行動。竹を割った性格を体現しているかのような真っ直ぐさだ。
「逃げるわけにはいかん。挑発だと分かっているが、これに乗らないと姉上は本気で捕まらないからな」
アトリがダンジョンに潜る目的は、ダンジョンに消えた姉のツグミを見つけだす為だ。その姉が待っているというのなら、そこで逃げる選択肢はない。葛藤している部分はそこではないのだ。
「事情は察した。演出的な事が配信というものを盛り上げるのも理解している。
それを踏まえた上で……水着か……」
水着。この言葉というか格好にアトリはかなり抵抗があった。
「悩んでるところ悪いけど、さらに悪いお知らせがあるで。
戦いに勝つだけじゃ、『人』ステージは勝てへんねん。水着審査があるんや」
「みずぎしんさ?」
ものすごく嫌な気がする。アトリは頬に流れる汗を自覚しながら、問い返した。
「簡単に言えば来ている水着が点数になります。審査員が各アイドルの水着姿に点数を入れてそれと戦いで得た点数を足してその合計値が一番高いアイドルが『人』ステージ優勝です」
「なんと。つまりただ勝つだけでは姉上には届かない……と?」
「そう言う事やな」
水着審査という現実を前に項垂れるアトリ。はっきり言って着たくない格好で戦わなくてはならず、しかもその格好も勝ち残る要素となるのだ。
「一応言うと、色気を出して露出度を下げればいいというわけでもありません。一度配信ラインぎりぎりの水着を着たアイドルが最低点を食らって永久出場停止をくらいましたから」
「そのダンジョンアイドルっぽい水着が求められる、って理由やけどダンジョンアイドルは戦闘よりは歌と踊りメインやからなぁ。自然と無難なモンになるわ。
審査員も個性豊かやからな。まさかAIが審査員になるなんか予想外やわ」
「えーあい?」
疑問符を浮かべるアトリ。アトリもAIがどのようなモノかは知っているが、審査に使われるというのは想像の外だった。
「審査員は5名です。三大企業から一人ずつ選ばれ、そして大会運営が開発した『クリムゾン』と『スノーホワイト』のAIですね」
右手で指を三つ立て、左手で指を二つ立てて里亜が説明する。
クリムゾン&スノーホワイトの開催から、審査員は三大企業から毎年一人選出され、AIの二台が務めることになっていた。三大企業の思惑に左右されない処置だという。
「偏見かもしれないが、AIに審査が務まるのか?」
「逆やで。機械は公正で間違わへん。ハルシネーション問題とかもあるけど、それを埋めるために思考ルーチンが違うAIが二台あるって事やろうしな。
アイドルの審査に特化してるんか知らへんけどフレーム問題もない。判断も早いし審査も適切やし。企業の思惑抱え込んだ奴らよりは平等ってのが評価や」
アトリの疑問に技術者の観点から答えるタコやん。人間の審査は個人の嗜好もあるが、その人間が抱える社会的背景にも左右される。自企業傘下のアイドルを優遇してしまうのは仕方のない事だ。
だがAIにはそれがない。パターンに従い、正しく判断する。社会的背景もないため、公正で平等な審査ができるのだ。
「成程。おおむね理解した」
タコやんの説明に頷くアトリ。審査自体に不正が割り込む余地がない。そう言う意味では出来レースのようなことはないようだ。……タコやんがいくつか挙げた問題の意味は分からないが、聞いても理解できないだろうとアトリはスルーした。
「ともあれ戦いと水着の質。この二点が問われるわけか」
腕を組んで悩むアトリ。戦いに関してはともかく、水着というのは未知の領域。はっきり言ってどうしていいかわからない。
「もう一回だけ言うけど、無理して出ぇへんでもええんちゃう? あの姉ちゃん、日を改めてマージャンか競馬に誘えばひょっこり顔だしそうな軽さやし」
「確かに姉上はそう言う所はあるが」
「あるんかい」
冗談で言った言葉に真面目に答えられてツッコミ返すタコやん。アトリがこういう事でボケ返すとは思えない。本当に<武芸百般>はそう言う性格なのだろう。なんとなく納得はできるが。
「しかしここで参加しなかったら後で延々とそのことを責めてくるのも想像に難くない。『弱点を見つければそこを集中攻撃』『弱点がなければ作れ』が姉上の常套句だからな」
「えげつない姉ちゃんやな……」
「戦術的には何も間違っていないんですけどね……」
アトリの言葉に引いた声で答えるタコやんと里亜。戦いに置いて相手のウィークポイントをつくのは常道だ。むしろ弱みを放置しているのが悪い。実の姉とはいえ――実の姉だからこそ挑発を無視できないのだ。
「戦闘の方は使用している武器が慣れた刀ではない事と、足場が不安定という程度だな。
ただ、水着か……これは皆目見当もつかん。肌を晒して戦うというのは、なんというか色々抵抗が……」
はあ、とため息をつくアトリ。
「しゃーないな。ウチがどうにかしたるわ!」
堂々巡りのアトリに、タコやんが胸を張って告げた。
「おお、さすがタコやん。頼りになる! 具体的にはどうするのだ」
アトリの言葉にタコやんは笑みを浮かべてタブレットを見せる。そこには――
「これや! 深度400メートルまで耐えられる大気圧潜水服! これやったら肌を晒さへんし水着としても最強や!」
宇宙服っぽい全身を包み込む潜水服が映されていた。確かにこれは肌を晒さないし水中で活動するから水着と言えなくもない。ねーよ、というのは自分でもわかっている。悩むアトリをボケてからかうタコやんであった。だが、
「いや、タコやんこれはアウトですよ」
「ネタ枠としては完璧やろうが!」
「ネタかぶりです。似た服装のアイドルがいますよ。あっちは宇宙服ですが」
「マジか!?」
同じことはすでに誰かがやっていたらしい。『スペーススター☆アストローラ』のPVを見て愕然とするタコやん。調べてみたら、河童の格好をしたり人魚姫コスプレをして戦うダンジョンアイドルもいるとか。
「なるほど。そう言う水着もありか。仮装であれ水に関連すればいいと」
それを見たアトリがなるほどとばかりに頷く。この発想が『セーラー服+スク水』に繋がるのであった。タコやんも里亜も『この時止めてたらマシな水着やったやろうなぁ』とここでツッコミを入れなかったことを後悔したとかしなかったとか。
「よし。勝機は見えた。細い糸ではあるが、道が見えれば進むのみだ。
待ってるがいい姉上。成長したアトリの強さ、その身に刻んで見せましょう」
こうしてアトリは意気揚々とクリムゾン&スノーホワイトに参加を申し込むのてあった。
……後日、自分の水着姿を見て恥ずかしくて後悔することになるのだが。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます