壱:サムライガールは姉と電話する
『クリムゾン&スノーホワイトに、ふわふわもっふるんと鳳東がエントリー!』
一年に一度行われるダンジョンアイドルの祭典、クリムゾン&スノーホワイトに『ワンスアポンアタイム』の二人が参加するニュースは、日本国内を大きく揺るがした。
まず『ワンスアポンアタイム』というインパクトだ。人類初の下層突破パーティ。しかしその後の消息はなく、世間一般では死亡に近い扱いを受けていた。そんな彼らが帰ってきたという衝撃。
そしてアイドル祭典の参加である。『ワンスアポンアタイム』のふわふわもっふるんは元ダンジョンアイドルでクリムゾン&スノーホワイトでもかなりの成績を収めていた。そんな彼の復帰という衝撃だ。
死亡と思われていたダンジョンの英雄がいきなり祭典に現れたのだ。そしてそれ以外の情報は一切伝えられない。偽物なのか本物なのか。偽物ならタチが悪く、本物なら今まで何をしていたのか。様々な憶測がSNSで議論されている。
『ふわふわもっふるんと鳳東!? 本物なのか!』
『クリムゾン&スノーホワイトの運営が話題作りに嘘をいったとか……?』
『バレたら信頼落とすようなウソを言うとは思えない』
『本物だったとしても、なんで本人たちは顔を出さないんだ?』
『三大企業も本人たちのチャンネルも沈黙を貫いているからなぁ』
『あの二人がいるってことは<登録王>もご存命という事か?』
『<化け蟹>チャンは……?』
『俺達の伝説が帰ってきた!』
『まだだ……慌てるような状況ではない。もちつけ』
『(ぺったんぺったん)』
そんな話題が盛り上がるなか、クリムゾン&スノーホワイトどころかダンジョンアイドルの事すらろくに知らなかったアトリは額に指を当て、頭痛を押さえるような表情で静かに呟いた。
「この突拍子の無さは……実に姉上らしい……」
どこか諦念を思わせるアトリのつぶやきに、タコやんと里亜は一瞬欠けるべき言葉を失った。ネガティブな事を言わず何かあっても迷わない猪突猛進サムライのアトリが、こんな態度を見せる事はあまりない。
「まあその……姉ちゃん見つかってよかった、んか?」
「アトリ大先輩の言う通り生きてたんですから、そこを喜ぶべき、ですよね?」
疑問形で確認するタコやんと里亜だが、些か場違いであることを理解している。
アトリがダンジョンに潜るのは、ダンジョンで消息を絶った姉を探し出す為だ。三年前に深層に消えた鳳東。彼女を探すために毎日ダンジョンに潜り、年単位で活動していた。
その姉がひょっこり帰ってきたのだ。しかも妹の元ではなく、アイドルの祭典に。これまでの苦労を思うとなんと声をかけていいのか。
「ああ、すまん。気を使わせた。うむ。そうだな。まずは姉上の生存を喜ぼう。死んでいるとは欠片も思ってなかったが」
タコやんと里亜に言葉をかけられて、ショックから立ち直るアトリ。立ち直ったというよりは空元気を吹かせた程度の復活だが。
ともあれ、アトリは世間の驚きとは別の衝撃を受けていた。長年探していた姉がひょっこりアイドル大会に出ているという、例えようのない衝撃を。
「あー……とりあえずダンジョンから出て地上におるんやったら、連絡ぐらいはつけれるやろ。電話してみたらどうや」
「む。確かに」
タコやんに言われてスマホを操作するアトリ。コール3回の後、
『この電話は現在使用されてませーん! あれ? 番号だっけ? とにかくそう言う事なんでバイバイ!』
そんな声と共に通話が切られた。電子的なアナウンスではなく、明らかに人の声だった。
「間違いなく鳳東の声でしたよね」
「…………個性的な姉ちゃんやな」
スピーカーモードでその声を聴いていたタコやんと里亜が呆れたような声を出す。アトリはもう一度コールした。今度はワンコールで繋がる。
『もー、バイバイって言ったでしょうアトリ! お姉ちゃんは久しぶりの麻雀で楽しんでいるんだから……はいロン! リーチ一発ジュンチャンサンショクドラ3つ! 裏ドラ1個乗ってサーンバーイマーン!』
お姉ちゃん、と言っているあたり本物の鳳東――七海ツグミのようだ。アトリは渋面を浮かべていたが、意を決したように口を開いた。
「姉上。何をやっているんですか?」
何を、の部分に三年間連絡なしで何をやっていたのかだとか、アイドルの祭典出るとかどういう事なのかだとか、なんで生きているなら連絡くれなかったのかとか、そう言う気持ちを圧縮して問いかけた。
『え? 麻雀だけど』
「そう言う意味ではなく」
『安心して。服は脱がないルールだから』
「そう言う意味でもなく」
「……服脱ぐ麻雀とかどないやねん……」
脱衣麻雀を知らないタコやんは呆れ顔でツッコミを入れた。
『ん? そこに誰かいるの? 女の子の声っぽいわね。お友達? やだもー、それならそうと言ってよ。
初めまして、鳳東です。アトリの姉で清く正しい配信者をやっています』
急にきりっとしたボイスで自己紹介をする
「これ、どこからツッコめばええと思う?」
「むしろ何も触れない方がいいんじゃないですか?」
『しかももう一人いる! あ、もしかしてアトリとコラボしてくれるたこたこチャンとりありあチャンか! たこたこチャンの白衣ガジェットガールカワイイ! りありあチャンのマジリアル悲鳴がそそる!
今日はいい日になりそうねツモォ! タンピンドラ3で4000オール!』
タコやんと里亜の声を聴いて興奮したように叫ぶツグミ。たこたことりありあというのはツグミが勝手につけた名称だろう。タコやんと里亜はそんなふうに名乗ったことはないし、配信中にそう呼ばれたこともない。
「お前の姉ちゃん、個性的やな」
「すまぬ……。姉上がいろいろすまぬ……」
「アトリ大先輩が悪いわけじゃないですから」
スマホ越しに聞こえるツグミの言葉にため息をつく三人。
『かわいい子が二人もいるんじゃ無視できないわね。サインが欲しいならいつでもいらっしゃい。色紙だろうがシャツだろうがどこにでもしてあげるわ』
「サインはええわ。どういうことか説明……も後ででええ。どこに行ったらアンタに会えるんや?」
「そうですよ。アトリ大先輩は貴方を探すために深層まで行ったんですよ! なのにどうしてダンジョンの外で麻雀してるんですか!?」
『サインいらないの? くすん、お姉さん悲しいわ』
タコやんと里亜の追及に、わざとらしく涙を流すようなことを言うツグミ。その後でアトリに向けて言葉を返した。
『そうね、私に会いたかったらクリムゾン&スノーホワイトに参加しなさい、アトリ。桜花爛漫水飛沫の頂点で待ってるわ』
「おうかけんらんみずしぶき?」
アトリは首を傾げ、タコやんと里亜は『アレかぁ』という顔をした。水着姿でフロートの上に載ってチャンバラっぽいことをするお色気系バトル。芸事や創作物を競い合うのが主眼のクリムゾン&スノーホワイトにおいて、イロモノ枠と言ってもいい競技。
『そうよ。ダンジョンアイドルの祭典、クリムゾン&スノーホワイト! 私がそこに参加しているのは知ってるわよね。
ならばここに来れば私に会えるわ。いいえ、そこ以外では会うことはできないと思いなさい! 水の戦場でアトリを待ってるわ!』
「ええと姉上? その何とかという祭典はアイドルの出るもので、私はそういうのとは縁がないというか場違いなので遠慮させてもらおう。
場所を教えてくれたらこちらから会いに行くので、どこにいるか教えてもらえないか?」
勝手に盛り上がる姉を冷静に諭すように言うアトリ。だがそれは火に油を注いだのか、あるいは予想された反応だったのか。反応はすぐに帰ってきた。
『やーだー! そんなの面白くない! 成長したアトリの姿見たーい! あ、それポン! へっへっへ、今日の私は絶好調よー! トビを恐れぬ者のみヤオチューを切るがいいわ!』
普通に会いに行こうとするアトリを、自分勝手な理由で拒否する
「あー。とりあえず勝負が終わったらかけ直すので。それでは頑張って――」
処置無し、とばかりに首を振ったアトリが通話終了キーを押そうとして、
『ふーん。逃げるんだアトリ』
からかう様な姉の声がスマホから響いた。その声にアトリの指が止まる。
『そうよねー。お姉ちゃんには勝てないもんねー。せっかく勝負してあげる、って言ってるのになー。逃げちゃうんだー。
ま、勝てない勝負をそれっぽい理由をつけて避けるのは基本だもんね。アトリも立派になったわ』
「言いましたね、姉上」
平坦な声で――怒りを押さえ込み、可能な限り冷静を保とうする声で――アトリはツグミの言葉に割り込んだ。
『なんのこと? 私は事実を言っているだけじゃない。アトリは私と勝負しないんだーって。
それともなぁに? お姉ちゃんと勝負したいの?』
「ええ。三年間の修行の成果、とくと刻み込んであげましょう。どんな戦場だろうが臆することなく挑みますとも」
スピーカーからのあからさまな挑発。姉の意図を十分に理解したうえで、アトリは頷き答えた。
『うへへ。言質取ったわよ。そんじゃクリスノで待ってるか――はぁぁぁぁ? ちょ待って! なんで今赤ウーピン掴むの!?
降りるか……いや<武芸百般>は逃げない媚びない責任取らない! チンロートーが私を待ってるわ通せゴラァ! やっぱり駄目だったああああああ!』
嬉しそうに親指立ててそうな声の後に、急転直下と今ばかりに泣き叫ぶ姉。麻雀を知らないタコやんでも、調子に乗って失敗したんだなという事は分かった。そのまま鳴き声と共に通話が切れる。
「……なんつーか、個性的な姉ちゃんやな」
「そして結局、何処にいるか教えてもらえませんでしたね」
ツグミの奇行と奇声に気おされていたタコやんと里亜はため息とともにそう言い放つ。その後で、アトリを見た。
「桜花爛漫水飛沫。水の戦場。いいでしょう、どのような戦いであれ挑んで見せますとも」
打倒姉に燃えるアトリ。挑発で我を失っているというほどではないが、明らかに姉のペースに乗せられていた。タコやんと里亜は頷き合い、アトリに真実を伝える。
「あのなぁ、燃えてるところ悪いんやけど」
「その戦い、こういう感じです」
タコやんと里亜は『桜花爛漫水飛沫』を検索して出てきた映像をアトリに見せる。
様々な水着を着たアイドル達(男女問わず)がプールの上で押しつ押されつのチャンバラ戦。白銀の水しぶき、黄色い声、白い肌。黒い肌。色とりどりの水着。お色気200%がプールで満開だ!
「……………………これは、その」
明らかに異色の戦い――というよりはエンターテイメントにカルチャーショックを受けるアトリ。戦いとは名ばかりの色気を前面に出した舞台。
「当然やけど、水着以外の参加は禁止やから」
「お姉さんに会うの、諦めます?」
里亜の言葉に、思わず頷きそうになるアトリであった。
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