序:サムライガールは水着アイドルになる

 天井に設置されたライトが明るくステージを照らす。真昼の陽光にも勝るとも劣らない輝きは、そこにいる者達を明るく照らしあげた。


 ステージから離れた観客席からは熱気と歓声が沸き上がる。これから始まる戦いへの期待と、そこに集った者達の姿に歓喜していた。


 エクシオン・ダイナミクスが建設した巨大なプール会場。その収容数は1万人もあるという。その全てが埋まり、更には全国配信まで行われている。


「……お、おう」


 そんな状況の中、アトリは圧巻されるように呟いた。


 アトリの格好もいつものサムライスタイルではない。


 独特の角襟を持つ白のトップスで、青いスカーフを首に巻いている。いわゆるセーラー服と言われるものだ。トップスの下は何も着用しておらず、トップスの下に着用している紺のワンピース水着が覗いている。


 セーラー服+スクール水着。


 それが今のアトリの姿である。そんな奇抜ともいえる格好にウレタン製の棒を持っている。長さ的にはいつも使っている日本刀と同じぐらいだが、重量の違いで扱いづらそうな顔をしていた。


 そしてアトリの周りには多くの水着を着た女性がいた。こちらはアトリのように奇抜な格好ではない。フリルをつけたカワイイ系から、ボディラインを前面に出したセクシー系。共通しているのは魅せるための水着ということだ。


 そして彼女達もアトリと同様に、ウレタン製の武器を持っていた。


「流石に本職のアイドルは違うな。見事な着こなしと堂々とした立ち様だ」


 周りの水着と自分の格好を比べ、その違いに眉を顰めるアトリ。とはいえこれ以外の選択肢はなかったのは事実だ。とはいえ、これはこれで何かが違う気がするという気持ちもある。


『レディースアンドジェントルメン! 『水着アイドルバトルロワイアル、桜花爛漫水飛沫』の時間がやって来たぜ!


 余計な前振りは不要! 集いに集ったダンジョンアイドル達! 彼女達の様々な水着姿を見よ!』


 響くアナウンス。


 ここに集まった女性たちは皆、ダンジョンアイドルと呼ばれる者達だ。厳密にはアトリは違うのだが、それはここに居る時点で無駄な主張である。このステージに立った以上は、ダンジョンアイドルとして扱われてしまうのだ。


『華麗で可憐で艶やかな彼女達がいどむは水上戦! プールに浮かぶフロートの上で行われるバトルロワイアル! この予選を勝ち抜いた5名が次の戦いに参加できるぜ!


 ルールは二つ! ウレタン製武器以外での攻撃は禁止! 水に落ちたら失格! この二つさえ守れば、スキルも使用可能だぜえええええ!』


 アナウンスが告げる言葉をどこか他人事のように聞いているアトリ。事前に聞いていた通りのルールだ。ここに居る30人の女性との戦い。プールに浮島のように浮かう連結されたフロートの上に乗り、日殺傷のウレタン武器武器を使って落とし合う戦い。


 スキル使用可能。協力可能。フロートへの攻撃も可能。とにかく最後まで残っていればいいのだ。


『それでは各選手の紹介だ! 1番、カドワキ事務所所属の――』


 そして参加者の紹介が始まる。パドックのような舞台が用意され、呼ばれたアイドル達はそこを歩いて、また戻っていく。所属事務所や経歴などが紹介され、アイドル達は観客にアピールしながらそこを歩いていく。これもまた、彼女達の戦場なのだ。


『闇深き洞窟に刀を向け♪ 振るう刃が悪退ける♪』


 録音していたアトリの歌が響く。タコやんと里亜に協力して作ってもらったPV用の曲だ。その曲とともに、アナウンスが響き渡る。


『27番! 深層から彼女がやってきた! まさかまさかの無所属アイドル! このクリムゾン&スノーホワイトがアイドルデビュー戦となるとはだれが予想しただろうか! その剣技はアイドル界でも通用するのか!? 


 天下無双のサムライガール、アトリ!』


 自分の名を呼ばれ、花道を歩くアトリ。


『剣の運命さだめ信じて切り拓け未来を♪ サムライ・スピリッツ、永遠とわに♪』


 自分で歌った曲の中歩くアトリ。正直、他のアイドルに比べると劣っていることは自覚していた。そんな羞恥に耐えながら持っているウレタン棒を軽く掲げる。たどたどしいパフォーマンスに湧き上がる歓声。


『マジでアトリ様だああああああ!』

『アトリ様のPVだとぅ!?』

『何だあの水着!?』

『セラスク!?』

『スク水にセーラー服とかどんなマニアだよ!』

『確かにセーラー服は水兵の服だから間違いではない。……ねーよ』


 歓声と共に配信にあるようにコメントが飛ぶ。この場は三大企業が共同で配信しているのだ。ダンジョン配信のように脳内に直接コメントが届く。


『いやその……その格好もあれなんだけど……でっかくね?』

『でかい!!』

『驚異の胸囲!!』

『うっそだろ!!!!』


 そしてコメントはアトリの胸部に集まる。セーラー服の胸部で大きな存在を示す、アトリのバスト。普段の配信では誰も触れない――というか和服に隠れて気づけないが、水着に着替えればその存在が圧倒的になる。


 オノパトペで言えば『たゆん』である。


『ぽよん』や『ぶるん』などの濁音や半濁音を入れるとボリューム感過多に聞こえるが、アトリのそれはそうではない。胸が突出して存在をアピールしているわけではないが、かといって無視できない。動ではなく静。しかし無視できぬほどに揺れている。


 すなわち『たゆん』なのだ。


『奇抜な水着に隠された圧倒的なボディライン! 鍛えられた肉体と女性美がここに現れた!


 信頼できる情報筋によると、上から85ー58ー86! 普段の配信ではサラシを巻いて胸を押さえているようです!』


『はちじゅう、ご……!』

『それをかくすなんてとんでもない!』

『セクシー系アイドルには及ばないが、それでもかなりの……!』

『C……いや、Dか!』

『待て待て待て待て。信頼できる情報筋ってことは、本人申告ではない可能性もあるぞ』

『最悪デマの可能性もある』

『しかし……実物を見てしまえば否定できないというか……』


 アナウンスに合わせて、アトリのバストに対するコメントが爆発的に流れた。セクハラ発言で怒っていい事だが、アトリはそれ以上に怒るべきことがあった。


「信頼できる情報筋……。姉上か……」


 アトリは陰うつな声でそう言ってため息をついた。こんなことを言いそうな人物は一人しかいない。ついでに言えば、アトリは自分の3サイズを誰かに公表したこともない。


(着替え室で水着に着替える際に目視で測定されたか……。それ以外に裸体を晒した記憶はないしな)


 アトリは自分の姉がどうやって3サイズを測定したかを考え、それしかないと思いいたる。更衣室で着替える際に会話した時に、身体情報を全て見られたのだ。普通ならあり得ないが、姉上ならそれができるし、妹の個人情報を売る。そんな妙な信頼があった。


「油断したのが運の尽き。諦めるか……」


 人の口に戸は立てかけられない。こういう時は無視して噂の鎮火を待つ。あと姉上のやることは止められない。アトリもいろいろ揉まれて、人生を悟りつつあった。


「それよりも――」


 衆目に晒され――もとい、参加者紹介が終わったアトリは、指定されたフロートの上に立つ。自分の番号と同じ27が描かれたフロート。水に浮いているにしては安定しており、足場としては申し分ない。――今は、だが。


 そして27番フロートは、プールの中央に位置している。そしてそれを囲むように他のダンジョンアイドルも配置されていた。


(あれが深層配信者、アトリ……)

(アホっぽい水着を着てるけど、戦闘力は侮れないわね)

(でも全員でかかれば……)

(ルールを逸脱しない範囲でスキルが使えるんだし……)


 周囲から感じる戦意。バトルロワイアルである以上、強い相手を数で倒すのは当然の戦略。アトリの強さが際立っている事は皆が知っているのだ。協力して倒そうとするのは、むしろ油断なくアトリを評価している証拠でもあった。


 ――そしてそれは運営も理解している。


 深層を進むほどの強さで他アイドル達を一掃されては面白くない。むしろジャイアントキリングこそがドラマティックなのだ。多少あからさまでも、アトリには負けてもらいたい。


 空に浮かぶ撮影用ドローンは視界を封じるフラッシュを兼ね備え、演出用の噴水は角度と水圧を変えれば強力な放水銃になる。フロートは運営のスイッチ一つで空気が抜けて浮力を失い沈むようにしてある。


 ダンジョンアイドル30名と、会場そのものが牙をむく。己以外はすべて敵。そんな状況だ。


「これはこれでよいものだな。斬れぬ遊戯と侮っていたが、向けられる戦意は本物。良いぞ」


 アトリはその状況を正確に理解――プールで水着女子にチャンバラさせるお色気系遊戯枠なのは間違いないのだが――したうえで、この場を楽しんでいた。


 …………。


「……って思ってるんやろうなぁ、アイツは」


 そんなアトリの笑顔をタブレットで見ながら、タコやんは苦笑していた。始まる前までは結構ごねていたが、戦闘が始まると分かればこの笑顔だ。分りやすいのはいい事である。


 なおタコやんの格好はスク水セーラー服ではない。いつもの白衣スタイルである。


「目つぶしと一斉攻撃と足場崩し程度じゃアトリ大先輩をどうにかできるわけありませんからね。勝利は確定ですよ。


 運営はドラマティックに勝利したいんでしょうが、それを覆すのがアトリ大先輩ですから!」


 そしてタコやんの隣で拳を握っている里亜がいた。格好は白を基調としたローマ風衣装である。里亜曰く『ギリシア神話のムーサです。芸事や舞踏の神様ですよ!』とのことである。


 そして二人がいる場所は京都のファミレスでもタコやんの実家である旅館でもない。アトリがいるプール会場の控室だ。アトリと同様に、タコやんや里亜もこの会場でダンジョンアイドルとして戦う事を選択したのだ。


「まあ、一昔前の水着大会っぽいのにアトリ大先輩が出なくちゃいけないのは少し不満ですけど」


「むしろこれ以外にアイツの勝ち筋ないからな。見た目はそこそこええけど、歌は普通。踊りも普通。アドリブ効かへん。戦闘以外はからっきしやからなぁ」


「同世代のタコやんよりも背が高くてスタイルがいいですよ、アトリ大先輩は」


「昔から言うやろ? 『貧乳はステータス』や」


 親指で自分を指さし、ドヤ顔するタコやん。里亜は呆れて半眼になる。


「自分で言って空しくなりません?」


「言うな。それにウチはギミックと創作で勝負するアイドルなんや。いわばクリエイターアイドル。技巧と創造力でダンジョンアイドル界に殴りこむ新星って設定やからな」


「そうですね。タコやんも創造それ以外じゃアイドルに勝てませんからね」


「言うな。正攻法じゃ勝てへんなんか今更やろうが」


 畑違いのダンジョンアイドル界に殴り込みをかけたアトリとタコやんと里亜。今更だが、どうしてこうなったのかとため息をつきたくなる。


 事の起こりは、1か月前まで遡る――

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