弐拾伍:サムライガールVS強化人間!
アトリの刀からアトリの戦い方を学び、それを行使するゼノ。流れるように刀を振るう。早く、鋭く、力強く。アトリの刀技もそれに合わせて打ち合わされる。
「素晴らしいぞ、この力!」
その感覚は疾走感に似ていた。初めて自転車や車に乗った時に感じる新感覚。
これまで感じた事のないスピード。それにより得られる感覚。想像外の景色の流れ。自分がこれまで知らなかった世界に足を踏み入れた高揚感。
「これが最強サムライの世界か! 凄い、凄い、凄いぞ! これまで得た経験などゴミだ! 俺に勝てるものなどいない! 俺の上に立つ者などいない! 俺は最強だ! 俺は天才だ! 人類は全て俺にひれ伏すんだ!」
アトリの剣術を得て、興奮して叫ぶゼノ。元々他人を見下す性格だったが、それに強さという裏付けが追加されたのだ。逆らうものは暴力で黙らせることができる。その事実がゼノの傲慢をさらに肥大化させていた。
「アトリの剣術コピペっただけのくせに偉そうなこと言うな!」
「ゴミが何を言ったところで響かんな! 最強剣術をコピーできるだけの能力を持っていう俺が凄いんだよ! そしてそれを華麗に使いこなせる俺が凄い!
そうだ。俺は他の強化人間にも会得不可能な実力を得た! いいや、人類最高の力を得たんだ!」
タコやんの言葉など意に介さないゼノ。事実、アトリと同じだけの実力を刀に触れるだけで得たのだ。そんな事が出来るのはゼノだけだ。その実力を示すように、アトリと切り結ぶ。
「どうだ! 三大企業さえも様子見しているサムライを相手に圧倒している! ブライアンでも勝てなかった相手なのになぁ! 年寄りが無駄に得た年期なんざ間違いってことだ!
努力や研鑚なんざ、無駄無駄無駄ぁ! タイパコスパを考えて行動すれば、俺が人類で一番なんだよ!」
笑うゼノ。長年努力を積み重ねた実力など
「俺こそが最強! 俺こそが頂点! 俺こそが最高! 俺の
このダンジョンに未来を頼るしかない時代において、ダンジョンを自在に突き進める俺という
笑いながらアトリに攻撃を続けるゼノ。優れた遺伝子により生まれた者が次の世代を担っていく。その世代だけで次の世代を支配できるなら、それは新たな時代の始まりだ。その世代を産み出したゼノは、己の子供達に永遠に崇められるだろう。
「何ならお前に俺の子をくれてやってもいいぜ。この強さをくれたお礼にな!」
「断る。優秀無能以前に、その考えは人として嫌悪するなのでな」
セクハラ発言をするゼノを拒絶するアトリ。低俗であることもあるが、自分の事しか考えられない思考にうんざりしていた。
「嫌悪するとは意外だな。これだけの力を持ち、他の追随を許さない強さを持ってるくせに。
力ってのは弱者を蹂躙するモノだ! 相手を黙らせて、自分の意見を押し通す為のモノだ! 力のないモンは、力あるモンに蹂躙されて終わるんだよ!」
アトリの返答に嘲笑うように叫ぶゼノ。常に他人を見下し、自分より劣ると思っていた相手を嘲る性格を隠そうともしない。
「圧倒的な力で相手を蹂躙するのは楽しいだろう! 力に跪く相手を見て愉悦を感じることはあっただろう! 強いと言われる相手を倒して自分がそいつより強くて価値があると思ったことはあるだろう!
人間はそう言うモンなんだよ! 圧倒的な力で自分にそぐわない相手を屈服させることが楽しいんだよ! 自分より上だと勘違いしている奴の鼻を折って、実力を示してやるのが最高なんだよ!」
ゼノの妄言は止まらない。ゼノの欲望は止まらない。心のブレーキが壊れたかのように攻めは加速する。力で自らの思想や正義を押し付ける物は多い。古今東西、自らの正義を押し通す者は。皆武力をもって押し通してきた。
それは人間の欲望の側面でもある。相手をねじ伏せ、黙らせることで得られる快楽がある。調子に乗った相手に現実を見せ、自分の存在を心に刻み付けることで感じる歓びがある。力なき正義など、責務を負わぬ者の妄言なのだ。
「その意見自体は否定できないな。刀を振るい、そう言う感覚を抱かなかったと言えば嘘になる。
そして人を導く象徴として力があるのも否定できぬ。圧倒的な力に寄り添い、安寧を求める心を堕弱と侮る気はしない」
アトリもそれは否定できない。力を振るう者、武器を振るう者、戦う者は皆その感覚を感じる。アトリも強敵との戦闘に喜びを感じている。
そして圧倒的な力に寄り添う人間を『弱い』と言う気はない。雌伏に耐えるのもまた戦い。力ない事実を認め、首を垂れるのも人間の選択。道を選ばず、立ち止まって愚痴を言うよりはよほど前向きだ。
それを踏まえた上で――
「だがそれ以外は否定させてもらおうか。
先ずはあいにくと自分を最強や頂点などと思ったことはない。言うまでもない事だが、某より強いものなど沢山いる」
ゼノの持つ刀に真正面から刀を振るうアトリ。唾競り合いの状態のまま、力で拮抗する。
「はぁ……!? お前より強い者がいるだと! そんな戯言を!」
「困ったことに戯言ではなくてな。深層にはまだ見ぬ猛者がいるだろう。そして剣術で言えば姉上には生まれてからずっと連敗中だ。今の実力でも勝てるかどうかは分からん」
少しうんざりした表情でアトリは言う。戦う前から弱気になる程度には、アトリの心の中における姉の比重は大きい。
「法律の知識では叔母上には負けるだろう。機械の扱いはタコやんに勝てる見込みもない。トークや機転の多さでは里亜の足元にも及ばない」
「ああ? なに言ってやがる?」
「平和のために貢献する活動はスピノ殿には負けるし、魔物の知識やそれに対する熱量は鹿島殿以上の者を知らない。
レオン殿の人を魅了する演技や手法と実力は参考にできないほど高レベルだし、ぴあ殿やじぇーろ殿の息の合った攻撃は一朝一夕では成し得ない努力の結果だよ」
「何の話だ、おい!」
いきなり語りだすアトリに叫ぶゼノ。わけが分からない。弱者の戯言、と一蹴するにはアトリの存在は大きすぎる。ゼノは叫びながら、相手の回答を焦燥しながら待っていた。
「強さの話だよ。最強、頂点の話ともいえよう。
強さなどただの方向性だ。刀技がどれだけ高かろうとも、それはそれだけだ。その技を使って何を為すか。それこそが大事なのだよ」
アトリは強さに拘らない。自分の実力に意味を見出さない。
意味を見出すのはその人物が為した行動だ。自分より弱くとも、持ちうる才能や技術をもって何を行うか。それこそが――
「それこそが強さだと思っている。持っている才覚や機会、人脈とそして運。その全てをもってどうするか。どんな結果を導くか。
刀を振るう。この強さだけで他の強さを凌駕できるなど傲慢だ。そんな驕りのままに生きていけば、別の強さにやられるだけだよ」
様々な『最強』。
様々な『頂点』。
刀技などその一角に過ぎない。力ですべてを支配することなどできやしない。暴力で押さえ込むやり方など、他の『強さ』を前にやられるだけだ。
「はっ! それこそ戯言だな! 全て暴力で黙らせればいいんだよ! それだけの実力があるんだからな!」
大上段から刀を振るい、アトリの刀を押さえ込むゼノ。唾競り合い状態で拮抗する二人。至近距離で睨み合うように、ゼノとアトリは制止していた。
機械の四肢を持ち、ダンジョン素材の起動系を持つ強化人間の力は普通の人間より圧倒的に強い。力押しでは圧倒的にゼノが有利だ。技量も同格なら、パワーが高い方が強いのは自明の理。
「強さで凌駕するのが傲慢だ? そんな奇麗事で何ができる!?
お前はここで斬られて、お前が守ろうとしたガキ共やNDGのクズ共もお終いだ! 暴力は全てを解決するんだよ!」
刀に力を籠め、酔って興奮したように叫ぶゼノ。
「タコやんがここまで逃げなければ、そこの者達の命脈は潰えていただろうな」
そのゼノに対し、力で押し返しながら涼しげに返すアトリ。
「昭一殿が庇わなければ、タコやんも撃たれていた」
「……なに……?」
義手の力を全開にするゼノだが、アトリを押し切れない。それどころか、押し返されそうになっている。
「里亜がいなければ、某はここまで来れなかった。
誰一人が欠けていたら、某は戦場に立つ事すらできなかった。勝負以前の問題だ」
「馬鹿な……! 重さ100キロのアダマントの腕だぞ! クリスタルゴーレムコアの駆動系だぞ! しかもお前の技術が乗っているんだぞ……!
力でも技術でも負ける要素がないのに、なぜ押し返される……!」
「ああ、それ以前だな。タコやんと里亜に激励を貰わなければ、某は深層で心が折れていた。刀を抜くことも、走り出すこともできなかった。
二人を信じることができなかった弱さを、二人に支えられた。二人は強いと豪語しながら、その言葉を自分で信じられなかった。その弱さを支えてくれたのだ」
深層でヨシュアに脅迫された時、アトリの心を奮い立たせたのはタコやんと里亜の言葉だ。
『はよ戻って来い! 斬った張ったはお前の得意分野やろうが!』
『戻ってくるのを待ってます! アトリ大先輩!』
確かにゼノは力でアトリに勝っているだろう。技術も同格なのだろう。
ならばアトリがゼノに勝る理由など、ただ一つ。
「皆が支えて紡いでくれたのだからな。ここで負けるなど格好悪いだろう」
心。
精神的なモチベーション。やる気。負けられないという理由や気持ち。
「おま……っ、恥ずかしいこと言うな! はよ決めてまえ!」
「アトリ大先輩にそこまで言われて光栄です! さあ、一気に決めてください!」
アトリの言葉に照れるタコやん、そして感激する里亜。
「ふざけるな……! 俺は天才だ! 俺は優劣なんだ! 気持ちとか支えるとか、弱くて劣等なクズ共のすることだ!
これだけの力を持っているのに、ザコに支えられるとかありえねぇ!」
「全く。まだまだ未熟だと思い知らされたよ。世の中は刀で解決できない事ばかりだ。
ならば刀で解決できることぐらいは、きっちり解決させてもらうよ」
鍔競り合いを押し返すアトリ。押し返され、バランスを崩すゼノ。
崩れたバランスは一瞬。僅かに体が傾いた程度のズレ。
だがアトリの技術を持つゼノは理解できる。
(これは――死ん、だ)
一瞬。僅か。目の前のサムライにとって、そのズレが致命的な隙になりうるのだと。
時間にすれば、分針がわずかに動いた程度の攻防。肉薄した実力だからこその短期決戦。
(やめろ。俺は天才なんだ。優れているんだ。俺を殺せば人類の損失だぞ。やめろ、やめてくれ、許してくれ、なんで俺がこんな目に。俺は俺は俺は俺は俺は俺は俺は俺は――)
その差を分けたのは、心の差。
己に酔って孤立した者と、皆に支えられた者。その違い。
「これで終わりだ」
言葉と共に突き出されるアトリの刀。その目が、足先が、切っ先が。アトリという存在全てが死神となって、刃はゼノの胸を貫く。
(お、れ――は――)
最後まで他人の事を見下したゼノは、強烈な衝撃と共に意識を失った。
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