弐拾肆:サムライガールは睨み合う

「来るの遅いわ、このアホが……!」


 タコやんは感情のままに背後からアトリに抱き着き――


「ぐ、ぇ……!」


 流れるように片腕をアトリの首に回した。腕を気道を潰すように食い込ませ、もう片方の腕でホールドしてアトリの頭を摑む。流れるような裸締め。プロレスで言う所のチョークスリーパーである。


「た、タコやん!? 首! 首締まってる!」


 締め付けられるような悲鳴を上げるアトリ。降参を示すようにタコやんの腕を叩きながら、必死に呼吸困難を訴える。


「おう、締めてるからな。知ってるやろうけど、関節技はテコの原理や。締め技も然り。ここまで極まると力の差なんか関係ないで!


 お前は! もうちょい! はよ! 来んかい! ヤバかったんやからな!」


 感情のまま――来るのが遅かったことに対する怒りをぶつけるタコやん。アトリは必死に首に回った腕を外そうと、刀を持ってない手でもがく。とはいえしっかり締め付けられたチョークスリーパーは簡単には外せない。


「どや! 参ったか! 参った、言うたら外したるわ!」


「参った参った! 一本取られた!」


「よっしゃ、ウチの勝ち! アトリに格闘戦で一本取ったったで! 公式記録として残すからな!」


 首から手を放し、勝利のポーズをとるタコやん。この戦い(?)がアトリの敗戦としてダンジョン配信界隈の歴史に残るのだが、それは別の話。


「……何やってるんですか、タコやん……」


 いつの間にか倒れた昭一の傍にいた里亜が呆れたように言う。持っていたポーションをゼノに撃たれた昭一の傷口に塗っていた。一本数百万円の高級品だ。危険状態には変わりないが、今すぐ死ぬという危機からは脱した。


「里亜もやで! もうちょいはよ来んかい! タブレット壊れたの気付いてたやろうが!」


超早ちょっぱやで来ましたよ! 盗んだ単車で二人乗りして頑張ったんですからね! スピード違反も含めて後で持ち主と警察に頭下げに行かないといけないんですから!」


 文句を言うタコやんに反論する里亜。窃盗罪に道路安全法違反諸々。車で一時間の距離を数十分で到着したのだ。里亜の言うように可能な限り早く来た方だろう。


 里亜はタコやんのタブレットと通信を繋いでいたのだ。銃声と共に通信が途絶えてただ事ではない事に気付き、アトリがダンジョンから出てくるまでに単車を盗難し(連絡先とすぐに返す旨をメモ書きしておいてきた)、アトリと強引に二人乗りしてここまでやってきたのである。


「警察に捕まらないようにトークン使ってダミー情報流したりして大変だったんですからね。里亜にもっと感謝してくれてもいいんですよ!」


 胸を張る里亜。そんな里亜にタコやんとアトリは一歩引いて『ないわー』と言いたげな顔をしていた。


「……いや、お前時々怖いわ。単車盗難もそうやけど、なんでそんなに犯罪行為に手慣れてんねん……」


「里亜……。私も一緒に謝るから、そういう事はもう二度としないでくれ」


「ガチで引かれた!?」


 里亜の行動にドン引きするタコやんとアトリ。間に合ったことは素直に感謝するが、犯罪行為を躊躇なく行える里亜に距離を取りたくなるのは仕方ない事だった。


「ふ、ふははははははははははは!」


 そんな三人を見て、ゼノは大笑いする。


「ウケてますよ、里亜達の夫婦めおと漫才」


「誰が夫婦漫才や! 夫婦ドツキ漫才や!」


「三人いる上に男性が一人もいないのだが?」


 夫婦とは何か? 漫才とはそういうものなのだろう。アトリは理解できないけど、そういうものだと納得した。


「これが笑わずにいられるか! ピンチの時にこそチャンス! 違うな。ピンチを生かせるものが天才なんだよ!


 企業に持って帰る土産ができたぜ! アトリぃ! お前とお前の剣技を頂くぞ!」


 アトリを指さし、叫ぶゼノ。このまま企業に戻れば、実験動物になるか否かの生活だ。だがアトリとアトリがもつ剣術を超能力で会得すれば、自分の価値は跳ね上がる。欲していた存在が、目の前に現れてくれたのだ。


「天才的な遺伝子ミームを持つ俺が超絶的な技巧を得て、世界を導く! 俺以外の遺伝子ミームは不要! 俺以外のクズは不要!


 次世代の人類は全て俺を祖として生まれ変わるのだ!」


 興奮したゼノは笑いが止まらないとばかりに手を広げて叫ぶ。優れた存在を始まりとし、新たな人類を形成する。高性能高品質高潔な遺伝子ミームが全て。それ以外は排他し、優れた遺伝子ミームのみで人類を構成すべし。そんな思想。


「うへぇ。ミーム至高主義とか聞いてましたけど、ただの選民思想じゃないですか。しかも自分以外を差別とかナルシスト以外の何物でもありませんよ」


「うむ、まさに自分に酔うとはこの事だな。みーむ、の意味は今ひとつわからぬが自分以外を下に見ているのはよくわかった」


 ゼノの言動に嫌悪感を示す里亜とアトリ。正直、あまり話したくないタイプだ。


「油断すんなや! ジャパン大好き野郎の話が正しかったら、コイツの超能力は――!」


「お前の刀を貰ったぞ!」


 タコやんが注意を飛ばすが、それを言い終える前にゼノが動く。スキルシステムを起動させ、【磁力光線】を発動させる。金属系のアイテムを手元に引き寄せる【盗む】系のスキルだ。それを使い、アトリの腰にさしてある刀を奪い取る。


「俺の超能力『サイコメトリーポゼッション』は触れた物質から情報を引き出し、それを俺の技量に変換する! お前の刀に刻まれた戦歴や動きが全て俺のモノになる!


 分かりやすく言ってやろうか? これで俺はお前と同じ強さを得るのさ!」


 アトリの刀に触れ、超能力『サイコメトリーポゼッション』を起動する。物質が経験したことを読みより、脳内に情報として変換する。その刀が経験した動きを脳内の大脳基底核と小脳に刻まれた。


「触れただけでアトリ大先輩の剣術をパクれるなんて卑怯じゃないですか!」


「卑怯? 俺は物の学び方が特別速いだけなんだよ! 学びが遅いお前達が悪いのさ!」


 里亜の叫びを一蹴するゼノ。超能力という常識外の方法ではあるが、ゼノの言い分には一理ある。覚えが悪い者が、記憶力のいい人間を卑怯と罵るのは間違っている。


「ふむ。強さを得るというのが些か眉唾ではあったが――」


 刀を手にするゼノに向かって抜刀するアトリ。それに合わせてゼノも刀を構えた。その所作を見て、アトリは薄く笑みを浮かべた。構えただけで分かる相手の強さ。下手な呼吸すら隙になる緊迫感。


「どうやらウソではないようだな」


 ゾクリとする戦闘狂の笑み。目の前の相手を『強敵』と認め、その戦いに心躍るサムライの笑み。勝ち負けなどどうでもいい。生死などどうでもいい。目の前のものと戦える。そのことに喜ぶ笑み。


「『サイコメトリーポゼッション』で会得したのはお前の剣術だけじゃないぜ。古今東西多くの武器に触れた。その武器の戦い方は全て俺の脳内にある!


 お前が相手するのは、お前プラス数多の戦士達! 剣! 槍! 弓! 斧! 鈍器! 銃器! 何なら防具もだ! その経験が俺の脳内にある! まさに情報ミームを司る天才の遺伝子ミーム


 それを疾駆する手足もダンジョン産の義手義足! まさに隙なし! 圧倒的な肉体と圧倒的な技量! それを前に無力を知れ!」


 哄笑するゼノ。嘘ではないのだろう。多くの武器に触れ、多くの経験を会得した。その経験にプラスして、手足はダンジョン素材で作られた金属の四肢だ。サンダーバードのような刀を受けるのに特化した形ではないが、相応の強度とパワーがある。


「いやはや大したものだよ。何せ某は覚えが悪くてね。姉上のようにあらゆる武器を使えるようにはなれなかった。学習速度が遅いと言われれば、返す言葉はないよ」


 ゼノの言葉を受けて、アトリはそう返した。ただひたすらに刀を振り続け、そうして剣術を会得した。まだまだ道半ば。姉に追いつくにはまだまだ遠い。


「はっ! 自分が劣っていることを認めたか! そうともお前は天才に酷使される存在なんだよ! お前が長年鍛えてきた技術はこの俺の糧になるんだ!


 悔しいかぁ? 自分の努力が盗まれて利用されるのが? わずか数秒でオマエの努力を追い抜く。それが俺のような天才遺伝子ミームなんだよ!」


「長年鍛えた技術が誰に学ばれていく。そんな事は武術では基本だ。


 刀を相手の武器に合わせればその技量を知り、そして戦いの中でその動きを知る。数秒で成長する等ありえない話ではないよ」


 叫ぶゼノに冷静に返すアトリ。超能力こそ使えないが、戦闘という状況の中で何かを会得する経験はアトリもある。気迫、技量、智謀、相手がこれまで学んだ道程。その全てに感謝し、アトリは戦った相手に頭を下げるのだ。


「……なあ、気付いてるか……?」


「はい。タコやんも気づいてますよね?」


 タコやんと里亜は口論を重ねるゼノとアトリを見ながら、疑問を口にする。


「アイツら、構えたままほとんど動いてへんで。口でいろいろ言いながら刀上げたり下げたり、すり足でちょっと動いたり」


「1分近くあんな感じですよ」


 タコやんの言うように、アトリもゼノもほとんど動いていない。僅かに動き、足の位置を変え、その程度の動き。そんな状態が1分も続いているのだ。


「あの三度の飯より運動後のお風呂より和風甘味より食後のお茶より戦闘大好き切り裂きアトリが、自分から仕掛けず様子見するなんてあり得へんで!」


「どうしたんですかアトリ大先輩!? いつもなら敵を見たら必ず殺す。まさに見敵必殺を体現した戦い方なのに! いつもの猪突猛進はどうしたんですか!?」


「ものすごく酷いいわれようだな、私……いや、反論できないのだが」


 タコやんと里亜の評価に言葉を返すアトリ。配信でも強敵を見れば即攻撃。様子見などしないのがアトリである。アトリ自身、その自覚はあるので、反論が何一つできない。


 その戦闘スタイルに反するようにゼノに仕掛けない――というより仕掛けられないのはきちんとした理由がある。


(この角度で斬りかかる。6合目でわき腹を貫かれる)

(この距離から攻める。12合目で袈裟切りされる)

(半歩下がる。論外。手首と首を斬られる)


 アトリもゼノも、相手の構えから次の動きをイメージして戦略を立てていた。こう動けば相手はこう動く。こう攻めれば相手はこう攻める。1分の間に300を超えるイメージが浮かび、破棄されていた。


 実力が同質で、かつ肉薄している者同士の戦闘。それゆえ起きるにらみ合い。迂闊に動けば斬られてしまう。否、このにらみ合いも戦闘なのだ。


「…………」


 タコやんも里亜も、二人の放つ異様な『何か』に気おされるように押し黙ってしまう。


 呼吸すら忘れるほどのにらみ合い。一陣の風が戦場を薙ぐ。


「―――――っ!」

「―――――っ!」


 同じ実力を持つアトリとゼノは、同時に相手に斬りかかった。

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