▼▽▼ 父と娘 ▼▽▼

 タコやんの父――多胡たご昭一しょういちの性格と人生は、頑固と言う一言に尽きる。


 多胡旅館の長男として生まれ、高校卒業後は旅館の後を継ぐ修行に勤しむ。経営や営業や料理などを学び、何十年も旅館を維持してきた。


 妻の恭子と出会ったのも見合いで、それまで女性とは付き合ったこともないという。酒や煙草やギャンブルなどにも手を出さず、ただ多胡旅館の為にその人生を捧げてきた。


 よく言えば真面目。悪く言えば融通の利かない。多胡旅館の為だけに生きてきた。そう言っても過言ではない人生だ。


 そして同時に、そんな自分をつまらない存在だと思っていた。彩のない生き方。世間知らず。狭い世界で生きて、そのまま尽きていく。昭一は自分の人生をそう評価していた。


 後悔はない。旅館の為に生きると決めたのは自分だ。だから自分の子供達は自由に生きてほしい。旅館に拘らない人生を送ってほしい。


 そう思っていたのは間違いない。だけど――


「ウチは配信者になるんや!」


 娘の茉莉――タコやんがそう言った時は、さすがに耳を疑った。


 娘が機械を作るが好きなのは知っていた。だから将来はそういう学校に行くのだと思っていた。その予想から斜め上の言葉に驚いた。


 昭一は配信者という単語にいいイメージを持っていなかった。


 この当時、中村しろふぁん等の迷惑系配信者が世間を騒がせていた時代だったのだ。『ワンスアポンアタイム』が深層に消え、ダンジョンにはしろふぁんのような悪辣な者しかいない印象が高かったのだ。


「駄目だ。配信者はやめなさい」


 反射的に反対してしまった昭一。そのまま二人は数週間ほど大喧嘩し、そしてタコやんは家を出ていく。


 昭一はこのことを後悔する。売り言葉に買い言葉な部分もあったのだろう。だけど配信者の事を良く知らずに反対してしまったのも事実だ。実際、迷惑系配信者は割合的に極小で、配信者の大半はルールを守る真っ当な人ばかりなのだと知った。


「大丈夫や。茉莉を信じて一緒に見守ろ。あの子はうち等の娘やから」


 恭子の言葉に促されるように、昭一はタコやんの活躍を見守る方向にした。慣れぬ手つきでスマホを扱い、D-TAKOチャンネルをお気に入りに設定し、科学配信という理解の外だったカテゴリを聞き――


 そうして2年が経ち、タコやんが多胡旅館に泊まりに来ると聞いた。『D-TAKOチャンネル』の名義で。友人達と一緒に。


 昭一は逸る心を押さえながら、旅館の主としての顔を保つ。娘の成長に喜びながら、プロとして娘に対応する。


(成長した茉莉に見せることができるのは、プロとしての態度だ。


 お前は自分で選んだ配信者としてここに来た。なら俺も自分で選んだ支配人として接しよう)


 不器用で頑固な昭一はそうして娘という客に接する。心の底では謝り、そして喜びたい気持ちに蓋をして。


 そうしてしばらく滞在する娘とその友人が、駐車場で別の客と何かをしている。それを遠目に見ながら、同時に山中に誰かが潜んでいることに気付いていた。何十年も住んでいる場所だ。変化があればすぐに気付ける。


 慌てるように移動する娘達。


 虫の知らせの様なもので何かを察した昭一は娘たちの後を追う様に飛び出した。そしてその場面に出くわす。


(銃!?)


 娘に向けられた銃口。それを見た瞬間、昭一は飛び出していた。


 旅館の為に生きてきた昭一に、銃に対抗する手段などあるはずがない。防御策なんてない。撃たれれば死ぬだろう。それを漠然と理解しながら、それでも足は止まらない。


 娘を守る。


 昭一の頭の中にはそれしかなかった。


 そして――


 ……………………。


「は? なんでオトンがここに? なんで……!」


 タコやんはいきなり現れた父親に驚き、そして息を飲んだ。何が起きたのかを理解できず、そして理解した瞬間にそれを否定した。こんなことあり得へん。でもそうとしか思えない。銃声がして、自分の代わりに父が倒れている。


 誰がどう見ても、状況は明らかだ。


「大丈夫か、茉莉」


 地に伏し、胸を押さえながら喋る父の声。タコやんは父に駆け寄り、興奮したように叫ぶ。


「あ、アホか! それはウチのセリフや! 何でここにおんねん!? なんで倒れてんのや!?」


 分かっている。そんなことは分かっている。


 父はゼノの銃弾から自分を庇ってくれたのだ。


 その結果、自分がどうなるかを知りながら。


「山に不審者がいたことは、気付いていた。数十年いる山だからな」


「ちゃうわ! 相手は銃もってんねんで! なんで飛び出してきたんや!」


 叫びながら昭一の体に触れるタコやん。時間とともに父から力が抜けているのが分かる。医者じゃないタコやんでも、このままだと死ぬだろうことは理解できる。治療するには手術レベルの処置が必要な事も。


「『役割分担は大事。自分にできる事をやり、相手にできる事は任せる。それぞれの役割を果たすんが大事』だったか」


 叫ぶタコやんに、そんな事を言う父。


「……は?」


 いきなり何を言うのか。そんな疑問もあるが、タコやんはその内容に心当たりがあった。適材適所。役割分担。それは自分のチャンネルでさんざん言っていることだ。なんでそれを? それをどうして知っているのか?


「それ。うちのチャンネルで言ってる事やんか!」


「娘を守るのは父の役割だ。相手が誰だかわからないが、子を守るのは親の役割だ。


 あとは……『科学はわからない事を地道に繰り返して証明すること』だったか。ハッとさせられたよ。流石、茉莉だ。自慢の、娘だよ」


 銃弾で撃たれて苦しいはずなのに、その苦しさを感じさせないようにやさしく言う父。


「喋んな! もうええ! 分かったから!」


「お前のチャンネルは、ずっと見ていた。理解ができないこともあったけど、ずっとずっと見てきたぞ。反対して、すまない。本当に、すまない。茉莉の事は、ずっと、見てきたぞ」


 痛みを抑え、力が抜けていく。それを感じながら昭一は娘に告げる。ずっと見ていた。ずっと応援していた。配信者としても娘を、ずっと見ていた。あの時反対してすまない。そして――


「これからも頑張れ。応援してるからな」


 父として娘の応援の言葉を送る。その言葉を言うと安堵したのか、あるいは最後の力を振りぼったのか。大きく力が抜けて、意識を失う。


「アホかぁ……! そんなの、こんな状況で言うやつあるか! そのまま死んでまうって勘違いするやろうが……! シャレにならんわ……!」


 叫びながら打開策を考えるタコやん。だけど考えれば考えるほど、何もできないと気づかされる。治療用のスキルもポーションもない。手術用施設は近くにはない。そもそも目の前のゼノが自分達を見逃す理由がない。


「弾の無駄遣いは避けたいんだがな」


 銃の弾倉を交換し、タコやんと父に銃口を向けるゼノ。余計な邪魔が入ったが、これでお終いだ。


「『これからも頑張れ。応援してる』……か」


 タコやんと父のやり取りを反芻しながら、ゼノは歪んだ笑みを浮かべる。間抜けで仕方がない。道化を見るような見下した目。


「全く何を言ってるんだかな! その応援する相手も一緒に死ぬのに! なんなら殺人スナッフ動画で最後を飾るのはどうだ? 可哀そうでヨシヨシされるかもしれないぜ!」


「オ、オトンは関係ない! なんも事情知らへんのや! 見逃してくれてもええやろ!」


 嘲笑うゼノ。屈辱に見舞われながら、それでもタコやんは父だけは許してくれと叫ぶ。ゼノはその足掻きを受けて、愉悦の感情を深めた。そして蹴落とすように言葉を放つ。


「確かに事情は知らないかもしれないが、目撃者には変わりない。見逃す理由はないさ」


 ゼノが昭一を見逃す理由はない。そんな事は分かっていた。言うべき言葉を失い、絶望に項垂れるタコやん。


「どうしたどうした? さっきまでの威勢は何処に行った? クズなりに頑張る姿を見せてくれよ。大事なお父さんが死んじゃうぜ」


 自分の指先一つで命を奪える。引き金に力を込めながらゼノは大笑いする。絶望に染まるタコやんの表情を見て、自分が圧倒的強者だと酔う。さっき自分を不安にさせた相手にこんな表情をさせて、溜飲が下る。


劣等遺伝子クズミームに未来はないって知れてよかったなぁ。最後に笑うのは俺のような天才的な遺伝子ミームなんだよ! 劣った自分を恨むんだな!」


 叫ぶゼノ。引き金が引かれ、凶弾が襲う。死を告げる9.3グラムの死神が秒速400メートルで迫る。


 しゃん、と空気を裂く音が小さく響く。


「あいにくだが、タコやんの配信を楽しみにしている人は多くてな」


 言葉と共に翻る白刃。斬られた弾丸は、タコやん達に当たらず地に落ちた。


「某もその一人だよ」


 そして告げる声。刀を振るう音。場を支配する鋭い気迫。


「自己紹介は不要やもしれんが、礼節なので名乗っておこう」


 そこにいるのは青を基調とした和服と腰に差した日本刀を持つ少女。


「花鶏チャンネルのアトリ。いろいろあって、その凶行を止めさせてもらうよ」


 サムライガール、アトリ。彼女が、来た。


「来るの遅いわ、このアホが……!」


 タコやんは悪態をつきながら、感情のままに背後からアトリに抱き着いていた。

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