弐拾参:サムライガールの親友達 10

 銃声は三つ。弾丸も三つ。


 その内の一つがタコやんの胸部に命中し、残り二発は――


「が、ぁ……! ゼ、ノ……?」


「どう、いう……こと……?」


 縛られて動けないアイザックとジョシュアの腹部に穿たれていた。


「仕方ねぇだろうが。脳を撃てばサンプルにならねぇ。脳が必要だから肺や心臓撃って酸欠にさせるわけにもいかねぇ。となると腹撃つしかねぇからな。


 そこのガキはどうでもいい。頭より胸の方が狙いやすかっただけだ」


 アイザックとジョシュアに説明するようにゼノが告げる。何故お腹を撃ったのか、という問いかけにお腹以外は撃ってはいけない状況だったと。


 そう言った後で、質問の意図に気づいたように頭を掻いた。


「ああ、すまん。『何故お腹を撃ったのか?』じゃなくて『何故撃ったのか?』ってことか。程度の低い質問だったから読み違えたわ。はっきり言ってくれないと困るぜ。俺が天才じゃなかったら勘違いしていたところだぜ。


 ま、それこそ理由なんざ言うまでもないわな。お前らはもうおしまい、ってことだ」


 ゼノと名乗った強化人間は銃を懐のホルスターにしまい、肩をすくめた。苦しそうに呻くアイザックとジョシュアに向けて、笑みを浮かべながら言葉を続ける。


「アトリには勝てねぇ。ブライアンは二度負けて、<第二世代>のカス共も負けた。ここまで醜態をさらして、復帰できるとか無理なんだよ。


 お前ら強化人間の脳とNDGの資料を企業に持って帰らせてもらうぜ。超能力の研究は企業が引き継ぐ。お前らはこれでお終いだ。サンプルとして生かされるだろうが、日の目は二度と見れないだろうな」


 ゼノはアレンの懐をまさぐり、車のキーを探り当てる。三人の強化人間を運ぶための足にするためだ。


「……裏切るのか、ゼノ……!」


「裏切るも何も、俺は最初からそう言う立場でね。お前らNDGに潜入して情報を探れ、って命令されてたのさ。


 最初は嫌々だったけど、超能力なんてのに目覚めたしトントンだったな。アトリを手に入れられるならそれまで待つつもりだったが、もう無理みたいだしな」


 ネタばらしとばかりに愉悦に浸って笑うゼノ。


 スパイ。間諜。密偵。


 相対する組織内に潜入し、機密情報などを探り当てる存在。古くから使用されるやり方だ。もっともゼノの場合は情報だけではなく、その成果まで盗むのだから泥棒ともいえるが。


「仲間だと信じていたのに……!」


「ああ、俺も心苦しいのさ。


 でも有能な俺が無能共に足を引っ張られるのは世界の損失でね。有能な俺にふさわしい場所に戻らせてもらうよ」


 アイザックの言葉を嘲るゼノ。心苦しいなんて嘘だ。ゼノは初めから裏切るつもりでNDGに入ったのだ。そして超能力に目覚め、裏切るタイミングを虎視眈々と狙っていた。


「その傷じゃ、超能力もろくに使えないだろうからな。死なない程度に応急処置はしてやるから、安心しな。もっとも目覚めたときは脳手術後だろうけどな」


「超能力も万能やないんか。そらええこと聞いたわ」


 圧倒的優位に酔うゼノの耳に、関西弁の声が聞こえる。


「は?」


「ガジェット高速軌道モードや!」


 振り返ったゼノが見たのは、背中から8本の機械アームを展開した少女――タコやんだ。アームは蜘蛛のように地面を走って迫り、通り抜け様にアレンとアイザックとジョシュアを摑んで回収する。そのままの勢いで逃亡しようと一気に駆け抜けた。


「馬鹿な!? あのガキは胸を撃たれたはず! なんで……!」


 予想外の事に驚くゼノ。確実にタコやんの胸を撃った。『サイコメトリーポゼッション』で得た銃の経験がそう告げている。慌ててホルスターに手を伸ばして銃を取り出すが、その時にはタコやんは射程外まで移動していた。そのまま茂みの中を疾走していく。


「くそ、こいつら重すぎ……!」


『足』を使って茂みを疾走するタコやんだが、移動の度に『足』の関節がきしむ音が酷くなっていくのが分かる。タコやんの体重に加えて、大人三人分。しかもその三人は金属製の義手義足を装着しているのだ。見た目以上に重く、それが余計に負荷をかけている。


 跡を追えないように茂みが深い場所を疾駆する。方向転換の度にアームが軋んでイヤな音を立てているのが分かる。それでも強引に山の中腹を斜めに下るように移動した。


 川沿いの岩場にたどり着いた所で、決定的な破壊音と共にアームが壊れ、バランスを崩して地面に転がるタコやん。強化人間達を抱えているアームも、メンテナンスなしでは満足に動かないだろう。


「あいたたた……。あとで代金貰うからな!」


 痛みをこらえながらポーチから一本50万もするポーションを取り出し、銃で撃たれた三人の傷口に振りかけた。雑な応急処置だが、ないよりはましだ。


「くそ、足もタブレットも完全にイカれたか……。修理もタダやないねんけどな。なんやねんあのイカレ野郎は」


 動こうともしないアームと、そして懐から取り出したタブレットを見て悪態をつくタコやん。タブレットは銃弾を受けて破損していた。タブレットが弾丸を受けてなければ心臓を撃たれていたところである。


 ともあれ相手から距離は離した。開けている場所だが、逃げた場所からは視界は通っていない。山に慣れていない者が探し出すのは容易ではないだろう。今は時間を稼ぎ、隙を見てアトリと合流する。それが最適解だ。


「ザコガキのくせに下らねぇことして、天才様の手を煩わせるんじゃねぇよ」


 そんなタコやんの目論見は、近づいてくる足音と声で砕かれた。


「タイムイズマネーって言葉ぐらい、サルの国にもあるだろうが。クズはクズらしく大人しくしてればいいんだよ」


 ナタのような剣を振るって茂みを斬りながら、ゼノと呼ばれた強化人間が近づいてくる。追跡できないように逃げたはずなのに、その歩みに迷いはない。その理由をタコやんは当てずっぽうだが予測できた。


「成程、色彩マニアの未来予知クンも裏切り者なんか」


「そういう事だ。まあヘンリーは初めからのスパイじゃなく、寝返らせたヤツだけどな。同じ未来予知を持ってるのにアレンの方が優遇されるのが不満だったんだろうな」


 もっとも企業に行けばヘンリーも実験動物扱いだがな、と言いたげに笑みを浮かべるゼノ。超能力者のサンプルは多いに越したことはない。3人よりは4人の方がいいに決まっている。


「しかし面白い事を考えるな、ガキ。ダンジョンデリバリーサービスか。確かにそいつはテレパシーで連絡が取れる超能力者しかできない事だ。三大企業のどれもできないだろうよ。


 いや違うか。そいつは天才である俺が思いついた事だ。企業に戻る土産として思いついたアイデアだな」


 言って銃口をタコやんに向けるゼノ。タコやんの口を封じ、アイデアは自分のものにする。暗にそう告げて、笑みを浮かべた。


「遺言ぐらいは聞いてやるよ。恨みごとでもいいぜ」


 圧倒的優位に立ったゼノは銃口を揺らしながらそう告げる。この距離なら外さない。頭だろうが心臓だろうが命中できる。アトリのようにデタラメな強さを持っているわけでもない相手だ。怖れることはない。


 引き金を引かれれば死ぬ。そんな状況の中――


「お前、アホやろ?」


 タコやんは小ばかにしたようにゼノを鼻で笑った。


「あ、あほ……?」


「超能力者? NDGの中でもそういう力に目覚めたもんを土産に持って帰るとか言ってたな。そいつらはモルモット扱いされるって」


 タコやんはゼノを指さし、言葉を続ける。


「アンタがそうならへん保証がどこにあんねん?」


「な……!? 俺は――!」


 タコやんの指摘に鼻白むゼノ。その可能性に思い至らなかった。驚きで一歩下がり、呼吸が荒くなる。そんなことはない。俺は企業の為に貢献した。俺は天才だ。俺の才能を考えればそんなことあるはずがない。そうに決まってる。


「『サンプルは多い方がええ。ここの三人だけじゃ足りへんやろうな。困った困ったどうしよう。


 せや、ちょうどここに一人超能力者がおるわ。しかも企業を味方やと思ってるお間抜けさんや。騙して使わせてもらおうか』


 ……ってなるんちゃう?」


 ゼノはタコやんの言葉に息を飲んだ。ありえない話ではない。いいや、大いにあり得るだろう。何せ自分もヘンリーを騙そうとしているのだ。同じことを考えないわけがない。


 三大企業とはそう言う組織だ。ダンジョンの為なら何でも犠牲にする。利益の為に力なき者を虐げ、犠牲を厭わず、そうすることに遠慮も躊躇もない。インフィニティック・グローバルもエクシオン・ダイナミクスもアクセルコーポも――


「あー。その可能性に気付いてなかったんか? マジでアホやなぁ」


「黙れ! 俺は……俺は天才だ! 次世代に残る遺伝子ミームなんだ! そんなこと予測済みだ! 本当だぞ!」


 タコやんの言葉に興奮して叫ぶゼノ。荒くなる呼吸を押さえるために胸に手を当て、強く力を込める。指摘されてようやく自分の立場に気付いたのだ。


 ゼノは自分が安全圏だと思っていたが、実は崖っぷちだった。企業にいる方が危険なのだと気づいてしまったのだ。超能力者という希少な存在を企業が放置するはずがない。NDGを裏切らなければ安全だったのに。


 だが時すでに遅し。今更愚行をなかったことにはできないのだ。これからゼノは自分の価値を示し続けなければならない。価値がなくなれば実験動物になる。その恐怖に汗が止まらない。


「そうだ。もう後には戻れないんだ。天才の俺は上手くやれる! 生き残る! 俺という天才の情報は受け継がれる!」


 追い詰められたゼノは息荒くしてタコやんを睨む。タコやんは全てを諦めたようにため息をついて目を閉じた。ここまで興奮しては言葉も通じないだろう。何よりも、相手が自分を生かす理由はない。


(これで終わりか……。銃を避けるとかウチには無理やし。ガジェットも壊れて逃げれへん。あの三人見捨てたらどうにかなったのに、うちもアホやなぁ。


 ま、最後に一矢報いたわな。それで満足しとくか。アトリには里亜がおるし、どうにかなるやろ)


 圧倒的優位な表情から急転落下したゼノの表情の変化を見て、力を抜くタコやん。できることはやった。悔いは色々あるけど、もうどうしようもない。


 パァン!


 乾いた銃音が響き、そして何かが倒れる音がする。


 痛くない。タコやんはそのことを疑問に思い、眼を開ける。弾を外したのか? 超能力も大したことないなぁ。 


「お――」


 タコやんの視界には、信じれない人間が写った。多胡旅館の法被を着た40代の男性。顔こそ見えないが、その背中をタコやんが忘れるはずはなかった。


「オトン!?」


 ゼノの銃口から煙が上がり、目の前で父が倒れている。何がどうなっているのか、タコやんは理解ができなかった。


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