弐拾弐:サムライガールの親友達 9

 NDG。


 三大企業がダンジョンを軸にして世界に幅を利かせている中、その三大企業に頼らない形で力を得て国家の権威復興を目指す組織である。


「要はアンタらの目的はダンジョンにおける新規参入で新たなシェアを得ようとしてる。ざっくり言えば、オンリーワン狙って儲けようとしているわけや。その為の宣伝としてあのアホサムライに拘ってるんやろ?


 つまり別の宣伝文句があればええんや。誰もがNDG買いや、って思えるほどの商品モンがな」


 タコやんの比喩は乱暴だが、概要としては間違っていない。


 三大企業にせよNDGにせよ、別に相手を殴って屈服させようというつもりはないし滅ぼしてしまおうなどと言う気はない。NDGにとって三大企業は邪魔な相手ではあるが、その影響力がなくなれば世界に混乱が起きるのだ。それは望む所ではない。


 目的はあくまで三大企業に頼らず独立すること。その為には『NDGはすごいんだ!』という看板が必要なのだ。アトリはあくまでその為に利用するだけであって、他に方法があるならアトリにこだわる必要はないのである。


 だが――


「そんなものがあれば苦労はしない」


 言葉を返したのは、アレンだった。アイザックとジョシュアはあまりの展開について行けず、口も出せずにいた。まあ、縛られて目隠しされて拷問されるかもという状況で組織の価値観を問われる話をされれば当然の反応だが。


「三大企業の影響は大きいよ。ダンジョンにおけるあらゆるシャアを独占していると言ってもいい。レディは知らないだろうけど、三大企業は深層のアイテムや魔石すら秘密裏に確保していると言われている」


「せやろうなぁ。深層配信者が表に出ぇへんのは、その辺りを独占したいから。ウチらパンピーには知られたくないアイテムや魔石があるんやろうな。


 深層なだけに、真相をカメラに映したくないってか」


 アレンの言葉に冗談めかして笑うタコやん。憶測ではあったが、そうかもしれないと思える事件はいくつかあった。


 しろふぁんが<ダンジョン>になった時に持っていた【新世界秩序】と呼ばれたスキル。


 ぴあとじぇーろが使っていた【回転木馬】。


 あんなスキルは誰も見たことがない。下層をくまなく探索しているシカシーカーの鹿島でされ見当もつかないと言っていた。


 ぴあとじぇーろがエクシオンそのものが動いていたとされる計画で魔物化した以上、三大企業は下層より先のエリアに関して全く知らないわけではない。むしろ知って敢えて隠しているとみるべきか。


「深層から得られる魔石。それを用いて産み出されるスキルでさらに深層攻略を行うのが三大企業だ。資金と人材において、三外企業に勝てる組織はない。


 だがそこに新星ともいえるサムライが現れた。それを倒せば――」


「倒せへんやろ。それはよう分かったんちゃう?」


「うぐっ……!」


 言い募るアレンを一言で黙らせるタコやん。


(確かに、経験豊富なブライアンを真正面から圧倒し、なりふり構わなかった5人の<第二世代>を瞬きのうちに倒された。脅迫という形でなければあのサムライを捕らえることは無理だろう……!)


<第一世代>の強化人間として長くNDGにいるアレンだからこそ、アトリと自分達の差がよくわかる。薬で力を得た代わりに精神的に不安定になった強化人間。それに対して日々積み重ねた努力で心技体を研ぎ澄ませたアトリ。


「タコやんの言うとおり、薬物で急増した強化人間では、努力を重ねたアトリには勝てない。


 皮肉だね。そんなことはジャパニメーションで理解していたはずなのに」


 口惜しそうに言うアレン。努力・友情・勝利。その流れは自分の信念に刻まれていたはずなのに――


「あ、それは関係ないで。薬物だろうが努力だろうが、同じ力や。そこに貴賤も上下もあらへん。あるのは勝ち負けっていう結果や。そこにどんな理由をつけようが、それは人の自由やけどな


 あと昨今のジャパニメーションも『転生してチート獲得』とか『クズジョブだけど実は最強だった』とか、結構努力は無視する方向やし」


「ワッツ!?」


 力の価値観や時代の流れに本気で疑問符を浮かべるアレン。時の流れは何時だって残酷である。


「ついでに言えば、あのアホサムライの言葉を借りれば『暴力は命を奪うだけ』やからな。暴力の結果で正義とか英雄とか時代の先駆けとか言われるのは御免やろうな。


 ……ホンマ、アホな話やわ。暴力で勝ったモンが正義を名乗って好き勝手するなんざ、昔からみんなやってる事やのに」


 大きく息を吸い、そして大きくため息をつくタコやん。


 胸に手を当てて、拳を握るタコやん。


 アトリは強い。その気になれば世界を変えることもできる。タコやんもそれは十分にわかっている。その気になれば、艱難辛苦を切り裂く刀術の持ち主。だというのに――


『某の想像できぬ知識をもってガジェットを作り、ダンジョンを解明しようとする者がいる。痛みや死を受け入れ、何度も魔物に挑んでゆく者がいる』


『彼女達は弱くはない』


『何の力のない者などいない。皆が皆、何かしらの能力を持って生きているのだ』


 アトリは自らの強さに依存しない。


 否、それ以前の感覚だ。『強さ』という価値に拘泥しない。圧倒的な戦闘力を持っているのに、他人を見下さない。相対した相手に礼節をもって対する。倒した相手に頭を下げて、感謝の意を示している。


 アトリの強さは、きっとそう言う所なのだろうとタコやんは思っていた。戦闘に関しては容赦なく、しかし戦闘が終われば皆同じ。咎は断罪によって雪がれる。……まあ、再戦を望んでの事だろうが。


(ホンマ……アホやわ。その気になれば何でも手に入るくせにそれをせぇへんとか。戦闘以外は無欲すぎるんや。そしてそれをしゃーないかで納得するウチも。


 アイツがやりたいようにさせたい、って思うウチが一番アホなんやろうな)


 アトリは世間知らずで、戦闘好きで、はっきり言って持っている実力に対して知識や精神的な覚悟が不足している。そこを突かれて他人にいいように利用されても仕方ない。


 これまでもそしてこれからも、アトリが道を進むにつれて彼女を利用しようとする輩や組織は増えるだろう。良くも悪くもアトリは有名になりすぎた。物理的な強さはあるが、悪意から身を護るすべが余りに脆い。事実、脅迫に屈しようとしたのだ。


「おう。関係ないわ。何もかんも関係ないわ!


 あのアホサムライを利用するよりはマシなビジネス示したる! せやからとっととお前らのボス紹介しろ!


 オーサカの女のソロバン勘定舐めんな! アンタらが築いた研究をベースに最適解示したるわ!」


 様々な想いを込めて、叫ぶタコやん。三大企業に抗う無意味さを知っているなら、アトリから身を引いた方が正解だ。そんなことは十分に理解しているのに、後悔なく言葉は口に出た。


 ――この瞬間。


 アトリにとって致命的な死角ともいえた精神的且つ社会的な『盾』が形成される。


 正確に言えば、その護り自体は形成されていたのだが『盾』となる覚悟は未成熟だった。『しゃーないからどうにかしたるわ!』程度の受け身的な動きだった。


(ホンマに! あのアホはウチがどうにかせんと、どうしようもないからな! しゃーなしやで!


 三大企業とか世界中の輩が狙ってくるんやから、ウチとか里亜みたいなモンがおらんとてんてこ舞いやしな! ホンマ、しゃーなしやで!)


 ……まあ、表面的な理由は変わらない。里亜やアレンが言うように『ツンデレタコやん』なのは変わりはないのだが。


「あー……。とにかくタコやんレディはNDGの上昇部にコンタクトを取りたいと。そしてプレゼンしたいという事でいいかな?


 サムライアトリの代わりに、どんなビジネスがあるんだい? それを言わないと上層部はテーブルに立たないよ」


 タコやんの熱意というか勢いに押される形で妥協するアレン。とはいえ、アレンにできるのは上層部へのコンタクトだけだ。交渉のテーブルに引っ張り出すには、相応のアイデアが必要になる。現在人気絶好調のアトリの代わりとなるアイデアが。


「ダンジョンのデリバリーサービスや」


「……は?」


「なんやデリバリー知らんのか。デリバリーって英語やろ? もしかして日本だけのサービスなんか、これ?」


「いや、デリバリーはわかるんだけど。配達サービスの事だよね?」


 動揺しながら答えるアレン。宅配ピザなどに代表される食品配送サービスだ。日本では出前という形で親しまれているが、まさかダンジョン内に食べ物を配送するサービスをしろと? アレンは訝しんだ。


「アンタら超能力者? そいつら同士はテレパシーで連絡取り合えるんやろ? しかもダンジョンの階層を跨げるほどに。ついでに言えばあのサンダーバードのあんちゃんはアトリに先回りできるだけの追跡能力もある。


 ダンジョン内に物運ぶのに適しとるやんけ。三大企業には真似できへんで」


「それは……」


 アレンはタコやんの発想を聞いて思考する。ダンジョン内に物を運ぶ? 軍事組織がそんなピザ屋みたいな真似をしろというのか? NDGの上層部の言いそうなことがすぐに浮かぶ。それを口にしようとして――


「当然運ぶのはモノだけやないで。何ならアンタらが鍛えに鍛えぬいた強化人間を運んでもええ。超能力者になれへんかったモンが何してるかは知らんけど、機械の義手義足つけてるんやから素人よりは強いんやろ? 燻らせるの勿体ないわ。


 それこそダンジョンから人を守る世界の警察の代わりになれるで」


 アレンが何かを言う前に言葉をかぶせるタコやん。確かに超能力者になれなかったモノたちの運用方法は組織でも悩みの種だった。深層探索には耐えられないが、チームを組めば下層探索は可能だ。そう言った者達を運用し、かつ組織の名声を上げられるのなら?


「プレゼンの概要はこんな所や。細かい所は色々詰めへんとアカンけどな。ぶっちゃけ、行き当たりばったりで出した案やからしっかり形にするには色々詰めなあかんしな。


 でも三大企業にすらできへんシェアは確実に取れるで。ダンジョンのパイオニアや!」


 勢いで喋っている部分はあるが、超能力者にしかできないテレパスのネットワーク。超能力を用いた様々な配送サービス。これらは既存のスキルシステムでは真似できないことだ。その先駆者になれるのは確かに大きい。


「分かったよレディ。とりあえず上の方に連絡を――」


 テレパシーを使ってNDGに連絡を取るアレン。本部にいるザカリーから上層部に通達を――行おうとして、背後から撃たれて意識を失った。


「……は?」


「困るんだよなぁ。そんなことされちゃ。NDGが発展すると困るんだよ」


 アレンの背後には、銃を構えた一人の男。銃口から上がる煙が、状況を良く示している。


「物騒なモンもってんなぁ。挨拶もできへんとかマナーなってへんで」


「確かに失礼だな。名前はゼノ。初めましてお嬢さん。そして死ね」


 ゼノ。


 アレンから聞いた強化人間の名前にそんな名前があった。NDG所属の人間が同じNDGのアレンを背後から撃ったのだ。そしてその銃口はタコやんに向けられ、そして引き金が引かれた。


 避けることもできず、タコやんは凶弾を受けてそのまま崩れ落ちた。

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