弐拾壱:サムライガールの親友達 8

 ――時間は数時間ほど巻き戻る。場所は多胡旅館の部屋内。時刻は15時ごろ。アトリがリモート授業を終えたころだ。


「ではダンジョンに行ってくる」


 ランニング用のスポーツウェアに着替えたアトリがそう行ってダンジョンに向かう。タコやんと里亜はそれを見送った後、会議をする。盗聴を警戒してか、SNSのメッセージで。


『ほな、あのジャパンかぶれに特攻するか』


『はい。おそらくは話してくれると思います。向こうもアトリ大先輩に警戒はされたくないでしょうから』


 会議の内容はアレンを問い詰める話だ。サンダーバードの挙動。アレンやブライアンの勘の良さ。あとは金属製の義手。そこから強引にNDGだろうと推測……どころか当てずっぽうの予測をし、それを確認するためである。


『場所は下の駐車場にしよう。部屋に呼んだら警戒されるしな』


『ですね。最悪、抵抗される可能性があります。アレンさんがそこまでする性格とは思えませんが念のために』


 場所は多胡旅館の駐車場。相手が米国の機密機関なら、出来るだけ隠密に事を済ませたいはずだ。実力行使に出る可能性は低いが、それでも無警戒というわけにはいかない。


『じゃあウチはガジェット背負っとくか。念のためにスキルシステムも持ってこ』


『はい。里亜は前にも話した通り、


 タコやんの目の前にいる里亜――トークンの里亜はスマホを弄ってるふりをして、タコやんに手を振った。このメッセージを送信している里亜本人は朝から町に移動してダンジョン入り口近くの喫茶店で待機しているのだ。


 そして紆余曲折あり強化人間達に襲撃される。ジョシュアに指さされる寸前、タコやんは【思考分割】のスキルを起動させていた。


 ジョシュアの『マインドパラライザー』を受け、脳に『逃亡禁止』『攻撃禁止』の命令が刻まれる。この命令には逆らえない。脳で判断して行動するのが人間だ。身の危険を感じても、ジョシュアから逃げようとも攻撃しようとも思わない。その発想がなくなるのだ。


 相手に脳がある限り、逃れることができない超能力。


 だが逆に言えば、脳をどうにかすれば回避可能なのだ。


 例えば里亜。里亜の【トークン作成】は里亜の脳を使って操作する。右手と左手で異なる動きを同時に行うように、トークンは里亜の脳を使って動かす。その脳が超能力を受ければ、トークンの行動も制限される。


「タコやん、そっちは任せました!」


 だが『マインドパラライザー』を受けた方の里亜はトークンだ。【感覚共有】で超能力を受けた感覚を共有したとしても、里亜本人の脳には何の影響もないのである。トークンを消してしまえば、元通りだ。


 そしてタコやん。当たり前だが、タコやんの脳は一つしかない。『マインドパラライザー』を受けたのも本人だ。


 しかし【思考分割】によりタコやんには脳内に複数の思考領域が存在する。ざっくり言えば、機能を縮小した脳が複数あるのだ。その一つが書き換えられたとしても、


「レクチャーする気はないけど、きっちり胸に刻んどきぃや」


 別の思考領域でガジェットを操作し、攻撃もできるのだ。別の思考はやめておけと言っても、それとは関係なく別の思考で行動する。ガジェットでジョシュアを攻撃した後で激しい後悔に苛まれる思考領域とやったぜと喜ぶ思考領域がある。


「……ここまで思考が剥離すると二重人格になったような気がするな。やめろとやれが闇鍋パーティみたいにぐちゃぐちゃしてきたわ」


 二人を気絶させたタコやんが眩暈でふらつくような感覚で額に手を当てて言う。朦朧としながら、電撃で完全に気を失ったアイザックとジョシュアを拘束して目隠しをした。


 目隠しをするのは主にジョシュアの超能力対策だ。明らかにこちらを『見て指さした』時に全員の挙動がおかしくなった。視線か指差しかが『マインドパラライザー』の発動条件なのだろう。


 アイザックの高速飛行超能力『オーヴァースピード・トラヴァース』も目を隠した状態で発動はしないはずだ。視界が閉ざされた状態で高速で飛ぶなど自殺行為だ。そう言う意味では、これで二人の超能力は封じたと言ってもいい。


 拘束が完了するころには、頭がすっきりするタコやん。分割された思考にかけられた『マインドパラライザー』の効果が切れたのだろう。


「オウマイゴッドだね。アイザックとジョシュアのコンビをこうもあっさり倒すなんて。日本の配信者はバケモノか!?」


「バケモンちゃうで、タコやんや。


 マジレスすると、ほぼ運やな。こいつの超能力が脳に作用するもんやなかったらアウト。高速飛行で後ろから襲われてたらアウト。あとはアンタが情報くれへんかったらなんもできずにアウト。


 こいつらがマインドなんとかっていう超能力に絶対の自信を寄せてなかったら、一瞬で終わってたで」


 謙遜ではなく、薄氷の勝利だというタコやん。どういう形であれ、強化人間に身柄を拘束されたらそれでお終いだ。そしてそれは超能力で洗脳するにこだわる必要はない。車に乗る前か降りた時にアイザックが高速で近づいて掻っ攫うだけでいい。『マインドパラライザー』を決め手に使ったから、隙を生んで敗北したのだ。


 とはいえ、これは強化人間側を責められない。アイザックの高軌道誘拐はリスクが生まれる。監視カメラなどに姿が写ればアメリカに戻るのに一手間かかる。スマートに解決するならジョシュアの超能力が安全なのだ。


「で、この二人はどうするんだい? 一応同僚なので、ここに放置は流石に遠慮したいかな」


「せやな、聞きたいこともあるし。とりあえず起こそか」


 拘束した強化人間二人を人目の入らない場所まで運ぶ。とはいえもとより人通りの少ない山道だ。少し茂みに入れば十分である。木陰にアイザックとジョシュアを寄り掛からせた。


「そろそろ起きぃや」


「う……。ここは?」


「くそ、4本のアームで襲い掛かるとは! 4はやめろ!」


 タコやんがアイザックとジョシュアの頬を叩くと、呻き声とともに意識を取り戻す二人。ジョシュアは激しく叫ぶが電撃による痺れはまだ残っているのだろう。肉体的な抵抗はない。


「はいはい、そんだけ叫べるんやったら元気やな。うちの質問に答えてもらうで。


 断ったりウソとか言ったら、そっちのガリガリ君には『お好み焼教団』が配信してるひたすらお好み焼きを食べる動画音声を。そっちのガキンチョには小悪魔系ボイスで『13』を延々と繰り返すASMR音声を聞かせるからそのつもりで」


「ノォォォォォォォ! プリィィィィィズ! 食べる音を延々と聞かせるとか悪魔か貴様ぁぁぁぁ! 悪魔の誘惑になど負けぬぞ……!」


「ぴぃ! ママぁぁぁぁぁぁぁ! ごめんなさいごめんなさいごめんなさああああああい! もう悪いことしません! 言うこと聞くから許してください!」


 タコやんの脅迫に本気で拒絶反応を示すアイザックとジョシュア。タコやんは冗談のつもりだったのだが、ここまで反応されると罪悪感が芽生えてくる。ジョシュアに至ってはギャン泣きするほどだ。


「レディ、それは酷いよ。ペコス・ビルが天誅を下すレベルだよ」


「ウチが悪いんかこれ……」


 現状味方のアレンにさえドン引きされて、頭を抱えるタコやん。とはいえ、結果としては交渉のイニシアティブをとったと言えよう。脅迫するつもりはなかったが、相手の気勢は見事に削いだのだ。


「聞きたいことは二つや。それ聞いたらなんもせぇへん。すぐとはいかへんけど、事が収まったら解放したるわ」


 指を二つ立てて問いかけるタコやん。目隠しをしている強化人間の二人には見えない事に気付いたのはその後だが、今更引っ込めるのも恥ずかしいのでそのまま相手の返事を待った。


「聞きたいことだと? 仲間の場所を言えと言うのならお断りだ。俺達が捕まったことを知って、移動しているはずだしな」


「僕たちは選ばれた強化人間なんだ。死んでも仲間は売らないね」


「だから拷問しても無駄だぞ! お願いだからやめてください!」


「そんな音声が怖いからウソ言ってるとかじゃないからな! ウソいってないからいじめないで!」


 毅然とした声で拒絶の意を示すアイザックとジョシュア。その後で言い訳のように言葉を続けなければ、それなりにカッコよかったのだが。


「立派なんか情けないんかどっちかにしてくれ。ウチも付き合いきれんで。


 まあその辺はどうでもええわ。教えてくれたら嬉しいけど、優先度は高くないからな」


「ホワイ? 他の強化人間の場所がどうでもいい? 位置情報は戦術の要だよ、レディ?」


 タコやんの言葉に首をひねるアレン。今現在敵が何処にいるか。それを知っているだけで情報戦は有利になるし、それを軸に新たな策を考えられる。


「戦術的にはな。だけどうちが求めてるんは戦略的な勝利や」


 アレンの言葉に言って鼻を鳴らすタコやん。


 戦略とは『大局的な目的や指針』であり、戦術は『戦略を為す為の具体的な行動』だ。戦術はどれだけ間違えても臨機応変に立て直しが効く。しかし戦略を間違えれば、一からやり直すことになる。


(ウチ等の目的は『アトリをNDGに行かせへんこと』や。そこをはき違えるな。その為に何をするかなんや。


 強化人間こいつらを倒すことはその為の手段でしかない。狙うんはその先。コイツラに命令を出したNDGそのものや!)


 思考を整理し、やるべきことを明確化する。まだ道は見えないけど、指針が決まれば後は進むだけだ。目標設定、手段決定、行動。不確定な事にトライすることなど、科学では常識だ。


「聞きたいことの一つ目。アンタらNDGのボスと話をするにはどうしたらええんや? 直接話したいからアポ取ってくれんか?」


「はぁ!?」


「何のつもりだ、ジャップ!」


 驚くアイザックとジョシュアを無視して、二つ目の指を折り曲げてこう告げた。


「二つ目。土産はタコ焼きとお好み焼きどっちがええ?


 食いながら話すると、お互いええ気分になるからな」


「……タコヤキ? オコノミヤキ?」


「……何言ってるんだ、コイツ……?」


 そして二つ目の質問に、別の理由で驚いていた。

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