弐拾:サムライガールの親友達 7
強化人間との戦いが始まって、タコやんが真っ先に行ったことは――
「襲ってくる奴の情報寄越せぇ! キリキリはいてもらうで!」
アレンにに詰め寄って情報を得る事だった。
「ノー! あそこまで啖呵切っておいて正々堂々と挑むとかはしないの!? 一話丸々使って伏線を張って、相手の能力をバトル中に見破るとかいう展開は!?」
「そんなアニメ展開、ウチには関係ない! 情報あるなら寄越せや!
あと車も出せ! 移動しながら作戦会議や!」
「向こうは里亜達の事を完全に調べ尽くしているでしょうからね。こっちも情報を得ておかないと勝負にならないんですよ」
「オーケーオーケー。残っている強化人間は4名。その全員がこちらに来るとみていいだろう。
その能力は――」
駐車場に置いてある車に乗り込み、アレンは説明を開始する。タコやんと里亜も後部座席に乗り込んだ。何をするにしてもここで棒立ちでいる理由はない。
「ヘンリー。僕と同じ<第一世代>さ。使う超感覚も僕と同じ『
性格は色彩マニア。細かな色彩に拘り、CMYKで色を描写する癖がある」
「……なんやねんその性格?」
「ここからは全員<第二世代>。超感覚よりも念動力に強く目覚めた世代だ。
アイザック。使う能力は『オーヴァースピード・トラヴァース』。三次元を超高速で飛び回る超能力だ。念動力で風防を作って音速に達すると言われているよ。装備次第では水中も活動可能だ。
性格はダイエットマニア。自分の体重をいかに落とすかを考えてる。主に物理的に」
「軽い方が速いんでしょうけど、物理的に落とすって……怖っ!」
「ジョシュア。使う能力は『マインドパラライザー』。相手の脳内情報に作用して、一定の行動を禁止させる。いわゆる洗脳系だね。これにかかれば一発アウト。抵抗する気すらなくしてしまう。要注意だ。
性格は忌み数恐怖症。不吉な数字があると怖くて何もできないんだよ。4日とか9日とか13日とか部屋から出てこないぐらいにね」
「アホなんか、ソイツ?」
「ゼノ。アトリに一番拘っているのはコイツさ。超能力は『サイコメトリーポゼッション』。触れた物質から使い手の動きを完全に覚え、それを自分の経験にできるのさ。アトリの刀を手にして、自分サイキョーになりたいって言ってたね。
性格はミーム至高主義。情報こそが生物の本質と考えて、肉体はその為の乗り物だって感じの奴さ」
「ミーム……インターネットミームではなく、本来の意味での遺伝子的な
説明を聞いたタコやんは脳内で情報を整理する。その後でため息をついた。
「変な奴しかおらんのか、強化人間」
タコやんが知る限りでも『日本かぶれ』『米国至上主義』がいる。『色彩マニア』に『ダイエットマニア』や『忌み数恐怖症』で『ミーム至高主義』ときた。
タコやんが知らない強化人間だが『書類マニア』『数字に細かすぎる』『ガラが悪い』『風に拘る』『武器マニア』『美意識高め』『厨二病』とそろっている。変な奴しかいないという表現は、間違いではない。
「言い訳をさせてもらうなら、超能力発現の時に使った薬品に問題があってね。
脳の一部を活性化させる代償として、理性による抑えが効かなくなる。ジャパニメーション的に言えば性癖が解放されるのさ」
「乙女の前で性癖言うな。アニメでも言わんぞ、そんな事」
「言語的には性癖は『性質の偏り』を指す言葉ですから、タコやんが想像しているような恥じる内容ではないですよ?」
里亜のツッコミに、タコやんは顔を赤らめて無言で里亜をチョップした。照れ隠しの行動だ。
「変な性格なんはどうでもええわ。正直超能力とか眉唾やけど、その前提で作戦考えなあかんな」
「ワオ! 意外だね、超能力を信じるんだ。非科学的とか言いそうだったのに」
「ウチのチャンネルでもさんざん言ってる事けどな。科学、言うんはわからへんことを証明するためのもんや。
言うたら『非科学的』を『科学的』にするんが科学なんや」
驚くアレンに考えながら言葉を返すタコやん。地道なトライアンドエラーを繰り返し、分からない事を証明する。それこそが科学の本質である。わからないから理解を放棄するなど、それこそ非科学的だ。
「このまま何もなくアトリと合流できればうち等の勝ちや。戦闘とか全部アイツに任せて高みの見物。楽して終わるから気ぃ楽やな」
「あんなカッコイイこと言って、最後はサムライ頼りなのはジャパニメーション的にカッコ悪くないかい?」
「これもウチのチャンネルでさんざん言ってるけどな。役割分担は大事なんや。自分にできる事とやって、相手にできる事は任せる。それぞれの役割を果たすんが大事なんや。
戦闘はアイツの役割。せやからとっとと合流して左団扇や」
タコやんたちの勝利条件は『強化人間に捕まらないこと』だ。タコやんと里亜のどちらかが捕まれば、性格的にアトリはNDGの言う事を聞かざるを得なくなる。そうならない為に一番楽な道はアトリと合流する事である。
「その行動は予測済みだ」
「これで終わりだよ」
声は、車の外から聞こえた。
羽根も機械もなく飛行している痩せた男。その男にベルトで固定されている少年。
「アイザックとジョシュア……!」
叫ぶアレン。NDGの強化人間。高速移動を可能とするアイザックと、洗脳して行動を封じるジョシュア。ジョシュアの超能力を食らえば、逃げることを封じられる。
慌てて加速しようとするアレンが、時すでに遅かった。ジョシュアと思われる少年が車内に指を向ける。その瞬間、アレンはアクセルではなくブレーキを踏んだ。緩やかに止まる車。
車が完全停止した後、アレンとタコやんと里亜は自分の意思で車から降りた。
(これが何とかいう超能力か! 逃げ……たいと思えへん!
洗脳っていうよりは倫理改変やな。できるけどしたくない。そんな感じか……!)
(『
『ここを通れば近道だけど、道路を横切るのはダメだ』……なレベルで行動したくなくなる感じですね)
タコやんと里亜は脳内では隠れないと、と思いながらもジョシュアの元に出ていく自分達をそう解釈していた。わかっているけど逆らえない。いや、逆らう気にならない。
「ここに来ることをヘンリーが未来予知して、追って来たのか……!」
悔しそうにアレンが舌打ちする。いち早く行動したつもりだが、その行動を予知されていたのだ。
「正解だ、アレン。造作もなかったな。
問題があるとすればジョシュアを抱えると重くなることと、時速が忌み数になるとジョシュアが暴れる事か」
「当たり前だ! 時速4キロとか13キロとか怖すぎるだろうが! 死ぬかと思ったぞ!」
車に追いついたという事は時速50キロ近くだったのだが、それは怖くないらしい。よくわからんわ、とタコやんは呆れた。
「行動禁止能力。ウチ等に『逃げるの禁止』と『攻撃禁止』って感じの命令やな。
呼吸とか心臓とか生きるのに必要な行動……っていうか脳が命令しても止められへん行動は禁止できへんって所か」
タコやんは逃げようと思う事すらできない自分を感じて、そう言葉を放った。逃げたほうが得だと分かっているのに、その気にならない。そう言う超能力なのだ。殺さないのは人質にするためだろう。
「そうだぜ、ジャップ。いい頭してるじゃねぇか。お前らが逃げる方向をヘンリーが知。その先に俺が向かい、ジョシュアが洗脳する。
楽な仕事だったぜ。ダイエットサプリを飲んだ後の運動程度だったな」
「『人物』の未来が見えるアレンじゃここまで正確な場所はわからないからな。無駄足を運ばずにすむ。
1回はいい。どの国でも忌み数じゃないからな」
あっさり捕まったタコやんたちに嘲笑する強化人間二人。正確に言えば、この逃げ道を未来予知した三人なのだろう。思うがままに動き、思うがままに囚われた。そんな矮小な存在に対して、嘲りの感情を強く感じる。
(シット……!? 確かにヘンリーの予知のまま。アイザックとジョシュアの超能力の掌の上に捕まって……!
このままだとジャパニメーションで言うところの、バッドエンド直行です……!)
嘲笑されることに悔しさを感じるアレンだが、反抗することはできない。逃げることも抗うこともできない。脳内に刻まれた何かはアレンではどうにもできそうにない。分ってはいたが、ジョシュアの超能力を使われた時点で詰みなのだ。
逃げられない。逆らえない。そんな命令を脳内に刻まれて抵抗すらできない状況なのに。
「せやな。『空間』ていうか『人』の居場所を特定されてたら終わってたわ。
里亜が今どこにおるかって予知されたら、詰んでたか?」
「ですねー。あとは相性ですね。ええと、笑っていいですか?」
「ほんまそれやな。油断したわけやないんやろうけど、相性が良すぎたわ。
ええんちゃう? 悪いけど、これは笑うしかないわ」
タコやんと里亜は、あっけらかんと笑っていた。
「あはははははははは!」
「あはははははははは!」
笑い出すタコやんと里亜。可笑しくて、感情が抑えられなくて、そんな笑い。
その光景に、アレンを含めた強化人間は呆気に取られていた。状況は絶望的なのに、開き直ったのか? そう思わせるほどの笑いだ。
(気が触れた? 正気度チェックに失敗した? 絶望のあまり自暴自棄になった?
ノー! この二人はそんなキャラじゃない。ジョシュアの『マインドパラライザー』を受けても大丈夫ということ――!)
アレンは息を飲む。タコやんという人間を。里亜という人間を。資料で知り、間近で観察し、実際に会話して知っている。ふざけているような言動に見えて、計算された発言。そしてアトリの傍にいるにふさわしい行動。
つまりこの状況は――ジョシュアに『マインドパラライザー』を受けたということは、彼女達にとっては想定内なのだ。そして想定しているという事は、既に対策をうっている――
「脳に作用して行動を禁止する。
ああ、ホンマ相性ええわ。本来やったらそれが決まれば終わりなんやろうな」
額に手を当て、背中のガジェットを起動させるタコやん。8本の『足』に稲妻を纏わせ、攻撃の意思を見せる。
「全くです。臆病で慎重な里亜だからこそ回避できた相手です。
タコやん、そっちは任せました!」
言うと同時に消失する里亜。
「消えた……【トークン作成】か!? こっちがトークンだったというのか! まさか最初からトークンで活動していたのか!? こちらの動きを予測していた、のか!?」
「そんなことよりも! それよりもなぜこいつは反抗できる!? 『マインドパラライザー』は確実にかかっているのに! ヘンリー!」
予想外の展開に慌てるアイザックとジョシュア。こんな未来は聞いていないとばかりに未来予知もちの同僚に問いかけた。
『ああああああ! 何故だ!? 突如カラーが消えた! 空間から色素が消えた! CMYKがなくなった! どういうことだ! どういう事なんだ!? 0%になっただと!?
違う、初めからその少女は……里亜という少女は初めからそこにいなかった!? そしてその機械使いは脳に別領域を持っているだと!?』
アイザックとジョシュアの脳内に響くヘンリーの言葉。その空間の未来を常に予知していた
「レクチャーする気はないけど、きっちり胸に刻んどきぃや。
アンタらが負けたんは、ウチと里亜を侮ったからや!」
雷光纏うタコやんの『足』がアイザックとジョシュアに迫る。如何に高速で飛行できるアイザックとはいえ、動揺するスキを突かれれば回避も間に合わない。8本の『足』は強化人間の体を捕らえる。
そして強化人間のスペックがどれだか高かろうとも、脳と脊髄は人間同様だ。適切な電流を流されれば麻痺は免れない。バシン、という音と共にアイザックとジョシュアに電流が走り、意識を刈り取られる。
「が、ぁ……! そ、うか……。【思考分割】……! 脳内に、別の思考領域を作っていた……のか……!」
「そんな抜け道……予測できるか……!」
迸る雷電の中、強化人間は己の敗因を悟る。体を震わせながら、そのまま気を失った。
「ホンマ、スキルの相性悪かったらお終いやったで。ウチも運がええな」
相手が完全に沈黙すると同時に、タコやんは安堵の言葉を吐いた。
「ま、これもウチの日ごろの行いやな」
あくまで自分の所業の結果。傲慢さを忘れないのは、オーサカの女ならではであった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます