拾玖:サムライガールの親友達 6

 タブレット内のアトリが、サンダーバードの腕を斬る。


「良き戦いであった」


 そう言って頭を下げるアトリ。その映像をタブレットを通してタコやんと里亜は見ていた。


「ま、予想どおりやな。たまにはワザとピンチに陥るとかハラハラさせる演出せいや」


「アトリ大先輩、大勝利ぃぃぃぃぃぃぃぃぃ! 当然ですけど嬉しいです!」


 その結果を鼻で笑いながらも嬉しそうな表情をするタコやん。ジャンプして全身で喜びを示す里亜。両極端ではあるが、アトリの勝利を喜んでいるのは第三者のアレンでも明らかだった。


 だがその数秒後――配信が途切れた。


「え? 何が起きたんです?」


「一瞬揺れたな。カメラに攻撃食らったんか!?」


 タコやんは配信停止の原因に気付き、同時にありえないと否定する。あの浮遊カメラは装甲もかなり厚めにしてある。そしてアトリの動きを追えるほどの反応速度もあるのだ。それこそアトリと同レベルの動きでなければ攻撃を当てることは難しい。


 加えて言えば、ダンジョンの魔物は基本的に浮遊カメラを攻撃しない。無機物かつ無害な存在よりも、生きて危険なアトリを襲うのは当然の判断だ。グレムリンのような機械を分解するスキル持ちでなければ浮遊カメラを狙う理由はない。


(あの場に機械を優先して襲う魔物がおったんか? いや、カメラに写ってる限りはそんなヤツはおらんかった。しかも一撃や。


 としか思えへん。いや、問題はそれよりも……!)


 タコやんはカメラがどのようにして故障させられたかを想像し、そして配信が停止した意味を考えて顔を青ざめる。スマホを取り出し、必死にアトリのカメラとのチャンネルを繋げようとする。


「くそ、繋がれ! 繋がれ! 音声だけでもええ! 反応しろ! たかがメインカメラが壊れただけやろうが!」


「それはカメラとしては致命的なのでは?」


 焦るタコやんに、事情がまるで理解できていない里亜がツッコミを入れる。


「アホか! 深層の時間問題忘れたんか! 配信停止状態で深層におったら時間の流れが違うから置いてかれるんや!


 あっちで1時間もたもたしてる間に、こっちでどんだけ時間経つかわからへんねんで!」


「あ……」


 言われて里亜も思い出す。深層と地上とでは時間の流れが違う。相対性理論を応用して配信を見ている者がいる間は時間は地上と同じになるようにしたのだ。――実のところアトリも里亜は『そう言うものなんだ』程度の認識しかないのだが。


 とどのつまり、配信は深層における命綱同様なのだ。それが途切れたという事は――


「アトリ大先輩は帰ってこない……」


「帰ってきても数十年後、かもな」


 若干の希望的推測を乗せてタコやんは笑みを浮かべる。自分でもわかるぐらいの強引な作り笑い。希望はある。アイツは帰ってくる。そう思い込むことでどうにかネガティブに陥りそうな自分を奮起していた。


「安心していいよ。今のところはそうはなってない」


 そんな二人にアレンが声をかける。深層の時間流動差を理解し、配信カメラが壊れたことの意味を知りながら、それでもまだ大丈夫だと告げる。


「ああ? どういうことや?」


「深層におけるウラシマ効果の話だよね。地上の観測者が深層の個体を認識していれば問題ない。二点の座標があるならガリレイ変換されて時間は等速になるからね。


 僕が深層にいるブライアンを観察して、そのブライアンがアトリを見ているから観測点としては成立しているよ」


「全然意味は分かりませんけど……とりあえずアトリ大先輩は無事だってことですか?」


 急に理解できない事を言い出したアレンに――これまでも日本かぶれ関連で理解できない節はあったが――里亜が困惑した声を上げる。この人本当にさっきまでジャパンボケしてたアレンさんですか? 理屈は全く分からないので、聞きたいことだけを問いかけた。


「ローレンツファクター的にはね。


 ……だけど別の理由で拙い。浮遊カメラを狙撃されたみたいだ。第二世代は撃破したみたいだけど……ヨシュアの事だからなぁ」


「リアルタイムであいつらの動きが分かるんか? 機械もスキルも何もなしに?」


 眉をひそめて問うタコやん。超能力のことなど想像もできない人間からすれば、浮遊カメラやスキルシステムなしに深層のことがわかるなど想像もできない。


「テレパシーさ」


「アンタ、スキルシステムもってへんやんけ。そんなんでスキルなんか……まさか、マジモンのテレパシーか!?」


【テレパシー】スキルはタコやんも使ったことがあるから知っているが、アレンはスキルシステムを持っていない。なのにテレパシーを使っているというのだ。


「ニセモノのテレパシーかもしれないよ。何せ128時間の薬液投与で得られた超感覚だ。しかも発現可能性は2%を割る。


 これに目覚めなければ強化人間として認められないからね」


「……さりげなく言ってますけど、里亜達が聞いたらいけない国家秘密ですね、それ……」


 もうアメリカの国家機関であるNDGであることを隠そうともしないアレン。しかも一般的には知られていない超能力の事まで喋っている。その情報の重さに里亜は眉をひそめた。


「あー、昨日の夜に里亜の挙動に気付いたのもその超感覚とかですか。つまり、ブライアンさんもその感覚に目覚めていて、アトリ大先輩をストーカーしたのはそれを使ってですね。


 ダンジョンの中まで追えるとか、どれだけなんですか!? スキルの枠組みを超えてますよ!? 三大企業を超えてませんか!?」


 合点がいったとばかりに頷く里亜。その後でその精度に驚きの声を上げる。スキルによる追跡は、せいぜいが300m程度。ダンジョンの階層をまたいでの追跡は不可能だ。


 なのにアレンは地上に居ながら深層と交信でき、ブライアンは深層にいるアトリに先回りするほどの追跡能力を持っているのである。人間がスキルを超えるほどの能力に目覚めることができるなら、それこそスキルシステムを凌駕しているというのに。


「再現性がないんやろうな」


 里亜の言葉にため息をつくようにタコやんが答える。


「さいげんせい?」


「同じことをやって同じ結果が出るかどうかや。100人やって2人しか超能力に目覚めへん、って事ならバクチもええ所や。スキルは持ってれば100パー発現するけど、超感覚? それはわずかしか使えへん。


 この日本かぶれができるまで、50人ぐらいは失敗してるんや。それで企業を超えるとか無理って事やわ」


 タコやんの説明に苦笑いするアレン。


 超感覚は確かに強力だが、それを扱える人間がわずかしかいない。増やそうにも確実に増やせるものではない。タコやんの言うように、成功確率が低すぎるのだ。信用度は低い。


 対してスキルシステムは魔石とスキルシステムがあればそのスキルを発現できる。そこに才能は必要ない。確率もない。老若男女問わず誰でもスキルを使えば強くなれる。再現性が取れた信頼できるパワーアップ法だ。どちらが求められるかなど、明白だ。


「まあそういう事だね。アトリを倒せれば『発生率は低いけど効果は高い』というアピールになるはずだったんだけど、二度目の敗北でそれは――


 おい、ヨシュア。それは――そういう事か。ガッデム!」


 突如急変するアレンの口調。深層で何が起きているのかわからないタコやんと里亜は怪訝な表情を浮かべた。


『深層と地上では時間の流れが違う。


 そちらは浮遊カメラ配信により地上の観察者を置くことで時間軸のずれを修正していたが、そのカメラは今は起動していない』


『否定はしない。しかしこれが一番平和的な解決策だ。


 これを拒否するなら地上にあるあなたの懸念を押さえる必要がある。そこまで非道な事はしたくはないのだ』


(時間軸定点の保護とこの二人を人質に取った交渉? ブライアンの言うように、そんなのは脅迫だ。


 コイツはヘビーだね。そんなことされたら無敵のサムライでも逆らえない。これでジ・エンドか……!)


 深層での『交渉』をブライアンからテレパス越しで聞きながら、アレンは唇をかむ。おそらくこの宿周辺に強化人間が待機しているのだろう。アトリが断ればここに居る二人を襲おうために。


(ブライアン、ヨシュア、サイラス、デニス、イーノック、フレッド、グレッグの七名は深層。ザカリーは間違いなく事務室で書類の海に浸っている。僕を除いた強化人間は残り4名。


 ヘンリー、アイザック、ジョシュア、そしてアトリを最も捕えたいゼノ……!


 その全員がこっちに来ているとみてもいい。アトリを捕らえるために手段を選ばないのなら、戦力の逐次投入なんて真似はしないだろうからね……!)


 NDGがアトリの強さ調査ではなく確保に舵を切ったのなら、アトリを刺激せずに戦闘経験豊富なブライアンを単体で当てるなどと言う温い対応はしない。実際<第二世代>の5名を送り込んだのだ。……結果は散々だったが、あれはうまく行けばいい方と言った作戦だったのだろう。


 周囲にいるだろう四名の強化人間が動けばどうしようもない。タコやんと里亜は捕らえられ、アトリが頷くまで拷問にかけられるだろう。幸いにしてアトリは要求をのんだが――


「おいコラ、ジャパニメーションマニア。何があったか説明せい。


 その顔で『何もなかった』とか言ったらどつき倒すで!」


「よくない流れなんですね。教えてください!」


 どこか泣きそうな顔でアレンの胸ぐらをつかむタコやん。すがるような口調で懇願する里亜。アレンはポーカーフェイスができなかった自分を呪った。


「実は――」


 包み隠さずすべてを話すアレン。アトリが二人を盾に脅迫されていること。アトリがその脅迫に屈したこと。


 そして、NDGの強化人間が周囲にいて、アトリの返事次第でこちらを襲撃するために待機していることを。


「まあほら。NDGもサムライを殺すわけではないし。精神の安定の為とか理由をつければキミ達の面会も可能だと思うし。研究部が満足すればお役御免だしね。深層で観測定点なしになるよりは悲観した未来というわけでは――」


 必死に場を明るくしようとするアレン。死ぬわけではない。会う事だって可能にできる。研究がうまく行けば解放される可能性だってゼロじゃない。おそらく、たぶん。ウソでも二人を納得させないといけない。


 そうしないと――


「おい、テレパス電話。深層にいるあのアホにこの言葉伝えろ」


「ええ、馬鹿なこと言わないでくださいよアトリ大先輩!」


 そうしないと――この二人は火がついてしまう。


 アトリの親友は、アトリの為に得意じゃない戦いを仕掛けてしまう。人類を超えた強化人間相手に、勝ち目の低い戦いを。


「ウチが信じられんのかこのアホ! 天才的でタコ足なオーサカの女を舐めんな!」


「里亜の生存力を舐めないでくださいよ! 天から硫黄の火が降ろうとも逃げ切って見せますから!」


 叫ぶタコやんと里亜。アレンはその言葉を正確にブライアンに伝え、ブライアンはそれをアトリに伝える。


 この二人は馬鹿ではない。BDGの強化人間が弱いなんて思っていない。アトリがデタラメに強いだけで、一人一人が深層を進めるほどの強さを持っていることなど承知の上なのに。


「はよ戻って来い! 斬った張ったはお前の得意分野やろうが!」


「戻ってくるのを待ってます! アトリ大先輩!」


 それでもこの二人は叫ぶのだ。かけがえのない親友に帰ってきてほしくて。


 その言葉を受けて、アトリは脅迫を跳ね除ける。


 だがそれと同時に強化人間が動き出す。


 タコやんと里亜。地上におけるアトリの懸念を押さえ、脅迫するために。


「作戦開始」


 静かに、だけど確実に戦いは始まった。

 

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