拾捌:サムライガールは脅迫される

「なんと……。あの5人をこうもあっさり」


 ブライアンは強化人間5人を瞬く間に倒したアトリの動きに息を飲んでいた。


 自分より後に作られた<第二世代>の強化人間。彼らは<第一世代>と呼ばれるアレンやブライアンのような超感覚だけではなく、世界に変化をもたらす念動力PKも持っている。言葉通りの超能力者エスパーなのだ。


 その中でも上位に属する彼らは、ダンジョン深層で活動できるだけの実力を有している。今回の作戦で抜擢されなかったのは、能力が派手過ぎるからだ。『強力なスキル』という枠組みを超えた超能力。それを配信で晒すリスクを考慮したに過ぎない。


 逆に言えば、配信用の浮遊カメラを壊してしまえばリスクはなくなる。ヨシュアが最初に配信カメラを壊したのはその為だ。


「…………むぅ」


 そのアトリはというと、完全に停止した浮遊カメラの電源を何度も触り、カメラを再起動させようよしていた。だがレンズから入った弾丸が内部の電子機器をズタズタにしているので動く気配もない。


「困ったな。タコやんに怒られてしまう。配信を見ていた人達にも謝らねばな」


 カメラの復帰を諦めたアトリ。壊れた浮遊カメラを風呂敷に入れ、陰うつなため息をつく。その後でブライアンの方を向く。


「すまぬがあちらに倒れている者達の世話は任せていいか? 察するにあの方々もブライアン殿の同僚と思えるが」


「……確かに同じ組織の者だが……」


 アトリの願いに言葉を濁すブライアン。


 確かに襲撃してきた強化人間達はNDGの者だ。同僚という意味では間違いではない。


 だが彼らはブライアンの二度目の敗北と同時に襲撃してきた。状況的にアトリとブライアンの戦いを観察していたことになる。まず間違いなく『ブライアンが負けたらアトリを襲え』という命令をNDGから受けていたのだ。


 しかもブライアンはそのことを知らされていない。テレパシーを使えばどんな場所にでも伝達できるのに、あえて情報遮断されたのだ。ブライアンの知らない作戦が動いている。アトリに堂々と勝利するのではなく、なりふり構わずアトリを倒して組織に連れ帰る作戦が。


「待ってくれ。少し話がしたい。いいや、伝えないといけない事がある!」


 ブライアンはアトリを止め、分かっていることを説明した。自分がNDGという組織に所属し、そこで生み出された強化人間であること。元々の目的はアトリの実力を推し量る事だったが、それが変わってしまったこと。


「……えぬ、でぃ、じー。きょうかにんげん。


 つまり、その組織は某を捕まえようとして襲ってきた、と?」


 情報量の多さにアトリは軽く困惑するが、概ねは理解した。

 

「詳細はコイツラから聞ければ一番なのだが……」


 まだ完全に事態を把握していないブライアンはアトリが倒した5人の強化人間を見た。アトリに斬られて完全に気を失っている。応急処置をしたので死ぬことはないだろうが、半日は目覚めることはないだろう。


「その辺りの事情は私が説明しよう」


「……ヨシュアか」


 そんな声がブライアンとアトリにかけられる。細長い袋を背負い、足までのコートを着た男。ブライアンは警戒の色を込めて現れた者の名を呼んだ。


「安心しろ。私が受けた命令は『アトリのカメラを壊せ』だ。その任務が果たされた以上、敵対するつもりはない。


 事情を話すのも、ブライアンには8268585秒前に60976.75メートルの距離を送ってもらった礼を果たすだけだ」


「はっぴゃくにじゅうろくまん……びょう? ええと?」


 ヨシュアの言葉に頭をひねるアトリ。


「三か月ぐらい前に任務を終えたこいつを回収した事へのお礼って意味だ。


 細かい数字で話す癖は直せと言ったぞ。知らないヤツが聞いたら混乱するだろうが」


「数字は正確に測れ。狙撃手として当然の事だ」


「よくわからぬが、いろんな人がいるんだなぁ」


 当然の事だと語るヨシュアに、アトリは自分の知らない世界を垣間見た気がした。ヨシュアが異常なまでに細かすぎるだけなのだが。


「上層部は384789秒前に当初の命令である『アトリの敗北を配信し、強化人間の強さをアピールする』という計画を断念した。同時に新たな計画にシフトした。


 アトリを捕らえて、その強さを組織に転用する。その為に配信を止めて強化人間をによる襲撃。正確な辞令が下りたのは298765秒前。私はアトリから1762m離れた場所で待機し、狙撃を敢行した」


 384789秒前。ざっくり4日前である。時系列的にはアトリとサンダーバートの初戦から1日後と言ったところか。


「ブライアンに知らされていなかったのは、辞令を知れば反抗することがわかっていたからだ。ならばアトリを追う猟犬として機能させればいい。テレパスで位置を報告してもらい、そこに気付かれぬように侵入するためだ」


「俺の鼻をイヌ扱いしやがったか……! 確かにそんな辞令はクソくらえだがな!」


 ヨシュアの説明に激昂するブライアン。正々堂々とアメリカの勝利を願うブライアンからすれば、卑怯な手を使っての勝利など意味をなさない。むしろそんな手を使わなければ勝てない事を証明し、誇りが傷つけられて後に尾を引くだろう。


「ええと、すまぬ。いくつか分らぬ事があるのだが質問してもよろしいか?


 某を捕らえて強さを転用するというのが、どうも理解できなくて……。剣術指南でもすればいいのか? 正直、人に物を教えるのは苦手と言うかなんというか」


 どこかピントのズレた質問をするアトリ。実際アトリは口下手で、戦闘配信も『強いけど参考にはならない』と言われているほどだ。誰かに物を教えるなど経験したことがない。


「その辺りは研究部の仕事で詳しくはないが……」


 そう前置きしてからヨシュアは指折り『アトリの強さ転用法』を告げる。


「細胞からクローンを大量生産する。脳と神経をデータ化し、クローンに転写して実用性を図る。同質の筋繊維を作り、強化人間に転用する。薬物を用いて<第三世代>のモデルにする。


 研究部がやりそうなのはこの辺りか。本体である貴方は大事に保存されるので、命に別状はないだろう」


 要約すれば、アトリの細胞から全く同じクローンを作り出し、クローンの脳や筋肉や神経を利用して様々な強化人間の下地を作り出す。アトリ本人はクローンの元なので厳重に管理される。そう言っているのだ。


「む、むぅ。よくわからぬがあまり良い扱いはされぬようだな」


 理系に疎いアトリでも、真っ当な扱いではない事は理解できた。剣術を教えておしまい、というわけではなさそうだ。


「なんて方向に舵を切るんだ! 世界一の大国の誇りは何処に行ったっていうんだ!」


 怒りをあらわにするブライアン。大国の誇りはさておき、強さを得るために個人を捕らえ、言葉通り骨の髄まで利用しようというのだ。真っ当な感覚を持っていれば許せるものではない。


「すまないが、お断りさせてもらおう。えぬ……そちらの組織には悪いが、某もやりたい事ややらねばならぬことがたくさんあるので」


 手を振り、ヨシュアに拒絶の意を示すアトリ。深層にいるであろう姉と再会して戦う事や、タコやんや里亜と一緒に配信したい。そう言う理由もあってNDGの意には添えそうにない事を告げる。


「悪いがそちらはこちらの提案を断れない状況だ」


 ヨシュアはアトリにそう告げる。どういうことだとアトリが首をひねる。分かっていないアトリに説明するようにヨシュアは言葉をつづけた。


「深層と地上では時間の流れが違う。


 そちらは浮遊カメラ配信により地上の観察者を置くことで時間軸のずれを修正していたが、そのカメラは今は起動していない」


 アトリは言われて、初めて深層に入った時の事を思い出す。僅か数秒向こうにいただけなのに、タコやんたちからは10分近く連絡がなかったという。その問題を解決するために相対性理論を利用したとかなんとか。


 細かい事はアトリも理解していないが、浮遊カメラによる配信を行ってそれを見てもらうこと。その配信をコメントなどの形でアトリ自身が自覚できていること。地上と現地の観測者がいることで時間のずれを修正しているのだ。


 だがそのカメラは壊れている。配信は当然止まり、こうしている間にも地上とアトリの時間の流れは剥離しているのだ。


「我々強化人間は地上にいる同僚とテレパスにより繋がることで、時間軸のずれを修正している。そちらの配信と同じ原理だが、こちらはカメラなどの器具は不要だ。


 ここから一番近い移動門までは8789メートル。仮に時速10キロで走ったとしても3164秒かかる。地上とのズレは二次関数的に加速するといわれているので知人は皆老衰しているだろう。文明や世界が滅んでいる時間になるやもしれん」


 ヨシュアの具体的な数字はピンとこないが、最初に深層に足を踏み入れた時は数秒滞在しただけで10分のズレが生じたのだ。その千倍となればかなりの時間が経過する。それも等加速的にズレればの話で、観測者がいなくなれば加速的にずれは増していくという。


 つまり、ヨシュアが浮遊カメラを狙撃して壊した瞬間に勝敗は決していたのだ。5人の強化人間が勝てばそれでよし。負けてもこういう形で『交渉』ができる。


「安心しろ。今は私やブライアンが地上と繋がる観測者の形になっているので今の所ズレはない。だがどちらかが欠ければズレは生じる。


 つまりあなたはNDGに借りができたのだ。この借りを返すために協力してほしいのだが如何かな?」


 NDGが協力しなければアトリは友人の元に戻れない。最悪、滅んだ世界に戻る可能性がある。そうなりたくなければ協力してほしい。


 だがそれは決してお願いではない。


「ヨシュア、それは脅迫だ!」


 叫ぶブライアン。これはアトリの『時間』を押さえ込んだ脅迫だ。断ればアトリは知人とのつながりを時間的に断たれる。しかもカメラを壊したのはヨシュアなのだ。計画的にアトリを嵌めたと言ってもいい。


「否定はしない。しかしこれが一番平和的な解決策だ。


 これを拒否するなら地上にいるあなたの拠り所を押さえる必要がある。そこまで非道な事はしたくはないのだ」


 ヨシュアの物言いに、アトリは体を震わせた。地上でアトリが頼る存在。そう言われて真っ先に思い浮かぶことがある。


「……聞きたくないが聞こうか。地上における某の拠り所と言ったな」


 声に怒りを込めて、アトリは問う。自然と刀の柄に手が伸び、抜刀しそうになる自分をかろうじて押さえ込んだ。


「タコやんと里亜に、手を出そうというのか」


 そうであってほしくないという願いを込めて。あの二人に危険が及ぶと思っただけで、胃がひっくり返りそうな感覚になる。否定してほしい。ハッタリであってほしい。


「そうだ。大人しく協力するのなら手出しはしない。こちらも無駄な犠牲は出したくないのだよ」


 ヨシュアは否定しない。ただ静かに問いに答えた。それが嘘でもハッタリでもない事はアトリにも伝わる。深層に用意周到にコマを置く存在だ。地上にもコマを置いてもおかしくない。無駄な犠牲を出したくないのも、おそらく本当なのだろう。


 アトリはしばらく刀の柄を強く握っていたが……ゆっくりと手を放す。


「あの二人には手を出さないでほしい」


 絞り出すようにアトリは声を出す。。ここでヨシュアを倒したとしても、組織の別のモノが二人を襲うのだろう。……いや、ここまで計画的なのだ。既に二人の周りには刺客が潜んでいる可能性が高い。


 刀ではあの二人は守れない。そのことを痛感する。


「それは承諾してくれるということで問題ないか?」


 確認するように問うヨシュア。


「……相違ない。某は貴殿らの組織に――」


 アトリは俯くように頷――


「『ウチが信じられんのかこのアホ! 天才的でタコ足なオーサカの女を舐めんな!』」


 ブライアンが不慣れな関西弁を口にする。


「『里亜の生存力を舐めないでくださいよ! 天から硫黄の火が降ろうとも逃げ切って見せますから!』」


「……ブライアン? なにを――?」


 いきなり奇妙な事を言う同僚に何事かと問うヨシュア。


「なに、ただの伝言だ。地上にいるアレンからテレパスが飛んできてな」


 ヨシュアに告げた後、ブライアンはアトリに顔を向けて言葉を放つ。


「サムライ。お前は力なき者でも機転を聞かせて戦うと言ったな。守る必要はないと。


 どうやらそれはウソではないようだ。お前を想う者達は、サムライに卑劣な脅迫に負けてほしくないと叫んでいるみたいだぞ」


 さっきの言葉はタコやんと里亜からの叱咤。自分達を信じずに脅迫に屈しようとしたアトリへのメッセージ。


 そして、それはまだ続く――


「『はよ戻って来い! 斬った張ったはお前の得意分野やろうが!』


『戻ってくるのを待ってます! アトリ大先輩!』……と言っているみたいだな」


 急いで戻れと言う激励。アトリが戻る場所はNDGではなく、自分達の元だとばかりの主張。


 どこでこの状況を知ったのかはわからない。だけどあの二人ならこの状況を知ったらきっとそう言うだろう。アトリは唇を笑みの形に変え、瞳に溜まった涙を拭き取った。


「ああ、全く。あの二人は強いなぁ……」


 俯きかけたアトリの顔が上がる。


「すまないが前言撤回だ。借りは別の形で変えさせてもらおう。

 

 某には、戻る場所があるのでな」


 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る