拾漆:サムライガールは強化人間<第二世代>と戦う
「
その声は聞こえない。狙撃手は気づかれないことが前提だ。狙撃対象に気付かれるようなヘマは犯さない。聞こえない、という確信があっての言葉。相手に死を告げる。命を奪う事を意識し、引き金を引く決意を込めた言葉。
この言葉を呟いた事は、失態ではない。狙撃ポイントを確保し、数時間気配を殺し、最適のタイミングで引き金を引く。殺す相手に対して祈りに等しい言葉を放つことはけして間違いではない。
だが――
「――っ!」
アトリはその祈りに似た殺意を明確に察していた。狙う意図。自分ではない何かに向けられた明確な鋭い『何か』。その意図が理解できなくとも、遠く離れた場所からの想いだろうとも、殺そうとする意図を感じた。
マッハ2を超える弾丸が放たれる。銃口内に刻まれたライフリングにより螺旋を描く弾丸。ダンジョン内の空気抵抗が地上のものと同一ならば初速マッハ2.5近くの弾速は1.6近くまで減速される。
それでも並の人間が知覚できる速度ではない。秒速466メートルで迫る大きさ7ミリ程度の弾丸。そんなものに反応できる人間などいない。時速に直せば1677キロ。地上を走る車や列車の速度の比ではない。流星や惑星公転速度のレベルだ。
引き金を引いた狙撃手からの距離は2キロ強。0.001秒で届く弾丸。人体の反応速度は0.1秒が限界だと言われている。仮に気付けて反応して行動できたとしても、到底間に合うものではない。
ガコン!
スナイパーライフルの弾丸を受けて、アトリを映していた浮遊カメラが揺れる。下層や深層の環境にも耐えられる断熱性と装甲を持つカメラだが、レンズ部分の強度は弾丸に耐えられるほど高くはない。弾丸はカメラ内部にまで到達し、その機能を停止させる。
「む」
遠距離からの鋭い意志に気付いていたアトリは、異変に戸惑うことなくサンダーバードを引っ張って近くの壁に身を寄せる。弾丸が飛んできた方向を見ながら、刀の柄に手をかける。遠距離からの攻撃には慣れている。ある程度の方角は読めた。
「すまん。礼を言う。
この匂い……まさか、ヨシュアか?」
片腕を失い、引きずられるようにアトリに運ばれたブライアンは乱暴な扱いに礼を言い、そして鼻を動かして告げた。
「よしゅあ?」
「同僚だ。どういうことだ? アイツは待機状態だったはず」
サンダーバードの演技を止め、素に戻って疑問符を浮かべるブライアン。
ヨシュア。ブライアンやアレンと同じNDGの強化人間だ。裸眼で数キロ先を視認できる『
『ヨシュア。何故お前が深層にいるんだ!? どうして狙撃してきた!』
斬られていない腕でマスクを取り、テレパシーでヨシュアに問いかけるブライアン。いやな予感がする。ヨシュアは命令を逸脱して行動する性格ではない。待機命令を無視して自分を助けに来た、ということはあり得ない。
『命令だからだ』
ヨシュアから返ってきたテレパシーにブライアンはこぶしを握りしめる。命令。NDGの上層部がブライアンやアレンとは別の強化人間に命令を出したのだ。ブライアンにその命令が届いていないという事は――
『ギャハハハハハハハ! 気づくのが遅いんだよ!』
『アンタには逆風が吹いているのさ! リーダー気取りはお終いだ!』
『カビが生えたサムライは俺達が始末するってことなんだよぉ!』
『二度敗北とは美しくない。故に美しさを上書きさせてもらおう』
『これからは<第二世代>の俺達が主戦力ってことさ! ロートルは引退してろってことだよ!』
テレパスの会話に割り込んだのは、小馬鹿にしたような嘲笑。旧世代。強化人間プロジェクトは長期にわたる計画だ。アレンやブライアンなどの<第一世代>だけではない。それ以降の研究により、多くの強化人間が生まれてきた。
『サイラス! デニス! イーノック! フレッド! グレッグ!』
今ブライアンがテレパスで名を呼んだ五人の強化人間。それらはアレン、ブライアン、ザカリー、ヨシュアの後に生まれた強化人間だ。四人の研究結果を下地にし、更なる強化を得た強化人間達。NDGが<第二世代>と呼ぶ強化人間。
「まずは俺からだぁ! 『ネクロエレクトリシティ』!
戦争で死体がいっぱいだからなぁ! 駒はいくらでもあるぜ!」
アトリを見下ろす建物の上に立つサイラスが叫ぶと同時に、サメ兵士やこの街の住人だった樹木人間が起き上がる。生きてはいない。死体に生体電流を流し『生きているかのように』操っているのだ。
「勝負の風はこちらに吹いている! 『エアシフト・インプリズンメント』!」
空気の断層で作られた不可視の檻! 周囲一帯の空気が銃口だぜ!!」
サイラスの反対側に立つデニスが哄笑する。アトリを中心とした半径100mに真空の柱が28本形成され、それぞれが連結して檻状になる。サイラスが思うだけで真空の弾丸が内側に射出され、檻のどこにいても命中させることができる。まさに空気の監獄。
「時代遅れの武器を使うサムライなんざ、最強無敵の『サイコアームズストーム』で瞬殺だ! ダンジョン産の最新鋭武器の乱舞で時代とともに埋もれろ!
気持ち悪い武器だが、拷問にはちょうどいいかもな!」
アトリの目の前に現れたイーノックの周辺には、サメ兵士が使っていた歪曲した武器が無数に浮かんでいた。500を超える武器を同時に扱える念動力。一糸乱れぬ正確無比な動きで敵を穿つ最強のPK使い。
「泥にまみれた戦いなど美しくない。醜いものは処分せねばな。
この『レインボウガンブレイク』で全てを美しく塗り替えよう」
イーノックの隣でフレッドが髪をかき上げて虹の七色のクリスタルを浮遊させる。それぞれのクリスタルは独立した意思を持ち、イーノックの敵を撃つために光線を放つ。七色全てを束ねれて放つ光線は、戦車すら穿つ威力を持つほどだ。
(アトリの目線は現れた4人に注目している。こちらにはまるで気付いていない。
当然だ。それが『クロノファントム』の能力。時空の狭間にいるこの俺に気付けるものなどいない。死の瞬間までオレに気づくことはない。死とは忍び寄る一矢。滅びこそ全てを約定するのだ。時の狭間から闇が迫るなど誰が思おうか)
4人の強化人間の登場の裏でグレッグが静かにほくそ笑む。0秒と1秒の間に身を隠し、決定的な瞬間まで相手に気付かれない暗殺者。否、殺された瞬間も対象は致命傷に気づくことはない。その時間さえも『隠されて』いるのだから。
「うむ、よくはわからぬが……サンダーバード殿の御同輩という事でよろしいか?」
NDGや強化人間のことなどまるで知らないアトリは、どこか気の抜けたようにブライアンに問いかける。死体がよみがえり、真空の弾丸が狙いを定め、、無数の刃と七色の光が振るわれ、そして3次元的感覚では気づかれぬ位置に死が潜んでいる。そんな状況とは思えないほどに緩やかな声で。
「…………」
ブライアンは答えない。答えられない。これがNDGの命令だというのなら、自分はそれに従わないといけない。カメラを破壊して世間の目を遮断し、圧倒的な超能力を用いて捕らえる作戦なのだろう事は想像できる。
日本にいるアトリを無力化し、その強さを解明できれば祖国アメリカの発展につながる。アトリをベースとした強化人間が生まれれば、歴史は一変するだろう。三大企業脱却により、国民を導ける未来は遠くない。
(しかしそれは――!)
「やめろお前達! こんなことをして勝利してもアメリカの誇りにはならない!
名誉あるアメリカのために戦うのが俺達強化人間のはずだ! こんな卑劣な真似は――」
「誇りなんざどうでもいい! 勝てばいいのさ勝てば!」
「上層部はアトリ確保に舵を切った! 風はもうお前には吹いていない!」
「時代遅れのサムライに勝てない時点で作戦失敗なんだよ!」
「敗者の戯言は美しくない。そう、美とは勝者の為にあるのだ」
説得しようとするブライアンの叫びは、嘲笑でかき消される。アメリカのことなどどうでもいい。正々堂々と勝利するのが不可能なら、手段を選ばず相手を倒して無力化する。勝てばあとはどうとでもなる。
「勝てばいい。成程、わかりやすいな」
罵倒する言葉に頷くアトリ。正直なところ、強化人間や上層部などアトリには全く情報のない話だ。だが――
「ブライアン殿の敵討ちというわけでもなさそうだが、某と一戦交えるというのなら受けて立とう。
違うな。それだけの殺意を向けているのだ。楽しませてもらおうか!」
抜刀するアトリ。強化人間にもブライアンと彼らの確執にも興味はない。だがそこに戦いがあるのなら挑むのがアトリだ。五人の強化人間から向けられた鋭い意志をうけ、ニィ、と笑った。
「クレイジーめ、資料通りだな! 貴様の死体を操ってやるぜ!」
『ネクロエレクトリシティ』で生み出されたサイラスの操る死体の群れが。
「貴様に風は吹いていない! その意味を教えてくれよう!」
『エアシフト・インプリズンメント』から射出されるデニスの真空弾が。
「貴様の刀は1本。こっちは327本! 圧倒的物量を前に屈服しろ!」
『サイコアームズストーム』で繰り出された300を超えるイーノックの刃が。
「美しい強化人間の美しい超能力に倒されることを光栄に思え!」
『レインボウガンブレイク』でフレッドが生みだした七色結晶の一斉攻撃が。
(死の翼が汝を襲う。死の瞬間すら悟らせぬ黒き殺意を受けよ、サムライ)
『クロノファントム』で潜むグレッグが穿つ時空からの暗殺が。
迫る強化人間の攻撃を前に、アトリは息を吸いそして吐く。
「――ここか」
息吹と共にアトリは地を蹴り、戦場を駆ける。宙を飛び、移動しながら刀を振るった。
そして地に降り、刀を鞘に納める。
「「「「「がはぁ!」」」」」
鞘納めの音と同時に五人の強化人間は斬撃の衝撃で体を曲げ、そのまま悲鳴と共に倒れ伏した。
「バ、バカなぁ! あの攻撃全てを斬って捨てただと!」
「あれだけの距離を一瞬で詰め、俺達5人を斬ったのか!」
「たった1本の刀で、死体の群れと真空弾と無数の刃を対処したなど……ありえねぇ!?」
「美しい……これほどまでとは……」
「時の天幕に守られた俺さえも斬っただと……」
斬られた本人すら理解が届かない高速の斬撃。
「派手な攻撃で目を向けての影からの陽動。良い戦術だった」
アトリはグレッグの一撃を感知し、その上で強化人間達の戦術に気付いていた。その行動に、心の底から感謝の言葉を放つ。
「故にその全てを真正面から受け、全力で挑んだ所存だ。一糸乱れぬ動きをする死者の群れ。不可視にして強力な空気刃。この地の武装の波状攻撃。幻想的な七色の死の光線。そしていまだ理解できぬ位置からの必殺の刃。
その全てに感謝する。ありがとう」
アトリは倒れた五人に向けて頭を下げていた。
自分を倒そうとしたその意思に対して、心の底から感謝の言葉を述べていた。
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