拾陸:サムライガールはサンダーバードと戦う 二戦目

 アトリとサンダーバードの戦いは続いていた。


「うおおおおおおおおおおお!」


 サンダーバードは稲光る手でアトリを摑み、そのまま持ち上げて近くの壁に叩き付ける。そのまま全力疾走し、アトリを壁ですりつぶすようにする。


「ラァァァァァイトニング、シェイバァァァァァ!」


 そしてアトリを遠くに投げ、投げた腕を高らかに掲げるサンダーバード。


「っ、ぉ……! 御見事! 見事見事見事ぉ! あはははははは!」


 アトリは空中で回転して足から着地し、同時にサンダーバードへと距離を詰める。ノーダメージではない。雷撃のしびれと力強く叩きつけられて擦られた痛みは残っている。それでも、相手を称賛してそして高揚して笑う。


「いいぞ。いいぞ。いいぞ! 雷光走る腕も、そのパワーも、そしてそこから繰り出される技巧も!


 これで終わりなわけはあるまい。これで終わりなわけは無かろう! もっと、もっと戦おうぞ!」


 アトリは戦闘の喜びに震えていた。サンダーバードは強い。一刀両断されたアダマントの腕に対抗する術を用意し、その上で稲妻のしびれを起点とした近接格闘を繰り広げる。その事実に喜んでいた。


「クレイジー! 戦いそのものが望みとはな!


 だがその強さは本物だ! 圧倒的な敵を排してこその価値ある勝利! その勝利こそ、求める物だ!」


 戦いという過程を求めるアトリ。勝利という結果を求めるサンダーバード。


 求める物が違う戦士二人だが、その実力は拮抗していた。


「そちらこそ大した強さだ。斧による攻撃からの格闘。某の刀をうまく封じ、後の先を取れる体捌き。技術と研鑚を感じるよ」


 サンダーバードの腕にある斧。幾度斬り合っても、アトリはその斧を斬ることができずにいた。数多の木を斬ることに想定して作られた斧は、切れ味もそうだが耐久性が求められる。刃は分厚くて重く、元々の素材の硬さもあってか切断は容易ではない。


「当然。サムライを倒すために作られた武装だからな! アメリカを切り開いたポール・バニヤンの斧を名を冠するアダマントの斧! グランドキャニオンを作れるほどだからな!」


 サンダーバードは言って斧を持つ腕をアトリに向ける。


『<500EM>アトリの超後輩:ポール・バニヤン! アメリカやカナダの民話です! その涙で五大湖やミシシッピ川を作り、斧を振るえば山の木々全てを伐採する。日本で言うだいだらぼっちのような木こり巨人の伝承英雄です!』


 アトリの超後輩こと、里亜がスパチャを使ってコメント解説する。コラボをしていたのなら大声で叫んでいただろう。アメリカ開拓時代の伝説の超巨人。山も谷も川もないアメリカを開拓し、多くの地形を産み出したというほら話。


『流石超後輩! 解説あざっす!』

『やっぱりアダマントの斧か!』

『アトリ様を倒すために作ったとかどんだけか!』

『待て待て待て。ダンジョン魔物が何故アメリカ民話を模した斧を持ってる?』

『サンダーバードといい、アメリカまみれ過ぎないか?』

『って言うか……こいつ本当に魔物なのか……?』


 コメントも驚きに満ち、そして疑念を抱きだす。人間型の魔物がアトリにここまで執着し、しかも実在する大国をモチーフにした武装をしているのだ。そんな魔物がいるのだろうか?


「ふむ、大地を作った巨人の斧か。ならば容易に斬れぬのも無理はないか」


 里亜のコメントを見て、アトリが答える。その後で笑みを浮かべた。


「相手の素性など、某にとってはどうでもいい。強者が目の前にいて、そしてこちらに戦意をぶつけているのだ。


 それ以上のことなど些事。正体を探るなど余念を抱く時間がもったいない」


 アトリはサンダーバードの正体を知っている。同じ旅館のブライアン。事情は分からないが、相手が正体を隠したがっていることは分かっている。それを考慮し、正体を探ろうとするコメントに水を差すように告げたのだ。


『<500EM>謎のタコ:相変わらずの狂戦士頭脳やな! 戦闘スキーもここまでくると笑えるネタやわ! お前らもそう思わんか?』


 そして他のコメントが割り込むより先に『謎のタコ』ことタコやんがいろいろ察し、スパチャを使ってコメントの流れを変える。相手の正体を探るのではなく、アトリの戦闘を楽しむ流れに。


『確かにアトリ様らしい!』

『やっちまえ、アトリ様!』

『考えるな、戦え!』

『うーん、とってもアトリ様!』


 コメントもその流れを察したのか、サンダーバードの正体を探るコメントが消えた。タコやんの誘導も大きいが、花鶏チャンネルに求められているのが戦闘であることもある。


「……すまん、感謝する」


 サンダーバードはカメラに拾われない程度の小声でアトリに謝辞を告げる。地上のアレンからテレパシーでコメントの内容と流れを説明されたのだ。アメリカを誇りに持つあまり、興が乗って喋りすぎた。そのことを恥じ、流れを変えてくれたアトリ達に感謝した。


「何のことやら。何度も言うが、某は戦えればそれでいい。


 むしろこんなことで戦う理由を失った、などと言う流れになるほうが悲しい事よ」


「安心しろ、それはない。


 全力のサムライに勝ち、我らの価値を示す」


 サンダーバード――強化人間ブライアンは静かに告げる。アメリカという国家が三大企業脱却を目指して作られた強化人間。その価値を示し、祖国に希望を与えるのだ。大空を自由に羽ばたく雷鳥。大地を切り開いた巨人。その名に恥じぬ功績を。


(アトリに勝利し、新たなアメリカの伝説を示す!)


 決意を込め、斧を振り上げるサンダーバード。アトリの攻撃起点である刀を封じ、その後で稲妻を纏った格闘技を仕掛ける。打つ、払う、掴む。相手の体制に合わせて柔軟にかつ素早く仕掛ける。この連続攻撃こそがサンダーバードの戦略。


『来た!』

『斧を受ければまた打撃で攻められる!』

『避けても摑まれてさっきの二の舞だ!』

『斧を装着している腕を斬れば行けるんじゃね!?』

『無理。角度的に斧を避けて斬れない!』

『それをさせないように相手も警戒している!』

『受けれず避けれずって詰んでない、これ!?』

『つーか、相手の反応が良すぎなんだよ! アトリ様の刀がまるで当たらない!』


 コメントにもあるように、アトリがどう動いてもサンダーバードは対応していた。ブライアンがもつ『超嗅覚センスオブスメル』により、アトリがもつ日本刀の香りを察知されているのだ。


 眼による視認。『超嗅覚センスオブスメル』による嗅覚での察知。二重の感覚がサンダーバードの回避力の理由。回避だけではない。アトリの次の動きも察知し、先読みするように動いているのだ。


(どう動く、サムライ? 受けるか。避けるか。受ければ打撃を。避ければ掴む。カウンターを仕掛けるタイミングもまるわかりだ!)


 斧を振り下ろしながらサンダーバードはアトリの挙動を注視する。『超嗅覚センスオブスメル』で刀の匂いを警戒し、積み重ねた戦闘経験で動きを読む。


 動いた。右斜めに前進し、刀をこちらに振るう。カウンターか。ブライアンの鼻はアトリの動きを完全に捕らえていた。


「させるかサムライ!」


 振り下ろした斧は空を切る。しかしアトリが移動した先にサンダーバードは、刀の腹を払うような動きで腕を突き出していた。雷撃迸る掌がアトリに迫る。アトリの刀はアダマントの腕で弾かれて見当違いの方向に飛んで――


(刀を、自ら手放した――?)


 ブライアンがアトリの行動に気付いたのはコンマ2秒後。アトリはカウンターを先読みされることを見越して、脱力したのだ。初めからこのカウンターを当てるつもりはない。前みたいに予備の武器で反撃するつもりか。


「それも読めている!」


 予備武器に手をかけるアトリ。だがその動きは完全にとらえていた。『超嗅覚センスオブスメル』を全開にし、鉄の動きを意識する。今は鞘の中に収められて薄いが、抜刀すれば濃くなる。その瞬間に回避行動に移れば――


「感覚がいい、というのも困りものだな」


 ガツン!


 アトリの言葉がサンダーバードの耳に届く。それと同時に鼻に強い衝撃を受けて、もんどりうつサンダーバード。


「それゆえに陥る落とし穴があるのだから」


(なにが起きた……!? 『超嗅覚センスオブスメル』は完全に発動している。サムライの日本刀の鉄の匂いを完全にとらえていた。絶対に抜刀はされていない!


 つまり、という事か!)


 痛覚の中、サンダーバードは自分を襲った衝撃の正体を知る。刀の柄。かしらと呼ばれる柄の先端。刀を鞘に納めたまま鞘を摑んで突き出し、柄の先端をサンダーバードの鼻にぶつけたのだ。


『は?』

『刀の柄をぶつけた!?』

『どういう事!?』

『確かに意表をついた攻撃だけど、あのレスラーなら避けれそうなものじゃないか!?』

『確かにめちゃくちゃ速い動きだったけど』

『明らかに虚を突かれたように食らったぞ!』


 コメントも混乱している。アトリの攻撃は消して遅いわけではないが、日本刀本来の動きではない。邪道技ゆえに本来の抜刀からの攻撃に比べれば威力も低いし速度も劣る。


 なのにサンダーバードは避けれなかった。確かに意表を突いてはいるが、これまでの動きから視認しての回避はできそうなものだったのに。


(まさか、こっちが匂いで鉄の動きを捕らえていることがわかって抜刀せずに攻撃したというのか!? たった二回の戦いで、『超嗅覚センスオブスメル』の特性に気付いたというのか!?


 なんというバトルセンス! 戦いに滾っているのに冷静沈着! こちらの超感覚の特性を理解し、その打開策を考案し、躊躇なく行動する! これが、サムライアトリの強さ……!)


 ブライアンはアトリの強さに触れ、そして理解する。アダマントの腕や稲妻の腕などものともせず、薬剤で生まれた超感覚など易々と攻略する。ただひたすら刀を振るい、多くの戦いを超えた日本のサムライの強さを。


「能力に慢心したわけではなかろう。このような技は次は通用しないだろうよ」


 抜刀し、アトリは言う。これは優れた感覚を持つが故の落とし穴。二度と通じぬ騙し技。


「だが今回は某の勝ちだ」


 振り上げる一刀は、逆風。刀は真下から真上振り上げられ、アダマントの斧腕を肩から切り落とした。


「ああ、全てその通り。この戦いに慢心はなく、そして次は通じないだろう。


 そして俺の負けだ、サムライ!」


 斬られた義手が地面に落ちる。その音と同時に膝をつき、首を垂れるサンダーバード。


「良き戦いであった」


 アトリは納刀し、サンダーバードに向けて頭を下げた。


『IPPON!』

『勝負あり!』

『いい勝負だったぞ!』

『おおおおおおおおおお!』

『腕、切断!』

『最後はよくわからないけど、目に見えない読み合いがあったと見た!』

『解析班よろしく!』

『アトリ様の大勝利!』


 アトリの勝利を喜ぶコメントが乱舞する。


 ――そんな戦闘を、遠くから見る者がいた。


 その者は普通の人間では持ちえない超感覚で2キロ離れた場所にいるアトリとサンダーバードを見ている。地に伏して地面と同色の布をかぶり、狙撃銃を遠く離れた二人に向けている。銃を支える義手は金属でできており、コンマのぶれもなく銃を支えていた。


「Requiescat in Pace」


 安らかに眠れ。そう呟いて、その強化人間は狙撃銃の引き金を引いた。


 

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