▼▽▼ モウソウだらけの情報交換 ▼▽▼

『某の想像できぬ知識をもってガジェットを作り、ダンジョンを解明しようとする者がいる。


 痛みや死を受け入れ、何度も魔物に挑んでゆく者がいる。


 彼女達は弱くはない。……――』


「ホンマ、あのアホは……」


 タコやんはリアルタイムで配信されているVSサンダーバード戦を見ながら、そんな事を呟いた。


「タダで守ってもらえるんやったら、ウチは大歓迎やわ。何でもかんでも人に振んなってな。


 力に守られたいもんもおんねんから、巻き込まんといてほしいわ」


「うへへー。里亜はいくらでも頼られますよ。そういうふうに思ってくれたなんて嬉しい限りです。


 タコやんだって嬉しいくせに。何かあったらアトリ大先輩はタコやんにいの一番に頼ってくれますからね」


「嬉しないわ。不器用なアホが頼るからしゃーなしで相談乗ってるだけや」


 上機嫌な里亜の言葉を手を振って否定するタコやん。ただ口元は少し嬉しそうに緩んでいる。アーカイブ化したらもう一回ぐらいは再生してもええかも、と思っている。ほんま、しゃーなしやで。


 タコやんツンデレちょろいなぁ、と里亜は思うが口にはしない。


「ワオ! 強いねぇ、アトリ! ジャパニメーションもびっくりだ!」


 そして同じ場所でアトリチャンネルを見ているアレンは純粋にアトリの剣技に喜んでいた。立場としてはブライアンことサンダーバードの勝利を望んではいるが、それはそれとしてアトリの冴えには舌を巻く。


「ところでこんな場所に呼び出すとはどういう事だい、レディ?」


 タブレットから顔を上げ、アレンが問いかける。


 こんな場所。ここは多胡旅館の駐車場だ。とはいえ車は旅館の物とアレン達の車しかない。砂利を敷き詰めた程度の屋根のない空き地。そこにアレンとタコやんと里亜はいた。


「しゃーないやろ。アンタをうちらの部屋にあげるわけにもいかんし、逆もアウトや。フラットな状況創るなら、外で話すんが一番やからな」


「フラット?」


「お互い罠も仕掛けもない、平等な状況という意味です。


 端的に言えば、里亜達はアレンさんを疑っています」


 里亜の言葉で、駐車場の空気が凍り付く。実際には何の変化もないが、アレンとタコやんと里亜を包む空気は確実に――


「アンビリバボー! 探偵は誰だい? 密室トリックは!? 氷やワイヤーを使ったアリバイ崩しは!? 嵐の館で孤立する準備は万全さ!」


「古臭い探偵アニメやなぁ」


「時代が進むにつれて使えなくなるトリックって多いですよね。


 主に連絡関係。公共機関に応援を呼べない陸の孤島とか、もう無理筋もいい所ですよ」


 凍り付いた空気をアレンがかき混ぜて戻す。タコやんと里亜はそれを冷静にツッコんだ。


「NDG。ネットワーキング・バイ・ディヴァイン・ジーン」


 空気を戻すように、里亜は単語を告げる。アレンのちゃらけた表情が硬くなった。


「アメリカで作られているダンジョン攻略用の強化人間。人体にダンジョン素材の義手義足をつけた武装集団。


 アレンさんとブライアンさんはそこから来たのだと睨んでいます」


「……証拠は?」


 声質に硬いものを含め、アレンは問い返す。


 アレンも二人は有能だと思っていたが、こうも早くに到達するとは思っていなかった。怪しまれていることは察していたが、所属団体がバレるようなボロは出ていない。


(せいぜいが切り落とされたサンダーバードの腕をアメリカ製だと感づかれる程度。NDGと断定できるだけの証拠はないはずなのに……。


 侮ったつもりはないが、見立てが甘かったか……?)


 内心でタコやんと里亜をどうするかを考えるアレン。上層部がこの事を知ればどう思うか。スカウトを試みて、断るなら実力で捕えるか……正直、平和的に終わるとは思えない。心苦しいが――


「ないで」


 肩をすくめて笑いながら、タコやんは答えた。


「ワ、ワッツ?」


「証拠なんかないで。全然、まるっきり、これっぽっちもないわ。


 疑っているだけで物的証拠はまるでなし。ウソ、捏造、作り話。こんなの与太話もええ所や」


 あっけにとられるアレンに対し、タコやんはヘラっと笑いながら言葉を続ける。


?」


 タコやんの言葉にアレンはハッとなる。


 この二人は『アレンとブライアンがアメリカの有名組織出身なんだ!』という妄想をしている前提で話をしているのだ。少なくとも建前は。証拠も何もない。


 アレンとしてもこのことを報告して変な命令をされるのはたまったものではない。最悪、この二人を殺さなければならないのだ。あくまで妄想。そんな大前提で話をしようというのだ。


「オッケー。理解した。あくまで妄想。イフってことだね。NDGの強化人間になりきってお相手しよう。


 困ったことがあったら全部国家機密って言えばいいから、楽なロールプレイだよ」


「分かってくれて嬉しいわ。お返しにこっちも応えられる程度にアトリの事に関する質問は受け付けたるで。


 アイツの3サイズは100・100・100な。身長体重も100」


「じゃあ里亜からは『アトリ大先輩の得意教科はエスペラント語』です」


 互いに捏造するという前提。そんな奇妙な情報交換が始まる。当のアトリが聞いたら渋い表情をしそうな情報ウソである。


「乗ってくれて嬉しいわ。まあ、乗る思ってたけどな」


「アレンさん……NDGからしても、里亜達が余計な事をしてアトリ大先輩に警戒させるのは本意ではないでしょうしね。


 NDG……今襲っているサンダーバードの組織の目的は『アトリ大先輩のスペックを計る』事でしょうからね。ノイズが混じって本来の実力が図れないのは本意ではないはずですし」


「ワォ! なんでそう思ったのか教えてもらってもいいかい?」


 アレンはオーバーリアクションで驚き、里亜に問い返す。目的までバレてるのは驚いたので、こっそり冷や汗をかいていたりする。


「そんなん、あのビリビリレスラーの挙動見たら一発やわ。アトリを殺そうというんじゃなく、明らかに真正面からタイマン勝負挑んでるからな。あれが魔物やなくて人間や、って仮定したら目的はそれしかないわ。


 しかもアイツが戦闘後でバーサーカーエンジンかかってる時を狙ってやからな。列車の時もそうやけど、戦争中の現場にたまたまいたとか言わせへんで」


「強化人間がアトリ大先輩の存在を邪魔に思い、本気で排除したいなら不意打ち闇討ちが基本です。なのにわざわざ真正面から。つまり排したいのではなく戦闘が目的と考えるのが妥当です。


 まあアトリ大先輩が闇討ち不意打ちだまし討ちで負けるとは思いませんけどね!」


「……オッケー。キミ達の慧眼には驚きだ。目的は『強化人間がサムライアトリとどこまで戦えるか』だよ。……と、NDGの強化人間なら答えるんじゃないかな」


 降参だ、とばかりに手を上げてアレンは二人の意見を肯定し……申し訳程度にそう言う演技だと付け加えた。


「カグツチとタカオカミ。深層Tierの魔物を単独で切り裂いたサムライ。その配信が世界中で流れ、多くの組織が揺らいだのさ。その実力もあるが、何よりも彼女が三大企業に所属していない存在だからだ。


 ……あー、そう言えばアトリに関する質問に答えてくれるんだったよね? 彼女の流派スタイルは何? やっぱりサツマなのかな?」


「お姉ちゃん殺法らしいで」


 タコやんは当人が聞いたら『確かに師は姉上だが、その名前は流石に』とツッコミを入れそうな嘘をついた。肩をすくめてタコやんはそのまま話を続ける。


「まあわかるわ。企業所属やったらスキルや装備のテコ入れで倒したんや、って考えるけどアイツの強さはそんなん関係ないデタラメやからな。そりゃ波乱あるわ」


「オウ! マイゴッデス! ジャパニメーションにおいて最強存在の『姉』から学んだスタイルはまさに無敵! 姉より優れた妹は存在しないです!


 三大企業からの脱却を考えている者は多く、しかしダンジョンというフィールドにおいて三大企業を超えることは不可能。スキルシステムを超える『武装』は無く、スキルを超える技術を会得しなければ三大企業を超えることはできない。


 だけどサムライアトリが現れてそんな常識をイットーリョーダン! しかもスキルもアイテムも際立ったモノはないからまた驚き。モモノ木サンショウノ木?」


「三大企業はダンジョン黎明期からスキルシステムによりダンジョンを攻略していったと聞いています。先行してダンジョンの素材などを確保し、新しい物質や技術などを提供して一気に覇を唱えたと。


 世界はダンジョンを中心に三大企業が全てを支配しています。その状況を三大企業以外がブレイクするには、企業を超える技術が必要。それがアトリ大先輩の剣技で、NDGはアトリ大先輩に対抗できる……というアピールが襲撃の目的なんですか?」


「イエス! ……と、NDGの強化人間なら答えるんじゃないかな?」


 里亜の説明に指を鳴らして答えるアレン。その後で苦笑交じりに付け加えた。


「つまりあいつをどうにかしたい、っていうよりは配信中に乱入して負かせてやろ、っていう魂胆か。


 ならどうでもええか。まあ配信割込みやから迷惑行為やけどな」


「確かに配信マナーには抵触しますよね。とはいえ、想定していたよりはマシな脅威度でよかったです」


 アレンの話を聞いたタコやんと里亜は安堵したように肩をすくめる。さっきまでの緊張した空気は払しょくされ、少し気の抜けた表情でアレンを見る。


「フゥム? アトリを狙っているというのに何でそんな顔をするのかな?


 もしかして、お二人は薄情な性格だった? 友達が襲われて助けなきゃ、とか思わない?」


「アホらし。そもそもこの話は全部妄想や。アンタはただの日本かぶれの旅行者。そんな妄想信じて行動するとかあり得へんで」


 アレンの言及に答えるタコやん。今回の話はあくまで『そう言う妄想話』だ。アレンが本当にNDGの強化人間なわけはなく、そんな人間が勝手に想像した組織の話だ。そういう事になっているのだ。


「いやそれは――」


「仮に、もしも、億に1つの確率で、アンタの妄想通りにその組織が動いたとしてもや」


 さらに言い募るアレンに、タコやんと里亜は天が落ちてもそんなことはないとばかりに自信満々に言い放つ。


「このアホが戦闘で負けるわけなんてあらへんねん」


「はい。アトリ大先輩が負けるなんてありえません」


 タブレットの中で戦うアトリを指さし、絶対の信頼をもってアトリの親友達は言う。


「…………」


 アレンはあっけに取られて、言うべき言葉を失った。アトリは強い。一度ブライアンにも勝ったし、今回も勝つと予想するのは正しいのだろう。


 だけどこの二人は、それとは別の理由でアトリの勝利を確信していた。いいや、アトリが負けるはずがないと信じている。つきあいの長さ。身内びいき。そんなモノではなく、もっと別の理由で。


「エクセレント! 確かにサムライはサイキョーファイターだものね!


 それが証明されればNDGは二度も恥を晒すことになって日本から撤退するじゃないかな。リスクが高すぎてやってられませんからねぇ」


 二人の態度とセリフに絆されたのか、清々しい表情でアレンは言う。そうであれば気が楽になる。ニンジャとゲイシャは見れなかったけど、サムライとその友人たちは見れた。旅の土産には十分だ。


「これも妄想ですけどね!」


 言ってアトリとサンダーバードが戦っている配信を見るアレン。同僚には勝ってほしいが、アトリにも勝ってほしい。複雑な気持ちながら、心が躍っているのは否定できなかった。

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