拾伍:サムライガールはサンダーバードと戦う

 金属と金属がぶつかり合う音が響く。


 響きあうのはアトリの刀とサンダーバードの斧。


 何度も何度も打たれて幾重にも鉄を重ねられて作られた日本刀が振るわれ、最硬と言われたダンジョン素材アダマントで作られた斧がぶつかり合う。


『アトリ様と切り会うとは!』

『また真っ二つだぞ!』

『いや、打ち合えてる!』

『むしろ斧の質量で日本刀が押されてる!』

『切られることを想定していない腕と、武器の打ち合いを想定した斧だ。こうなるのは自明の理よ』

『材質も腕と同じアダマントなのか!?』

『わからんが、そう考えるのが妥当だろうな』

『とはいえ、斧に電撃は通ってないようだな』


 コメントが指摘するように、サンダーバードはアトリと切り合いをするために新しい腕を用意したそうだ。厚い金属を叩いて斧にした武装。鋭さよりも耐久性を重視した斧。


 それに加えて――


「これでもくらえ!」


 斧を装着していない腕を振るい、アトリに殴りかかる。雷撃を纏ったジャブ。アトリはそれを避けるが、それは技の入り。そこからロー&ミドル&ハイのキックが迫る。その足にも触れれば痺れるほどの稲妻が走っているのだ。


「くっ……!」


 アトリはその連続攻撃を避けきれずに、頭を蹴られて吹き飛ぶ。稲妻だけの蹴りではない。魔物ですら昏倒させるほどの威力を持つ蹴りだ。体格で劣るアトリは蹴られるままに地面を転がった。


『蹴られた!?』

『アトリ様が近接戦で負けた!?』

『はあああああ!? あり得ないだろ!』

『あの斧は攻撃用じゃなく、アトリ様の刀を受ける盾みたいなものか!』

『だからと言って斧の攻撃を無視できない。受けるか避けるかしないと真っ二つだ!』

『受けて攻撃するだけ? アトリって簡単に攻略できるんだな』

『んなわけない。アトリ様の刀なんか簡単に受けられるわけないだろうが』

『後の先取れるのも、アトリ様の動きについていけるのが前提』

『ついでに言えば、さっきのワニ指揮官みたいに隙見せれば高速で刀翻して反撃されるからな』

『つまりアトリ様に簡単に切られないだけの技術を持ち、隙なく攻撃を仕掛けなければならないのか』

『あの電撃レスラーはそれだけの実力を持ってるってことか……』

『ふざけた見た目をしているのに技巧派かよ!』

『魔物を見た目で判断するのは危険だぞ』

『とはいえ、アレはわからんでもないがな。どう見てもイロモノ系だ』


 アトリが倒された事実に色めくコメント。それが偶然でもないのは有識者のコメントでもわかる。サンダーバードの実力の高さも語られる。


 そのサンダーバードは蹴った足を戻しながら、油断なくアトリを見て呟く。


「大したもんだ。蹴られる瞬間に自分から転がって威力を殺すとはな」


「それ以外に道はなかった。そこまでしても完全には避けきれなかったがな」


 頭を振りながら起き上がるアトリ。サンダーバードの言うように、頭部への蹴りを腕で受け止めて、同時にベクトルを殺すように自ら蹴られた方向に転がったのだ。


「恐ろしい蹴りだよ。威力も高く、雷による痺れもある。気を抜けば意識を持っていかれそうだ」


「ガハハハ! 気を抜く気などないだろうによく言うぜ! こっちこそ気を抜けば首を刈られそうだったぜ!」


 称賛するアトリに対し、サンダーバードは首元を撫でながら答えた。斧を突き出すような構えを取り、腰を下ろす。


 比喩ではない。事実アトリはサンダーバードの首を狙っていた。サンダーバードも鋭い殺意を嗅覚でかんじていたのだ。


 笑みを浮かべながらアトリはサンダーバードとの距離を詰める。刀と斧が交差し、激しい音が響く。


「全くだ。気など抜くなどもったいない。楽しくて楽しくてたまらないかなあ!」


「クレイジーだぜ。命のやり取りだってのに楽しいとかどんな神経してるんだか」


 サンダーバードとの戦闘を喜ぶアトリに対し、辟易したように答えるサンダーバード。刃物で切り合い、命を奪うほどの打撃を繰り出され、恐怖ではなく嬉しそうにするなどおかしいといわれても仕方ない。


『うむ』

『確かに』

『せやな』

『ホンマに』

『全くだな』

『言い返せねえ』

『返す言葉もないな』

『正論! まさに正論!』

『襲いかかったオマエが言うな、とは思うがアトリ様がおかしいのは否定できない』

『魔物に言われちゃ世話ないわ』

『アトリ様がおかしいなど今さらだからな』

『観てる俺らも時々忘れそうになるけど、アトリ様の倫理観はバーサーカーだからなあ』


 そしてサンダーバードの言葉に、弾幕のようなコメントが飛ぶ。アトリを擁護するものではなく、むしろサンダーバードの意見に同意するものばかりである。


「むぅ、解せぬ。強き者との戦いに血が滾らぬとは。


 サンダーバード殿も戦場に身を置いていたではないか。この地に戦いを求めていたのではないか?」


 コメントに不満を感じるようにアトリが唇を突き出して言う。サンダーバードはアトリより先に街に入り、ワニ兵士を倒している。そこに自分と同じ何かを感じていたのだ。


「オイオイオイ! 俺はこの町を守るために侵略者を倒していただけだぜ! 戦闘は街を守る手段であって目的じゃない!」


 アトリの問いに手を振って答えるサンダーバード。曰く、町が攻められて町が破壊されていたのでワニ兵士たちを倒したという。そうしている間にアトリがやってきたという流れだ。


「ふむ。サンダーバード殿はこの町に知己でもいるのか?」


「いいや、ここに来るのは初めてだ。街の奴ら……植物っぽい人類だったが、そいつらも最初は俺を見てびっくりしていたがな」


「分からぬな。戦いを求めておらず、知人というわけでもない。なのになぜサンダーバード殿は戦うのだ?」


 切り結びながら問いかけるアトリ。唾競り合いの状態になり、その状態のままサンダーバードは答える。


「決まってるだろう。大いなる力には大いなる責任が伴うからだ!」


 力を込めてアトリを押し返し、斧ではない手を胸に当ててサンダーバード――ブライアンは叫ぶ。


「この力は強い。下層魔物はもちろん、深層魔物と渡り合えるほどだ! それだけの力を無責任に使うことは許されない!


 力あるなら、その責務を果たす! 英雄が人を守るが如く! 大国が世界を守る警察であろうとするが如く! それが力を持つ者の責任だ!」


 大いなる力には大いなる責任が伴う。アメリカのマンガで有名になったセリフだが、言葉自体は権力を持つ者に対する戒めとして古くから使われている。力を持つ者は責任を持て。さもなくば、力による悲劇を生むことになるだろう。


「戦争による略奪など許されぬ事! そして俺にはそれを止めるだけの力がある!


 ならば止めるのを躊躇う理由はない! 躊躇えば命が消える! サンダーバードの力は平和を守るためにある!


 力なき者を守る事こそが、力ある者の責任なのだ!」


 それが俺の正義だ、とばかりに胸を張るサンダーバード。


『おお、なんかカッコいい!』

『ヒーローって感じだな!』

『戦う理由が力による責任か。考えさせられる』


 サンダーバードの言葉に頷くようなコメントが流れる。確かに立派な思想だ。力を持つ者が責務を果たさなければ悲劇が生まれる。守る力があるのだからそれを振るって守るのは当然だ。


「ふむ。某を見て襲い掛かったのは、街の人を襲う兵士の仲間と思ったからか? なら誤解は解いておこう。某は彼らとは無関係だ」


「それは承知している。だがそんな殺気を携えて街中に入ってくれば、街中の人達も襲うと勘違いされても無理はないさ。


 実際、襲撃されたら反撃するつもりろう?」


 サンダーバード――ブライアンはアトリがダンジョン外の存在だと知っている。そしてその性格も把握している。街を守るためにやってきたのだはない。戦いを求めてやってきたのだ。街の人が襲ってくれば――


「当然だ。挑んでくる相手に手加減などせぬ。深層に住む者の強さは刺激的だからな」


 そんなのは当たり前だとばかりに答えるアトリ。戦いがあれば戦う。侵略者だろうが被害者だろうが関係ない。他人の事情など関係ない。如何なる理由であれ、戦いを挑まれれば応じるのがアトリなのだ。


『うお、ひでぇ!』

『言い切った!』

『アトリ様ブレないなぁ!』

『アトリ様が深層を進む理由は姉の件もあるけど戦闘だからな』

『最近は姉探しよりも強者探しに躍起になってるし』

『一応、姉も戦闘スキーだから強い相手を求めればいずれ出会う、という理由はあるんだよ』

『まあ、昨今は建前化してるけどな』

『ヒーローチックな意見とは真逆すぎる』


「全く、とんだ虐殺者カーネイジだ。正義も何もあったもんじゃねぇな。


 やはりサムライはここで討つべきか。大いなる力を持つ大いなる国のために!」


 そして再び交差するアトリとサンダーバード。斧+格闘技のサンダーバードに刀で対抗するアトリ。


「かーねいじ、の意味は分からぬがニュアンスはわかるぞ。必要以上に命を奪った者といったところか。


 否定はしない。某はダンジョン内で多くを斬った。それを否定はしないし、だからこそここまで強くなれた」


 虐殺したことを認めるアトリ。これまでの道程において、戦いを回避することもできただろう。斬らずに済んだ戦いもあったのだろう。多くを斬り、命を奪い、そうしてアトリは進んできた。


 そうして得た力と技量をサンダーバードにぶつけながら、サンダーバードの目を見てはっきりと言い放つ。


「まだ未熟な某だが、一つだけ言わせてもらおう。


 力なき者などいない」


「何……?」


「サンダーバード殿は強い。それだけの武力を誰かを守るために使うその誇りも含め、強いのだろう。自らを力ある者、と豪語するのも納得だ。


 だがそれ以外の力もある」


 斧と格闘。雷光纏いし拳と蹴りを身をひねり避けながら、退くことなくアトリは攻める。


「某の想像できぬ知識をもってガジェットを作り、ダンジョンを解明しようとする者がいる。


 痛みや死を受け入れ、何度も魔物に挑んでゆく者がいる。


 彼女達は弱くはない。確かにサンダーバード殿と戦えば一蹴されるだろうが、彼女達なら暴力以外の別のやり方でサンダーバード殿を圧倒するだろう」


 アトリの脳裏に浮かぶのは、一緒に歩んできた親友達。ガジェットを駆使するタコやん。危険地帯でトークン配信を行う里亜。


 暴力では勝てずとも、別の『力』で乗り越えると信じている。


「あのレディたちは――」


「彼女達だけではない。この世界で生きる者は、みな何かしらの形の『力』を持っている。


 ダンジョンで糧を得るもの。ダンジョンで得た糧を加工する者。ダンジョンに入らずとも、生活を支える者。疲れた戦士を癒す者。


 何の力のない者などいない。皆が皆、何かしらの能力を持って生きているのだ」


 そこまで言ってから、サンダーバードに一閃する。サンダーバードに受けさせるための横なぎの一閃。


「これはただの暴力だ。斬り進み、命を奪うだけの力だ。暴力に長けているというだけで、劣る者を守らなければならないという責任はない。


 それこそアホな傲慢だとツッコミを入れられるだろうよ」


 アトリは自分の剣術を誇らない。


 それは自分がまだ未熟と思っている部分もあるが、剣術以外の素晴らしい『力』を知っているからだ。自分にはできない親友達のやり方。その知恵や行動を素晴らしいと思っている。


 だから――


「力があるから守るなど烏滸おこがましい。


 理不尽に襲われたのならそれぞれの力を合わせて、どうにか乗り切るよ」


 人類最高級の剣術を会得し、単独で日本を破滅させかねない深層魔物を斬って倒したアトリはそれを誇らず思想に掲げず、困ったら協力するのが一番だとばかりに誇りある強化人間に告げた。


 

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