拾肆:サムライガールは戦火に身を投じる

「では、配信を開始しようか」


 そんないつも通りの言葉とともに、花鶏チャンネルの深層配信は開始された。


『待ってました!』

『今日の深層配信だ!』

『今日はコラボじゃないんだ』

『みたいね。アトリ様だけっぽい』

『それでもアトリ様の剣技が見られるのなら!』


 開始と同時に沸くコメント。そしてコメントにもあるように、今日はコラボではない。


「うむ。今日は某だけの配信だ。二人の解説とトークがないので面白みに欠けるだろうが、ご容赦してほしい」


『そんなことは……あるけど問題ありません!』

『口下手でも見てて楽しい!』

『っていうか、深層配信しているのはアトリ様だけなんだから!』

『むしろその口下手さがいい』

『↑ 分かる』

『↑ わかりみが深い』


 タコやんや里亜のコラボ時にはタコやんの見地や里亜の間を埋めるトークなどでコメントが沸くこともあった。アトリ一人だけでは盛り上げにかけるのは確かだが、花鶏チャンネルを見に来ている人はアトリを見に来ているのだ。


『前の配信では焼け爛れた高原だったっけか』

『何もかもが乾燥して、草一本内殺風景な場所だったな』

『無数のサンドパペットと砂トロルが襲って来たよな』

『砂斧ガルバドギスはいいヤツだった……』

『戦士の誇りを感じさせる、いい戦いだったな』


「うむ。素晴らしき戦いであった。変幻自在の砂の斧。砂というフィールドを自在に操る砂魔術。そして何よりも威風堂々たる砂トロルの生き様。


 ふふ、やはり深層はいい。強き者が集っておる。ああ、素晴らしかったぞガルバドギス殿」


 前回の配信を思い出すコメント。アトリもそのことを思い出し、そして戦いを思い出して鋭い笑みを浮かべる。相手の矜持に感銘を受けることはあるが、アトリは基本戦闘狂であった。


『アトリ様、相手の誇りよりも強さに喜んでる。或いは悦んでる』

『し っ て た』

『いつものこと』

『どうしてこうなった?』

『どうしてもこうなった』

『どうしてもこうなる』

『まあ、アトリ様だし』

『相手に敬意は抱いているのよアトリ様も。でも其れはそれとして強い奴と戦うのは楽しいだけで』

『強かったかそうではないか。アトリ様にとって大事なのはそこだ』

『マジでそうだから何も言えん……』


 アトリとて相手の思想や生き様を否定しているわけではない。それはそれとして、強者との戦いに愉悦を感じているのだ。アトリ自身もそれを否定しない。


 熱風を含んだ高原を抜けた先に広がるのは――


「戦争、だな」


 アトリの言葉が目の前の状況を端的に示していた。


 光源から見下ろした先に見えるのは大きな壁を持つ町。その一角が破壊され、そこから四本足の獣の群れが街中になだれ込んでいる。壁の向こう側は見えないが多くの煙が上がり、応戦している声が聞こえてくる。


『うは、マジで戦争だ』

『文明的には中世ヨーロッパと言ったところか』

『いや、その期間1500年ぐらいあるからな。ざっくりしすぎ』

『襲っているケモノは……ワニっぽい何かか? 鱗があってサメみたいな顔してるぞ?』

『ダンジョンの魔物を地上の常識で推し量るなど無意味な事よ』

『おそらく調教されてるな。後ろで命令下している奴がいる。そいつもワニっぽい肌してるけど』

『兵器なのか兵隊なのか。どちらにせよ攻め側が優勢みたいだな』

『だな。城壁破られて突入された時点でお終いだ』


 状況はコメントが語る通り、ワニのような人類が壁を破って突入していた。相手の猛攻を防げなかった時点で防衛側は大きく不利になる。街中の煙は増え続け、被害は瞬く間に拡大しているようだ。


「戦場か。滾るな」


 そして戦闘大好きアトリには、心躍る展開であった。刀を抜き、燃え上がる街に向けて一気に走って行く。


『アトリ様、戦闘モード!』

『戦いがあるなら突撃するぜ!』

『しかしこれ、どっちに参戦するんだ?』

『どっちとは?』

『え? 戦争って基本敵味方分かれるだろ? どっちの味方をするのかなって?』

『戦争なんて基本どっちもどっちだからな。正義も悪もないぜ』

『まあ普通に考えたら、人間ぽい種族がいればそっちの味方かな?』

『攻めてるのはワニっぽい人型種族だからな。まあ人類に近いと言えなくもない』

『あるいは攻めている側を止めるために参戦するか。戦争を止める為なら、一応大義名分は立つか?』

『↑ キミ達はまだアトリというサムライを分かっていない』

『へ? どういうこと?』


 攻める側と攻められる側。アトリがどちらの味方をするかを予想しているコメントだが、古参のコメントがその流れを変えた。


「何者だ! 所属を名乗れ!」


 突撃してくるアトリに対し、指揮官らしいワニ人間が問いかける。


「某は花鶏チャンネルのアトリ! 戦の空気に煽られた者よ!」


「アトリ……? 分からんが、敵か! 迎撃せよ!」


 ワニ人間からすれば意味不明なアトリの名乗り。だが手にした日本刀と明確な殺気を敵意と受け取り指令を出す。


『アトリ様は正義とか悪とか大義名分とか関係なく、戦いがあれば戦うんだよ』

『は? いやいやいや! ちょっと考えなさすぎじゃない!?』

『戦争のイデオロギーとかそういうのは!?』

『モラルなさすぎだろ、それ!』

『はっはっは。何をいまさら』


 古参のコメントが指すように、戦いがあれば挑むのがアトリというサムライ。そして戦いを挑まれれば拒みはしない。たとえ両方の陣営から攻撃されたのなら、両方の陣営に刃を向けるだろう。嬉々として。


「マカル・パリノヴァの援軍か! 我がヒ・エレの餌となれ!」


 2mほどのワニに騎乗したワニ兵士がアトリに迫る。手にしているのは幾何学的に曲がった棒状の武器。歪曲した棒にはワニの歯であろう尖った突起物がたくさんついていた。


『何じゃあの武器!? ヒ・エレって武器の名前か!?』

『サメの歯を木刀につけたテブテジュって武器はあるが……それのワニ版?』

『ショーテルみたいな曲がり具合だぞ。盾持ち相手対策か?』

『ただの棒に見えても深層素材だ。鉄並みに堅い可能性だってある』

『あの歯だって深層魔物の一部だぞ。見た目通りのネタっぽい武器なはずがない!』


 からの――


『鎧袖一触!』

『通り抜け様に武器ごと斬ったあああああ!』

『は? あの武器もろかったのか?』

『んなわけないだろ! 斬られた武器が地面に落ちた時に凄い音したぞ!』

『つーか、地面に埋まってる。めちゃくちゃ重そうだ!』

『相手の動きも凄いぞ! 騎馬戦の突撃とかマジで怖い!』


 ワニ兵士たちを一気に切り捨てて進むアトリ。一気に指揮官まで迫り、襲い掛かる。


「手練れか。だがここで止める!」


 両手に歪曲剣を持ちアトリに挑む。片方の曲剣でアトリの刀を絡めとり、もう片方の曲剣でアトリの首を狙う。攻撃と防御がほぼ同時。知らぬうちに相手の首を狩るカウンター技。


「な、にっ!」


 しかしアトリはその技を予測していたかのように刀を跳ね上げる。からめ捕ろうとした曲剣と触れる寸前に刀は翻り、首を狙う曲剣を持つ手を切り裂く。返す刀でさらにもう一つの手も切り取った。攻防同時攻撃に対し、高速の一閃で対応する。


「なんという速さ! いいや、真に恐るべきはその技の深さ! 同時攻撃に即座に対応し、武器の軌跡を変化させた柔軟な技と経験……!」


「そちらも見事。奇妙な武器だがその特性を生かした精練された技。軍隊で学ぶ技と言ったところか」


 両手を切り落としたアトリに敬意と共に放たれるワニ指揮官の言葉。アトリもその言葉に応じるように言葉を返し、軽く頭を下げた。


『瞬殺!』

『いや、今何が起きた!?』

『アトリ様にかかれば指揮官だろうと問題なしよ!』

『いや、相手の動きも凄かった。武器を絡めるのと首を狩るのと同時にやってたぞ』

『は? 二回行動? 大魔王か?』

『魔王かどうかはともかく、そう言う軍隊格闘っぽい』

『え? あの武器ヤバくね?』

『アトリ様の技もヤバいけどな!』


 コメントも何が起きたか分かっていない。まさに刹那の攻防。後にスロー再生で検証され、それで何が起きたかを理解できるのだ。


「マッムヨラドノ隊長!?」

「撤退だ! 負傷者を優先して後退!」

「殿はゲッホハルマが務める! 急げ!」


 ワニ指揮官が両腕を斬られたことを知ったワニ軍隊は即座に撤退の指示を出す。副官らしいワニが信号弾らしい何かを打ち上げ、その間に他のワニ兵士が陣を布きながらアトリから間を開けていく。


「もう戦わぬか。さらばだ。感謝する」


 相手に戦意がなくなったことを察し、刀を納めて一礼するアトリ。だがワニ軍隊は油断しない。向かってくるなら斬る。アトリからそんな圧力をひしひしと感じていた。ワニ軍隊が完全に撤退した後に、アトリは街に目を向ける。


「戦争はまだ続いているようだな」


 アトリが攻撃したワニ軍隊はこの戦争に参加した一部隊でしかない。既に突撃して街中に入っているワニ軍隊もいるのだ。その舞台はまだ街中で戦っている。アトリは笑みを浮かべて走り出した。


『戦闘継続!』

『嬉々としたアトリ様の笑顔が……いつもの狂戦士微笑みが』

『冷静になって考えたら、よく知らない戦争に勝手に介入するとか酷い話だ』

『しかも戦いたいから、とかいう自分勝手な理由で』

『ワニ軍隊も見た目よりはきっちりした人間(?)ぽいのに』

『それがアトリ様だからなぁ』

『ダンジョンに入って魔石奪ったりアイテム強奪している時点でモラルとか気にするだけ負けだ』

『少なくとも戦いを望まない相手は襲わないから、アトリ様は』

『っていうか戦意のない相手に興味がないだけ』

『善悪関係なく、戦う気があるかないかで判断している』

『それはそれで迷惑だがな』


 アトリの行動に大した様々なコメントが流れる。そんな中アトリは崩壊した町の壁に近づく。そこには――見知った顔があった。


「ハッハッハー! やってきたなサムライ!」


 稲妻の手足を持ち鷲意匠のレスラーマスクとスーツを着た大男――サンダーバードだ。ここで戦っていたのだろう。その周囲には10を超えるワニ兵士が倒れていた。


 だが前回の戦いとは、一つ違う所があった。斬られた腕部分に斧のような刃物が装着されている。


「これは珍客だな。いや、訪れたのは某の方か」


 アトリはサンダーバードから向けられる殺気を受け、抜刀する。薄く笑みを浮かべ、構えをとった。


「リターンマッチと行こうか。今度は簡単には斬れないぜ!」


 言ってサンダーバードはアトリに向かい襲い掛かる。


 ――サムライVS強化人間。ラウンド2、ファイト!

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