拾参:サムライガールは御就寝

 多胡旅館でのアトリの生活ルーチンは、ほぼ決まっていた。


 起床は朝五時。同室のタコやんと里亜を起こさないように着替えを済ませて外に出て、早朝のトレーニングを行う。ストレッチの後に山道をランニングし、近くの川辺まで出たらすり足移動と素振り。そして遠い山へむけて発声練習。


 山道を戻るころには朝食の時間。二人も目を覚ましているので部屋で朝食を食べながら雑談と配信の相談。その後はリモート授業を受け、それが終わったらダンジョンまでランニング。そして2時間ほど深層配信を行い、ランニングでも旅館まで戻る。


 温泉で汗を流した後に夕食。その後はタコやんや里亜と雑談し、就寝。そんな毎日だ。


「ホンマ、京都おる時と生活パターン変わらんなぁ。飽きへんか?」


 そんな就寝前。寝巻用の浴衣に着替えたアトリに、タコやんが呆れたように呟いた。


「この鍛錬の積み重ねこそが強さにつながるからな。タコやんもどうだ?」


「やめとく。ウチは頭と足で勝負する配信者やからな」


 あくびをしながらそんなことを言うタコやん。タコやんの動画は科学動画だ。戦闘のウェイトは低い。魔物に対する対策は『足』であるガジェットに頼っているので、肉体を鍛える意味は低い。


(『京都にいる時』のアトリ大先輩の一日を知っているタコやんも流石ですよね! もー、この関係が羨ましい!)


 里亜はタコやんの発言を聞いて、したり顔で頷いていた。つんけんどんに見えてアトリに対する理解度が高いタコやん。そこに尊敬を感じつつ、いえいえ負けませんよと対抗心を燃やす。そんないろいろ面倒な自分を自覚している里亜であった。


「で、それが新しい『足』なのか?」


 機械を組みなおしているタコやんを見ながらアトリは問いかける。いつも背負っている八本足アームを分解して、新しいものを組み込んでいる。そしてその新しいものというのが――


「それ、アトリ大先輩が深層からもってきたサンダーバードの『手』ですよね、それ。手を足にするとかちょっと変ですけど」


「タコは肉食やからええねん」


「金属だが?」


「甲殻類も食うからな。とはいえ、この金属硬くてなぁ……さすがにここで加工は無理か」


 タコやんがガジェットに組み込んでいるのは、アトリが斬り落としたサンダーバードの手だ。アダマントの装甲にミスリルゴーレムのコア、そしてライトニングカーバンクルの宝石。


 外装のアダマントを加工するのは手持ちの工具では無理だが、ゴーレムコアと宝石の取り外しは難しくない。それを取り入れ、ガジェットの性能アップを試みているのだ。とはいえ、簡単にはいかないようである。


「アンタの刀、この金属で作ってもろたら強うなるとおもうけど?」


 アトリが切り取ったアダマントの義手を持ちながらタコやんが問う。実はこの質問は二度目だ。アダマントを鍛冶で刀にできるかどうかはわからないが、そうすればアトリはより一層強くなるのでは? そんな問いに、


「どうなのだろうな? 刀が良くなれば強くなるというのは目指している形と違う気がするのだ。


 思考錯誤と切磋琢磨。基礎の積み重ねと行動の理解。その行動を疑い、壁を乗り越える。それこそが強さだと思うのだ」


 アトリは最初と同じ答えを返した。教えを守り、それを疑い、そして乗り越える。守破離と呼ばれる教育法。武装強化ではなく、自分自身の強さしか興味がない。アトリはそんなサムライだ。


「さよけ。まあ、アンタはそういうヤツや。そう言う『道』とかに拘ってばええわ」


 ぶっきらぼうに手を振り話題を終えるタコやん。


(ええ、わかってますよ。アトリ大先輩がそう言う達観していることも。それでも自分で出来る範囲で協力したいタコやんも!


 タコやんがアトリ大先輩がいないときに鍛冶関連の書物見てるの知ってますからね!)


 そして里亜はそんなアトリとタコやんを見てうんうんと頷いていた。そんな里亜に気付かず、タコやんとアトリは『腕』に関する会話を続ける。


「コアも規格あわへんし、宝石も電圧安定せぇへんからなぁ。根元から腕斬ってくれたら何とかなったかもしれへんけど」


「いやすまぬな。あの状況ではあれしか斬れず。次に戦った時は挑戦してみよう」


 言ってアトリを見るタコやん。アトリは申し訳なさそうに頬を掻いた。


「いつでも再戦できるような口ぶりやなぁ。何か知ってるんか?」


「え!? そ、そんな事はないぞ。うむ、ダンジョンは広いとはいえ縁が結ばれたのだから再度会うこともできるだろうというか」


 ジト目で問いかけられ、目をそらして答えるアトリ。サンダーバードことブライアンがすぐ隣の部屋にいることは秘密にすると言っている。そう言った手前、喋るわけにはいかなかった。


(なーんか隠してるのバレバレやねんなぁ……)


(どう見ても何か知ってます、って挙動ですよね)


 タコやんと里亜は必死に誤魔化そうとするアトリを生温かい目で見ていた。アトリはウソが下手な性格だ。ウソをつくのも悪意があるわけではなさそうなので、無理に聞き出す必要はなさそうである。


「ウチは悲しい! トモダチに隠し事されて泣いてまうわ!」


「あうあうあう。いやその、これは隠しているとかではなく。タコやんに悪意はなくてだな……」


「ウチとアンタの仲に隠し事なんてないって信じてたのに! ウチは悲しくてやり切れへんわ!」


「もー。タコやんからかいすぎですよ」


 まあそれはそれとして、ウソバレバレでゴマかそうとするアトリの態度が面白そうなのでからかうタコやんであった。頃合いを見て里亜が止めに入る。


「へいへい。まあウチもナンボか隠してるしお互いさまってことで。


 調整はこんな所やな。今日は一日改造で終わったわ。明日もももうちょっと弄ってみるか」


 舌を出して手を振り、改造中のガジェットに話を戻すタコやん。規格が違う動力を組み込み、不安定なエネルギーを安定させる。しかも長期で使うので頑丈さも必要。改造の手間はまだまだ増えそうだと頭をひねっていた。


「という事はタコやんは明日も旅館に籠ることになるのか」


「せやな。なんや、オーサカ案内でもしてほしいんか?」


「いや。なら家族との交友を深めるのはどうか……と思ってな。せっかくの実家なのだし」


 少し強引な流れで家族交流を進めるアトリ。自分でも話の展開が急すぎることは理解しているが、それでもタコやんには家族……と言うか父親と話をしたほうがいいと思っていた。


「まあ、機会あったらな」


 タコやんもアトリの気持ちを理解しながら、流すように言葉を返す。家族の話題になると、タコやんはいつもこうなってしまう。


「そんなこと言って全然話をしないじゃないですか」


「オカンと兄貴には話してるで」


「まあそうですけど」


 旅館サービスの関係上、仲居の母親と料理人の兄とは多少の会話をする。だが支配人兼主人である父親とは機会がないに等しい。実際アトリも里亜も最初に挨拶されて以降は時々廊下ですれ違う程度だ。


 とはいえ、タコやんの気持ちも理解できないわけではない。有名配信者になると啖呵を切って家出したのだ。それなりに有名な配信者にはなったが、それでもバツが悪いのは間違いない。


 父親の方もタコやんたちを『お金を払ってくれる客』として扱っている。身内だから差別はしないというのはプロ意識として正しい。


 そういう事もあって、アトリも里亜も言葉で促す以上の事はできなかった。力技で二人を強引に会わせても、何か発展するとは思えないのだ。互いに意地を張って無言を貫き、我慢比べに耐えきれなかった方が先に帰る。そんな未来が予想できる。


「タコやんも相当に頑固ですからねぇ」


「我が強すぎるのも考え物か」


「個性の強さで言えばアンタら二人も大概やけどな」


 タコやんの性格に呆れる里亜とアトリに、タコやんはお前達には言われたくないとばかりに言い放つ。斬るの大好きサムライガールと、痛いの大好きトークン娘。ちょっと我の強いオーサカの女などかわいいモノだ。


「とにかくこの話はおしまい。明日もはよ起きて朝練するんやろ? 寝よ寝よ」


 手を振って強引に話を終えるタコやん。アトリも里亜もこれ以上は無意味と悟ったか、促されるままに布団に入る。そのまま電気を消して就寝についた。吸い込まれるように眠りにつく。


「といれー」


 暫くしてそんな事を言いながら里亜が起き上がり、部屋の外に出る。そして用を済ませてすぐに部屋に戻って布団に入った。


「はふ。流石に眠いですね」


 廊下に響くそんな小声。外に出た時に作った里亜のトークンだ。トークン里亜は足音を忍ばせてアレンとブライアンの部屋に近づいていく。


(状況的にアレンさんが怪しいのは間違いないし、そうなるとブライアンさんも無視できないんですよね。


 部屋にカギぐらいかけてるでしょうから、ドアからこっそり聞き耳ぐらいしかできませんけど……)


 何か聞ければラッキー程度の隠密活動。相手の情報が皆無なので判断に悩むなら、その情報の断片を手に入れるべし。


(タコやんのメカで盗聴できれば楽だったんですけどね)


 サザエタコみたいな小型のガジェットであの二人を調べません、とタコやんに持ち掛けたところ、ものすごく嫌そうな顔をされたのを思い出す。


『まあその、客同士やしな。プライバシーは保護せなあかんっていうか。バレたらいろいろ困るって言うか。旅館内はあんまり荒らしたくないって言うか』


 歯切れが悪いが、旅館内の客に迷惑をかけたくないという意図は伝わった。なんだかんだでこの旅館の名誉は守りたいようだ。素直になれよー、とからかったら無言で足を蹴られた。解せぬ。


(なんていうか、あの二人の経歴が読めないんですよね。名のある配信者とかじゃなさそうですし。配信を行っていないダンジョン探索者はいますから情報がないのは珍しくありませんけど。


 ただペコス・ビルの強さは異常です。ジンを捕らえた投げ縄や消滅させた銃もそうですが、どこか動きが妙でした。相手の次の動きを意識せずに縄を投げたら相手が捕まった。そんな感じです)


 里亜はペコス・ビル――アレンの動きを思い出しながらそんなことを考える。


 戦闘とは読み合いだ。自分がもちうる攻撃手段に対し、相手がどう防御するか。それを予測してカウンターをするか。フェイントするか。数多の魔物に襲撃されてやられている里亜だからこそ、読み合いの重要さは理解できる。読み合いに勝てば生存できる可能性が高まるのだ。


 あの時のアレンはジンの動きを見ていなかった。あらゆる願いを叶えるジンの行動パターンは多彩だ。予測することなどできず、下手に動けばカウンターを食らいかねない。なのにそうすることが最善手とばかりに躊躇なく縄を放ったのだ。


 相手の実力を計らずに攻撃を仕掛ける。投げ縄自体に自動追尾機能があるとはいえ雑にもほどがある。ただの馬鹿なのか、アトリのようにデタラメに強いのか、或いは――


(相手がどう動くのかが事前に分かっていた……?)


 そんな馬鹿なと思いながら、それが一番腑に落ちる回答だ。アレンはまるでジンの次の動きが分っていたかのように行動していた。


(もう寝ているかもしれませんし、無駄骨になる可能性は高いですけど……)


 アレンとブライアンの部屋に近づき、ドアに耳を当てて意識を集中させる。聞こえてくるのは――足音。ドアに向かって急いで近づいてくる。そして、


 ガラッ!


 ドアが開かれ、アレンとブライアン――新しい義手をつけたのか、腕はすでに治っている――がしゃがみ込むこちらを見ていた。里亜はギリギリドアから離れ、お腹を押さえて蹲っているポーズをとる。


「うーん、少し食べ過ぎました。ここの料理は量が多すぎなんですよねー」


 そんなことを言って誤魔化す。間抜けで情けない。死にまくって数を稼ぐ里奈のキャラを演じる。


(この人達はしっかり見ないといけない。この人達は、アトリ大先輩の敵だから)


 いつものスパイ活動なら、見つかる前にトークンを解除して逃げている。だけど今回は敢えて相手の反応を見るためにトークン解除を行わなかった。直の反応。直の感情。それを見なければいけないと里亜の勘が告げていた。


「………………」 


 タイミング的にはセーフだが、二人の視線はこちらに疑念を抱いている目だ。いや、里亜が何かを盗み聞こうとしていたと確信している目だ。


(これは疑われてますね……。ドアに耳をつけた瞬間に二人同時に走って出てきてしかもこの表情。


 ドアの向こう側から里亜が盗み聞きしようとしたのをリアルタイムで『知った』としか思えません。監視カメラとかはなさそうですし、そう言うスキル? でもスキルシステムは持ってないですよね……。


 異常に五感が優れている……とかですか。ドアの向こうに気づくぐらいに? ありえます、そんな事?)


「えへへ。すみません、お騒がせしました。失礼しますね」


 お腹を押さえて立ち上がりながら、そんな事を考える里亜。流石に超感覚という未知の領域には至らないが、アレンとブライアンの持つ能力にかなり近づいていた。


「………………」


 里亜が部屋の中に入るまでアレンとブライアンはその背中を見続けた。その後で小さく息を吐いて扉をしめる。


「看破されたな。アレン。


 お前があの二人に能力を見せた結果だぞ。軽率だったな」


 ブライアンは油断ない声で相棒に告げた。里亜の活動を見抜き、その見地に敬意を抱いたうえで隙を見せたアレンへの戒めとして。


「ソーリー。でもあの状況で見捨てるわけにはいかないしね」


「それは同意するが、任務に支障が出る可能性が出てきたな」


「ラブアンドピースと行きたいんだけどねぇ。サムライアトリを調べてる、なんて知ったら髪の毛が金髪になって怒りそうだ」


「どういうことだ? 実はアメリカ人だったという事か?」


「アメージング! 伝説のジャパニメーションを知らないなんて!」


 そんなことを言いながら二人のアメリカ人は部屋に戻る。


 何でもない一幕ではあるが、決定的な一幕。交渉の余地が断たれた一夜。


(……あのアホサムライに何するか知らんけど、手ぇ出すなら容赦せんで。


 ガジェット強化も急がんとな。ペコス・ビルに勝つには全然足らんわ)


 布団の中で悶々とするタコやん。


(里亜にできる事は調べる事だけですからね。失敗失態恥辱無様。笑われても情報を得られれば里亜の勝ちです。


 アトリ大先輩の勝利のために何でもしますよ!)


 同じく決意を胸に秘める里亜。


(大国アメリカの為に、勝ち続けなければならぬ。


 許せよサムライガール。その栄光を打ち砕き、栄誉を返り咲かせてもらう)


 祖国アメリカの為に勝利を誓う強化人間。


 アトリを凌駕したい強化人間。アトリを守りたいタコやんと里亜。


 言葉なく、互いの決意はここに示された。

 


  

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