▼▽▼ 虚偽報道者の成れの果て ▼▽▼

「ふざけるなあああああああ! ……ああ?」


 間宮敏夫は三つの願いをジンに告げた後に魔法的な力で飛ばされた。目覚めた場所はダンジョンの外。夜空報道社の自分のデスクの上だった。


「どういうことだ? さっきまでダンジョンにいたはずなのに……」


 夢でも見ていたのか、と思ったが背中が痛むのを感じる。タコやんに投げられて思いっきり痛めたのだ。召喚石がなくなっていることも含め、夢ではないのは確実である。


「おい、お前ら起きろ!」


 間宮は同じようにデスクに突っ伏している仲間達を起こし、状況を確認するために話を聞く。しかし要点を得た話は得られない。間宮と同じくダンジョンにいたはずなのにいつの間にかここで寝ていたのである。


「くそ、わけが分からんぞ。とにかく今回の動画は使えんな」


 間宮は頭を掻いて、ダンジョン内での出来事を思い出して唾棄する。虚偽報道の証拠をタコやんに撮影されていたのだ。相手のチャンネルで配信されたり訴えられたりすれば厄介なことになる。


「隠れて撮影とか卑怯なことしやがって!」

「ちょっと手加減したら暴力振るうとか。しつけががなってないガキが!」

「大人を何だと思ってやがる!」


 そしてその怒りの矛先はタコやんに向かった。ネガティブキャンペーンを行っていた自分達を棚に上げ、言いたい放題だ。


「間宮さん、あのガキ達にもお灸をすえてやりましょうよ!」

「配信から適当に切り抜いて、合成すれば行けますよ!」

「メディアに逆らうとどうなるか教えてやろうぜ!」


 そして怒りは暴走する。自分達をコケにしたやつは許さない。破滅するまで追い詰めてやる。土下座して謝罪してもネタを元に苛め続けてやる。


「いいな、それ。アトリの周りにいるザコ共はこんな奴らでした、ってことで企画すれば予算も降りるだろうぜ。他の局を出し抜けるかもな!」


 そして間宮もその中の一人だ。相手は子供で格下だ。調子に乗って優位に立ったつもりかもしれないが、それは勘違い。大局的に見ればこちらが強いのだ。そんなことを根拠なく信じていた。


 タコやんと里亜の配信を見て、俗な噂をそれに当てはめる。曰く、タコやんのガジェットは自作ではなく●●大学から盗んだ物だ。曰く、里亜の配信は都合のいいヤラセ配信だ。いかがわしい店で働いて金銭を稼ぎ、その金で人を雇って数字を稼いでいる。


 裏取りなど必要ない。求めているのはセンセーショナルな記事だ。あの女は実は体で名声を買っていた。子供がズルして有名になっただけ。それだけで興味を持たれる。これまでそれで通してきたのだ。今回も問題ないに決まっている――


「ボツだ。こんな企画が通せるか」


 だが間宮達の企画は全部却下された。苦虫を噛み潰したような上司に、何故と問いかける間宮達。


「我が社が訴えられた。多くの虚偽報道に関して、侮辱罪が適応されるとな!」

「は? そんなの無視すればいいでしょうが。これまでだってそうしてきたじゃないですか」


 夜空報道社はこれまで偏向報道や虚偽報道を行ってお金を稼いできた。そうして貶めた人達は基本泣き寝入りし、裁判に挑む者にはこちらも弁護士を雇って黙らせてきた。アトリの件もそうすればいいのに。


「それができれば苦労しないんだよ!」


 上司は机を叩き、間宮の意見を却下する。


「アトリ側はかなりの資金を使って弁護団を雇ったんだよ! これまで見たいな一般人を黙らせてきたのとはわけが違う!

 他の局も同じように訴えられているらしいからな。もうアトリ関係で稼ぐのは無理なんだよ!」


 アトリ側の弁護士――アトリの叔母のヒバリは多額を投じて弁護士を雇い、アトリ関連の偏向報道や虚偽報道に対して裁判を起こしていた。普通の人はお金の問題で出来ない多数の弁護士による圧力。報道陣は流石に手を引かざるを得なかった。


 ヒバリもアトリに対するバッシングには怒りを感じていたが、それだけではここまで行動をしない。この件にはアトリからのテコ入れがあった。


「私の貯金を使ってもいいから、こういった報道を止めるように動いてほしい」


 アトリからかかってきた電話に疑問符を浮かべるヒバリ。アトリがメディアの報道など気にするような性格ではないのは知っている。だが続く言葉を聞いてヒバリは納得した。


「その……私には言わないけど、タコやんと里亜がこの件で動いていそうなので。二人には迷惑をかけたくないから、こういう報道を止めてほしい」


 友達のため。タコやんと里亜がアトリの為に動いてくれるように、アトリも二人の為に動きたい。その気持ちを受けて、ヒバリは全力で弁護活動に力を注いだのだ。


「金に物を言わせて訴えた!?」

「そうだ。それもかなりの金だ。下層で採れる魔石やアイテムがどれだけの値段で取引されると思ってる? 深層となればさらに値段は跳ね上がる。アトリはその深層魔石やアイテムを毎回の配信で数十個は持ち帰っているんだ。

 資金面では勝てっこないんだよ!」


 訴訟の成否など関係ない。深層の素材や魔石を持ち帰れるアトリにはかなりの資金がある。それを使われれば一報道社などひとたまりもない。その事実をメディアは知らされたのだ。


「ふ、ふざけるな! こういう金持ちの圧力に負けないのがメディアの使命なんじゃないですか!」


 あまりの手段に言葉を失う間宮だが、メディアの正義を掲げて言葉を返す。もっともその正義は他人を貶めるための手段でしかなく、自分の卑劣さを隠す為の傘でしかない。その傘も行動を伴わない薄い傘でしかないが。


「そう思うんならお前達だけでやれ! 会社は関係ないからな!」


 上司はそんな間宮を切り捨てるように言った。流石の間宮も会社の後ろ盾なしで報道する気はない。自分で言ったようなメディアの使命など全く持ち合わせていない。自分が良ければそれでいい。それだけだ。


「なんなんだよ! ヘタレすぎだろ、うちの会社!」


 そしてその夜。間宮達は仲間達と夜の街に繰り出し、酒を飲んで叫んでいた。


「俺達は真実を追求するために頑張っているんだぞ!」

「そうだそうだ! メディアに盾突くガキどもを許すな!」

「金に物を言わせて黙らせる悪辣な配信者を許すな!」


 間宮の仲間達も酒の勢いで叫ぶが、個人で活動する気はない。その気になればアトリ達のように配信器材をそろえて個人で訴えることはできるのに。


 だけど彼らはそれをやらない。自分達より劣る配信という手段に頼るなどプライドが許さない、ということもある。だが根本的には挑戦する事への恐怖があった。


『挑戦して失敗したらみっともない』

『失敗して恥なんてかきたくない』

『失敗するのは向こう見ずな子供だ』


 大人としてある程度の地位を得た間宮達にとって、新たな事への挑戦を行う事は怖かった。失敗すれば精神が耐えられない。だから確実に成功するように行動する。これまで通りに成功したことを繰り返す。


 憂さを晴らすために騒ぐ間宮達。遠慮なく叫んでいれば当然目立つ。店内の人々が目立つ間宮達を見て、


「なあ。あれ夜空報道社の間宮じゃないか?」


 そんな声が間宮の耳に届いた。


「一緒にいるのも夜空報道社の記者たちだぜ」

「SNSに流れてる画像と同じだな」

「メディアとか言ってるからマジだろうな」

「性格もネットの情報通りだよな。マジでマスゴミだ」


 そして矢次にそんな声も聞こえる。自分達の顔と情報が周りの人間にバレているのだ。


 あり得ない。間宮達はメディアに顔を出していない。自分達は晒す側で、晒される側ではない。自分達が周りに晒されるなんて逆じゃないか……!


「間宮さん、ネットに!」

「俺達の顔と名前が!」


 慌ててSNSで検索した部下達のスマホを見る間宮。そこには確かに自分達の顔と名前が流れていた。会社名や自分達が行った報道。そしてその真偽などもまとめられている。画像の精度も高く、誤魔化すのは不可能だ。


「まさか、あのガキ達……!」


 感情のままに間宮はタコやんと里亜が行ったことだと断定する。根拠も証拠もない決めつけだが、今回ばかりは正解だった。タコやんがサザエタコで撮った映像から画像化し、里亜が調べた情報と共にSNSで拡散したのだ。


「ふざけるな! 個人情報を何だと思ってやがる! 勝手な悪評を広めやがって!」


 いきり立つ間宮達。しかしそれは間宮達を始めとしたメディアがアトリに対して行ってきたことだ。ましてやアトリの評価はでったあげだが、間宮達の評価は紛れもない真実だ。


 そんな間宮の目の端に、スマホを持つ人が写る。そのカメラがこちらを向いた――気がした。実際はモバイルオーダーで料理を注文しようとしていただけで、間宮を撮ろうなどとは思っていない。


 晒される。


 自分達が晒す側にしてきたように、自分が晒される。情報をなぶられ、おもちゃにされる。都合よく利用され、嘲笑される。自分達がしてきたことを、別の誰かにやられてしまう……!


「やめろ……! 俺を撮るな!」


 間宮はその恐怖に耐えきれず、スマホを持っている人に掴みかかる。そのままスマホを強引に奪って地面に叩きつけ――ようとしたところで周りに止められる。


「何するんだお前!」

「ちょ、店員さん! 警察呼んで!」

「やめろ、俺を撮るな、撮るんじゃねええ! お前も、お前も撮るな!」


 晒される恐怖に怯える間宮は、スマホを持つ者や撮影をしているだろう人に向けて襲い掛かる。冷静になればそういう事をすればさらに注目を浴びるのだが、恐怖に支配された間宮はそんな余裕がない。


 やってきた警察に逮捕される間宮。留置所の中で、間宮は膝を抱えて周りからの評価に身を震わせていた。もうお終いだ。俺は晒される側になったんだ。もう世間を歩けない。皆が俺を見ているんだ。


 間宮がここまで追い込まれて暴行行為に至ったのは、酔った勢いやジンの呪いと言った要因は確かにあっただろう。


 だが真の理由は報道する側の立場を特別視した事だ。情報を司り、他人を見下す態度。その優位性は自分達が晒す側だから成立していた。その立場が逆転した瞬間に、間宮の自分に対する自信は崩壊したのだ。


 まさに因果応報。己の悪行が原因で、己の首を絞めたのである。

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