拾弐:サムライガールの親友達 5

「悪の魔人よ! このペコス・ビルがお相手だ!


 いざジンジョウにショウブ!」


 ジンを指さして名乗りを上げるペコス・ビル。そして飛び降りて空中で三回転。ポーズを決めて着地した。


「……わざわざ上ったんか、アイツ?」


「でしょうね。ポーズと言い名乗りと言い空中での回転と言い、かなり練習していたみたいですよ」


 ヒーロー登場! なペコス・ビルの動きにタコやんと里亜はそんな感想を抱く。ジャパニメーション大好きなアレンの事だ。そういうシーンを見て感動し、訓練を積んだのだろう。


「勝負か。それが貴様の願いだな」

「願われたのなら仕方ない。本気でお相手するか」


 二体のジンはペコス・ビルに向きなおる。願われたら叶えるのが彼らの本質だ。どんな願いでもかなえる魔法の力。それをペコス・ビルに向ける。間宮のように遠くに飛ばされるか、あるいは動物に姿を変えられるか。


 相手の性格の悪さもあって、勝負になるはずがない。タコやんも里亜も1秒後の敗北を予想した。助けようとしてくれることは嬉しいが、だからと言ってこの戦いは無謀すぎる。


「アカン、逃げぇや! こいつらはシャレに――!」


 タコやんが叫ぶが、勝負はそのセリフを言い終わる前に終わっていた。


「何……! これは!」

「どういうことだ! 逃げられぬ!」


 ペコス・ビルが投げた投げ縄が二体のジンを捕らえ、その動きを止めたのだ。ジンは激しく抵抗しているが、逃げることもできないようだ。


「ヒュー! コイツに捕まってしまえばどんなあばれ牛でもお終いなのさ。なにせトルネードさえ捕まえられるんだからね」


 もがくジンを前に肩をすくめて説明するペコス・ビル。ジンたちは魔法を使おうとしたり力を込めて脱出しようとしているが、投げ縄はみじんも揺るがない。見た目にはただ巻かれているだけなのに。


「……は? 投げ縄?」


「ペコス・ビルは投げ縄の名手で、竜巻を捕まえて馬のように乗りこなしたという話があります。その再現……ですか?」


「イエス! トドメは必殺技名を名乗るのがジャパニメーションの礼儀だったね! それじゃあ行くぞ!


 シン・ギガントウルトラダイナミックヘビーストロングデラックスダークウィングバスターショット!」


 タコやんと里亜の質問に親指を立てて返し、腰の銃を抜いてジンたちに向けた。そしてやたら長い必殺技を告げた後に引き金を引く。


「馬鹿な……! 余が消えるだと……!?」

「やめろ、消えたくない! 助け――!」


 乾いた火薬音が数回響いて、ジンたちは音の反響が消えると同時に消失した。元々気体だったこともあり、言葉通りに煙が消えるようにいなくなった。


 あまりと言えばあまりの展開に目が点になるタコやんと里亜。願いを叶える存在がこうもあっさりと無力化されたことに驚きを隠せない。


 だがありえない、と理解を拒絶はしない。


(常識外れのサムライもおるし、そういう事もあるやろうな。いや、あいつには劣るやろうけど)


(アトリ大先輩なら魔法と霧ごと真っ二つでしたね! 伝説のガンマンを名乗っているのは伊達じゃないってことですか)


 もっとあり得ない存在が身近にいるからだ。そのせいもあってか、冷静にペコス・ビルを見ることができた。それがなければ『何だこのデタラメ』と理解を放棄していたところである。


(気体系の魔物を捕らえた、ってことは拘束系呪物を編み込んだ素材ってことか。


 一回の投擲で二体を絡め捕った動きはヘビっぽかったし、おそらくその辺りの素材をベースにしたって事やな)


(フェンリルを捕らえたグレイプニル。無常の果実で力を失ったテュポーン。魔物を力を封じる何かがあの縄にあるという事ですね。


 ジンたちの最後も弾丸ではなく、何かしらの効果で存在を消されたのでしょう。『痛い』でも『死ぬ』でもなく『消える』と言っていたので、魔術的神話的な何かが関与しているんでしょうね)


 タコやんは武器の素材を中心に、里亜は神秘学などを中心にペコス・ビルを解析していく。アレンはデタラメな魔物ではない。強さにはきちんとした理由がある。少なくとも、


(努力した、ってだけでアホみたいな強さを持つアトリよりはわかりやすいわ)


 とのことである。


「正義……執行!」


 よくわからないポーズをとるペコス・ビル。これもアニメの影響なのだろう。脳内で勝手なエフェクトをつけているに違いない。


「いろいろ助かったわ。あんがとな」


「ええ。結構危なかったですからね。ありがとうございます」


「ノープロブレム! ペコス・ビルは悪を許さぬガンマンなのだ! 見返りなど求めやしない。惚れるなよ、ベイビー!」


 助けられた例を言うタコやんと里亜に、ポーズを決めて答えるペコス・ビル。


「安心してください。それはありませんから」


「ハッハッハ! 照れてそんなこと言わなくてもいいよ、レディ!


 ジャパニメーション的にピンチを助けられたヒロインはヒーローの事を好きになって当然だからね!」


「惚れるないうたやんか。どっちやねん」


「そんな所までアニメ基準なんですね……」


 おそらく本気で言っているだろうペコス・ビルのセリフに呆れるタコやんと里亜。助けられたのは事実だが、それで惚れるのは恋愛ドラマである。


「まあええわ。そんな事よりその投げ縄のこと教えてぇな。


 多分やけどヘビ系魔物の革仕込んだ縄なんやろ? あるいはラミアとかメデゥーサみたいなヘビ属性の魔物とかか?」


「ラミアはありそうですね。原典では子供を捕らえて殺す話があります。『悪い子はラミアが取って食っちゃうぞ』的に脅し文句にされてたみたいですし。


 ところでその拳銃は銃器そのものが何かしらのレアアイテムですね。礼砲や弔砲のように発砲音自体に何かしらの意味を持つ儀式的なものですか?」


「ああ、そう言う系統か。近い所で言えば『東方クリームパフェ』とかその辺のコンサートで除霊するアイドル系配信者やな。歌自体に【レクイエム】スキル乗せてるやつ。その手の魔石を銃に仕込んだら疑似的にいけそうやな。


 ああ、それとその足も普通の足とちゃうやろ? 着地した時に金属音したしな。ガジェット使って着地した時と同じような音やわ」


 矢次に質問するタコやんと里亜。まさかの質問に手を突き出して生死の声を上げるペコス・ビル。仮面で隠れてなければ、目が白黒していただろう。


「ストップ!? ストッププリーズ!


 ワッツ!? なんでそこまで分かるのキミ達!」


 重ねられる質問に慌てるペコス・ビル。タコやんと里亜の推測はほぼ当たっていた。投げ縄も拳銃も、そして金属の義足もだ。初見でここまで見破られたのは初めてだ。


「まあウチは天才やからな。もっと褒めてええで」


「本当に頭いいですからねタコやんは。流石です」


「……マジ顔でそんなこと言われると照れるわ」


 ツッコミ待ちでボケたつもりのタコやんは里亜の言葉を聞いて頬を掻く。アレンも言葉にはしないが、タコやんの見地と里亜の知識には舌を巻いていた。


(アメイジング! 米国が誇る強化人間の装備を、たった一回の戦闘でほぼ看破したってのかい!?


 知識量もそうだけど、真に驚くのはその冷静さだよ! 今さっきまで危なかったのに冷静に状況を見れたその落ち着きっぷり! 普通ならパニックで見たことを覚えてないだろうに!)


 コヨーテのマスクの下でアレンは冷や汗をかいていた。投げ縄で捕え、銃砲でジンを消す。時間にすれば10秒程度の出来事を、さっきまで命を握られていて困惑する状況だというのに冷静に見て自分の知識と照らしわせたのだ。


 まさかもっとデタラメなアトリの影響なのだとは思いもしない。アトリと知りあいでなければアレンの言うようにタコやんも里亜もパニックを起こし、死ぬかも知れなかった恐怖に震えていただろう。


「あとわからんのはウチ等の事をどうやって『見てた』かやな。いくら何でも対応速すぎや。なんぞ特殊な追跡カメラでもあるんか? あの登場タイミングとか凝りすぎやろ」


「状況的に間宮やジンの仲間という事はないでしょうからね。何かしらの力で亜空間にいる里亜達を観察していたのは間違いありません」


 そしてアレンの超感覚にまで近づきつつある。いきなり消えた二人を探すために未来予知プリコグを使って『1秒後の二人』の未来を視て状況を知ったのだ。亜空間に居ようが関係なく『見れた』のである。


(ノットグッドだね、これは。知性が高いとは調査報告に遭ったけど、まさかここまでとは!)


 流石に超感覚のことまでは看破できないだろうが、『そういう事ができる』という事は二人とも理解したようだ。亜空間まで見れるレアアイテムというあたりに落ち着くだろうが。


「ソーリー! 詮索はここまでにしてくれないかな? こう見えてもシャイなんだよ。レディにじろじろ見られて恥ずかしいしね!」


「そんなキャラちゃうやろ、アンタ。まあ、人の装備を暴くのはマナー違反か」


「確かに失礼でした。アレンさんは配信しているわけでもなさそうですしね」


「理解してくれて助かるよ。後、アレンではなくペコス・ビルでヨロシク!」


「あー。はいはい、黙っとくわ。相棒にも言えんやろうなぁ、その格好」


「じゃあ帰る時間も別にします? 一緒に出るといろいろ詮索されそうですし」


「サンクス、助かるよ! それじゃあしばらく時間を潰してくるから、二人は先に帰ってくれ!


 あばよ、とっちゃあああああん!」


 言ってペコス・ビルは手を上げて走って去っていく。残されたタコやんと里亜は顔を見合わせた。


「怪しいな、アイツ。敢えてアホを演じてる感じやったな」


「アトリ大先輩の危惧も現実味を帯びてきましたね」


 かなりの強さを持ち、アトリが何となく危険視する存在。それに警戒色を強める二人であった。


「どうします、タコやん。アトリ大先輩に報告します?」


「やめとこ。黙っとくって約束したしな。助けられた手前、それを破るのは気分悪いわ。


 あと否定したけどやっぱり言う通り怪しかった、っていうのはなんか負けを認めるようでムカつく」


「前半は納得しますけど、後半はただの意地っ張りじゃないですか」


「うっさいなぁ。オーサカの女は意地とボケとツッコミと小麦粉で出来てるんや」


「里亜はいくらでも素直になれますよー。アトリ大先輩大好きです! 本気のアトリ大先輩に斬られた―い!」


「その素直さもどーなんやろうな」


 そんな会話をしながら帰路につくタコやんと里亜であった。


 ……………………


 ――後日談として、この騒動を境にアトリの虚偽報道は大きく減じた。


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