拾壱:サムライガールの親友達 4
ジン――
アラブ圏内に置いて人に在らざる存在の総称である。日本で言えば幽霊や妖怪などを統括した『怪異』とでも言うべき言語だ。科学などで証明されていない『超自然的存在』そのものと言ってもいい。広義においては天使や精霊と言った崇拝される存在まで含まれる。
その中でも千日一夜物語におけるランプの魔人は有名だろう。ランプを擦った者の前に現れ、その願いをかなえる存在。かの物語では主人公は貧民の出でありながら、王の娘を娶るにまでに至ったほどだ。
霧が収縮して生まれた魔人は、静かに告げる。
「我が前にいる者達よ。三つの願いを言え。我はその願いを叶えよう」
『願いを叶える存在』
ソロモン王という稀代の魔術王が使役した存在。その力は世界など遥かに凌駕する存在。
圧倒的な圧力。圧倒的な神光。圧倒的な存在力。
疑う事すら許さない。
今、目の前に存在する存在は、地球上のあらゆる理を捻じ曲げて『全ての願い』をかなえる存在だと理解させる。無限の富、死者蘇生、不老不死、そんな『人間の想像しうる望み』などいくらでも叶えてきた存在。
「こ、この二人を倒してくれ!」
真っ先に叫んだのは間宮だ。彼はこの召喚石の中にいる魔物の事を知っていた。だからこそ圧倒されることなく願いを言えたのだ。願いをかなえるランプの魔人。それを使えばどんな願いでも叶う。
「了解した」
魔人は間宮の願いを聞いて小さく頷く。人差し指を軽く回転させ、
「あいたぁ!?」
「きゃん!」
タコやんと里亜を転倒させた。
びったーん、とオノパトペがつきそうな、見事な転倒だった。
(は? 何が起きた? エレベーターみたいな浮遊感が来たと思ったら気付いたら倒れてた? 重力を操作されたってことか!?)
(間宮の願い通りに『倒された』だけ? ……あ、この魔人はもしかして……)
目を白黒させながら現状を把握しようとするタコやんと里亜。タコやんは魔神が何をしたかを解析し、里亜は魔人の特性を理解する。
「願いはかなえた。あと一つだ」
「は? おい、どういう事だ! 倒したってあれで終わりか!? 願いは三つなんじゃないのか!? まだ一つしか言ってないぞ!」
魔人の言葉に怒り狂う間宮。だが魔人はその怒りを笑みを浮かべて受け止める。
「『倒す』という命令を二名。だから二つ分だ。それに命令通りきちんと『倒した』ぞ。何が不服というのだ?」
「ふざけるな! 真面目にやれ!」
「了解した。ふざけないし真面目にやろう。これで三つだな」
「はああああああああ!?」
あまりと言えばあまりの展開に、間宮は口をパクパクさせる。アングラで購入した召喚石。願いをかなえるなどと言う与太話など信じてはいなかったが、何かあった時の保険にはなるはずだった。なのに――いいように弄ばれただけだ。
「貴様の望みはつまらなかったな。失せよ」
そして用済みとばかりに手を振ると、間宮の周りを魔法陣が包み込み、次の瞬間には消え去っていた。
「さて、そこの者達の願いは何だ?」
そしてタコやんと里亜に向きなおるジン。お前達の願いもかなえてやるぞ、とばかりに腕を組んだ。
「お。気前ええやん。ウチらの願いも聞いてくれるんか?
ウチの願いはお金……もぎゅ」
「ストップタコやん。このジン、ヤバいタイプです」
タコやんの口を塞いで止める里亜。
「なにすんねん。金くれるんやったらもらうのがオーサカの女やろうが」
「あのジンは悪性のジンです。人間で言えば悪人ですね。
迂闊な願いを言うと間宮のように足元をすくわれるか、あるいはとんでもないことになりますよ」
里亜はジンを指さし、タコやんに告げた。人間にも善人悪人がいるように、ジンにも善性悪性がいる。アラビアンナイトのランプの魔人は善性高めだったが、間宮とのやり取りを考えるに目の前のジンは悪性高めのようだ。
里亜はしばし黙考し、手を上げて願いを告げた。
「里亜の一つ目のお願いです。『人間社会で一生かけても使いきれないほどのお金が欲しい』という願いをした場合、アナタはどのようにして願いをかなえるかを教えてください」
里亜の願いにジンは少し驚いた顔をしたが、すぐに余裕の笑みを浮かべて言葉を返す。
「世界中の様々な金貸しから高金利で借金して得たお金をその者に捧げよう。ある程度期間を置いてからその者名義の借用書が届くだろうが、願いは叶えたので問題はない」
「借金まみれやないか! しかも間ぁ開けるとかエグすぎやろ! 利子マシマシやん!」
「そういう事ですよ。願いを曲解、或いは悪意を持って叶える。その結果生まれる様を嘲笑う。
『これ』はそんな悪性の魔人です」
ジンの言葉に嫌悪するように叫ぶタコやん。里亜は額に手を当ててため息をついた。願いをかなえる上位存在が悪意を持っているなど厄介すぎる。どうにかしてこの場を凌がないと。
「オーケー。理解した。こいつはヤバいな」
タコやんも事の重要さを理解した。『どんな願いでもかなえる』存在が悪意を持つなど厄介すぎる。
どうすべきか思考し、タコやんは案を出す。
「じゃあ願いを言わへんで放置するってのはどうや? なんも言わんかったらこいつも何もせんやろ」
「良きアイデアだが、そう言う手合いの為に空間を切り取り亜空間に移動している。
貴殿達の願いを三つ叶えるまでは、ここから永遠に出ることは叶わない」
だがそんなズルは先刻承知とばかりにジンはタコやんに告げる。願いを叶えるまでは元の空間に帰さないようだ。
「なお今の回答はサービスだ。願いの数に含めないでおこう」
「へえ、優しいやん。意地でも願いを聞いてうちらをおちょくりたいってことか? 意地悪いにもほどがあるわ」
「人間の欲望など余にとって良い娯楽よ。せいぜい楽しませてくれ」
超常存在からすれば、欲望に塗れた人間をコケにするのは遊びでしかない。だからこそ願いを言うまで出さない結界を作り出したのだ。
「ああ、よう分かったわ。じゃあその上で願うで」
勝手に押し付けられたルール。理不尽な暴挙。それを理解したうえで思考する。落ち着け、焦るな、思考しろ。アトリのアホが剣術無双なように、ウチの利点は天才的思考と発想や。オーサカの女ナメんな!
コンマ五秒で思考をまとめ、剣術無双の親友をイメージする。デタラメともいえる一閃。何もかも刀で解決する荒唐無稽な馬鹿さ加減。あれに比べれば、ランプの魔人なんかカス同然や。
(ああ、あのアホがしでかしたデタラメはウチを冷静にするわ。
ホンマ感謝やわ。アンタがおらなんだら、ウチも里亜もパニくってなんもできんかったわ!)
当人を前には絶対口にしない感謝を思いながら、タコやんは言葉を放つ。
「ウチの一つ目の願いや。オモロないこと言ったらどんな目にあるんか教えてくれへんか?」
「願いで楽しませられぬなら、道化として踊ってもらうしかあるまい。
先ほどの人間は現世に戻した際に呪いをかけておいた。半年ほど運気が下がり、やることなす事うまく行かぬだろうよ。このまま似たような願いを続けるのなら、貴様らも言葉を繰り返すだけのオウムにしてくれよう」
タコやんの質問に答えるジン。間宮が不幸な目に遭うこと自体はスカッとくるざまぁ展開だが、今の問題はそこではない。
「面倒やなぁ。欲出せば破滅するわ、しょうもない事で茶を濁せば呪われるか。どないせいちゅうねん」
「まさかランプの魔人に千日一夜物語をされるとは思いもしませんでしたよ。逆じゃないですか」
状況を理解して眉を顰めるタコやんと里亜。その気になれば相手を動物に変えることもできる魔人。願望をかなえる系の物語はたいていが目的が叶わず碌な目に遭わないというのが相場だが、まさか願いを叶える存在に命を握られるとは。
「キモは二つやな。『三つの願いを叶えた時にウチ等が無事であること』と『三つの願いを叶えた時点でコイツに襲われへんようにすること』や」
「襲われる……?」
一つ目は理解できるが、二つ目の事に首をひねる里亜。
「漫画みたいに願い叶えたらそのままドロンと消えるとは限らへんやろ。『願いは叶えた。じゃあダンジョンの魔物として戦おうか』とかありそうやんか」
「ありそうですね。里亜の残りの二つと、タコやんの二つを使って……」
シンキングタイム一分。二人は頷き、ジンに向きなおった。
「里亜の二つ目の願いです。次の願いは曲解することなく言葉通りに願いを叶えてください」
「ウチの二つ目の願いも同じや。ウチの言葉を正しく理解してその通りに行動するんや」
二人は願いの一つを使って、ジンに曲解禁止を命令する。先の間宮のように『倒された』などと言う事をされては困る。性格の悪い人に対して、思った通りに命令するには大事な事だ。
「了解した。では三つ目の願いを言うがいい」
「里亜の三つ目の願いは、人間に危害を与えない事です!」
「そしてウチの願いは、お前は遠くに行って二度と出てくんな、や!」
ジンに促されるように願いを言う里亜とタコやん。里亜やタコやんを含めた『人間』へ危害を加えることの禁止。そしてこの場からの退去。ここまでやれば安全だろう。
「了解した。人間へ危害を加えず、遠くに行こう。二度と会う事はあるまい」
ジンは二人の知恵に敬意を示すように胸に手を当てて頭を下げる。亜空間が解除されたのか、ダンジョンの空気が頬を撫でる。安堵するタコやんと里亜に、ジンは静かに告げた。
「余はな」
ジンの隣には、もう一体ジンがいた。
「ふははははは! ワタシの同胞に願い請われて飛び出てきたぞ!」
セリフから察するに別個体だろう。微妙に細部は異なるが、重要なのはそこではない。『願いを聞いたのと別の』ジンが、何故かここに存在しているということだ。
「……っ、ウチ等の願いを聞いた後で仲間召喚したんか! 卑怯やろうが!」
ジンの表情を見て何をしたのか悟るタコやん。確かに願いを聞いたジンは人間に危害を加えていない。ただ仲間を呼んだだけだ。そのジンが人間に危害を加えない性格なら問題はないのだが……。
「さてさて知らぬなぁ。ワタシはたまたま通りすがったジン。おお、人間がいるではないか。ひとひねりさせてもらおうか。
そこのジンは人間に手は出せないようだが、ワタシがペンギンに変化させれば手を出せるだろうよ! わっはっは!」
「余もこの場から退去した場所に『何故か』やってきたペンギンを使って遊んではいけない、とは願われてはおらぬからな」
「ここで出てくるのが善性のジンなわけはありませんよね……」
もう一人のジンの性格の悪さに絶望する里亜。とても逃げられるとは思えない。悪意ある笑みを前に身動き一つとれずにいた。
そこに――突如ギターの音が鳴り響いた。
『ZYAAAAAAAAN!』と一際大きく鳴り響くギターの音。指が弦を滑らかに弾くたびに、まるで嵐のような音が空気を切り裂く。
ギターの音は青空を跳ぶ鷹のように『KIIIIIN!』と高く。そして『DWAAAAAAAN!』と地平線の広大さを示すように低く。まるで自然に生きる生き物のように鳴った。
「ノンノンノン! 少なくとも精神面では乙女達の勝利だ。それを盤面を返して勝利宣言するのは格好悪いぜ、メイガス。
ジャパニメーションでイカサマバレは指切りげんまんさ。アンダスタン?」
犬マスクをかぶったテンガロンハット。カウボーイスタイルのペコス・ビルが岩に腰かけてポーズを決めていた。
「指をつめる、って言いたいんやろうなぁ。あの日本かぶれ……」
「ジャパニメーションならここに出てくるのは、アトリ大先輩だと思いますけどね!
なんで貴方なんですか!? アトリ大先輩がここに来て全部斬るというサプライズニンジャ理論な願いを、あえて自重したのにぃ!」
助けに来たペコス・ビル――アレンのセリフに、お前じゃねえよと呆れたり叫んだりするタコやんと里亜であった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます