拾:サムライガールの親友達 3

「ハイ! お待たせしました、タコやんさんに里亜さん!」


「ハイテンションやなぁ、自分」


「何なんですかね、このノリ」


 騒動から一日後、タコやんと里亜はテンションの高いアレンに辟易していた。正直、同行していいのか悩んでいる。


「アトリの汚名を雪ぐことって目的は同じやし、勝手に暴走されても困るし。見張る意味でも一緒にいたほうがええわな」


「オウチ! 見張るだなんて信用がないね! ああ、これがジャパニメーションで言う所のツンデレってやつかい? タコやんは素直になれないからなぁ」


「よし、殺すか。その方が楽やろ」


「落ち着いてくださいタコやん。正鵠を射られているからって暴力はいけません」


 怒りマークを浮かべるタコやんを止める里亜。アレン――テンガロンハットに犬マスクの時はペコス・ビルと呼称する――の同行には里亜も消極的だが、かといって先日のように無駄に特攻されて現場をかき乱されては邪魔なだけだ。


「誰がツンドラやて? 寒いギャグで滑ったとか、オーサカの女には恥やねんで」


「無理にボケないでください。すぐに終わりますから」


 怒りの矛先を向けられてウザったそうに表情を曇らせる里亜。タブレットを操作して、ファイルを開く。そこには男性の調査レポートが書かれてあった。


間宮敏夫まみやとしお。夜空報道社の記者です。36歳独身。社内でも孤立しているみたいですね。


 自分以外を見下している典型的なエリート思考で、金さえあれば何でもできると思っている節があります。なので今回のアトリ大先輩虚偽報道で大きく稼ごうと躍起になっているみたいです」


 タコやんのタブレットにも転送しますね、と言って画面をタップする里亜。タコやんは送られてきたファイルの詳細さに目を丸くした。身長体重や健康状態など、去年の健康診断の結果まで書かれている。


「えらい詳細な情報やなぁ。どうやって調べたんや、これ?」


「蛇の道は蛇ですよ。タコやんのドローンのおかげで顔が判明したのであとは色々と。


 強いて言うなら、間宮はアトリ大先輩の虚偽報道でお金が入って派手に飲んでいるのでいろいろ緩いんです。もう少し時間をかければ好きな酒の銘柄から性癖まで分かりそうですがどうします?」


「いらんわ。どんな捜査網もってんねんお前は」


 そう言えばスパイやったなコイツ。そんなことを思い出すタコやん。トークンを使って調査すればこの程度簡単ですよ、と胸を張る里亜にこいつは敵に回さんとこうと誓うタコやんであった。


「ワォ! 情報戦に勝利だね! これで勝ったも同然! あとは勝鬨上げて突撃だ! 敵はホンノージにあり!」


「待ちぃや。確かにすごいけど突撃は早いわ」


「敵は本能寺に在りは言わなかった説の方が有力ですけどね」


 手を叩いて喜ぶペコス・ビルの襟首をつかんで止めるタコやん。この言葉を言ったとされる人物は結構用意周到に主人の襲撃準備をしていたので、偶発的なチャンスからの襲撃説は否定されているとか。閑話休題。


「情報戦の勝利はこいつ等がアトリをバカにすることやってるのを押さえてからや。それ使って徹底的にこき下ろしたるで」


「そうですね。しっかり証拠をつかんでぐうの音も出ないようにしましょう。アトリ大先輩を貶める相手には手加減なんていらないんです」


「グレイト! これがジャパニメーションで言う所のヤンデレですね! ダークなオーラが凄いや天才的だ!」


 暗いオーラを出すタコやんと里亜を見て、ペコス・ビルは感激したような声を上げる。愛する者の為に法も辞さない行動に出る。ジャパニメーションで見た1シーンだ。目の前で見ると感激である。


「じゃあ行きましょう。昨日できなかった『取材』を今日やるみたいです。場所は少し変えるみたいですが」


「入り口は一つやからな。サザエタコで見張ってればすぐに捕まえれるわ」


 トークンを使った事前調査ばっちりの里亜と、追跡ドローンを開発するタコやん。二人にかかれば人を追いかけることなど造作もない。


「とっとと行くぞ」

「昨日は変な邪魔が入ったからな。河岸変えるか」

「そうですね。何だっただろうな、アイツ」


 愚痴っているのは間宮を始めとした夜空報道社の人達だ。移動門から現れるや否や、気だるげに伸びをして移動を始める。岩に偽装したタコやんのドローンに気づく由もない。


「ええか。今回は見てるだけや。アイツ等の『取材』を撮影して、あいつらの報道と同時にカウンター配信するんやからな」


「SNSでも一気に拡散させて、ヤラセ報道であることを流布します。反省や謝罪はしないでしょうが、活動規模は縮小するはずです」


 タコやんと里亜の作戦は、相手の放送時間に合わせてヤラセである証拠を配信することだ。そうすることで相手の信用を失墜させ、社会的ダメージを与えることである。


「ムム? それだけですか? 名乗りを上げて突撃しないんですか? ジャパニメーションで言う所のラストバトルシーンは?」


 アニメと違いますね、と言いたげなペコス・ビル。実際恥をかくだろうし規模は縮小されるだろうが、間宮自身が大きなダメージを負うことはない。美味いネタを失った程度で、しばらくすれば別のネタを弄るだろう。


「アホか。暴力とかメンドイだけや」


「里亜達の目的はアトリ大先輩を守る事ですからね。割に合わない、って思わせて手を引かせれば十分です」


 ヒーローチックな解決を望むペコス・ビルに対し、タコやんは手を振って答えた。そして里亜が目的を噛み砕いて説明する。アトリを追う費用対効果が悪いと思わせればそれで十分だ。


 タコやんがもつタブレットには『サザエタコ』が観察している夜空報道社の活動が映されていた。和服を着て雑にアトリに変装した者(男性)が、逃げまどう配信者を追い詰めて斬る。そんな茶番だ。


「おっけおっけ。顔もセリフもばっちり撮れてるで。あっちはボカして放送するやろうけど、こっちはこの画質で配信すればええわ」


 撮れた映像を確認するタコやん。夜空報道社はこの映像を顔や性別が分からないように加工するだろうが、それを鮮明にしたものを同時刻に配信すればいい恥さらしである。


「ついでにアトリ役の人と配信者役の人の個人情報も調べておきましょう。多分過去にも似たようなことしていますし」


「ええな。何なら過去映像の解析度あげとくで。どうせ素人加工やろうしな。なんなら狐虎馬コントラバッスの手借りてもいいし」


「いいですね。徹底的に追い込みましょうか」


「アベンジャー……! 怒りに燃える乙女達は怖いですねぇ!」


 夜空報道社を追い詰める計画を立てる二人を見て、ペコス・ビルは恐怖に身震いする。


「まったく。あのサムライも俺達の取材に素直に応じていたらこんな目に遭わずに済んだのにな」

「アトリとか言うガキも、大人に逆らうからこんな目に遭うんだぜ」

「俺達エリートが世界を創ってるんだよ。それを身をもって教えてやるぜ」


 タブレットの中で嗤う夜空報道社の人達。自分達の行動は正義。大人に逆らったアトリは痛い目に遭うべきだ。本気でそう思っている表情と声だ。


「まあ、取材に応じてもひどい目に遭ったんだがな」

「酒とクスリで意識を飛ばして、最後は気持ちいい所に沈められてたろうな」

「所詮は女だ。男に勝てるわけねぇもんな」


 そんな下品な言葉が、タコやんと里亜の耳に届いた。


「どれだけ強かろうが女だからな。大人の男のテクにはメロメロだ!」

「そっちの方が幸せだったろうぜ。見たところ、男を碌に知らないだろうしな!」

「まったくだ。馬鹿な奴だぜ、アトリってやつは!」


 言って馬鹿笑いする夜空報道社。


 馬鹿な妄想だ。男数人程度でアトリを押さえられるわけもない。凶悪なダンジョントラップでも毒矢一つ受けないアトリに薬物を打つなどまず不可能だ。アトリのことを何も知らない馬鹿な男の卑下な妄想だ。つまらないと一蹴する戯言だ。


「里亜」


「はい、タコやん」


「ワッツ? 二人ともどこに行くのかな? ちょ――」


 タコやんと里亜は言って立ち上がった。慌てるペコス・ビルを無視して夜空報道社がいる場所に向かって歩いていく。


「待ちぃや! そこのあほんだらぁ!」


「アトリ大先輩を貶めようとするとか言語道断です!」


 タコやんと里亜は夜空報道社に対して、怒りの啖呵を切っていた。


 最良の策は自分達でも言っていた通り、この場は撮影に留めることだ。相手に対するカウンター配信を仕掛け、安全圏から相手にダメージを与えることだ。


 だけど許せなかった。


(確かにアイツはアホで戦闘以外はポンコツやけど、お前ら如きに屈するのが幸せとかそんなわけあるかい!)


(アトリ大先輩を何だと思ってるんですか! 貴方達如きに下に見られるような人じゃないんですからね!)


 アトリを軽視するその態度に。大事な親友をここまで罵った相手に。


 例え最善でなくとも、ここで怒らないのは間違っている。たとえアトリ本人が許しても、親友として大事な人をバカにされて許せるはずがない。 


「はぁ? 証拠でもあるのか――」


「証拠ならあるで! ばっちり撮影済みや!」


 間宮の言葉に合わせるようにタコやんはタブレットのファイルを再生する。先ほどまで自分達がやっていたことが再生され、顔を青ざめる男達。


「これは明確な侮辱罪です。示談なんかしませんよ。会社ごと法の裁きを受けてもらいます!」


 叫ぶ里亜。そんなことをされては未来はない。男達は互いに顔を見合わせ、二人を押さえ込もうと間合いを詰めていく。


「おいおい。そんなことされちゃ困るんだよな」

「お前らが悪いんだぜ。俺達だって酷い事はしたくないのにな」

「泣き叫んでも誰も来ないからな。諦めな」

「子供が大人に逆らおうなんて、そんなこと考えた罰だな」


 女二人、その倍以上の人数で押さえ込めばお終いだ。証拠を押さえて暴力を加えれば大人しくなるだろう。何なら少しぐらいは楽しんでもいい。その顔と言葉に男達の怒りと欲望を示していた。


「そう言えば、タコやんはいつものガジェットがないんですよね? 大丈夫です?」


「里亜こそ今回はトークン身代わりでやり直しとかないで? ええんか?」


 男数名に迫られながら、タコやんと里亜はそんな話をしていた。そして散歩するように男達に近づいていく。


「押さえ込め!」

「ガキが! 大人が社会を教えてやるぜ!」


 襲い掛かってくる夜空報道社の男達は――


「アホくさ。こんな奴等にガジェットなんかいらんわ」


「伊達に死にまくってませんからね、里亜は」


 二人にあっさりと倒された。


「はぐぁ!」

「なん……だと……?」

「ガキのくせに……!?」


 腹部を殴打され、懐に入られ投げられて。気が付いたら男達は痛みと共に地に伏していた。何がどうなったのか理解できないままに負けたのだ。


「あー。スッキリした。すまんな、ちょっとした八つ当たりや」


「『大人が社会を教えてやるぜ』とか言ってましたけど、何を教えてくれるんです? 子供だからって舐めないでくださいね」


 軽い運動をしたとばかりに伸びをするタコやん。倒れた相手を精神的に追い込む里亜。


 タコやんも里亜も危険なダンジョンで配信する者達だ。自分より弱い相手を脅すしかできない輩に負けるわけがない。彼女達はもっと卑劣で凶悪な存在を相手にしているのだから。


「馬鹿な……! ガキ二人に俺達がこうもあっさりと……ありえない!」


 瞬く間に自分と部下達を倒したタコやんと里亜を見ながら、間宮は驚きの表情を浮かべた。自分達があっさり地に伏したことが信じられない。だが現実として起き上がる事すらできない状態だ。


「くそ、こうなったら!」


 間宮は何とか腕を動かして懐から握りこぶし程度の石を取り出す。下層から採れる特殊な鉱石。中に魔物を封じ、破壊と共に顕現させることができる石。その名は――


「召喚石!? ちょ、待て。そいつは――!」


 召喚石の存在に慌てるタコやん。召喚された魔物はその本能のままに暴れまわる。ダンジョンの魔物はほぼ人類に対して敵対的だ。タコやんはとめようとするが、間宮の動きの方が早い。石が粉々に砕け、石から生まれた白い煙が視界を奪う。


 場を一瞬霧が満たし、それは一か所に収縮していく。集まった霧は人のような形をとった。霧状の存在。そしてターバンを巻いたその姿を見て、里亜が口元を押さえて叫ぶ。


「ジン……! ランプの魔人です……!」


 伝承に詳しい里亜の緊張した言葉が、この場の絶望を示していた。 

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