玖:サムライガールの親友達 2
上層のカウス岩場。
東京神田にあるダンジョン入り口から入ってすぐの岩場で、魔物もほぼいない。時折隣接エリアからの魔物が流れ込んでくるぐらいで、『ダンジョンに入ってみた!』的な配信ではよく使われる場所である。
「本当にここなんですか?」
「間違いあらへんで。岩の色も削れ具合もあってるし、そもそもダンジョン素人の奴らが何かするんやったら入り口近くやろ」
里亜とタコやんは大阪のダンジョン入り口から入り、カウス岩場まで移動してきたのだ。アトリ不在ではあったが、二人も中層をメインとする配信者だ。慎重さを欠かさなければ上層の移動は問題なくできる。
「メディアの人達がダンジョンに手慣れている可能性もありますよ? あるいは手慣れた人達を雇ったとか」
「ないな。そんな事する金がないから虚偽報道とかやっとんねん。ウチらへの取材も、タダでやる気満々やったしな」
里亜の疑問を手を振って否定するタコやん。できるだけお金をかけずに記事を仕上げる。予算など少ない方がいい。商売の在り方の一つではあるが、予算を押さえればその分ボロが出るのも事実だ。
「東京モンがよく使う場所やからな。おかげで場所の特定は余裕やったわ」
「とりあえずタコやんを信じるとして……メディアの人をどうやって探すかですね」
「ここからは足で稼ぐしかないな。タコだけに!」
探す案はない、とばかりに胸を張るタコやん。里亜はジト目でタコやんを見ながら呆れたように告げる。
「その『足』も持ってないじゃないですか」
タコやんはいつも使っているガジェットを持っていない。背中に背負う機械で脳波で8本のアーム――タコやんは『足』と言っている――を繰り出すタコやんの特徴的存在だ。
「しゃーないやろ。あのガジェット背負ってたらウチってまるわかりやん」
だが逆に言えばそのガジェットを見ればタコやんだと分かってしまうので、隠密捜査には向かないのである。
「そこまで分かってるなら関西弁も控えてくださいよ」
「これぐらい普通やろ」
「思いっきり目立ってますけどね。まあ、そこは初めから諦めてました」
すでにダンジョン内で何人かのダンジョン探索家に出会い、驚きの表情を浮かべられている。アトリほどではないが、タコやんも里亜も配信者としてかなり名前が売れている。完全な隠密活動は難しいだろう。
「とはいえ手掛かりもありませんしね。足で稼ぐのは賛成です。無難に聞き込みで捜査範囲を絞っていきましょう」
「メンドイけどそれしかないしな。地道にいくか」
というわけでダンジョンに入ってきた人達に話を聞く里亜とタコやん。時間がかかると思っていた聞き込みは――
「ええ!? タコやんさんですか! 応援してます! アトリ辻斬りの情報? はいはい、実は彼ら――」
「里亜さんの死に動画、凄く参考にしています! ああ、あのマスゴミ達ですね。知ってますよ。アイツ等は――」
「ぎゃあああああああ! 俺達アトリ様の為なら何でもしますよ! お前ら、今日は探索じゃなくて捜索だ! メディア狩りじゃああああ!」
ダンジョン探索者に協力的な人たちが多く、あっさりと情報が出揃った。タコやんや里亜やアトリの知名度の高さもあるが、メディアの偏向&虚偽報道に腹を立てていたものも多かったのだ。
そして何より、彼らは分かりやすかった。ダンジョン素人丸出しで、派手に大騒ぎしていた。
「へっへっへ! ぼろい商売だぜ!」
「アトリっぽい服を着て暴れてるだけでいいんだからな!」
「顔は映すなよ。全体的にぼかして『それっぽく』見せるんだ」
「『夜空報道社がとらえたサムライガールの真の姿! 配信はヤラセ100%!』……題名はこんなところだな」
夜空報道社。そう呼ばれるメディア達がゲラゲラと大声を上げながらダンジョン内を進んでいる。
彼らはアトリのニセモノを映し、アトリや配信者の地位を落とそうとしているのだ。自分達の悪行を隠そうともしない。彼らにとってアトリや配信者など地をはいずるのが当たり前の存在だ。メディアよりも賞賛されるのがおかしいのである。
「わっかりやすいなぁ……。こうもあっさり見つかると逆に罠を疑うわ」
「里亜もそう思いますが、自分達が追われるとは思ってないんでしょうね。自分達は追う側。追われる気持ちなんて考えたこともないんでしょう。
あとタコやんのガジェットが有能すぎますよ。岩に偽装する小型ドローンとかなんなんですか」
メディア達もダンジョン内に響き渡るほどの声で喋っているわけではない。相応に近づかなければ会話の内容など判別できないだろう。
「この前の岩ミミックの魔石使って【岩擬態】スキルを持たせたドローンや。小型のスキルシステムと組み合わせた高級品やで」
タコやんが作った外装を岩に偽装する小型ドローンが近づいてその会話を伝達しているから、ここまで鮮明にわかるのである。自慢げに言うタコやんを前に、この人は敵に回すまいと誓う里亜であった。
「名前は『サザエタコ』や」
「確かにサザエ被った多足型ドローンでしたけど、どちらかというとヤドガリじゃないですか?」
「ヤドガリはあかん。アイツはイソギンチャク背負ってタコから逃げるからな。ウチとは相性悪いねん」
「どんな理由ですか、それは……」
そんな会話をしている間にも、メディア達はダンジョン内を進んでいく。人がいない場所を見つけ、そこで撮影を開始する。
「この辺でいいか」
「逃げる探索者を後ろから追いかけて斬る。そんな流れだ」
「斬った後に踏んずけて金品でも奪えばいい絵になるぜ」
「いいね、採用だ」
「撮影前に周りを調べろよ。誰にも見られるな」
リーダーらしい男の言葉を受けて、周囲を警戒するメディア達。だがその警戒も素人程度であり、雑と言ってもいい。そんな程度でタコやんが作ったドローンを見つけられるはずもない。
「一応バレたらヤバいっていう自覚はあるんか」
「もうバレてるんですけどね。決定的な瞬間を配信しましょう」
タコやんと里亜は『サザエタコ』から贈られてくる映像と音声を記録し、相手の行動を待つ。脅迫などしない。その情報を配信して相手にダメージを与えるつもりだ。
そこに――突如ギターの音が鳴り響いた。
「は?」
夜空報道の男達が突如響いたギターに眉をひそめ、その音源に顔を向ける。岩場の上に、テンガロンハットをかぶった何者かがギターを手にしてポーズを決めていた。
「法が裁けぬ無法……それを狩るのがアウトロー!
ペコス・ビル、ジャパニメーションの義に従いここに推参!」
それは名乗りを上げてテンガロンハットを指で押し上げた。イヌの仮面をかぶり、質のいい革ジャンと革製ズボン。腰には古風な銃のホルスターをつけていた。
「カウボーイ……なんか? イヌの仮面はようわからんけど」
タコやんの言うとおり、それは映画で見るカウボーイそのものだった。
「ペコス・ビルって言いましたよね。アメリカ民話に出てくるカウボーイですよ。あの仮面はコヨーテに育てられたというところからきているんだと思います。
そのコスプレ……?」
ペコス・ビルの説明をしながら、里亜も首をひねっていた。なにあれ? アウトローとかジャパニメーションの義とか、どういうこと?
「ああ? 何だあれ?」
そしてそれは夜空報道の男達も同じだった。怪訝な顔をしてペコス・ビルを見る。ただ言えるのはあまり見られたくない事を見られてしまったということだ。
「貴様らが虚偽報道をしていることはお見通し! ジャパニメーションのその罪を償い、真っ当な道に戻してくれよう!
素直に罪を認めるなら慈悲もあろう! さあ、どうする!?」
往年のヒーローのようにポーズを決め、問うペコス・ビル。ここで許しを請うなら暴力を振るわずにいてやろう。そんな降伏勧告に対して、
「証拠はあるのか?」
夜空報道の男は冷静に言い放つ。その瞬間、確かに空気が固まった。
「証拠……だと? いやしかしその格好は」
ペコス・ビルが動揺する。その動揺を逃すことなく畳みかける夜空報道。
「証拠だよ、証拠。俺達が虚偽報道をしている? 何を根拠にそんなことを言ってるんだ?」
「格好? サムライコスプレってだけだろうが」
「俺達は真っ当なマスメディアなんだ。そういうのは誹謗中傷に値すると思うぜ」
「なあ、いい加減な事をいうのはやめてくれないか?」
「正義の味方ごっこをしたいのなら他所行ってくれ」
「めんどくせぇ。別のところ行こうぜ」
どうやら証拠はないらしい。それを察して夜空報道の男達は安堵したような表情を浮かべる。とはいえ、後ろめたい所もあるのだろう。言うだけ言って撤収していく。
「……シット、なんてこったい! ジダイゲキならここで殺陣が始まるところなのに!」
「なにやってんねん、そこのジャパンオタク」
「むしろ何をしたかったんです、アレンさん?」
悔しがるペコス・ビル――アレンに近づいて問いかけるタコやんと里亜。
「ワッツ、どうして二人がここに……!?
ノンノン! ミーは通りすがりのカウボーイ、ペコス・ビル! お嬢さんたち、ここは危険だぜベイビー」
「ジャパニメーションの掟とかジダイゲキとか言ってる時点でバレバレやで」
「ええと、正体を隠したいみたいなので深くは追及しませんけど……とりあえず目的だけでも教えてもらえませんか?
里亜達もメディアの人達を追っていたので協力できるというか、むしろ邪魔されたくないというか」
半眼でツッコみを入れるタコやんと、迷惑そうな顔で問いかける里亜。あともう少しで証拠を押さえられそうだったのに乱入されたのだ。これぐらいの嫌味は言ってもいいだろう。
「正体は明かせませんが、ミーはサムライアトリを貶めようよするメディアに正義の鉄槌を下したかったのです!
しかし、あえなく逃がしてしまい……ジャパニメーションで言う所の『ご都合主義!』というヤツですね、これは!」
「いや、証拠もってへんアンタが悪い」
叫ぶペコス・ビルに冷たくツッコむタコやん。ご都合主義とか全く関係ない。
「うーん、とりあえず目的は里亜達と同じという事なんですね。じゃあ手を組みません?」
「は? なに言ってんねん、お前。なんでコイツと手を組むんや?」
提案する里亜に異議を唱えるタコやん。里亜はタコやんに顔を寄せ、小声で理由を告げる。
「勝手に暴走されるよりは、近くで見張ってた方がいいと思いません?」
「……せやな」
さっきみたいにいい所で乱入されるとか、もう御免だ。タコやんは納得したように頷いた。
「目的は同じ……いけません、年端のいかない乙女達がそのような事を! いくら友達の為とはいえ……!
しかしこれはジャパニメーションで言う所の友情パゥワ! あるいは百合シチュ! おお、尊い……。これを守るの西部のガンマンとしての使命! 了解しました、協力しましょう!」
そして勝手に興奮してその協力を受け入れるペコス・ビルことアレン。
(オゥ! イレギュラーですが、この二人の実力を測るチャンスです! しっかり見学させてもらいましょう!)
あと友情と百合シチュもね!)
内心ではそんなことを思いながら、マスクの下で笑みを浮かべていた。
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