捌:サムライガールの親友達 1
マスメディアはアトリの居場所を完全に見失っていた。
アトリが京都にいると知って網を張っていたら突如姿を消したのだ。しかも定期的に配信を行っている。既に京都にいないのは明白だった。
ではどこにいるのか? それを特定するだけの情報がない。こうなると諦めるのが一番なのだが、それができないほどにアトリという存在は有名になっていたのだ。ダンジョン配信界隈では知らぬものなし。SNSをみれば誰もが名を見るほどだ。
メディアから見ても、アトリという存在は大きかった。多くの者を魅了する配信者。世界初のダンジョン深層配信者。無敵の刀技。深層魔物を単独で倒したサムライガール。その何もかもがメディアからすればいい『ネタ』だ。
ネタ――メディアにとってアトリの存在は話のネタでしかない。話の『タネ』の倒語。転じて笑いや話題の要素。アトリという人物やその行動そのものには興味がない。それを見て聞いて報道したら話題になる。そんな程度の認識だ。
『こいつを放送したらウケがよさそうだ』
『視聴率が取れそうだ』
『今が鮮度が高そうだし、取り扱っておくか』
メディアにとっては天下無双のサムライガールなどただの
そして同時に、アトリという存在を軽視していた。頼めばすぐに取材に応じ、此方のいいように扱いができる。完全に上から目線でアトリを見ていた。
『所詮は高校生の女だ。テレビに出してやる、って言えばホイホイついてくるだろうよ』
最初はどのメディアもアトリを見下していた。自分達はテレビという情報の王様だ。テレビに出れば一躍有名人。オツムが足りないガキだし、犬のように喜んで首を縦に振るに違いない。
「断らせてもらおう。今はダンジョンでの戦いに身を投じたい」
だがアトリはメディアへの露出を完全に拒否。アトリと仲がいい配信者も情報を渡さない。
『なあ、一緒にテレビに出してやるよ。有名人と会えるかもよ?』
『俳優の●●さんにあわせてやるからさ』
『あ、もしかしたらこれを機会にアイドルデビューできるかもしれないぜ』
メディアはそんな『殺し文句』をタコやんや里亜に告げるが、聞く耳持たないとばかりに拒否された。
「いらんわ。そんなのに興味ないねん」
「詐欺をする人が良く使う言葉ですね。いえいえ、あくまでそう言う詐欺師がいましたね、と言うだけですよ」
タコやんと里亜に拒否されれば、メディアは真っ当な手段でアトリの情報を得ることができない。TNGK騒動で露出したアトリの住所をどうにか知り得たが、そこまでだ。京都に網を張り、アトリの目撃情報を探る。だがあと少し、という所でアトリはどこかに行ってしまったのだ。
アトリの取材がままならない以上、京都にいても意味はない。冷静に考えればここで諦めるのが良策だ。だが、彼らは冷静に判断できなかった。
『おい! ここでやめたらこれまでの調査が無駄になるだろ!』
『いくら経費かけたと思ってるんだ! 今更引けるか!』
『まだ行ける! 来年度の予算を回せばどうにかなる!』
『せっかくここまでやったのに、手ぶらで帰れると思ってるのか!』
これまで追って来たのだから、ここでいい結果を出さないと損をする。いわゆるサンクコスト効果である。撤退することを悪とし、勝利するまで資金をつぎ込み続ける。当たるまでガチャを回す廃人のように。
これまではアトリの事を調べる報道で間を伸ばしていたが、それも限界がある。そもそも偏向報道であるがゆえにメディアへの風当たりは強くなる。SNSでは『また偏向報道か』『オワコンだな』『モラルなさすぎ』『そこまでして数字が欲しいのか』などと散々である。
メディア陣もそう言った声は理解しながら、相手にすることはなかった。今更引けないという理由もあるが、根本的にメディア陣は自分たち以外を下に見ていた。
『SNSの声は趣味のないオタク共が集まっている下賤な意見だ』
『学歴がある人間はあんなものをしない。学のない連中の野次など無視していい』
『高学歴高収入な高級市民はスポーツや旅行を趣味にしている。低学歴低収入な下級市民だから無料のSNSなんていうものに縋っているんだ』
『俺達のような情報エリートこそが社会をコントロールしているんだ』
エリート思考。上から目線。自分達が圧倒的に偉く、自分達を責める人間は頭が悪いと決めつける。劣った存在の意見など野次以下で、優れている自分達の意見こそが正しいのだ。
『高校生とか言うガキに、世間の厳しさを教育してやらないとな』
『これまではプライバシー面で遠慮してやったんだ』
『調子に乗るとどうなるか知るがいい』
そしてその思想はエスカレートする。理性というブレーキなどない。自分が正しいのだから、躊躇なくアクセルを踏み込めるのだ。
そして彼らは一線を超える。
『深層からアトリが供給するアイテムや魔石は、未知の電波を放って人々を汚染していることがわかりました!』
『ダンジョン内に謎の辻斬り発生! 犯人はまさかまさかのアトリ!?』
『あの暴行事件はアトリの仕業だった!? カメラがとらえたサムライの姿!』
『俺はアトリと付き合ったことがある! サムライアトリの元カレが受けた数々のDV!』
『あのアトリがアダルトに進出か!? 剣技よりも性技が得意なサムライJK!』
『本社がアトリからうけたDMを一挙公開! 報道陣は脅迫に屈しない!』
ネガティブキャンペーン。
対象を誹謗中傷により貶める行為だ。本来は選挙で使う政治戦術だが、アトリの名声を鑑みれば対象となってもおかしくはない。――アトリを貶める行為が非常識だという事を除けばだが。
アトリに取材をすることは諦めた。なら散々利用してやるとばかりの虚偽報道。誰かが行えばそれに便乗して他も乗り、多くの虚偽報道が発生した。メディアにしてみれば昔からやってきた手法であり、手慣れたものである。
「…………そう来たかぁ…………」
タコやんは旅館の部屋でメディアの方向転換にうんざりした顔をした。いくらなんでもここまではしないだろうと思っていたが、タコやんが思ってた以上にメディア陣はプライドが高かったようだ。
「どれもこれも低俗ですが、効果は十分ですね。信じる信じないではなく『有名人の誹謗中傷』という意味で数字を稼いでいます。
いつの世も、雲の上だと思ってた人が地に落ちる様はいいエンタメですからね」
里亜もタコやん動揺にうんざりした顔でため息をついた。こんな記事などアトリを知る者は誰も信じやしないだろう。
だが信用などはどうでもいい。あのアトリがそんなことを!? 三流だろうが虚偽だろうがなんでもいい。自分より上にいると思う人間が実は下劣で卑しく俗世に塗れた自分以下の存在だったというのが爽快なのだ。
「なんともこれは」
さすがのアトリもこの報道には閉口する。元より名声や他人の評価など気にしないアトリではあるが、こうもあからさまに嘘を騙られると何も言えなくなってしまう。
「まあ気にすることあらへん。ウソ言って金稼ぐ奴らの事なんか気にすんな。こんなんすぐに消えるわ。
それよりそろそろダンジョン行く時間やろ? はよ行ってき」
「む。もうそんな時間か。では行ってくる」
「おう。今日はコラボできへんけど気張ってな」
タコやんは軽く手を振ってアトリにそう言った。アトリもさほど気にしていないのか、頷き部屋を出ていった。ふすまが閉じてタコやんと里亜は静止し、たっぷり一分経ってから表情を曇らせた。
「ヤバいな、これ」
「はい。放置できません」
アトリには軽く告げたが、タコやんと里亜は事の重要性を理解していた。
ネガティブキャンペーンの恐ろしい所は、何度も何度も繰り返されることである。単発だけならつまらないと一蹴されるが、何度も繰り返されるとそうかもしれないと思ってしまい、最終的にはそれが真実だと認識してしまうのだ。
「アイツは今んところ気にしてへんけど、なんだかんだで積み重なればヤバいで。
ウソ信じてアトリに突撃する輩とか出てきかねんし」
「コメントにもいくつか紛れ込んでますしね」
そして虚偽報道を真実と思い込んだ人間が増えれば、暴走する人間も増えるという事だ。1000人信じればその内の1人ぐらいは軽率に動くだろう。
『深層からアイテムを持ってくるな!』
『お前に斬られたことは忘れないぞ!』
『DVとか最低です!』
『AVは何処で売ってますか?』
『報道陣を脅すとか、人として良くないと思うんだ』
気軽にアトリにコメントできるのが配信の利点であり、そして欠点でもある。今のところ、こういったことを書きこんでいるのはメディア側の人間だけである。だがネガティブキャンペーンが続けばそうでない人間も書きこんでくるだろう。
「アトリ大先輩の叔母さんが法的に対応してくれるみたいですが、かなり時間はかかりそうですね」
「正攻法やと時間かかるからなぁ。……あんまりやりたくないけど突撃配信やな」
「突撃配信?」
里亜の質問に、タコやんは一つの記事をタブレットで拡大する。
『ダンジョン内に謎の辻斬り発生! 犯人はまさかまさかのアトリ!?』
「この記事、上層の一定区域ばっかり写ってんねん。おそらくそこを中心に記事でっち上げてるんやろうな。
そこをこっそり配信して世間に是非を問うんや」
「……そううまく行きます? 相手は報道のプロですよ?」
「相手がでっち上げのプロやったら、ウチは配信のプロやで? 写真からどのエリアの岩場かも特定できるウチの技術があれば余裕のヨシオさんや。
自信ないんやったら、里亜は大人しくしときぃな」
「む、安い挑発ですが乗ってあげましょう。この手の作戦で数による調査技術が必要不可欠だと教えてあげますよ」
かくして、タコやんと里亜はアトリを貶めるメディアを捕らえるために動き出すのであった。
そして同時刻――
「ワォ! サムライをここまで卑下するなんて和の心がないね!
任務外だけど、ペコス・ビルがヒトハダ脱ぐとしようか!」
メディアの記事を読んだアレンが、義憤で動いていた。
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