▼▽▼ 強化人間は敗北する ▼▽▼

 アトリとサンダーバードとの戦いから3時間が経過し、


「オウ、ペインフル!? 大丈夫か、ブライアン!」


 アレンはダンジョンから出てきたブライアンを出迎える。サンダーバードの衣裳は人気がいない場所で脱いで着替えてある。斬られた腕を隠すように布で巻いて隠し、三角巾で吊ってダンジョン内で怪我をしたように見せかけていた。


「大丈夫とは言い難いな。まさかアダマントを切り裂くとは。


 アメリカの敗北を配信するところだったぜ」


 肩をすくめながら答えるブライアン。変装してあるとはいえ、アトリに戦いを挑むことは彼らが所属している組織に報告してある。対アトリ用に調整した装備がどこまで通用するか。そのテストが目的だった。


『Networking by Divine Gene』――通称『NDG』。


 強化人間を産み出した米国の組織。三大企業に頼らずにダンジョンを制覇し、国家の威信を取り戻す為のプロジェクト。


 NDGは深層魔物を倒し、深層配信をしているアトリを仮想敵と見ている。敵、と言ってもアトリを排したいわけではない。兵隊の『品質』としての仮想敵だ。最強の配信者相手にどこまで戦えるか。


 結果は――残念ながら歯が立たなかったと言わざるを得まい。黙して歩くブライアンの表情がそれを示していた。


 用意してあった車に乗り込む二人。助手席に乗ったブライアンは大仰にため息をつき、


「アメリカが誇る強化人間。それを超えるとされるサムライアトリ。


 アトリに対抗できるように調整したサンダーバードをこうもあっさり切り裂くとはな」


 斬られた腕を見ながら、ブライアンは眉をひそめた。一度斬った場所を正確にもう一度斬る。口にすれば簡単だが、それができる人間などまずいないだろう。純粋な技量だけで巨額をかけた強化人間が負けたのだ。


「ミステリアス! まさに東洋の神秘だね! この結末は未来予知プリコグをもってしても見えなかったよ!」


 アレンはハンドルを握りながらむしろ喜ぶように叫ぶ。アレンの未来予知プリコグも万能ではない。見える未来は『現時点で一番ありうる可能性』だ。アトリがサンダーバードの腕を切り裂く『未来』は、ありえない未来だったのだ。


「アンビリバボーだよ! だってアダマントについたほんのわずかな傷を正確に斬るだなんてね! 電撃やブライアンの強さに恐れずにそれを為したそのマインド!


 まさにブシドー! やはりサムライは日本に実在していたんだ! となるとニンジャもいるに違いない!」


「いるわけがなかろう。いたとしてもCIA工作員の足元にも及ばんさ」


「オゥ、ノウ! ブライアンはニンジャを知らないからそんなことが言えるんだよ! 分身してシュリケンで攻撃するんだぜ!」


「銃で撃てば終わりだ。アメリカが培った銃の歴史は浅くはない」


 はしゃぐアレンに冷静に返すブライアン。これが二人の『日常』なのだろう。二人とも不快感を募らせているようには見えない。共に自分の『大好き』を語っているだけのようだ。


「……とはいえ、サムライアトリの強さは認めざるを得まい」


「イエス。まさかサンダーバードを切り裂かれるなんてね。


 念のために聞くけど、手は抜いてないよねブライアン?」


「当然だ。殺すつもりはなかったが、勝つつもりで戦った」


 アレンもブライアンが手加減などしていない事はわかっていながら問いかけた。ブライアンは苦虫を嚙み潰したような顔で言葉を返す。敗北の苦い味。その感情を噛みしめるように。


「逆に言えば、殺すつもりの装備なら勝てたのかい?」


「わからん。だが罪なきレディを殺すなど誇りあるアメリカ兵のやるべき事ではない。考えたくもないな」


「グレイト! それでこそブライアンだ!」


 ブライアンのぶっきらぼうな答えに笑ってハンドルを叩くアレン。ブライアンの敗北に心配していたが、その心配も吹き飛んだという顔だ。


『アレン! ブライアン! どういうことだ!?』


 そんな二人の脳に直接『声』が聞こえてくる。


『配信を見たぞ! なんだあの配信は! なんで腕を斬られたんだ!? あんな結末計算外だ!』


 テレパシー。


 NDGの強化人間は、全員テレパシーで連絡を取り合うことができる。電波すら使用せず、秘密裏に会話ができるのだ。


『クール! 落ち着けよ、ザカリー。レポートはそっちに戻ってから書くさ』


 アレンは苦笑しながらテレパシーを送ってきた強化人間――ザカリーに言葉を返す。言葉に出すまでもない。思うだけで言葉は通じる。


『簡素でいいからテレパスで教えてくれ! こっちで書く!


 開発部は泡吹いて倒れるわ、上層部は責任をどうするかで会議して大混乱なんだよ!』


 ザカリーと呼ばれた存在は必死に訴えてくる。NDGの混乱が伝わってくるようだ。アレンもブライアンもこっそりとため息をついた。


『オッケー。そっちは任せたぜ』


『と言うかブライアンは無事なのか!? さっきから何も言わないけどテレパスに反応できないほどの怪我なのか!? まさか腕以外にもダメージがあったのか!』


『問題ない。報告する内容をまとめていただけだ』


 心配するザカリーに思念を返すブライアン。


『そうか、無事でよかった。これで書かないといけない書類が7つ減ったよ。


 死亡報告書と大型機器廃棄処分許可書は記入する項目が多くて面倒だからな』


 安堵すると同時に冗談めいた思念を返すザカリー。


『とはいえ修理系の伝票は避けられないな。お前達の旅費に関する書類もいるし、ブライアンのレスラー衣装も……紛失してないよな? なくしていたら紛失書類を書かないといけないからな!』


『落ち着けザカリー。その辺りはこっちで書いてもいいぞ』


『何を言っているんだいブライアン!? そんなこと言わないでくれよ!


 !』


 興奮したザカリーを落ち着かせるためにブライアンが言うが、その言葉におもちゃを取り上げられた子供の様に大声の思念を返すザカリー。


『書類! 目的を書き写した人類が生み出した文字文化の芸術品! 無駄なく生み出され、後世に約束事を伝える存在! 紙による約束事を記す文化はデータとなってなお受け継がれる!


 数字が舞い、対象の名前が記され、そして最後にサインが跳ねる! その瞬間にこそ約束は為されるんだ! その瞬間のすばらしさは筆舌に尽くしがたい!』


 ザカリーのテレパス熱弁に、無言でため息を吐くアレンとブライアン。


 書類マニア。


 それがザカリーを示すのに一番適した言葉だ。高い事務能力を持つ有能な人間だが、書類に関して強いこだわりと美学を持っている。僅かな誤字や計算ミスも許さず、サインの位置にさえも拘るほどだ。


『オーケーオーケー。書類は任せたよ、ザカリー。正直、手伝っても邪魔になるだけだ。


 とにかく状況が落ち着いたらまた連絡してくれ』


『分かった。だが正直状況は芳しくないぞ。作戦中止で帰還することも考慮してくれ』


『了解した。報告内容は――』


 ザカリーの言葉に頷き、ブライアンは脳内でまとめてあった戦闘報告をテレパスで伝える。そのやり取りの後、テレパスによる通信は遮断された。


「ウープス! 帰還とは厳しいね。せっかく日本に来たというのに。


 まだニンジャとゲイシャに会ってないのに! なんてこった!?」


「それだけサンダーバードスタイルの敗北が効いたのだろうな。シミュレーションをはるかに超えるアトリの強さ。


 上層部も完勝できるとは思っていなかったが、アダマントの腕を斬られるのは想像外だったか」


「リアリィ! まさにサムライソードの恐ろしさ! 否、サムライアトリの剣技の冴えを見たね! 


 シンギタイ、というのかな? 怖れぬ心。培った鍛錬。そして体の動き。その全てが一つになった動きだったよ! 正直、見惚れたね!」


 はしゃぐ日本かぶれのアレンと、冷静に言葉を紡ぐブライアン。アレンはアトリを強く賞賛するが、かといって任務と同僚を軽視しているわけではない。


「このまま泣き寝入りなんてするつもりはないんだろ、ブライアン?」


「当然だ。とはいえ、それも上層部の判断待ちだな。


 可能性としてはお前に出番が回ってくる方が高いだろうな。ペコス・ビルとお前の未来予知があれば、遠距離から圧倒できるだろう」


「ノンノンノン! サムライならきっと銃弾を切り落としてくるさ!


 ま、命令が下れば頑張るさ。ガンマンVSサムライの夢のカードだ!」


「ペコス・ビル。アメリカ最強カウボーイの名を背負うんだ。負けるなど許さんぞ」


 そんな会話をしながら車は山道を進み、そして多胡旅館に到着する。車を駐車スペースに入れて車を降りる二人。


「……む」


 ブライアンの鼻が覚えている匂いを嗅ぎとる。


「おお、ブライアン殿にアレン殿」


 アトリだ。


 ダンジョン配信を終え、そこからここまで走ってきたのだ。配信時に来ていた和服に日本刀のサムライスタイルではなく、動きやすいジャージ姿である。どこかで着替えてきたのだろう。



 アトリは三角巾をつけているブライアンに、そう言った。


『その腕はどうしたのか?』ではない。なにも事情を知らなければ、『腕が斬られた』という非日常な出来事には思いつかない。自分がブライアンの腕を斬ったのだと知らない限りは、こんな言葉は出てこない。


 つまり、アトリは『ブライアン=サンダーバード』であることを知っている事である。


(ワッツ!?


 顔も隠してキャラも変えたブライアンに気付いているだって!? 派手マスクとレスラートークでブライアンと思わせないようにしていたなのに、このサムライガールには通用しなかったってのか!)


 思わず叫びそうになるアレン。サンダーバードがあんな格好をしていたのは、特徴的なマスクとキャラに注目させて、ブライアンの個性を消すためだ。なのにアトリは迷うことなく先ほど戦った相手がブライアンだと気づいたのだ。


「問題ない。すぐ治る」


 ブライアンは動揺することなく、そう言い返す。アトリはうむと一つ頷き、言葉を返した。


「うむ。よかったよかった。


 斯様なマスクを着けていたという事は、正体を隠して行う配信スタイルという事なのだろう。口外せぬゆえ、安心してくれ」


 どうやらアトリはサンダーバードになって襲撃してきたのを、『そう言うキャラ』と勘違いしたようだ。以前にコラボした火雌冷怨カメレオン特攻隊のような、そう言う魅せかたをする配信に似たものだと思っているようだ。


「そうしてくれると助かる」


「何、お互いもちつもたれつ。助け合いこそ、和の精神だ。


 まあ、ブライアン殿……もとい、サンダーバード殿とは満足いくまで戦いたいという某の欲求もあるゆえに」


 勘違いを解く理由はない、とばかりにブライアンが告げるとアトリも言葉を返す。


「ではこれにて。良き観光を」


 とアトリが走って去っていき、旅館に入るまでアレンとブライアンはそこを動けずにいた。


「オウ、ルーザー! 完全敗北だね! 正体がバレて、しかも見逃されたってさ! 恐ろしいね、サムライアトリは!」


「米国が負けたのではない。俺があの娘に負けた。それだけだ」


 戦闘技術でも盤外戦でも完全に上をいかれた強化人間は、しかし敗北者とは思えぬほどに清々しい表情をしていた。


「あくまで今回は、だがな」


「イエス! そうでなくっちゃね!」


 かくして、強化人間は敗北する。


 黒星一つ。次は負けぬと炎を燃やし。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る