漆:サムライガールはサンダーバードと戦う

 列車の扉を殴って壊したサンダーバード。そのままアトリを挑発し、肉体を誇示するようなファイティングポーズをとる。


 英語。レスラー的な動き。ドアを壊したパフォーマンスを差し引いても、人間の可能性を考慮してもいい挙動ではある。


『何だコイツ!?』

『新手の魔物か!?』

『ホラーチックな列車でいきなりレスラー登場!』

『深層わけわかんねぇ!』

『見るからにパワー型だな!』


 突然の乱入にコメントも大きく荒れる。もっともその意見の大半はサンダーバードを人間と思わず、新手の魔物が乱入してきたと受け取っていた。


「サンダーバード! アメリカンインディアンの伝承に登場する巨大な鳥の精霊です! 鷲の姿をした稲妻の羽根持つ伝説の生物! さまざまな部族にその名を刻み、2000年代のアラスカでもその姿を見た者がいるとまで言われています!


 目の前の魔物はその名を借りているだけの人型魔物ですが、その名に敬意を表するように鷲の紋様や電光を纏った腕など随所に見られます!」


 里亜が驚きながらも乱入者に対してのトークを繰り出す。カメラに写らない位置でトークンを出して、スマホでサンダーバードの検索をしているのだが、タコやんは見て見ぬふりをした。


「決まった場所を持たへん移動する系の魔物か? サムライとか知ってるんがおかしいけど、まあダンジョンやしそういう事もあるか?」


 眉を顰めるタコやんだが、アトリを狙ってやってきた人間という発想には至らない。人間のような奇妙奇天烈な魔物。そうとしか思わない。


 然もありなん。実際ダンジョンには定位置を持たずに好き勝手移動する魔物もいる。さまざな世界を飲み込んだダンジョンには人間のような魔物もいるのだ。レスラーのような魔物がいてもおかしくはない。


 そして何よりも、ここは深層だ。ここに訪れたことがあるのは『ワンスアポンナタイム』と、そしてアトリしかいない――あくまで『公的』には。配信されている記録や、三大企業の発表では深層に足を踏み入れたモノは先に挙げた人物以外は


 だから、こんなところに人間がいるはずがない。それが常識だ。


「サンダーバード。それが貴殿の名か。


 言葉よりもその戦意が某に何を求めているのか教えてくれるな。その強さも深層に値するに違いない」


 刀をサンダーバードに向けたまま、アトリは笑みを浮かべた。仮に隣の車両にこの車両と同じだけの『影の手』がいたとするならば、それを全て排して扉を破壊したのだ。決してパフォーマンスだけの存在ではないだろう。


「ハハハハハ! お互い様だぜ! ゴングは不要だな。


 ウィッチ イズ ストロンガー? レディ……ファイ!」


 どちらが強いか試そうぜ? そう問いかけてサンダーバードが吠える。アトリは無言で刃を振り上げた。踏み込んで相手との距離を詰め、真上から一刀両断しようと振り下ろした刀は――


 ガキィィィィィィン!


「ぬ。その腕は……!」 


 アトリの刀はサンダーバードの雷光纏った腕で受け止められる。


「は? 受け止めたぁ!? アトリ大先輩の刀を!? 深層を守る下層ボスも切り裂いたのに!?」


「金属音!? アイツの腕、なんかの金属でできてるわ!」


 驚きの声を上げる里亜と、交差の音からサンダーバードの腕の硬度を見抜くタコやん。


「ハハハハハ! この四肢はダンジョンで採れたアダマントで作られたモノ! 駆動部分にミスリルゴーレムのコアを用い、そこにライトニングカーバンクルの宝石を埋め込んだのさ!


 そんな細い武器ではいくら切っても切り裂けぬ! 小国がどれだけ努力しても大国に勝てぬようなものよ!」


 刀を押し返すように力を込めながら、サンダーバードが叫ぶ。


『アダマント!? なんじゃそりゃ!』

『ミスリルゴーレムって……この前シカの鑑定動画で出てきた下層魔物じゃんか!』

『ライトニングカーバンクルとかどこにいるんだよ!』

『ダンジョンレア素材使いまくりの腕とか!』

『って言うか、アトリ様押し返されてないか!?』

『ミスリルゴーレムのコアを使ってるってことは、パワーもミスリルゴーレム並ってことか!』


「ぐ……! これは……!」


 サンダーバードの力に押されるアトリ。純粋に相手のパワーが強いこともあるが、アトリが押し込めない理由はもう一つあった。


「はよ刀退けアホ! 感電しとるやろが!」


 サンダーバードの四肢が纏っている稲妻。それがアトリの刀を通してアトリに伝わっているのだ。感電による痛みと、そして筋肉の硬直。長く続けば肺機能や心臓も停止しかねない。


「ハハハハ! 感電して力が入らないようだな!


 これがサムライ殺しの腕だ!」


 笑いながら四肢に力を籠め、アトリの刀を弾いて押し返すサンダーバード。アトリの手から刀が飛ばされ、隙が生まれる。サンダーバードは反対側の腕をアトリに顔に伸ばし、掴んで電気で弱らせて地面に叩き付け――


(――マズい)


 サンダーバードは己を切り裂く刃の気配を察し、大きく後ろに跳んだ。


「危ない危ない。危うく真っ二つだ」


 マスクの鼻部分をこすりながら小さくため息をつくサンダーバード。あのまま踏み込んでいたらもう一本の刀で斬られているところだった。アトリは武器が弾かれた瞬間に予備武器の『鳥渡とりわたり』の柄に手を伸ばしていたのだ。


「よく気付いたな。あのタイミングで引くとは驚きだ」


「鼻が利くんでね。危険な香りがしたんで逃げたまでだ」


 問いかけるアトリに茶化すように答えるサンダーバード。超感覚の『超嗅覚センスオブスメル』で鉄の匂いを感じ取り、アトリの抜刀に気付いたのだ。それがなければ刹那ともいえるアトリの抜刀に気付かなかっただろう。


「お、驚きです! 稲妻を纏った腕でアトリ大先輩を弱らせ、パワーで刀を押し返したサンダーバード! 生まれた隙を逃さず追撃するも、一瞬早く反撃に移行したアトリ大先輩!


 しかしそれに感づいてサンダーバードは一旦退いて仕切り直し! 猪突猛進のパワー型に見えて勘もいいようです! 深層の魔物、侮りがたし!」


『は? 今そんな攻防だったの!?』

『刀を弾いたレスラーが気付いたら退いていたぐらいしか分からんかった』

『アトリ様がもう一本刀持ってなかったら詰んでた……?』

『いやこれ仕切り直しって言うけど、状況は変わってないよな!』

『攻撃したら電気の腕で痺れさせられて、おまけにパワーも半端ないとか!』

『金属武器持つ相手の天敵じゃねぇか!』

『それどころか手足がスタンガンだから、殴られても蹴られてもダメじゃん!』

『もしかして、アトリ様って電撃に弱い?』

『雷撃系の敵はこれまで何度も出てきたけど、雷は避けて本体を丸ごと切って終わってたからなぁ……』

『斬れずに電撃カウンターとか、どうしようもないぞ!』


 まさかの展開に驚くコメント。


(これが対アトリ用に考案されたサンダーバードスタイル! 上層部が許せば星条旗を高らかに歌いたいぜ!


 まさにこの場はアメリカ勝利の場。あの旗をたなびかせるにはふさわしい!)


 内心で笑みを浮かべるサンダーバードことブライアン。対アトリに調整された雷撃系の四肢。刀で斬られぬように硬い材質を用い、駆動部分も雷撃も高品質の素材を使用した。何よりもブライアン自身の超感覚が刀を相手取るのに適している。


「四肢に稲妻を纏い某の動きを封じる。加えて動きもよく判断も良いと来た。


 素晴らしきかなダンジョン。まったく飽きさせてくれぬよ」


 自分とは相性が悪い。その事実を認めたアトリは、そう言って刀を構えた。


「おおっと、逃げてもいいんだぜ。こちらの強さは理解したんだろう?」


「ああ、理解した。某には難敵だとな」


「なのに挑むか。クレイジーだぜ」


 おどけたように肩をすくめるサンダーバード。その後でファイティングポーズをとる。両手を広げ、タックルを仕掛けるプロレスの構え。掴まれれば電流を流され、受け身も取れずに地面に叩き付ける。言葉なくそのスタイルを伝えていた。


 そんなサンダーバードに対し、アトリは笑みを浮かべて言葉を返す。


「ああ、挑むとも。貴殿が強いからな」


 強い相手と戦いたい。


 アトリが戦う理由などそれだけだ。ブライアンのように国に忠義を誓うわけではない。深層配信の名誉を喜ぶでもない。深層素材でパワーアップするわけでもない。ただ、戦いを。


「あー……うん、せやな。アンタはそういうヤツや」


「雷撃纏う腕を持つサンダーバード、しかもその腕は金城鉄壁! アトリ大先輩でも切れぬ腕を高い技量で扱う難敵! 刀で戦うアトリ大先輩との相性は最悪です!


 だからと言ってアトリ大先輩は退きません! 強敵を前にアトリ大先輩が逃げるなどあり得ません! ええ、最高ですアトリ大先輩!」


『それでこそアトリ様!』

『俺達のサムライは不退転!』

『だけどどうするんだ? 同じように攻めたらまた受け止められてお終いだぞ』

『予備の刀はもうないから、今度こそ掴まれてしまう』

『やっぱり逃げたほうがいいんじゃないか?』


 アトリを讃える声もあるが、同時に不利を憂う声もある。そんなコメントの中、アトリとサンダーバードは互いの隙を窺うように睨み合う。実際に睨み合った時間は1秒に満たなかっただろう。


 ガコン! 電車が振動した。その振動が二人を動かす。


(刀を受け止め、もう片方の腕で掴んで投げる!)


 先ほどと同じ上段からの構え。ブライアンの『超嗅覚センスオブスメル』は刀の起動を正確に把握していた。先ほどよりも速いが、反応できない動きではない。雷撃を纏わせて刀を受け止め――


「ッ……!?」


 刀を受け止められない。刀は真っ直ぐに振り下ろされ、サンダーバードの腕を切り裂いた。


「S・H・I・T! アダマントを斬っただと!? さっきの一撃は受け止められたのに……!」


 地面に落ちた腕を信じられない眼で見るが、驚く間も与えぬと返す刀でアトリは追撃する。高速で迫る玉鋼の香りがブライアンを現実に引き戻した。


「そうか……さっき受け止めた個所に刀を当てたのか! 動く腕の傷を狙って、同じ角度で同じ場所に刀を振り下ろしたってことか、なんて技量だ!」


 四肢の駆動系を全力で動かしながら、ブライアンは腕が斬られた原因を考察する。アトリは最初に刀を当てた場所に、正確に刀を振るったのだ。腕についた僅かな傷。その傷を起点にサンダーバードの腕を切り裂いたのだ。


「一意専心に振り続けた刀だ。その技を受けるがいい!」


 サンダーバードの動きは消して遅くはない。防御に当てたとはいえ腕につけた僅かな傷を狙って当てるなどできるものではない。攻撃してくる相手に対し、しかも斬り損ねれば電撃を受ける事を知っていながら、臆することなく刀を振るったのだ。


(このままだとやられる……! 仕方ない!)


 あと3手で斬られる。それを察したブライアンは斬られていない腕を突き出し、電力を一気に解放した。スパークするような爆発音と激しい雷光がアトリの目の前で起き、その五感を乱す。


 閃光を前に眉を顰めるアトリ。サンダーバードはその隙を逃すことなく、義足の駆動系を全開にして――逃げた。


『逃げた!?』

『あのレスラー、列車の窓から飛び降りたぞ!』

『卑怯……とは言えんな。あのままだとアトリ様に斬られてたし』

『判断が早い!』

『狂戦士モードのアトリ様から逃げられたのって、珍しいのでは!?』


 列車の窓を突き破って外に逃げたサンダーバード。コメントは驚きと、その判断に賞賛を送っていた。


「むぅ。消化不良だな」


 アトリは不満げに呟きながら、切って落とした腕を拾う。


「……ふむ。魔石にならないか。いわゆる『どろっぷ品』というヤツか」


 ずっしりと重いそれを風呂敷に入れながら、アトリは気分を入れ替える。次はどんな敵が待っているか。


 ――皮肉なことにこの日はサンダーバードより強い相手に会うことができず、もやもやを抱えたまま帰還することになるのであった。

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