陸:サムライガールはコラボ配信をする

 アトリ達が大阪に拠点を移してから、数日が経過した。


「うむ、では配信を始めよう」


『待ってましたぁ!』

『アトリ様来たぁ!』

『俺達のサムライがやってきたぁ!』

『深層配信!』

『今日も来たぜ!』


 配信開始と同時に膨れ上がる同接数。それはアトリの配信開始を喜ぶ声であり、


『今日も時間ぴったり!』

『ここのところ、安定した時間で嬉しい!』

『前は一時間ぐらいズレることもあったからなぁ』


 配信時間が安定してきた事を喜ぶ声もある。一時期、花鶏チャンネルの配信時刻が不安定な時期があったので、それに不満を感じていた視聴者もいたのだ。


 配信が遅れたのはメディアに見つからないようにダンジョンに向かっていたからである。変装、囮作戦、逃亡、その他さまざまな準備など。時間通りにダンジョンにたどり着けることは少なく、酷い時には一時間近く遅れたこともある。


 だが、大阪に来てからはそれもない。午前はリモート授業を受けて、終了後にダンジョンまでランニング。ジム施設やネットカフェなどでシャワーを借りて汗を流し、そこでいつものサムライスタイルに着替えてダンジョンに入っているのだ。


 京都でアトリを追っているマスメディアは全く網にかからないアトリに驚く。京都にいない事は察したが、ではどこからダンジョンに入っているのか皆目見当がつかないのだ。何せダンジョンへの転送門は日本だけでも60個ほどある。その近辺全てに網を張ることは、不可能だ。


 そういうわけで、大阪に来てからはメディアに邪魔されることなく深層配信を行うことができるようになった。毎日定刻通りに配信を提供できる、というのは見る側からすれば安心できることだ。


「この所不安定な配信時間になってしまって済まなかった。しばらくは安定して配信できそうなのでご容赦してほしい」


 アトリはメディアのことを公開しない。いらぬ火種を生みたくないというのもあるが、『お前らの事なんか歯牙にもかけへん、て態度したらあっちもムカつくやろ』というタコやんの意見もあった。


『いえいえ!』

『配信があるだけありがたいです!』

『むしろ無理せずお願いします!』

『アトリ様の姿と剣技が見れるだけで幸せです!』


 視聴者達は事情を知らないが、アトリの不安定な配信を責めたりはしない。今まで事前告知なく配信が休止したりすることはなかったので、些か不安だったのだ。


 そして視聴者達が沸くのはそれだけが理由ではない。


「アトリだけやないで! ウチもおるからな!」


「こんに里亜! アトリ大先輩の後輩の里亜もいまーす! 今日も予告通り『花鶏』×『D-TAKO』×『ぷら~な』の三チャンネルコラボ配信始まりますよ!


 担当配置はいつも通り! タコやんが技術担当、里亜がトーク担当、そして大本命のアトリ大先輩が迷宮踏破担当! 未知なる深層を突きすすむアトリ大先輩。それをみんなで楽しみましょう!」


『たこやん!』

『里亜ちゃんも!』

『コラボ! コラボォ!』

『ここのところ連続でコラボしてくれて嬉しいぜ!』

『この三人から供給されるモノがある!』


 コラボしているタコやんと里亜の挨拶でコメントがさらに加速する。アトリとタコやんと里亜の三チャンネルコラボ。それが連日行われているのだ。


 配信コラボは日程調整などで色々と大変なのだが、何せアトリ達三人は今同じ所に宿を取っている。朝食時に会話するだけでスケジュールは簡単に合わせることができるのだ。言葉通りの、朝飯前というヤツである。


 コラボを連続でしているのは視聴者を楽しませるということもあるし、配信者として数字を稼ぐという意味でもある。だがこっそりもう一つの理由があった。


「今日のウチは一味違うで! 休みに温泉に入ってええ気分やからな! やっぱ温泉は草津やで!」


「里亜の格好は七福神で有名な弁天様! 性格には弁財天といい、インドの河の神様サラスヴァティと日本の宗像三女神市寸島比売命イチキシマヒメと融合して今の姿になりました!


 弁天様の神社にお参りして技芸上達した里亜の華麗なるトークをご覧あれ!」


 開始前のトーク。どうでもいい内容に思えるが、アトリ達の姿を探しているメディアからすればこういった情報も聞き逃せない事だ。こういった会話からどこに潜伏しているのかが分かることもある。


(草津。温泉。となると群馬か? いいや、そう思わせておいて滋賀県の方?)

(弁天を祀る神社……有名どころで江の島神社か?)

(断片的すぎるが、それでも数をそろえれば限定できるはず!)

(情報戦のプロを舐めるなよ、小娘共! 俺達はこれでメシ食ってるんだからな!)

(いつか尻尾を摑んで、全てを曝け出してやる!)


 与えられる情報に笑みを浮かべるメディア達。それがタコやんと里亜に踊らされていると気づくこともなく。


 ――実際のところタコやんが温泉に入ったのは事実だし、実家よりは草津の方がいいと言ったに過ぎない。里亜も弁天様の神社に行ったのは間違いないが、弁財天を祀っている場所は神道仏教含めて全国に沢山あるのだ。ウソは何一つ言っていない。


 タコやんからすれば『ひっかかればめっけもんやろ。何せタダやし』的なトークである。実際それに引っかかっている人も多く、かなりの効果を発揮していた。


「さてさて、前回の配信では暗い山の中でしたが、そこにあった田舎の無人駅まででした!


 そしてアトリ大先輩がホームに入ると同時に列車がやってきた! アナウンスもなくドアが開きました。まるでアトリ大先輩を誘うように! これは何かの罠かもしれませんから慎重に――躊躇なくそこに飛び込むアトリ大先輩はまさに勇猛果敢! ダンジョン配信はこうでなくては!」


「ちっとは罠を疑えや。まあ展開早いんは楽やけどな」


 アトリがいた場所は里亜の説明通り、誰もいない無人駅。ホームも一つしかない駅に足を踏み入れた瞬間に電車が到着し、無音てドアが開いたのだ。ホラー映画を彷彿させる状況だが、アトリは怖れることなくその電車に乗り込む。


「罠なあったな。某が望む罠が」


「グゴバアアアアアアア………」


 電車の中にいたのは無数の手。天井、座席、床、その全てから影のような手が生えているのだ。数を数えるのもバカらしい。カメラに映るだけでも確実に100は超える。カメラに写らない部分にはどれだけいるのやらだ。


 ゆらゆらと揺れる手はアトリを認識したのか一斉にアトリを摑もうと手を『伸ばして』くる。360度全方向から一斉に。


『何だこれ!?』

『キモッ!』

『ホラー展開だ!』

『影の手!』

『しかも襲い掛かってくる!』


「列車の中は魔物の巣窟! いいえ、この列車そのものが魔物なのかもしれません! 走り出した列車に閉じ込められ、四方八方からの影の手がアトリ大先輩に襲い掛かる! まさにピンチ! この危機的状況をアトリ大先輩はいかにして解決するのでしょうか!?


 言うまでもありません! 刀を抜き、斬り進む! 明朗快活に! 冷静沈着に! それが里亜のアトリ大先輩!」


 迫る無数の影の手に対し、アトリは怯えることなく抜刀して切りかかる。数の暴力は鍛え上げられた剣技を前に切り刻まれていく。


 腕は真正面から、真上から、真横から、背後から、死角から、同時に、時間差に、視界を塞ぐように、まっすぐに、フェイント交じりに、あらゆる技巧を織り交ぜて攻め立てる。


「無数の手。素晴らしいぞ! ただ数で押すだけではなく、さまざなな工夫を感じられる! 次はどう来る? なるほどそう来たか! だがまだまだ甘いぞ!」


 しかしアトリはその全てを刀で斬り払っていく。影の手の戦術を褒めたたえながら、それを打ち砕くことに喜びの笑みを浮かべていた。戦いそのものを楽しんでいる。


「ほいほい。楽しんどるサムライはさておいて、解析完了や。ざっくり言えば、手の形をしたゴーストやな。長さは最大で2mぐらい。宙に浮かず電車から生えてるから、電車そのものに寄生してるとかその辺やろ。


 電車自体は2車両やったから、隣車両も同じぐらい手がいるんやったら700本ぐらいはある換算やな」


 タコやんは影の手の大きさと列車の大きさを計算し、ざっくりとした数を割り出す。【鑑定】のようなスキルはないが、相手の大きさと電車の収容数から数を割り出す。とはいえ、あくまで机上の空論だ。それを超えることが起きるのがダンジョンである。


『タコやん解析助かる!』

『計算早っ!』

『いや、こんなんがあと700体とか怖すぎるわ!』

『アトリ様だから普通に斬っているけど、深層魔物だから一本でもかなり強いんだろうなぁ』

『捕まったら骨ごと砕かれるかもしれん』

『あるいは接触系の呪いをかけてくるかもな。ゴーストだし』

『ドレインタッチか。ありえそうだ』

『まあアトリ様を捕まえるなんてできそうにないがな!』


 コメントの言うように、影の手は様々な手法を凝らしてアトリを摑もうとする。だがアトリはそのこと如くを一刀両断していく。


「700か。大した数だ! 何ならもう少し数が増えてもいいのだぞ!」


「大胆不敵のアトリ大先輩! 700の影の手などもろともしないという宣言! そしてこれが舌先三寸のハッタリではないことなど皆々様承知の上! 相手の強さを認めつつ、その上で勝つのがアトリ大先輩!


 車両全ての手を倒し、いざ隣の車両へ――はへ!?」


 隣の車両へいざ行かん! と言おうとした里亜はカメラが示す先にある光景に驚いていた。隣車両の扉が反対側から巨大な鈍器で殴られているかのように、ひしゃげているのだ。


 ガコン! ガコン! ガコン!


 定期的な打撃音と共に扉は歪み、そして5度目の衝撃で屈するように扉が折れ曲がる。


「なんや……? 人型魔物か?」


 そこには、人型の何かがいた。


 プロレスラーを思わせる青のマスクで顔全体を覆い、全身も同色のスーツを着ている。要所要所に鷲を思わせる装飾があり、ドアを殴ったと思われる突き出した拳からは稲光が輝いていた。


「アイアァァァァム……! サンダァァァァ、バァァァァァァァァァァァド!」


 それは自分を指さし、そう叫ぶ。プロレスでレスラーが試合前に行うパフォーマンスのように。


「ヘイ、サムライ! やり合おうぜ!」


 そしてアトリを指さし、そう叫ぶのであった。


 そしてその正体は――


(さあ威力偵察と行こうか。


 アメリカが誇る強化人間とどちらが強いか試させてもらうぜ、サムライガール!)


 アメリカから来た強化人間、ブライアンであった。

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