弐拾陸:サムライガールは一段落する

 ゼノを倒したアトリだが、その後はてんてこ舞いだった。


 アレン、アイザック、ジョシュア、そして昭一の四人が銃で撃たれて重傷状態。ポーションを使ってどうにか命を繋いでいるが、手術しなければいけないほどの状態だ。このまま放置して自然回復するなど、楽観的に思えない状態の者ばかりである、


「救急車こっちでーす!」


 里亜のトークンがあらかじめ呼んでいた救急車が到着したのは戦闘後から数分後。ゼノも含めて5名の緊急手術となった。銃創ということもあり警察なども呼ばれ、ゼノの刀傷の件でアトリも警察に拘束されることになった。


「……あ。里亜もですよね? はい。同行します」


 ついでの形で盗難及び道路交通法違反の里亜も捕まることになる。とはいえ、アトリも含めてゼノを押さえるための急迫不正の侵害が成立するので、厳重注意という形に収まったとか。


『杓子定規に法律守ってたらみんな死んどったからなぁ。


 警察も歩合給やないさかい、気張るのも疲れるやろ? 肩の力抜いていきましょ』


 なおこの裁定に至った裏ではタコやんの母、恭子が絡んでいたらしい。らしい、とあやふや言い方なのは当の恭子が何も言わないからである。タコやんが言わなければ、誰も気づかなかったという。


「もう少し拘束されると思ってましたけど、以外にすんなり釈放されましたね」


「オカンが警察サツと話付けたんやろ」


「……え? 警察関係に顔が利くとかどういうコネなんですか?」


「オカンやしなぁ」


「その言葉ですべてを解決するのはおかしいと思わないんですか!?」


「オカンやしなぁ……」


「えぇ……マジで言ってるんですか……?」


 そんなタコやんと里亜の会話があったとかなかったとか。ともあれアトリ達三人は次の日の朝に総合病院の一階ロビーで合流していた。第一に上がるのは、タコやんの父親である昭一の容態だ。


「それで昭一殿の容態は?」


「3か月入院やな。高いポーションで処置してくれたおかげやわ」


 アトリの問いかけに、寝不足な顔で肩をすくめるタコやん。父の手術中、不安で眠れなかったのだろう。缶コーヒーを飲み、どうにか目を覚ましていた。


「お父さんが生きててよかったですね、タコやん」


「……まあな。ホンマよかったわ」


「あら素直。『勝手に庇って迷惑かけやがって』ぐらいは言うと思ったのに」


「ウチもそこまで恥知らずやないわ」


 驚く里亜に頭を掻きながら答えるタコやん。さすがに自分を庇って銃で撃たれた父親を、悪し様にからかう事はできなかった。


「ここに居たか」


 そんな三人に声をかけたのは、ブライアンだ。斬られた義手は新しいものと付け替えたのだろう。こちらも寝不足を感じさせるが、徹夜慣れしているのかタコやんよりは表情に余裕があった。


「アレン達を守ってくれて感謝する。貴方達がいなければ我々は命を落としていた」


 そして頭を下げるブライアン。アレン、アイザック、ジョシュアの手術も無事に終わり、一命をとりとめたという。


「うむ。無事でよかった」


「よくないわ。ポーション代とかも含めて、きっちり迷惑料は請求するからな」


「ああ、謝罪の形として支払おう。アメリカの名にかけて」


 冗談めかしたタコやんの追及に、頭を下げた状態で答えるブライアン。アメリカの名前を出したのだ。本気の本気である。


「……あー。とりあえず頭上げろや。強化人間? そいつらがどうなったか教えてくれ」


 冗談を真面目に受け取られて、頭を掻くタコやん。ブライアンは頭を上げ、NDGの強化人間達の状況を説明する。


 銃で撃たれたアレン、アイザック、ジョシュアはこの病院に入院することになった。国外入院で色々手続きなどが必要なのだが、『書類マニアの同僚』が嬉々としてその辺りの手続きを済ませたとか。


 深層でアトリを襲ったサイラス、デニス、イーノック、フレッド、グレッグはアトリに斬られてこちらも重傷。高額ポーションを使って何とか回復し、ダンジョンを通じてヨシュアと共に一足先に米国に帰還したという。


「アトリにはかなわない。二度と戦いたくないと言っていたな」


「むぅ、残念」


「残念なんかい」


 本気で残念がるアトリにツッコミを入れるタコやん。


「そしてゼノだが……サイラス達よりアトリに怯えている」


 ゼノはアトリに胸を貫かれた。即死と思っていたがかろうじて息があり、どうにか一命をとりとめたのだが――


「自分を貫いた刀に対して反射的に『サイコメトリーポゼッション』を使ったみたいで、その際にを読み取ったようだ」


 自分を貫いたアトリの刀。そこに在る自分を殺した経験。それが脳裏に刻まれたのだ。自転車の乗り方を忘れないように、自分を殺した経験が脳裏に焼き付いたのだ。


『俺は、死んだ……! 死、殺され、ヒィィィィィ!』

『俺を殺したのは、俺。俺を貫く感触が、貫かれた感触が、忘れられない。あははははは!』

『俺、生きてる。俺、死んだ。俺、俺を、殺した。俺、俺に、殺された』


 自分を殺す感覚。自分が殺された感覚。それが同時にフラッシュバックする。武器の類を見る度に死の情報が思い出される。刀剣の類は、言葉を聞いただけで立ってられないほどの感覚に襲われてしまう。


「あれはもう戦士として再起不能だ。武器から離れ、精神的な治療が必要になる。


 自業自得で裏切り者だが、放置もできん。NDGが抱える病院で預かることになった」


 小さくため息をつくブライアン。ゼノの行為はけして許されることではないが、かといって見捨てるわけにもいかない。人道的な理由もあるが、罪を償ってもらう意味でも目の届くところで身柄を確保する必要があった。


「ふむ、もう戦えないのか。残念だな」


「お前そればっかりやな。戦うしかないんか」


「そ、そんな事はないぞ! その、まあ、うむ!」


 必死に誤魔化そうとするアトリをジト目で見るタコやん。タコやんは深くため息をついて――アトリはそう言うアホやしな、と言う理解わかってるけど揶揄わへんとオモロないという笑みを浮かべた。


「ああ、せやな。お前はそれでええわ。ずっとそのまま突き抜けとけ」


 諦めではない。むしろそんな貴方だからこそ一緒に歩んでいける。そんな想いを込めて、タコやんは軽く拳を握って、アトリの胸を軽く小突いた。トン、という小さな衝撃に信頼と思いの全てを込めて。


アトリこのアホが全力で戦えるようにするんがウチの仕事やな。


 ウチみたいな天才とか、里亜みたいな後輩気質やなかったらとっくの昔に見捨てられてるでアンタ!)


 戦う以外に何の才覚もないアトリ。それをサポートするのが自分の仕事だ。気苦労は多いが、それに見合うだけの報酬も多い。同接数などの人気に伴う数字の増加もあるが、それ以上の満足感。


 親友と共に歩める充実感。経済的でもない、名声でもない。心の底から信じられる者と一緒に歩める充実感。損も得も一緒に笑い合える相手との絆。失敗しても笑いあい、成功したら『ウチの功績や!』と豪語しても苦笑して許される関係性。


 それを得難い財産だと気づくのは年を重ねてから。圧倒的な暴力でもなく、社会的な地位でもなく、経済的な安寧でもない。人と人の絆は力や地位やお金では得られない、人生の財産なのだ。


 その実感はないが、それでも傍にあるアトリと里亜の繋がりをタコやんは感じていた。この二人がいなければ今の状況はない。父は撃たれ、自分も死んでいた。そんな事実もあるが、それよりも深く熱く感じる『何か』がある。


 感謝を行動で返す。脳内で思考をまとめ、感情をエネルギーにする。ここから先はウチのターン。アトリを守るために舌先三寸決めたるで! タコやんは唇を笑みに変え、ブライアンに言葉を放つ。


「ガッタガタやけど全員生きてる、ってのは僥倖やな。退院するまでに、アンタらのデリバリー案件の話を詰めとかんとな」


 NDGの強化人間を用いての、ダンジョンデリバリー。アトリをNDGの実験体にさせないための代替案。それを押しとおし、アトリを諦めさせる。社会的にアトリを狙う輩を退ける。


「……そうだな。その案件は煮詰めないとな」


 ブライアンもタコやんの意図を察してそう告げる。タコやんの案自体はすでにNDGに通達済みだ。ゼノの裏切りで混乱していた上層部だが、強化人間が一蹴されてアトリを実力で押さえることが不可能と察した時点で交渉の流れは決していた。


『は? <第二世代>が全滅!? 五人がかりでも一蹴されただと!?』

『だったら洗脳して人質を……! え? それも対策されていた……!?』

『【トークン作成】と【思考分割】という中層クラスのスキルで対策された……?』 

『<第二世代>はその程度なのか……?』

『我々の長年の研究と研鑚は……そんな程度、なのか……』


 上層部の多くはアトリの強さと、タコやん&里亜の動きに心が折れていた。加えてゼノの裏切りとその末路も知らされており、アトリ達に抗う事が三大企業を相手すること以上に無駄な事だと身をもって知らされていた。


「ダンジョンでのデリバリー。アンタらならできると思うけど、どないや?」


 そんな状況でタコやんから提案された案件。強化人間の基礎ともいえるテレパシーを用いた三大企業ではできない事。アイデアもそうだが、提案された相手が自分達が叶わなかったアトリの相棒ともいえる存在だから、なお賛同する者が多かった。


『何から何まで対策され、その上での提案か……』

『全てあの少女の掌の上だった』

『いや。彼女のスタイルに敬意を表し、<タコ足>の上と言うべきか』

『一刀のサムライガール、アトリ。八足ガジェット使い、タコやん。無数のトークン使い、里亜。何もかも、見事と言えよう』

『三大企業を超えるのは我々ではなく、あの三人なのかもしれない』


 NDGの人間は今回の結果を受けて、アトリとタコやんと里亜をそう評する。自分達では成し得なかった三大企業の支配を打ち砕く存在。武力、知力、行動力。その全てを兼ね備えた三人のチーム。


刀流』にして『意専心』アトリ。


足ガジェット使い』にして深層もカバーしうるデリバリー組織との交渉能力持つ『方美人』タコやん。


 タロットにおいて『見えざる真実を得るために苦労する』を示すXVIII18『The Moon』の適合者。そしてその気になれば最大人までトークンを産み出せる里亜。


 地球の人類として、深層のさらに奥にある『奈落』に初めて足を踏み入れることになる配信者チーム『一八イチハツ』。


 その原型が生まれつつあった。


 ――まあ。


「人の弱みに付け込んで商売するとか、タコやん非道ですよね」


「相手の弱みに付け込むのは基本やで。アトリも弱点見つけたら容赦ないしな」


「いや、まあ、それは戦いの基本というか……。まあ、その、容赦するのも失礼と言うか


「流石アトリ大先輩! 戦闘は弱みを見せたら負けですからね!」


「ホンマ、手のひらくるんくるんやなぁ里亜は!」


 互いを笑い合いながら談笑する三人の少女達からは、その気配は感じられない。未来予知能力を持つアレンでもその未来は見えない。


 今は、まだ――

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