肆:サムライガールは米国人に遭う
多胡旅館、松部屋。
旅館二階の半分ほどを使用した部屋で、12畳の広さは3人では持てあますほどだ。畳や欄干などに花を模したデザインが施され、テーブルの上には急須と茶器が用意され、座椅子でゆっくり過ごすにはちょうどいい空間である。
大きな窓からは山を見下ろす広大な風景が広がっていた。窓を解放すれば風が心地よく、鳥のせせらぎが聞こえてくる。夜になれば満天の星が広がり、それを見るのも風情だろうと思われた。
端的に言えば、古い和風デザインの大部屋だ。だが古風だからこその風情がある。
「二階は全部客間。一階には温泉があるわ。卓球とか昔のゲームとかあるから暇やったらそっち行くのもええで。
食事は兄貴が厨房で作って部屋まで持ってきてくれるわ。キャンセルするんやったら早めにな」
タコやんは部屋の説明と宿の説明をする。本来こういうのは旅館の人間がやることだが、タコやんが拒否したのだ。旅館の人間もタコやんの心情を察し、説明を任せたのである。
「宿は家族経営なのか」
「流石に忙しい時はバイトとか雇ってるけどな。基本は家族だけでやってるわ」
「タコやんも手伝ってたんですか?」
「まあな。言うても料理運んだり掃除したりの小間使いや。
ドローン作って人手増やそか、って言ったら『人が運ばないと人情味が欠ける』ってオトンに否定されてなぁ」
昔のことを思い出して苦い顔をするタコやん。
「昔から新しい事に拒絶反応示す古い頭やからな、オトン。ウチが何か作っても使わへんの一点張り。その辺も家出の原因やな」
発明気質のタコやんと、伝統を守る父親。反りが合わずに不満がたまっていたのだろう。関係がこじれた一因なのは間違いない。
「ま、その辺はどうでもええわ。ここやったらメディアは来うへんし、来たとしてもまるわかりや。客もうちら以外やと一組だけらしいし。
しばらくのんびりするのもええし、ダンジョン配信してもええ。兄貴に言えば車ぐらい出してくれるやろ。一か月ぐらいすればアホメディアも諦めるわ」
手を叩いて家族に関する話題を打ち切るタコやん。遠回しに家族に対する追及を拒んだ。アトリも里亜もそれを察して口をつぐむ。
「確かにザ・旅館! て感じですからね。不審者がいればすぐにわかりそうです。
今日はゆっくり休んで、明日からダンジョン配信ですかね」
「ふむ。それがいいだろうな。この風景を楽しむのも悪くはない」
窓から見える景色を見ながら、里亜の提案に同意するアトリ。時間的に今からダンジョンに潜れなくもないが、景観を楽しむのも悪くはない。
「そんなええもんでもないけどな。山と木しかないで。あと温泉か」
「確かにな。しかし今は青く茂っているが秋には赤く染まり、冬には雪景色が楽しめる。春には桜も見えるのか。四季折々の風景を楽しめるではないか」
「へいへい。オトンと同じこと言うけど、何年も見て楽しめるもんでもないからな」
自然を……というよりは実家周りの風景を否定的にとらえるタコやん。生まれてからずっと見ている風景に飽きているということもあるのだろう。
「とりあえず宿の中を歩いてみません? 色々見てみたいし」
「繰り返すけど、あんまおもろいところないで。古い旅館やし」
里亜の提案で宿の中を散歩することになった一同。作務衣に着替え、廊下に出る。一階の階段に向かう途中で、ふすまが開いて二名の男性が出てきた。
「ファンタスティック! これがジャパニーズキモノだ! 動きやすくて心地よいじゃないか!」
「機能的ではないな。Tシャツにハーフパンツで十分だ」
二名の金髪男性。片方はアトリ達と同じ作務衣を着て、片方は英語がプリントされたTシャツを着ている。髪の色や体格から、日本人ではない事は確実だ。
「オウ、ゴッデス! 見ろよ、ブライアン! あそこにサムライガールがいるぞ! しかも三人! アトリは三人いたのか!」
その一人、作務衣を着ているほうがアトリ達三人を指さしそう叫んだ。
(なんや、客か? コイツの事知っとんのか?)
(アメリカ人? 日本語は流暢ですけど……)
ここに来た経緯もあって、警戒するタコやんと里亜。アトリは戦意らしいものが感じられないので、指をさされるままに立っていた。
「落ち着けアレン。そんなわけがなかろう。あれは俺達と同じ客。和服を着たレディだ。
すまない、レディ。相棒が迷惑をかけた。コイツは日本かぶれでね。憧れの日本に来て興奮しているんだ」
ブライアンと呼ばれたTシャツ男性は、作務衣の男――アレンを押さえつつアトリ達に謝罪した。サムライガール=和服=アトリ。そんな構図が脳内で展開されているようだ。
「いや、某の名前はもぎゅ」
「いえいえ。異国文化に触れて喜ぶことは誰にでもありますから。
ごゆっくり旅行を楽しんでくださいね」
何か言いかけたアトリの口を手で塞ぎながら、里亜が手を振って話を受け流す。うっかり名乗ったらややこしいことになりそうだ。状況が状況なので、目立つことは好ましくない。
「トゥバッド! そう言えばカタナを持っていないか。確かに早合点だ。そう言えばアトリは京都にいるんだったか。此処にいるはずがないか!
確かに失礼した! ハラキリセップクしてお詫びしよう! グワァ!」
座り込んで懐から扇子を取り出すアレン。そのまま扇子の先端をお腹に当て、横に移動させる。刃物であれば腹が裂けていただろう動作だ。
「こんなところで腹斬られても困るけどな。どんだけ日本誤解してんねん、この兄ちゃん」
「相棒がすまない。日本には忍者や侍がいると信じて疑わなくてな。ジャパニメーションの影響を受けすぎているんだ」
ブライアンがアレンの頭を小突き、頭を下げる。アレンは立ち上がり、ブライアンに異議を唱える。
「アンビリバボーだよ! ニンジャやサムライに憧れてやってきたのにこの仕打ち! 全ては幻想だったという事か! いいや、まだ信じないぞ! ニンジュツで隠れているだけなんだ!」
「いい加減認めろ。日本には忍者も侍もいない。
サムライアトリもアメリカが作ったフェイク映像だ」
頭を抱えるアレンにブライアンは冷静に言い放つ。
「いや、あの配信は、痛っ」
「せやなぁ。あんなデタラメな強さを持つヤツがいるはずないもんなぁ」
何かを言いかけたアトリの足を踏んで、タコやんが言葉を割り込ませる。そのまま主導権を維持するよう会話を続けた。
「忍者も侍も昔の存在や。そんなんおらへんおらへん。
せやけどアトリがアメリカ産のフェイク映像ってのはどないな理屈なん?」
(あ、タコやん怒ってる。侍はともかくアトリ大先輩をフェイク扱いされるのは許せないんだ。里亜もですけどね!)
言語に含まれる感情を察した里亜は、そのまま黙って会話の流れを見守る。タコやんの問いかけにブライアンは胸に手を当てて、もう片方の腕を高く掲げた。
「決まっている。アメリカこそ最強だからだ。否、最強とはアメリカそのものだからだ」
「「は?」」
あまりに想像外の言葉に、タコやんと里亜は同時に疑問符を浮かべた。
「最強の国にこそ、最強の戦士が存在する! アトリという存在が配信者の中で最強ならば、それは当然アメリカが産んだ存在以外に考えられないのだ! アメリカ! イズ! ストロンゲスト!
故にサムライアトリはアメリカが作った存在。そしてアメリカにサムライがいない以上、フェイク画像なのだ! それは当然の帰結と言えよう!」
アメリカを過剰に褒めたたえるブライアン。アメリカは最強で、アトリも最強だからアトリはアメリカの存在。でもアメリカにアトリはいないからフェイク。無茶苦茶にもほどがある理屈だった。
「ソーリー……。ブライアンは米国至上主義なんだ」
「アンタら似たもん同士か!」
「むしろ真逆?」
日本かぶれと米国信仰者。国という存在を強く信じている外国人を前にタコやんと里亜はツッコミを入れた。
「ま、まあ個人の思想にとやかくいうのは野暮やな。迷惑かけへん程度やったら好きにしたらええわ」
頭を抱えるようなポーズでタコやんはそう言った。アレンもブライアンもその考えを他人に押し付けようとしているわけではない。
「強要などするまでもない。米国が最強なのは事実だからな」
「クール! 奥ゆかしいのが日本の文化だからね!」
ブライアンとアレンが頷き答える。似ているようで真逆の二人が上手くやれているのは、こういった一線を守っているからなのだろう。
「とにかく日本旅行楽しんでってな。ウチらも行こか」
「そうですね。行きましょう」
「うむ。それではまた。アレン殿にブライアン殿」
怒りが霧散したのか、タコやんは手を振って移動する。里亜とアトリもそれに続いて歩き出した。一階への階段を降り、適当に散歩を始める。
三人の姿が階下に消え、しばらく経ってからブライアンが口を開く。
「あれがターゲットのアトリか」
「イエス。間違いない。見たとおりだ。大した重心移動だよ。まさにザ・サムライだね」
さっきまでの軽薄さが嘘のように会話する。アレンはアトリの移動する様を見て、肝が冷えていた。
彼らはアトリを探るために渡米し、この旅館に来ることを事前に知って、先回りしたのだ。
それはアレンがもつ超感覚だ。対象の事をイメージし、強く念じることでその未来を予測する。長距離かつ遠い未来の予知なので消耗が激しかったが、情報の精度は高い。それにより今日アトリがここに来ることを十日前――タコやんがここに来ようと提案する前に知ったのだ。
そしてアトリの事を知らないふりをして接触したのである。偶然同じ宿にいる外国人客。アトリと同時に一緒にいた二人も確認した。
「隣にいたのがD-TAKOチャンネルのタコやん。ぷら~なチャンネルの里亜か。
多才なガジェット使いに、トークンを用いた斥候。油断していい相手ではないな」
「ジーニアス! 才覚あるレディたちだ。ここに来たのも意味があるんだろう」
そして事前にアトリだけではなくタコやんや里亜に対する調査も怠っていない。アトリに比べれば評価が低い二人だが、アレンもブライアンも二人をアトリにまとわりつくだけの存在とは思っていない。
「匂いは覚えた。暫くは偵察だな」
ブライアンは親指で鼻をかきながら言う。
それがブライアンがもつ超感覚。一度覚えた匂いは消して忘れず、どこまで離れても追うことができる。
ダンジョン産の素材て作られた義手義足を肌色のカバーで隠し、薬剤により超感覚と呼ばれる能力に目覚めた存在。アメリカが生み出した、スキルに依らないダンジョン踏破用兵。
強化人間。
彼らの感覚は、既にアトリ達を捕らえていた。アトリ達はまだそのことに気付いていない。
――それはそれとして、
「ここの料理も悪くはないが、パワーが足りない。肉、バター、クリーム! コーラとハンバーガーこそ正義。アメリカが産んだパワフルな食べ物だ」
「ノー! 一点特化は健康によくないぜ。米と納豆の栄養バランスこそが正しい。日本人の料理には神が宿ってるんだよ!」
「神など不確かすぎる。現実にチャレンジし続けるアメリカこそがジャスティス!」
「ノンノン! 東洋の神秘は無敵だよ!」
言って睨み合うブライアンとアレン。米国至上主義と日本かぶれはアトリ達を騙す為の演技ではなく、素の性格であった。
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