参:サムライガールはタコやんの家族に会う

 移動門に入り、地上――正確に言えばこの世界のダンジョンは地下にあるわけではなく浸食している異世界のような<何か>なのだが、あくまで便宜上の描写として『地上』とさせていただく――に戻るアトリ達三人。


 ダンジョン入り口施設で手続きをして帰還を報告して外に出た。


「ここが大阪か」


 初めての光景にそう呟くアトリ。とはいえいつも使っている京都のダンジョン施設と大きく変わるわけではない。立ち並ぶビルとダンジョンに入る人達。そう言った人間相手にアイテムを売る人や、仲間を探す探索者。差異こそあるが、大きな違いは見られない。


「いろいろ変わったなぁ。『お好み焼教団』潰れたんか」


「何ですか、その怪しげな宗教団体は?」


「宗教団体ちゃうで。そういう粉モンの店や」


 神学系の学校にいる里亜がタコやんの言葉に反応するが、タコやんは手を振ってその懸念を否定した。『教団』というネタに則った普通の店だと主張する。


「『世界は混沌から生まれた。すなわちキャベツ、豚肉、紅ショウガ・青のり・かつおぶし・天かす・卵・出汁・油・ソース・マヨネーズである!』とかいう看板がでかでかとあってなぁ」


「混沌って言えば何でもありですね……」


 タコやんの説明に呆れる里亜。世界の混沌や始まりを独自に解釈していいように語る宗教は後を絶たないが、どちらか言うとそういう宗教をパロディ的に扱った店のようだ。


「好みの店がつぶれたのか。それは悲しい事だなぁ」


「せやな。ごっついメガ盛りお好み焼き御飯セットが安く食えたんで便利やったんやけどなぁ」


「お好み焼きランチ御飯セット……? 炭水化物と炭水化物の組み合わせなんですけど?」


「オーサカやと普通に食うで」


 呆れる里亜に当然とばかりに応えるタコやん。


「他所行くとセットがないから単品で御飯頼まなあかんのがなぁ。一緒にしてもええやん」


「うへぇ、信じられません。大食いにもほどがあると思います」


「タコやんは健啖だなぁ。これが大阪の文化というものか」


「おおきに。せやけど他所には他所のええ所がありますからなぁ。郷に入っては郷に従えどすえ」


「そんなん分かっとるけど、それでもウチはウチのやりたいようにやるんや」


「はいはい。タコやんはワガママですからねぇ」


「ほんまに。うちの茉莉が迷惑かけて申し訳あらへんわ」


「いやいや、タコやんにはいつもお世話に――っ、!」


 なっている、とアトリが言いかけて固まった。視界にはの女性がいる。タコやん、里亜。そしてもう一人。


「どないしたん? やっぱり茉莉が何か粗相でもしたん?」


 アトリの視線の先には、タコやんを少しだけ大人にしたような女性がいた。『多胡旅館』の名前が入った法被を着て。どこか落ち着いたような雰囲気だ。そんな女性がいつの間にかそこにいて、しかもさらりと会話に混じっていたのだ。


「……へ? え!? 誰!?」


 里亜も今気づいたとばかりにその女性を指さしながら距離を取る。は? なにこのひと? アトリ大先輩も気付かなかったってことですか? その事実に目を白黒させていた。


「……あー」


 タコやんも今気づいたようだが、驚きの様子はない。むしろ呆れたように口を開いた。


「何やってんねん、オカン」


「オカン!?」


「ええと。タコやんの母君……?」


 タコやんの言葉に驚く里亜とアトリ。確かにタコやんの面影はある。だが母というには若すぎるように見えた。年の離れたお姉さん。そう言われても信じそうだ。


「あらあら。自己紹介が遅れてすみませんなぁ。茉莉……タコやんの母、多胡・恭子いいます。


 アトリはんに里亜はんやね。茉莉とお付き合いしてもろて、感謝するわ。配信も楽しく見させてもろてます」


「ご丁寧に挨拶いただき感謝する」


「こちらこそタコやんには色々お世話になってます」


「アトリはんを衆目を晒すのはよろしゅうないんやろ? 移動用の車を用意してますんでこちらに」


 言ってオカン――恭子は駐車場まで先導する。アトリ達はその後を追う様に移動する。


「なんというか。落ち着いた感じのお母さんですね。こっちの事情を察して案内までしてくれるなんて」


 里亜の言葉に、タコやんはバツの悪そうな表情で答えた。


「いや、ウチ何も教えてへんで」


「はい?」


「此処に何時着くかとか、メディアの事とか、オカンに何一つ話してへんから」


「……ええと?」


 里亜はタコやんが言った言葉を理解しようと頭をひねる。


 タコやんのオカンはこちらの情報を何一つ教えられていない。なのにアトリ達がダンジョンから出てきたタイミングで合流し、周りに見られないように車を回していたのだ。


「いやいやいやいや。ウソ言わないでくださいよ。こんなに気の利いた対応をしてくれているんですよ? 知らないとかありえなくないです?」


「知っとるんやろうなぁ、ウチらの事情。ウチは教えてへんけど、どこかで情報仕入れたんちゃう?」


「どこかって……どこです?」


 メディア周りのアトリの事情はニュースを見て察したと言えなくもない。だけどダンジョンから出てくるタイミングは予測できるとは思えない。ダンジョン内でトラブルが起きたり、最悪そこで死亡することもありうるのだ。配信もしていないので情報が分かるはずがない。


「知らん。オカンは昔からあんな感じで、ウチが隠し事してもそれを知ってるかのように動くんや」


「それにしたって限度はあると思いますけど!?」


「ホンマになぁ。どないなっとんのか今だに分からんわ」


 いろいろ諦めたかのようなタコやんの言葉。最初里亜は何かの冗談かと思ったが、タコやんの表情から嘘ではないと察した。まだ家族ぐるみで騙しているというほうが納得できる。


「気づいたらそこにおって、こっちのことを全部知ってて動いとる。オカンはそういうオカンやねん」


「うむ、確かに気づいたらそこにいたという感じだったな。神出鬼没とはまさにこの事だった」


「……………………ミミックに気づくアトリ大先輩が気付けなかったとか、どれだけですか……」


 冗談やウソなど言わないアトリが太鼓判を押すほどだ。これはいよいよ本物だと里亜は諦めた。世の中にはいろんな人がいるらしい。


『多胡旅館』のロゴが入ったライトバン。そこに近づくと運転席から一人の男が顔を出した。


「久しぶりだな、茉莉。元気そうで何よりだぜ」


「兄貴も元気そうで何よりやわ」


 二年ぶりに遭った兄に対し、タコやんは少し気まずそうに表情を歪めて手を挙げた。


「まあ元気なのは配信見てるから知ってるけどな。D-TAKOチャンネル、お気に入りにしてるぜ」


「うげ。ウチの配信見とんのか。恥ずいなぁ。見んでええで」


「おいおい、ファンに対して酷い言いぐさだな。とにかく乗れよ」


 照れるタコやんにニヤニヤ笑う兄。そんな兄に促されるように車に乗る一同。オカンの恭子が助手席に乗り、アトリ達三人は後部座席に乗る。


「そちらが里亜ちゃんにアトリちゃんか。茉莉……タコやんの兄の慎吾だ。多胡旅館の料理担当なんで、食べられない者があったら遠慮なく行ってくれ」


「いや、特に苦手なものはないな」


「里亜もアレルギーはありませんから」


「そいつは良かった。今日はいい魚が入ったからな。腕によりをかけて作るから、いっぱい食って元気になってくれよ」


 言いながら運転する慎吾。明るく話しやすい男性だ。相手に対しての気遣いができる料理人。そんな印象である。


 そんな慎吾に向けて、タコやんは口を開いた。


「兄貴、量は少なめでな。半分ぐらいでええから」


「はんぶん? タコやんケチ過ぎません?」


 料理の量を減らすように言うタコやんに、里亜が眉をひそめた。


「アンタらあまり食わんやろうが。アトリはうどんそば星人やし里亜は撮影して満足するタイプやし」


「確かに里亜は料理の写真撮るの好きですけど、きちんと食べますからね」


「うどんそば星人とは一体」


「聞くけど、ウチと同じだけ食べられるか?」


 不満げに言葉を返す里亜とアトリに問いかけるタコやん。二人はタコやんの食いっぷりを思い出し、首を横に振った。


「何も言わんかったら兄貴はアホほど作るからな。腕はいいし美味いねんけど、量が半端ないねん」


「おいおい。知らない人を脅かすなよ。あれぐらい普通だろ?」


「普通は妹の誕生日に10キロカレーとか出したりせんからな?」


 おおよその目安として、カレーライス一人前は200グラム前後である。


「カレー好きだって言ったじゃないか。しかもきちんと食べてたし」


「あの後ウチしばらく動けへんかったからな! ドカ食い昇天しそうになってたからな!」


「はっはっは。人生何事も経験だぞ」


 タコやんの怒りを笑って受け流す慎吾。アトリと里亜は顔を見合わせ、その後でタコやんに向かってこう言った。


「タコやんの胃袋はこうやって鍛えられたんですね」


「タコやんの健啖は兄上の賜物か。人に歴史ありだな」


「うっさい! とにかく量は半分ぐらいでええからな!」


「沢山食ってほしいんだけどなぁ」


 タコやんの言葉に不承不承納得する慎吾。――なお、この夜に半分になった食事量を見て『半分でこれ……?』とアトリと里亜は驚くことになる。


 運転すること1時間。車から見える光景はビル街から自然に変わっていた。交差する車も少なくなってきている。


「結構町から離れましたけど……ダンジョンから近い場所じゃなかったんですか?」


 山中の光景を見ながら問いかける里亜。タコやんは『何言ってるの?』という表情で言葉を返した。


「車で一時間ちょいは近いやろ? バスもあるで。一日三本やけど」


「何その田舎感覚!? 車前提の距離感とか学生には辛いんですけど!」


「確かに走って行くには遠いか。まあ、良い運動になりそうだ」


「フルマラソン並の距離をそれで済ますアトリ大先輩、流石です!」


「手のひらくるんくるんやなぁ」


 そんな会話を続けながら車は走り、そして一度見た木造の旅館が見えてきた。


『多胡旅館』


 よく言えば歴史を感じる旅館。悪く言えば古臭い。そんな3世代ほど前の建物である。


「……変わらんなぁ」


 懐かしさと気まずさ。その両方が入り混じったため息をつくタコやん。家出をして二年間戻らなかった実家に向かう足取りは、思っていたよりは軽かった。


 その足が、止まる。


 入り口で待ち構えていた男性の姿。多胡旅館のオーナー。タコやんの父親。その姿を見て、タコやんの顔に緊張が走るのをアトリは見逃さなかった。


「ご予約されていた『D-TAKOチャンネル』御一行ですね。


 本日は遠路はるばる多胡旅館に足を運んでいただき感謝します」


 アトリと里亜、そしてタコやんをあくまで『客』として扱い、頭を下げた。


「お部屋はこちらになります。ごゆるりと逗留なさってください」


「……ゆっくりさせてもらうわ」


 二年ぶりの父娘の会話とは思えない硬いやり取り。


 アトリも里亜も、その様子に口が挟めずにいた。

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