弐:サムライガールは大阪に向かう
ダンジョンがこの世界に現れた時、この世界は分割された。
ダンジョンから得られた素材や理論をもってしても突破できぬ壁。コンマ数ミリ単位の薄さの断裂が世界を分割したのだ。
そして分割された世界を繋ぐのが、ダンジョンだ。
ダンジョン内を通過すれば、分割された世界を移動できる。物理的な距離など関係ない。そもそもダンジョンにおいて地球の物理法則などダンジョンからすれば矮小なルール。高次元の存在からすれば、ゲームのプログラムを組むように地球の物理を変更できることなのだ。
閑話休題。ともあれダンジョンを通れば世界各国に移動できる。そしてそこに物理的距離はないも同然。ダンジョンを300m進んだ先の門が地球の裏側に繋がっていることもあるのだ。地球上の乗り物を経由して移動するより、ダンジョンを歩いた方がコストがいいというケースも少なくない。
「だからって大阪に行くのにダンジョンを使うのはおかしくないですか?」
「電車で一本で行けると思うのだが」
ダンジョン上層を歩きながら里亜とアトリはタコやんに問いかける。大阪までの移動にダンジョンを使うと言ったタコやん。時空嵐の壁に分断されているわけではないので、交通機関を使えば楽に移動できるのだが、
「アホか、電車高いねんで! ダンジョンやったらタダや!」
という事でダンジョン内を経由することになった。セコイ理由だが駅や電車内でメディアに捕まれば逃亡経路は限られる。事、走り出した電車は密室同然だ。それを避けたという事でもある。
ダンジョン入り口にある施設まではアトリを変装させたり、里亜が和服を着たトークンで囮を作ったりしてどうにか見つからずに到達できた。メディアもダンジョン内までは追ってこないので、とりあえずは一安心である。
「ちなみにどれぐらい歩くんです?」
「だいたい3時間ぐらいやろ。言うてもダンジョン内なんか変貌しまくるからあくまで『ぐらい』の話やな」
アトリ達三人が進むのは、ダンジョン上層部分だ。
一般的に階層が進むにつれてダンジョンの脅威度は増していく。上層よりも中層が厳しく、下層になれば凶悪と言ってもいい。深層に入って戻ってきたのは、アトリだけだと言われている。
だからと言って、上層が安全かと言われればそうでもない。中層をメインに活動しているスキル持ちの配信者でも上層に巣食うゴブリンの群れは避けて通るし、トラップ一つで壊滅的な打撃を受けることもあるのだ。
さらに言えば、タコやんの言うようにダンジョンは変貌する。今通っている道が一か月後には断崖絶壁になっていることだって珍しくない。そうした変化で生態系が変化し、凶悪な魔物が生まれることもある。
とはいえ――
「ニク、3コ、イタダキマ――グボァ!」
岩に擬態していた魔物が体の一部を巨大なハサミに変化させて、アトリ達に襲い掛かった。だがそれより一手速く抜刀したアトリにより、ハサミごとその体を斬られる。魔物は悲鳴を上げてそのまま光の粒子となって、魔石となった。
「食う食われるは自然の摂理。その命、某の刀技の糧となろう」
とはいえ――どれだけ凶悪に進化しようともアトリにかかれば同じこと。これまでの相手を全て一刀で切り裂き、アトリは生まれた魔石に一礼していた。
「ちょ、え? 今何が起きたんです!?」
なお一般人目線だと里亜の様に、アトリがいきなり抜刀したかと思ったら魔物が斬られていたとしか感じられない速さであった。アトリの動きもだが、魔物の襲撃も知覚できなかったのだ。
「イワガニやな」
「ロックミミックですよ。イワガニだと普通のカニじゃないですか」
「オーサカではそういうんや」
里亜のツッコミにヘラっと笑って言い返すタコやん。魔石を拾い、アトリに向かって投げた。
「みみっく? 人食い箱の事か?」
投げられた魔石を受け取り、巾着に入れながらアトリが問う。アトリがミミックと聞いて連想するのは、いきなり襲い掛かる宝箱魔物だ。
「それは
ミミックは魔物だから【罠感知】スキルの対象にならないし、擬態している時は仮死状態だから【生命感知】系の探索スキルにも引っかからないのでかなり厄介なんです。それに気づけたアトリ大先輩は流石ですね!」
アトリの問いに里亜は指一本立てて説明する。里亜の説明通りの存在で、探索系スキルを持っても擬態の看破は容易ではない存在なのだ。
「仮死状態か。確かに気配に気づくのに遅れたな。動かざることなんとやらか。やはりダンジョンは奥が深い」
刀を納め、うむりと頷くアトリ。風景に潜んで不意打ちをすることを卑怯と罵ったりはしない。むしろその在り方に敬意を示すのがアトリだ。
「ホンマ、戦闘に関してはピカイチやな。おかげで楽に移動門までいけそうやわ」
「確かにアトリ大先輩が護衛してくれるだけでだいぶ気楽ですね。いつもなら初見の道はトークンに先に歩かせて罠と魔物を確認するんですが」
「うむ、まだまだ姉上には遠く及ばぬ技量だが、二人の役に立てているのなら鍛錬の甲斐はあったというものだ」
安堵したように言うタコやんと里亜。それに頷くアトリ。戦闘に関してはアトリに任せて何の問題もない。アトリも二人の称賛を受け止め、嬉しそうに胸を張った。
「ホント、何があっても安心できるというか。アトリ大先輩でダメなら人類じゃもう無理って強さですからね。無料で護衛してもらって嬉しい限りです。
まさかとは思いますけど、実家に帰りたいからアトリ大先輩を誘って護衛させたとかじゃないですよね? タコやんケチンボですから」
和んだ空気につられるように軽口を叩く里亜。このあとタコやんが返すリアクションを4つほど予測し、そこから次の会話に繋げようと脳内シミュレーションしていた里亜は、
「……実家……実家かぁ……気ぃ重いなぁ……」
「うええええええ!? マジへこみとかタコやん本当にどうしたんですか!?」
まさかの落ち込み様に心配する里亜。このリアクションは予想外だった。
「ああ、すまん。分ってる。自分で言っといて今更やな。でもそれはそれとして気が重いねん」
タコやんの実家に行こう、と言い出したのは当のタコやんだ。だがそのタコやんが一番乗り気ではない……というよりもネガティブになっているのだ。
「そんなに嫌なら他の所にするというのはどうだ? 要はしばらく活動拠点を変えればいいのだから」
そんなタコやんに、アトリが別の案を出す。今アトリが住んでいる場所にメディアがたくさんいるので難儀しているわけで、それさえ避けれればいいのだ。
「あかん。宿の人間がメディアに情報リークせぇへんとは限らへんからな。
信用できる宿でないと危険や」
その提案を、タコやんは眉をひそめて却下する。客の情報を売らないというのは商売人の倫理だが、かといってそれも額次第で覆ることもある。これだけの金額がもらえるなんて。バレなければ問題ないさ。そんな誘惑に囁かれ、道を外すのが人間だ。
「つまりタコやんの家族は信用できると?」
「一応な。オトンはメディア嫌いやし、兄貴はくそ真面目やし、オカンは……まあオカンやし」
「最後のは説明になってませんよ?」
「うっさいなぁ。とにかくあそこやったら情報漏れはないわ。それは保証するで」
里亜に問い詰められて、そう返すタコやん。話を聞く限りでは、家族に悪印象を持っているとは思えない。
「いい家族なのはわかったが……それならなぜそこに戻るのが嫌なのだ?」
話を聞いたアトリは疑問の色を濃くして問いかけた。家族の元に戻るのがいやなのに、家族そのものは友人を預けるぐらいに信用できる。どういうことなのか全く想像がつかない。
「……その」
タコやんはしばし沈黙し、そして観念したかのように理由を口にした。
「ウチ、家出してんねん」
居心地悪そうに頭を掻きながら、言葉を続ける。
「二年前に『ウチは配信者になるんや!』ってオトンに言ったら猛反対されてなぁ。それで大喧嘩の末に『こんな家におれるか!』って啖呵切って家出て行って、それっきり帰ってへんねん。
そんなワケで家に戻るのは気が重いって言うかなんというか」
「それは確かに帰り辛かろうなぁ」
「はっきり言ってとタコやんの自業自得ですけど、同情ぐらいはしてあげます」
バツの悪そうに言うタコやんに、同情的な言葉を返すアトリと里亜。だがそこで家を出なければタコやんとは出会うこともなかったのだから、二人からすれば家出自体を責める気にもならない。
「ま、まあこれを機会に家族との仲を復帰させれば良いではないか。二年間の溝を埋めるのは容易ではないだろうが、それでも――」
「いや、オカンとはちょくちょく会ってんねん」
「……はい? 家出したんじゃないんですか?」
眉を顰める里亜に、タコやんは『得体のしれない相手』を話すように陰うつな表情のまま言葉を返した。
「家出して従弟ん所とか友達の所とか転々としてたんやけど、移動した後でうちのオカンからお礼言われたとか連絡が来てな。家出先が全部バレてたみたいなんや。
あと新しいケータイの番号教えてへんのになぜか把握されたてり、配信初期時に激烈宣伝してたり、ウチがエクシオンに入るまでエラい支援してくれてなぁ。その辺りで観念してオカンに連絡して、そこから月一頻度で会ってんねん」
家出をしたタコやんだが、如何に才能があろうともコネのない15歳の少女が単独で突き進めるほど世間は甘くない。しかしそれを見守るように活動している人がいたのである。それがオカンだ。
「つまり、タコやんはオカン殿に家出してからずっと助けられていた、と?」
「嘘でしょ? 一個人の行動を完全把握とか、さすがに個人ができる事じゃありませんよ。いつものオーサカジョークですよね?」
トークンを用いたスパイの経験がある里亜がありえないと手を振った。逃げようとする人間にバレずに追い続ける。必要なのは長期間気を緩めない根気と体力、そしてターゲットに対する理解だ。どれもが欠ければ、どこかでほころびが出て失敗する。
「嘘や作り話やったら、どんだけよかったやろうなぁ……」
半笑いになってタコやんがため息をつく。その様子を見て、アトリと里亜はタコやんのオカンの印象が大きく変わるのであった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます