壱:サムライガールはメディアに難儀する

 アトリは日本を壊滅させる力を持ったカグツチとタカオカミを斬り、一躍有名人となった。


 二週間ほど療養という形を取って注目が収まるのを待ち、世間の目が逸れたころに配信を再開。アトリを追う世間の目は少なくなり、平和に配信ができるようになった――


「と、思ったんやけどなあ」


 SNSをチェックしているタコやんがため息をついた。軽く検索するだけでもアトリ関連のニュースは沢山出てきて、関連動画として花鶏チャンネルの切り取り動画が多数出てくる。それ自体はアトリの功績を考えれば当然の事だが……。


「アトリ大先輩をダシに扱ってやりたい放題ですね」


 唇を尖らせて里亜が呟く。


『あのサムライガールが住む家がここです!』


 倫理観のないマスコミがアトリがいるであろう地域で取材を行い、住所を特定して放送したのだ。


 已む無く以前使った避難用のアパートに避難するが、彼らの悪行は止まらない。衝撃的な映像を取るためにヤラセの街中アンケートも撮り始めたのだ。


『町中で刀を持って歩いているのを見たことがあるわ。凛としててカッコいいわよね。これからも頑張ってほしいわ』


「自分からあまり話をしないけど、誠実な子よ。挨拶は欠かさないし、ゴミ拾いをしたり老人の手を引いたりしてるし』


 これら発言から一部を切り取り、メディアは報道する。


『町中で刀を持って歩いているのを見たことがあるわ』

『自分からあまり話をしない』


『――以上の事よりアトリという配信者は切り裂きジャックの様に刃物を持って街中を徘徊し、静かに潜んでいると町の人達は思っているようです。街の人も彼女の存在は異物として認識されており、当局は更なる調査を進めていく次第です』


 切り抜き発言。偏向報道。アトリという存在をセンセーショナルに扱い、注目を引く。そうすることで次回の調査結果に期待させて数字を稼ぐ。古くから使われている手法だ。


「今更こんなんに騙されるモンはそう多くないけどな」


 とはいえ、それが通用したのはメディアが情報を担っていたからだ。ネットの発達により情報源が増え、ファクトチェックの重要性も一般的に流布してきた。今回のニュースも、ネット上ではかなり叩かれている。


「そうですね。世間の目は冷静です。アトリ大先輩が配信で魅せていることもあって、マスコミがこういう事をすればするほど自分の印象を下げている結果になります。


 とはいえ、何も知らない人がアトリ大先輩を調べればやはりこの手のニュースにぶつかることも多いです。見出しの印象は強いですから」


 検索ソフトで調べれば、そこに出るのはそのページタイトルだ。そこに『配信世代の人斬り侍!』だの『英雄と呼ばれたサムライの裏の顔!』だの『正体不明の辻斬りか!?』などと書かれれば、アトリがそういう人物だと思ってしまうものである。


 アトリが一気に有名になり、配信を知らない者からも興味を持たれた。このタイミングでこの報道は誤解を生みかねない。狙ったかのような印象操作であるが、理由は明白だ。


「取材断ったから偏向報道とか、酷い連中やな」


 手をひらひらとさせて苦笑するタコやん。マスコミ関係がこういう報道に踏み切ったのは、アトリがメディアに顔を出さないからだ。


 各メディアから花鶏チャンネルなどを通して取材の申し込みがあったが、それらは全部断った。


「そういうのにはあまり興味がないというか……テレビとか出てる暇があるならダンジョンで戦いたい」


 その理由はアトリがメディア進出に興味がなかったからである。元より喋るのが得意ではないということもあるが、そこに時間を取られるならダンジョンに行きたいというのがアトリらしい理由である。


 タコやんも里亜も『せやな。アンタはそういうヤツや』『アトリ大先輩らしいです!』と納得した。アトリとコラボをしているという事で二人にもメディアからの要請があったが、アトリに関する情報は教えないとばっさり断ったのだ。


 こうなるとアトリの事を調べるのは容易ではない。情報源としてあるのは花鶏チャンネルにある公開された配信動画のみ。学校も迷惑がかかるという事でリモート授業にしている。企業所属配信者でもないので企業からの情報もない。


 先のTNGKが起こしたアンチアトリ騒動で住んでいる場所はどうにか特定できたが、如何せんそこまでだ。既に一度晒された事であり、情報戦としては一周遅れ。メディアもアトリの動向はまるでつかめないのだ。


 それで諦めてくれるかとタコやんも里亜も思っていたのだが、まさかの偏向報道。情報がないならでっちあげ、強引に話題を作り出したのだ。しかも悪意を持って貶める方向に。


「むぅ……。私がわがままを言ったせいでこのような事に」


「違うで。悪いんはこないな報道する奴や。むしろアンタは被害者やからな」


「そうですよ。取材拒否は正当な権利です。それを行使したら仕返しするとか、そっちの方が問題ですから」


 現状を憂うアトリに対し、タコやんと里亜はそれは違うと否定する。二人ともメディアの行動に怒りを感じていた。


「下手に街を歩けば突撃してくるからなぁ。ダンジョンに行くのも一苦労やで」


 タコやんは大きく息を吐いて、今起きている問題をまとめた。


「何処でどんだけの数で待ち構えているか分からん奴らから、ずっと逃げ切るのは無理やで」


 アトリを取材したいメディア。それがこの辺りで網を張っているのだ。『和服の女性』『日本刀』『配信用の浮遊カメラを入れたバッグ』等を目印に、メディアの組織力を使って多くの人員を投入してアトリを探しているのである。


 服装はどこか個室を借りて着替えればいいが、日本刀や浮遊カメラなどの荷物はどうやっても目立ってしまう。前もってロッカーに入れてダンジョンに入る前に取りに行くなどの対策をしているが、いずれはバレてしまうだろう。


「里亜のトークンで誤魔化すのも限度がありますよ」


 里亜も和服を着て【トークン作成】でトークンを作製し、目立つように歩いてメディアの目を引く囮になっていた。しかし相手もプロ。同じ手は何度も通用しない。里亜も身体能力や背丈などの問題で、アトリに完全に化けるのは無理なのだ。


「ならばいっそ諦めるのが良策か? 彼らも鬼ではあるまいし、此方が妥協すれば警戒も緩めてくれるのではないか?」


「それはない。むしろあいつらは鬼畜生以下や。他人を利用することに躊躇ないクズ。弱み見せたら骨の髄までしゃぶってくるで」


「ですね。あの人達の目的はアトリ大先輩の情報ではありません。アトリ大先輩の名声です。正しい情報を歪めて発信し、アトリ大先輩の功績を貶めるのが目的です」


 アトリの提案を一蹴するタコやんと里亜。これに関しては妥協する気はないとばかりにきっぱりと言い放つ。あまりの断言に、アトリは思わず言い淀んだ。


(いくらコイツが斬るしか能のないアホでもここまで言われて許せるか!)


(アトリ大先輩を何だと思っているんですか!? 絶対許しません!)


 タコやんも里亜も、メディアの報道には怒り心頭だった。当のアトリが冷静で気にしていないから抑えていおるが、メディアに妥協するつもりはない。


「いや、その、それは偏見ではないか? 流石に鬼畜生以下とは……同じ人間だし話せばわかると思うのだが」


「ないない。自分が上やと思ってる奴らは下のモンの意見なんか聞く耳持たへんのや。なにせ相手を同じ人間と思ってへんのやからな」


「そもそも偏向報道をすることに躊躇のない人達ですからね。アトリ大先輩が何かを言えば、それも切り取っていいように報道しますよ」


「お、おう……。了解した」


 二人の否定の強さに押されるように納得するアトリ。アトリとしても取材を受けたいわけではないので、二人を説得するようなことはしない。


 とはいえどうしたものか。アトリは頭をひねるが、解決策は出そうにない。さすがにメディアの人達を斬るわけにはいかない。刀で解決できない以上、アトリにできる事はないのだ。


 三人が頭を抱えて案を練る。が、タコやんだけは悩みの指向が違っていた。


「数の暴力で捕まるんは時間の問題……なるはやで解決せな……要は相手が諦めるまで逃げ切れればええだけけど……でも他に手は……マジでこれしかないか……?


 ぬおおおおおお……! し、しゃーないかぁ……」


 しばらく葛藤した後で、タコやんは眉をひそめて頭を掻いた。案はある。だけどそれを言うのはためらわれる。そんな動作と言動と表情だ。


「ええと、タコやん?」


「……ホンマにイヤやけど」


「いやその。何が嫌なのかが全く分からないのだが。無理はせずとも良いぞ」


 アトリの言葉にタコやんはしばし沈黙する。ものすごく言いたくないけど、言うしかないと自分を追い込んでいるような。そんな顔で、


「オーサカに来るか?」


「? どういうことだ?」


「ここにおったらいずれメディアに捕まって面倒なことになるやろ。そうなる前にダンジョンに入る場所を変えればええんや。


 ダンジョン入り口近辺に建ってる旅館があってな。そこに来るか、って話や」


 タコやんにしては歯切れの悪い説明である。


 言いたいことは理解できる。今いる場所からダンジョン入り口に移動するのは、メディアに見つかる可能性が高い。ならば別の場所に移動して、そこからダンジョンに潜ればいい。


 エクシオンの転送サービスを使えば、世界各国のどのダンジョン移動門に入ってもマーキングした場所に転送される。アトリの場合は、深層の移動門だ。拠点を変えるデメリットはほとんどない。


 そのほとんどに値する転送サービス使用量も、アトリからすれば微々たる額だ。これまで稼いだ魔石の端数だけで、100年単位でサービスを受けられるだろう。


「確かにそういう場所があるならありがたいな。ダンジョンから近いというのならなおのことだ」


「そうですね。ここで見つからずしかもダンジョン配信を続けていると知れば、メディアの人ももうここにはもういないと諦めるでしょう。そうなれば戻ればいいだけですし。


 ……でもなんでそれを言うのを嫌がるんです?」


 苦肉の策とばかりに言うタコやんに、里亜は首をかしげた。そんないい場所があるなら、初めから言ってくれればいいのに。


「……………………。まあ、色々とあってな」


 里亜の質問に、タコやんはしばし無言を貫いてからスマホを取り出した。何度かタップし、最後のタップを少し戸惑ってから通話をする。


「もしもし、オカン?」


 オカン。


 熱帯アフリカ西部および西中央部産のマメ科の高木『OKAN』――ではない。


 関西圏で母親を指す言葉である。


「せや、ウチやで。うん、元気やで。知ってる? うわ配信見てんのか! かなわんなぁ……!


 いや、そんなんどうでもええねん! 急で悪いけど3人部屋空いてる? しばらく借りるわ。おう、客で。EMぜにやったら問題ないで。ウチもガッツリ稼いでるからな。


 はああ、松部屋やて!? いや待ちぃや! オカン商売上手すぎやろ! ……うぁ、まあ、しゃあないか……しゃあないなぁ……」


 言って苦虫を噛み潰したように通話を終えるタコやん。


「ええと、タコやん?」


「まさかその旅館て、タコやんの?」


 いろいろ察したアトリと里亜は断言せずにタコやんに問いかける。その圧力に耐えかねたタコやんは、観念したかのように項垂れて答えた。


「せや。ウチの実家やで」


 タコやんのスマホに写し出されたのは、木造和風旅館。250年の歴史を持つ温泉宿。


『温泉旅館 多胡御宿』


「……帰りたくないけど、しゃーないよなぁ……」


「よくわからぬが……ご愁傷様でいいのか?」


「ど、どんまい……?」


 心の底から絞り出したような後悔の声に、アトリも里亜もどう慰めていいかわからなず、曖昧に答えた。

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